「きづかないふたり」 自分に落ちる影に何度どきどきとしただろうか。
初めてと二度目は目をきつく瞑りすぎた。
三度目から五度目くらいまでは少しだけそれを緩める事ができて、その次くらいからは自然を瞼を閉じる事ができるようになった。
そんなスタルークとのくちづけを思い出しながら、ラピスはそのどれにも共通するものがあると気づく。
それは、高鳴る胸の音。
そして、触れる自分のものではない柔らかな熱。
今ではもう何度目かわからないくらい繰り返した行為なのに、そのふたつはずっと変わる事なく二人の間にあり続けるのだ。
──どちらもスタルーク様からいただいてばかり。
自身も恋人に与えているものがあるのだとは気付かずに、同じ事をスタルークもまた考えているのだと知らないで、ラピスは享受するばかりでは嫌なのだと己の中の勇気を奮い立たせた。
もうすぐスタルークからくちづけが落とされる──見つめ合う中でその気配を感じ、ラピスは意を決して踵を持ち上げる。
自分からこんな風にするなんてはしたないと思われないだろうか。不埒な女の子だと思われないだろうか。
大切な人に幻滅されたくはなくて、そんな不安が胸を微かに過ぎった。
だが、今を逃しては今日もまた愛情を受け取るばかりだと、踵を更に高く持ち上げぎゅうとスタルークの服を掴む。
「スタルーク様の事が、すき、です」
胸の内で繰り返した数を含めたらくちづけの数よりも遥かに多い。その愛しさを綴った言葉は途切れがちで辿々しく、それでも欠片の嘘もなかった。
言葉の終わり、瞼を閉じる前。瞳に映ったスタルークの表情に驚きが混ざる。
その後の恋人の顔がどのような感情を帯びたのか見る事は当然できず、しかし自身を鼓舞して生み出した勇気を無かった事にもしたくはないラピスはつまさき立って自ら唇を押し付けた。
誰にもした事のないその行為は酷く恥ずかしく、その一方で胸の内をじんと熱くする。
十二センチの差を埋めるくちづけは拒まれる事はなく、ラピスが少し前へと体重をかければそれに合わせてスタルークの背がとんと音もなく壁に預けられた。
ん……と鼻にかかった息がラピスから漏れ、くちづけの隙間で零れたスタルークの吐息は短くも熱い。
「──僕はラピスから、もらってばかりだ」
自身に言ったのか、ラピスに告げたのか。その両方なのかもしれない僅かな時間の微かな呟きは、そんな事はありません、と彼女が否定する間もなくくちづけの続きへと消えていった。
違うと伝えたいのに愛しい人と触れ合う心地よさは波のように押し寄せて、それに抗いきれないラピスの踵は次第に床へと帰って行ってしまう。
好きです、ラピス。
再び隙間で紡がれた愛情にやはり言葉では応える事ができず、ラピスは愛を込めて恋人の身体を抱きしめ返す事しかできない。
やっぱり今日もいただいてばかり──。
そう頭の片隅で思う彼女は、まだ気づけずにいる。
自分たちが守り合うのと同じように与え合っている──それこそが真実だという事に。
End.
真実には気づかずに同じ事でふたりしてぐるぐるしてそうだなって。
最初はラピスからちゅーする話を書きたかっただけだった筈なのにどうしてこうなった。
いつまでもスタラピには拙い言葉選びだとしても、お互いに「すきです」を伝え合っていてほしいなあ。