酔っ払った南風の話し 扶揺が酔っ払った。
それは見事に酔っ払って、記憶までも飛ばしたぐらいだ。
酔っ払っていつもと様子が変わった扶揺による被害者は南風だけだったが。
南風は別に被害者だとは思って居なかったし、いつもと違う扶揺に少し困惑したがもう二度と見られないかもしれない様子に可愛いなと思った瞬間もあったので、まぁ、いいか。といった具合だった。
とはいえ、扶揺をもう一度酔わせてみたいとは思わなかったので、原因の酒を扶揺が二度と飲まないように処分しようと考えた。
自分がどんな醜態をさらしたのか覚えていないという居心地の悪さに、扶揺は素直に南風に酒甕を差し出した。
どれほど飲んだんだと構えながら扶揺から酒甕を受け取ってみれば、全然減っている様子がない。
思わずどれぐらい飲んだのか訊ねてみると「多分湯呑み半杯ぐらい」という。
それぐらいであんなになるか? と思いながら南風はそれを持って帰った。
部屋に帰って一人。
机に置いた酒甕を見ながら南風は腕を組んで座っている。
たった湯飲み半杯ぐらいで扶揺をあれだけ酔わせた酒が気になって仕方がない。
もちろん、扶揺が特別酒に弱いという可能性もあるが……。
訊いたところによると、酒の味は「美味しかった……と思う」との返事だった。
つい好奇心から試しに少し呑んでみるとこれがめちゃめちゃ旨い。しかも口当たりが良くて呑みやすい。
だがめちゃめちゃ強い。
強さが後から追ってくる。
これは知らずに呑んだら絶対呑みすぎてしたたか酔う。
酒に弱い扶揺の惨状が納得の酒だった……。
しかし、これだけ旨い酒を捨てるのは勿体ないと南風は思ってしまった。
そして、これは元々は供物だ。ぞんざいに扱うのもよくない。という建前でこっそり自分の部屋に残しておくことにした。
南風の部屋の入口から少し開いた窓の隙間へ夜風が抜けた。
驚かせてやろうと気配を消して部屋に入る。中を見回すと、机に突っ伏している南風を見つけてその人物は眉間に皺を寄せた。
眠っているのかそれとも具合が悪いのか、判断がつきかねて近寄ってみようとしたとき
「扶揺か?」
姿勢を変える様子も無く南風は訊ねた。
「ああ、そうだ」
言いながら足を前に進めようとすると
「来るな、今日は帰れ」
と、顔を上げようともせずに、追い払うように手を振った。
そんな扱いに扶揺はあからさまに不愉快げな顔になる。
「お前……?」
文句を言おうとして南風が伏している机の上に見覚えのある酒甕と杯があるのに気がついた。
「呑んでたのか?」
「……ああ」
億劫そうに南風が応えるのを扶揺は口の端をあげた。
「酔ってるのか?」
「ああ……。だから近づくな」
「私の酔った姿を見ておいて自分は見られたくないとでも言う気か?」
「違う、そうじゃない」
心底楽しそうな扶揺の調子に南風は苛立ちが交ざった声で返した。
「じゃ、なんだ」
「強い酒だから気を付けてたんだが……呑みすぎた。ぎりぎりなんだ。それ以上近寄ったら私はお前に何をするか分からない」
「はっ? お前、それだけはっきり喋れておいて……私を馬鹿にしてるのか?」
「……」
「…………南風?」
「……」
何も言わず完全に動かなくなった南風の様子を窺いながら近づいてそっと覗き込む。
「南風?」
瞬間、南風上体を起こして扶揺の手首を掴むと据わった目を向けた。
「お前は……なんでそう私の言うことをきかないんだ。いつもいつも……。痛い目にあってからでは遅いんだぞ!」
南風の剣幕に思わず後退ろうとしたが、掴まれた腕がびくともしなくて出来なかった。
「お、お前には関係無い事だろう」
南風の指が僅かに扶揺の手首に沈むのに扶揺は顔を顰めた。
南風は立ち上がって扶揺の顔に自分の顔を近づける。
強く酒の匂いがする。その匂いだけで酔ってしまいそうだ。
「本気で言ってるのか?」
怒っている。
かなり本気で。
怒りにまかせた南風の手は酔いも手伝ってか力の加減などない。
痛みで顔が歪む。
扶揺はどうしたらいいのか何を言うのがいいのか迷った。
「お前じゃあるまいし、私はそんなへまはしない」
そうして出たのはいつもの憎まれ口で。
