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    kurusaki_t

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    kurusaki_t

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    南扶

    酔っ払ってる扶揺のお話。

    月下綺麗な満月の晩。
    今夜の月は一段と大きくて明るい。
    人気の無い少し外れた場所の木下で、扶揺が月を見上げているのに気付いて近寄る。
    「扶揺」
    声をかけると弾かれたように南風に向き直ると、
    「なんふぉん」
    と、舌の回りが怪しい口調で、へにゃりと笑う。
    近づいて頬に手をやると随分と暖かい。
    微かに酒の匂いがする。
    「酔っているのか」
    「酔ってない」
    「酔っ払いはみんなそう言うんだ」
    少し眉根を寄せて言うと、扶揺は南風の手に頬ずりをしてくすくすと笑っている。
    突然の通霊、どこか覚束ない声で「会いたい」と言われて来てみればこの有様である。何があったと訊いてもこの様子じゃまともな答えは返ってこないだろう。
    扶揺が不意に頬から南風の手を引き剥がし自分の胸元で握る。それから南風の唇に自分のそれ押しつけてすぐに離れた。
    「好きだ」
    嬉しそうで、少し恥ずかしそうにしながら。
    「知ってる」
    「おまえは?」
    「私も好きだ」
    そう言って額に口づけたら、何やら不服そうに睨んでくるので、少し深めに唇を重ねると満足そうに笑う。
    抱き寄せて背中をさすってやると、顔を首元に埋めた扶揺の笑い声が微かに聞こえてくる。
    さて、これをどうしようかと、南風は天を仰ぐ。
    改めて美しい月を見ながら、どうせなら扶揺と二人で見たかったなと小さくため息をついた。



    「なんふぉん」
    「なんだ」
     南風の肩に後頭部を置いた扶揺が呼ぶたびにそう返すと満足げに小さく笑い声が聞こえる。
     背後から扶揺の腰に腕を回して抱きしめて、一緒に月がみたいと言い出した扶揺と二人して大きな月を見上げる。
     南風の手に重ねられた扶揺の手も腕の中の身体もまだずいぶんの温かい。
     二人で月を見てる意味はあんまりないと思う。ただ互いの存在と服越しに体温を感じてるだけだ。
     それでも大きな月は冴え冴えと光り美しい。
    「まだ酔いは覚めないか」
     扶揺の髪に唇で触れる。
    「酔ってない」
     と楽しそうな声で扶揺が返す。
    「この酔っ払い」
     腰に回した腕の力を強めて扶揺の頭に頬を擦り付けると、たまらないといった風に身を捩りながら声をあげて扶揺がまた笑った。
     いつもとはまるで違う、見たこともない様子の扶揺が最初は厄介だと思っていたが、なんだか慣れてしまった。
     可愛いとさえ思えてきている。
    「なんふぉん」
    「なんだ」
    「月がきれいだ」
    「そうだな」
     扶揺の髪が南風の首をくすぐる。
    「なんふぉん」
    「なんだ」
    「……ねむい」
     そう言われてみれば、随分長く月を見ていた気がする。
    「そろそろ帰るか……。送ってやる。玄真殿の扶揺の部屋でいいな?」
     扶揺がその問いに、南風の腕の中で振り返った。
    「なんふぉんのへやがいい」
    「私の?」
     扶揺はこくりと頷いた。
     扶揺の部屋の方が落ち着けると思うが確かにこんな状態で一人にするのは気になる。南風の部屋に泊まるのは珍しいことではないしまぁ良いかと連れて帰ることにした。
    「歩けるか?」
    「大丈夫」
     言いながらも、南風から離れがたそうにしている。それに気付いて扶揺に手を差し出した。
     おずおずと伸ばされた手が届く前に南風から手を握った。
     扶揺の歩く様子を注意深く見ながらゆっくりと歩き出す。
     大きな月に照らされて、道は夜にしては明るかった。
     しばらく歩いていると、足下が怪しかった扶揺が足をもつれさせて転びそうになった。とっさに腕を引いて受け止める。
     歩かせるのは無理なようだ。
     少し考えてから、南風は扶揺に背を向け地面に片膝をついて座る。
     扶揺は迷う様子もなく南風の肩に手を置いて、その背にもたれ掛かった。
     南風は立ち上がり、身体を揺らして扶揺を背負いやすい位置におさめる。
     軽くはないが、苦労するほどの重さではなかった。
    「寝ててもいいから」
     その言葉に扶揺は首を横に振って、南風の首に両手を回した。
     大きな満月を横目に小さな足音を聴く。
     揺れが心地よくて扶揺は目を閉じた。



