「夏の名残、秋の気配」 夜が少しずつ忍び寄る遠くの空が、じんわりと赤く焼けている。
昼間の気温がそのまま続くかと思っていたのに、日が暮れるを待つようにやや気温は下がり頬を撫でる風も秋の気配がしていた。
「どうして今日はそんなに離れて歩くわけ?」
いつかはされるだろうと思っていた問いが飛んできて、わかりやすく私の体はびくりとなった。
どう見ても不自然だ。わかっている。
普段はもっと近くを歩いているし、それはただの幼馴染だったほんの一ヶ月前だってそうだった。
それが久しぶりに一緒に下校できると浮かれておきながら、歩き出した途端急に距離をとったのだから不思議に思われても仕方がない。
「別に理由はないけど」
指摘されたからにはいつもの距離に戻るしかなかった私は、わかりやすい誤魔化し方をして彼のすぐ横に並ぶ。
肌を撫でる風は次の季節を乗せて僅かに涼しいくらいなのに、私の肌を冷ましてはくれなかった。しっとりと汗ばんだ手のひらを知られたくなくて、小指の先すら触れないでほしいと願ってしまう。
終わりかけの夏が過ぎ去って、早く秋が来て欲しい。それはもう彼が私の告白に頷いてくれた、あの日からずっと胸にある気持ちだ。
──秋が来て今より風も私の手もひんやりとなって、そうしたら我慢しなくたって君に手を伸ばせるのに。
幼い頃にできていた事が、制服を着るようになった頃からできなくなった。それはただ誕生日を重ねたからじゃない。
彼に恋をしたせいだ。
元々言葉数が多くはない彼の隣。
夏の終わりで秋へと思いを馳せれば不意に、私の気持ちとは裏腹にこつんとふたりの小指が触れる。
「風が少し涼しい。──ようやく、君が好きな季節の入り口まできたね」
微かに触れた体温を合図にするように、彼の声が私の耳をくすぐった。
それに引き寄せられるように隣を見上げれば、ふっと穏やかな笑顔と共に眼鏡の奥の瞳が細められている。
じわりと暑い夏の終わりじゃない。ひやりと僅かに涼しい秋の始まりなのだと、告げてくれた彼が言った。
「夏の終わりまで我慢した。もう秋の始まりだから、僕はそうするのをやめるよ」
微笑みの余韻を私の目の前に残して、ふいと正面を向いてしまった彼の頬には私もよく知る感情が滲む。
告げられた言葉の意味を考えられる間も与えられず、右手が自分の体温とは別のものと繋がった。
夏がまだ終わらない、と私ができなかったものを、秋はもうやって来たのだと彼がくれた。
控えめに絡む指は想い出の中と長さも違い、もう幼い頃ではないのだとふたりに示す。
真っ直ぐに前を見て歩く彼から視線を外した私は、恥じらいのあまり熱くなった頬と速くなった心臓の音と共にほんの少し顔を俯けた。
それは、夏の終わり。
そして、秋の始まり。
ふたりの気持ちが同じだったと知った夕暮れ──ぬるい空気の中に吹いた少し冷たい風が、私たちの熱い頬をそっと撫でた。
End.