途端、扶揺は腕を強く引かれて、勢い机の上に倒れ込んだ。
「……っ」
衝撃で机の上を転がった酒甕と杯が床を叩く。
杯が割れる音がした。
とっさに起き上がろうとしたが南風はそれを許さなかった。
南風の手が扶揺の肩を強く押して天板に背をつけさせると足を払いその間に身体を割り込ませて、足を抱えて天板に身体を乗り上げさせた。
一瞬の出来事だった。
自分の置かれている状況を理解すると同時に扶揺の顔のすぐ横に左手を着いた南風の影が扶揺の顔に落ちる。
「隙だらけだ。こんなに簡単に組み伏せられてどの口が言う」
「それは、お……」
お前だからだと言いかけて口を噤んだ。
それを言ってしまったら南風に負けた気がするからだ。
半目で見下ろしてくる南風をきつく睨み付ける。
しばらく見つめ合ってから、突然南風が扶揺の首筋に噛みついた。
「いっ」
ひどく噛まれて思わず呻く。噛まれたことは初めてで無かったが、こんなに深く歯を立てられたことはなかった。
白い扶揺の首筋に血を滲ませて残る歯形を南風が舌先でなぞる。微かな痛みに混じる別の感覚に扶揺の身体が強張った。
ふと、南風は扶揺の身体からいつもの香の匂いがほとんどしない事に気付く。そのかわり、いつもは紛れてしまってほとんど匂わないものの香りがした。
南風は顔をあげて薄く笑う。
「私に抱かれに来たのか」
揶揄するような物言いに扶揺は顔が熱くなったのを感じた。
確かに南風の部屋に来たからと言って必ず交接するわけではない。でも何度か準備して来た事もあるし、今までそんな風に露骨に言われた事がなかったから目の前が白くなったように感じた。
扶揺が羞恥心で動けなくなっている間に南風は懐から梱仙索を取り出して放る。微かに光る鎖は扶揺の両手首をまとめて頭上で縛り上げそのまま机の脚に巻き付いた。
「……!」
我に返った扶揺の表情が強張る。
「お前、本当に……」
南風が深い溜息をついた。
「いくら相手が私でも、この状況で油断しすぎだ」
扶揺の途方に暮れた顔を見て南風は憮然として
「私は忠告しただろう」
と、突き放すように言った。
このまま好き勝手されるのも癪に障るので風信を蹴飛ばしてやろうと脚を上げたが、あっさり足首を掴まれて阻まれる。なおも抵抗しようともう一方の脚を上げようとした。
「暴れると机が壊れるかひっくり返るぞ」
己の醜態を想像して思わず止まってしまう。
頭の上で縛られ固定されているから、どっちにしても無傷では済まない。
扶揺はただ南風を睨み付け唸るしか出来なかった。
そんな扶揺をしばらく眺めてから、掴んでいた足を扶揺の腹に押しつけて、もう片方の手で南風はその顎をつかんだ。
近づいてくる南風から思わず顔を背けようとしたがしっかり顎が固定されていて無理だった。
ならばと身構えると唇が触れあう直前に南風は顔を上げた。
「噛まれてはかなわない」
お見通しだと言わんばかりのしたり顔で見下ろしてくる。それに扶揺は歯噛みした。
悔しそうにしてる扶揺に満足げな笑みをみせてから、扶揺から靴と下履きごと洋袴を脱がせると両方とも背後へ放った。
「さて、どうするか」
その言葉に少し不安げな顔をした扶揺の足を掴み引き上げると白い足首に唇で触れた。
「!?」
目を見開いた扶揺に視線を向けたまま舌を這わせる。
足の甲を辿り足の指を食まれた。
反射的に足を引こうとしたがそれは許されなかった。
濡れた生ぬるい舌にくすぐられて、気持ちが悪いとか良いとかそんな事を考えるより無性に居たたまれなくなって扶揺は目を背ける。
南風は微かに震える足裏に口づけてから、裏膝に手をやって腹に押しつけた。
もう片方の手で上着の裾ををまくり上げる。
裸を見られるなんて今更なのに羞恥心で身体を強張らせた。
本来なら隠されている場所に南風の視線を感じてますます顔が熱くなる。
「……っ!」
南風の指に秘所の窄まりを触れられて扶揺の身体が跳ねた。
差し込まれた指に中を探られて、忍ばせていた香油がこぼれでる。
「準備万端なんだな」
普段の南風ならこの状況でそんな揶揄うような言い方はしない。
「ちがっ」
悔しさに思わず否定しようとしたが、南風の指に中を軽く突かれて語尾を飲み込んだ。