     少し時間が掛かった帰路から辿り着いた部屋は窓から差し込む月の光で闇に沈む程でもなかった。
     目が慣れれば、わざわざ明かりをつけなくてもいいだろう。
     どうせもう寝るだけなのだから。
     そのまま寝台の側まで扶揺を背負ったまま部屋を進む。
    「着いたぞ」
     言われて扶揺は名残惜しく思いながら、屈んだ南風の背から離れた。
     ちゃんと床に降りたのを確認して立ち上がり、扶揺を寝台の端に座らせて、南風は部屋を出て行った。
     自分しか居なくなった部屋をぐるりと見回してから俯いて、微笑みながら足をぶらぶらさせて南風を待った。
    「飲めるか?」
     顔を上げると、扶揺の手をとって湯呑みを握らせた。中身は水だ。
     扶揺が湯呑みを口元に運びちゃんと飲み終わるのを見届けて、空になったそれを取り上げた。
    「お前の薄衣持ってくるから」
     と、南風は途中机の上に湯呑みを置いて、部屋の奥にある櫃へ向かう。
     数は少ないが、扶揺の服が南風の部屋にある。
     その背中を見送って、扶揺はおもむろに首に巻いている革帯に手をかけた。
     南風が服を取り出して振り返ると寝台に座ったまま一糸まとわぬ姿の扶揺が自分の横に畳んだ服を重ねているところだった。
    「扶揺!」
     慌てて薄衣を広げながら近づいて着せようとすると払われた。
    「お前も脱げ」
    「なんで」
    「一緒に寝よう」
    「そりゃ、この部屋に牀は一つしかないから一緒に寝るしかないが、裸である必要はないだろう?」
    「裸で寝たい」
    「…………したいのか?」
     扶揺は首を横に振った。
    「一緒に寝るだけでいいんだ」
     南風をみる扶揺の目は酔いのせいでとろんと溶け熱を帯びていて扇情的だった。
     素直に言えないだけともとれる目色だけれど南風には言っている事が本心だとちゃんと分かってしまう。
     だから頭に一瞬浮かんだ据え膳という言葉を打ち消した。
     いくら恋仲だと言ってもその気のない酔った相手に何を考えているのか。
    「分かった」
     あからさまに扶揺の顔に喜色に染まる。
    「すぐ行くから先に横になっていろ」
     南風はきちんと畳まれた扶揺の服と適当に畳んだ薄衣を湯呑みをおいた卓の上に置いて服を脱ぎ始めた。その間に扶揺はのろのろと寝台にあがり布団に潜り込む。
     湯呑みに引っ掛けないようにだけ気を付けて、脱いだ服を雑に折って最後に外した髪留めも一緒に扶揺の服の上へ放った。
     ……明日の朝、酔いが覚めた扶揺がみたら怒るだろうなとは思うが、さっきからどうにも視線を感じるので悠長に服を畳んでいるどころではない。居心地が悪い。
     まぁ、視線の主なんて一人しかいない。
     振り返ると案の上掛け布団から顔だけだして扶揺が見ていた。
    「どうかしたか」
    「なんふぉんがいる」
     言ってへにゃりと笑う。
     ずっと一緒にいたのだけど酔っ払いの言うことだ。整合性など考えても無意味だ。
     掛け布団をめくると扶揺が身体を奥へずらしたので、その横に寝転がり布団を掛ける。頭から布団を被った形になった扶揺がごそごそと動いて南風の上に寝そべって、布団から顔をだした。
    「なんふぉん」
     まるで子どもがはしゃいでいるような笑顔に南風も思わず笑ってしまう。
     南風が後頭部に手を伸ばし髪飾りをとる。それを枕元に置いてから南風の一覧の様子を見ていた扶揺の頭を撫でる。正気だったら多分怒るだろうが、今の扶揺はきょとんとした顔で大人しくされるがままだ。
     それから頬に手をやると扶揺はその手に一度頬を擦り付けて逃れると、南風の胸に頬を置いた。
    「南風の匂いがする」
    「そりゃ、本人だからな」
    「はは、確かにそうだ」
     扶揺の手が南風の背と敷き布の間に入り込んだ。
    「私はお前とこうしているのが好きだ」
     身体をぴったりと重ねて全身で感じる温かい肌が心地良い。力が抜けてやわらかい胸に耳を当てて南風の鼓動聴く。
    「気持ちが良い」
     酔って温かい身体に強く抱きしめられ、うっとりとした声でそんな事を言われては南風もさすがに苦笑するしかない。
     左腕を枕に、右手で静かになった扶揺の頭を撫でながら天井を見上げる。
     どれぐらい経ったか、そろそろ扶揺は眠っただろうかと思った頃
    「南風」
     と気怠げな声がした。
    「なんだ」
     今日何度目のやりとりだろう。扶揺もそう思ったのか、小さな笑い声がした。
    「ありがとう」
     突然の言葉に南風は思わず顔を上げた。
    「なんだその顔は」
    「お前に礼を言われるなんて」
    「私だって礼ぐらいいう」
    「言われたことあったか……?」
    「あるに決まっている」
     そんな場面がとっさに浮かばなくて南風は難しい顔をしてしまった。それを同じく顔を上げ不服そうに見ている扶揺に気付いてごまかすように亜麻色の髪を撫でた。
    「あー、それより、何の礼なんだ」
    「今日の」
     扶揺は再び南風の胸に頬を乗せる。
    「お前が忙しいのは分かってた。だから、駄目だって。でも、どうしても会いたくなって……。わがままだ。お前を困らせるとは思ったけど我慢出来なかった」
    「……」
    「声だけじゃ足りなくて、でも顔を見られればそれで良いと思ってた。はずなのに、お前が私の方を歩いてくるのをみたら、抱きしめられたら離れたくなくなった」
    「扶揺……」
     淡々とした調子の声になぜだか胸が締め付けられるような気がした。理由は南風にもよく分からない。
     右腕で扶揺の頭をそっと抱えると、髪に鼻先を埋めて口づけをする。
    「一緒に居たかった……だから」
     ゆっくりと息を吐いてもう一度言った「ありがとう」と思われる言葉の語尾はほとんど聞き取れなかった。
     とうとう力尽きたらしい扶揺の寝息が聞こえ始める。
    「お前らしくないな」
     どう受け止めて良いのかよく分からなくなって、南風は扶揺の頭に頬を押し当てた。
     酒に酔うと人の本性がでるという話しを聴いたことがある。
     本性とは?
     今夜の扶揺の様子が本来の姿だとはとても思えない。
     好いた相手の全てを理解は出来ないのは当たり前だ。でも、普段の扶揺だって扶揺だ。
     けれど。
     月の光の中でみた扶揺の様子を思い出す。
     それも扶揺の一部であるのは間違いないのだろう。
     甘えて、無邪気に笑って、好きだと、素直にありがとうと言う。
     表に出さないのか出せないのか、どちらにしても普段の捻くれた扶揺を思うと「酔っ払いの行動だ」と片付けてしまうのは違う気がして、少し切なかった。



