誤解の誤解:司レオ 突如として大決行された南の島バカンスは、仕事と慰安旅行を兼ねた、突発的ながら大規模な催しだ。半分仕事とはいえ、こんなにも大人数のスケジュールを一気に抑えて旅行を手配するのだから、プロデューサーの手腕も流石になかなか大したものだった。
基本的には、カメラが入る範囲が決まっていて、その範囲への出入りも含めて自由に過ごす。生放送じゃない分、ある程度は気楽なものだ。
そしてそれ故に、少しばかり油断してしまったとも言える。
「みんな居ないし……」
静かで涼しい場所見つけて腰を落ち着けたが最後、どうやら思いの外ぐっすりと眠ってしまったらしい。寝ぼけ眼で宿泊場所であるリゾートホテルのロビーを彷徨いてみるけれど、ま〜くんどころかKnightsの皆の姿も見えない。どこか別の場所でTrickstar辺りが、大勢を巻き込んで盛り上がるようなことをしているのかもしれなかった。
「夜までちょっと寝直そうかな……」
先ほどの眠りも快適ではあったけれど、多少寝違えてしまったような感覚がある。自分が本格的に催しに参加するのは、自身の本領を発揮できる夜からでも遅くはないだろう。
ユニットで割り当てられた部屋に戻って、カードキーをかざす。
夕方とはいえ薄暗い短い廊下の先は、備え付けの間接照明が付いている。
そうして初めて気が付いた――窓辺のラウンドテーブルで顔を寄せて、浮かれた装飾が施されたジュースを飲んでいる二人に。それはまさに、我らが王さまと、王さまだった人。
そして、飲み物を飲むにあたって、そんな風に顔を寄せている理由は明白だった。果物の皮をそのまま器として使用し、バカンス特有の豪華さが演出されたジュースには、ハートの形に絡まり合う真っ赤なストローが刺さっている。誰がどう見てもカップル向けだ。
「あ、その、ごゆっくり……」
思わずそのまま扉に手を掛けようとした瞬間、こちらを見て真っ赤な顔で固まっていた二人は弾かれたように叫んだ。
「誤解です‼︎」
「誤解だ!」
♪
ス〜ちゃんと月ぴ〜の説明によると。
「作曲が終わったら、スオ〜が隣にいて。ちょうど紙がなくなったから、ホテルの部屋に一回戻るって言うんだ。だから、一緒に付いていこっかなって思って」
「それで二人で一度部屋に戻ってきたんですが、レオさんは作曲でしばらく集中していたので、Room Serviceで何か飲み物でも頼んだらいかがですかと提案したんです」
「で、折角だし、メニューにあったトロピカルジュースにしたんだけど……」
月ぴ〜はそこで、部屋にあらかじめ置いてあったルームサービスのメニュー表を指し示す。そこには瀟洒な筆致で飲み物の名前が並んでいた。
「それでその……来たのがこれだったんだ」
真っ赤なハートの形のストローは、何はなくとも照れくさくなってしまうくらいに存在感がある。果たしてミスなのか、気を利かせたのか、元からの仕様なのか。メニューに写真がついていない以上、確認する術はない。
「いやいやいや、そうは言っても、あんな風になってるのはおかしいよね?」
さっき二人はそれを一緒にカップルよろしく飲んでいたのだ。突拍子もなくてびっくりして、寝起きの倦怠感が飛んでいってしまった。
「……運ばれてきたとき、スオ〜が露骨にあわあわしてたのが面白くて、おまえもそっちから飲んだら? って誘ったんだ」
「誘ったと言うか、煽ったでしょう、あなた。『まあ、お坊ちゃんは回し飲みとか慣れてないか!』とか言って」
「それって回し飲みのカテゴリで良いの? ていうか月ぴ〜は何で煽ったの⁇」
「スオ〜の反応をもっと見てみたくて……」
霊感も湧きそうだったし……と月ぴ〜は言い訳を重ねる。
「そんな面白そうなこと、やるなら下のラウンジとかでやりなよ。たしかエッちゃんが貸し切ってたでしょ」
それなら好き勝手ヤジを飛ばしたのに。
二人きり、ホテルの個室で真っ赤になってそんなことをしていたら、それは誰にだって誤解も勘違いもされるというもの。俺だって、今こうして二人に引き止められて事情を説明されていなかったら、そのままナッちゃんにタレコミ一直線だったことだろう。
「大体、あなたがふっかけてきた癖にどうして先に照れるのですか⁈ 私はつられてしまっただけです!」
「つられても照れは照れだけどね」
いまだにス〜ちゃんてば顔真っ赤だし。
「だってさぁ! なんか、思ったよりスオ〜の顔は近いし、目を逸らしたらガラスの反射で、なんか、思ったより絵面が、その」
「絵面がカップルで動揺したってこと?」
まあ、俺もそれで動揺したんだけどね?
二人はそのまま、険悪なのかよく分からない言い合いを続けることにしたようだ。
「……そもそも、私が紙を取りにもどるのに、あなたは同行する必要なかったでしょう!」
そうして、ス〜ちゃんは一番最初の話にまで立ち返る。
「う、だってそれって、おれのための紙だし……それになんか、作曲待ってもらって一緒に帰るみたいなのって最近あんまりできないし、付いて行きたくなっちゃったって言うか」
もにょもにょと歯切れ悪く月ぴ〜は言葉を重ねた。
「というか! それを言うなら、部屋でルームサービスを勧めてきたのはスオ〜だろ! リッツの言うとおり、飲み物ならラウンジとかまで降りて頼んでもよかったのに!」
「う、まあ、はい……それはそうなんですが……その、折角なのでもう少し二人だけで居たくなったのです。juiceを飲む間だけでも」
そうして応酬が終わって、二人は無言のまま見つめ合う。まだどちらも耳まで赤い。
なんか聞く限り、この二人が言うほど誤解ってやつじゃない気がしてきたなぁ。
「あ〜、うん、やっぱりさ、ごゆっくり〜」
まだジュースも残ってるみたいだからね。
そうしてぱたんと扉を閉ざすと、隔てられた廊下の側にもオートロックの音が響いた。
【終】