耐えようと思うのに南風の指に翻弄されてしまい段々と抑えられなくなる。
指だけでは物足りなくなるのに時間は掛からなかった。
かろうじて残った矜持に抵抗をしようとするたびに縛られ自由が無いことを思いしらされ、勝手に動く腰を浅ましく感じるのを拘束されて抵抗できないのだから仕方が無いという思いが塗りつぶしていく。
「ぁ……なんふぉん」
無意識に甘ったるいせがむような声がこぼれた。
南風が指を引き抜いてのし掛かってくる。
漸くと扶揺は期待したのに、いっこうに入ってこない。
「?」
しびれを切らせてそろそろと目をあけると、南風が眉間に皺を寄せて扶揺を見下ろしていた。
思わず黙って見つめ合ってしまう。
何を考えているか想像できなくて、南風の表情から読み取ろうとしたら
「やめた」
と、素っ気なく言って上体を起こした。
「は?」
扶揺に背を向けて歩きながら手を振ると扶揺を拘束していた梱仙索が消える。南風は牀榻に辿り着くとそのまま横になった。
扶揺は起き上がって床に足をつけ立ち上がる。そのまま南風の後を追って牀榻の傍らに立った。
「どういうつもりだ」
「何が」
「『何が』じゃない、ここまでしといて止めるのか」
「ああ」
興味なさそうに言われて扶揺は絶句した。
「お前の望み通りなら罰の意味が無い」
そう言われて扶揺は顔を赤くして口を開いたが声は出さなかった。
いや、出なかったのか。
「さっさと部屋に帰れ。私は寝る」
南風はもそもそと動いてから大人しくなった。そして、たいした時間も経っていないのに南風の寝息が聞こえ始めて、扶揺は慌てて牀榻に上がる。
「南風!!」
敷き布の上に膝立ちになり肩を掴んで揺らしてみたが起きる気配はない。
「起きろ!」
言って南風の二の腕に拳を落としたがやっぱり起きる様子はなかった。
ドン、ドン、ドン。
一定の間隔で背を打たれてる事に気付いた途端、一気に目が覚めた。
顔だけで後ろを見ると扶揺が不機嫌顔で拳をあげているところだった。
「起きたか」
「まだ居たのか」
同時に言って。二人は思わず次の言葉を飲み込んだ。
ややあって。
「お前は本当に私の話をきかないな……」
南風がため息交じりに言うのに扶揺の眉間の皺が深くなった。
「私はどれぐらい眠ってたんだ」
「一盞茶はすぎた」
「そんなものか」
と訊いておいて興味なさげに返されて扶揺はさらに不機嫌になった。
「そんな事より、お前は酔ってて覚えてないだろうが」
「覚えてる」
「え?」
「最初から最後までちゃんと覚えている。だから落ち込んでるんだ」
南風は言ってからもう一度扶揺に背を向けた。
いちいち反応が悪いのは自分の扶揺への行いを悔やんでるかららしい。
「今日はする気になれない。だからお前も諦めて部屋に戻れ」
「勝手なことをいうな」
いつもならここまで言われたら怒って帰りそうなものなのにそんな様子がなくて南風は内心首を傾げた。
「なんだ、やけに食い下がるな…………そんなに縛られたまましたいのか?」
少し笑いを含んだ意地の悪い言い方をしてみたら、扶揺は黙り込んだ。
怒らせるつもりで言ったのに反応がないので振り向いてみると、扶揺はあひる座りで顔を真っ赤にしていた。
「お前……」
「うるさい」
「そんな趣味が」
「うるさい」
「…………」
「うるさいうるさいうるさい」
「何もいってない」
「私をこんなにしといて」
顔を赤くしたまま居心地悪そうにしている。
洋袴ははいてない、さっきの姿のままだ。下半身でも上着に隠れている部分は退っ引きならない状態になっているようだ。
「自分でなっ」
素早く枕を南風の頭の下から引き抜いて顔に叩きつける。
ここで引き下がって自分でなんとかするのが気に入らないらしい。とんだ負けず嫌いだと思ったが、これは負けず嫌いなのか? この状況で抱かれた方が負けなんじゃ無いか? 南風はどう理解していいのか分からなくて眉根を寄せた。
「とりあえずお前の気持ちはわかった」
南風の言葉に気のせいかと思う程度に表情を緩める。
「でも、今日はしない」
続く南風の言葉に眉を跳ね上げた扶揺が枕を振り上げて南風の顔に思いっきり叩きつけた。