    「……んっ」
     唐突に扶揺の眠りが終わった。
     覚醒していく意識に身体がついてこない。引き剥がすように無理矢理目を開く。
     目の前に上下する胸をみて自分の置かれてる状況が分からず顔を上げると、すぐ側に南風の寝顔があった。
     思わず南風の胸に手をついて上体を起こす。
     裸で抱き合って眠っていたらしい状況に扶揺は混乱した。
    「な、南風!」
    「……っ朝か?」
     開きづらそうな目を南風は擦った。
    「朝か? じゃない。これは一体どいうことだ、なんでお前がここに居る」
    「何もしてないぞ」
    「そんな事はどーでもいい」
     もう、数えるのも馬鹿らしいぐらい身体を重ねてる。今更したかしてないかなんてさほど問題ではない。だが、それが全く記憶にないとなれば話は別だ。
    「ここは私の部屋だ」
    「えっ」
     上体を起こす南風に合わせて扶揺も身を起こし、言われてその腹に跨がったまま辺りを見回す。
     確かに南風の部屋だった。
     自分の部屋に居たはずなのに何故? 眉根を寄せて思わず口を右手で覆う。
    「……お前、一番最後の記憶はなんだ」
    「最後? 最後……」
     記憶を引っ張り出そうと必死に思考を巡らせる。
     確か仕事が思ったより早く終わって、手持ち無沙汰になり、たまたま供えられたばかりの酒瓶を見つけてしまって……。
    「自分の部屋で……酒を呑んだ……」
    「それより後は?」
    「……思い出せない」
     扶揺はまたしばらく考えたあと、ひどく不快そうな顔をして腕を組んだ。
    「私はお前を襲ったのか?」
    「だから、何もしてないって言っただろう」
    「じゃあ、私は夕べ何を……」
    「一緒に月を見て、一緒に寝た。それだけだ」
    「なぜ裸なんだ」
    「それはお前が望んだ」
    「はぁ?」
     南風の言が信じられないと眉を顰めている。
     この、酔っていたときと全く違う、基本的南風に対して否定的な所は好ましくないがなんとなく安心してしまう。
    「何がおかしい」
     片眉をあげて見下ろしてくる扶揺があまりにもらしすぎて思わず笑っていた。
    「それより降りてくれ」
    「あぁ?」
    「出来れば私が耐えられなくなる前に」
     ため息をつきながら両手で腰を掴まれて、つられて扶揺は視線を下げた。
     裸で裸の南風の腹の上に座っている。
     尻に何が当たっているのは気付きたくなかったが気付いてしまったからには仕方が無かった。
    「お前……。朝からっ」
    「朝だからだろ」
     南風は眉間を揉んだ。
     顔を上げると心底軽蔑した目と目が合った。その目があまりにも夕べの目と違いすぎて、南風は扶揺がたどたどしく口にした気持ちを思いだした。
    「扶揺」
    「なんだ」
    「会いたければいつでも私に言えば良い」
    「はっ?」
    「我慢だとかわがままだとか、私に対して遠慮なんてお前らしくない」
     言われたことがよく分かっていないらしい、きょとんとした扶揺の頬を左手の手の平で包み親指で撫でる。
     しばらくされるがままで何かを考えていた扶揺の瞳が唐突に大きく揺れた。
     途端、みるみる顔が赤くなっていく。
     口を小さく開けたり閉じたりしながら、見たことがないくらい顔を真っ赤にした扶揺は
    「わ、私は別に、お前とずっと一緒に居たいとか思っては居ない!」
     不自然に大きな声をあげて、南風の腕をはたき落とした。


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