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    えねこん

    @minatong

    汚泥のスケベテキストメーカー。地獄とスケベを出力する。オタクと言えるほどオタクでもないし腐女子というほど腐女子に詳しくない。ただの変態。

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    えねこん

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    「オベリスクの檻」
    気が向いたら続き書くシリーズ

    #エネアド
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    #ENNEAD
    #アヌセト
    anuset

    オベリスクの檻 月明かりは無い。
     太陽の光も見えなくなって久しい。
     湿った土と冷えた岩、獣油に芯を立てて揺れる灯火。
     この身を包むリネンだけが優しくそれが腹立たしい。
    「畜生‼」
     水差しを叩き割り、盃を壁に投げつけ吠える。
     赫髪を燃え盛る炎のように振り乱して頭を壁に叩きつけるが、二度目の自傷行為の前に壁一面が生い茂る蔦に覆われて自らの頭を叩き割ることは叶わなくなった。
    「うぅ……あ……あぁ…」
     常夜にして常世。混沌より分かたれし死者の廻る川。
     禊裁き輪廻を繰り返す法廷の聳える冥界の名はドゥアト。

    「あああああああああああああああああ‼」

     その深淵にて王弟セトは咆哮した。



     昏き流れの国に聳える巨大なオベリスク。その中でも一際異彩を放つ赤い方尖塔には魔力ヘカを帯びた文様が刻み込まれ、内部には外からの寸法に見合わぬ広さの空間が作られていた。
     産屋うぶやである。
    「王弟のご様子は」
    「気が立っておられるようです。お食事はおろか水も口にしません」
    「……オシリス様の命とはいえ、骨が折れる」
     埃及の法廷で力を封じられた亜神となった王位の簒奪者、王弟セトを封じた赤い方尖塔の前で黒狼の冠頭衣タージュを深く被った一柱、アヌビスが俯きがちに溜息をつく。
    「そもそも中の様子など王には全てお見通しだというのに」
    ぼやいていても仕事は進まない。
     王には王の役目が有り、他には他の役割がある。
     死者を導く勤めの傍らにアヌビスが王より仰せつかった赫髪の亜神を冥界へ連れてくる任は、其の儘世話係へと移行した。
    『……何故? 神とはいえ人間と何ら変わらないのでは。他の者で事足りるでしょう』
    『――俺なりの温情なのだ。セトへのな』
    そんな王との遣り取りがあったのもつい先日のこと。
     何処か白々しく、あの亜神に関して深く立ち入ることを言外に拒みながら自分に役目を与える主に疑念を抱かない訳では無いが。
    「新しい水差しと食料は」
    「はい、こちらに」
     黒狼面の下から、長いまつ毛に縁取られた黒い瞳が赤い方尖塔を見上げる。
     戦場で流れる血の川と同じ色であり、中に保護された王弟の色と同じ色。草木の育たぬ砂漠の土もまた赤であり、地上の炎と怒りの色でもある。其の色は冥界にはあまりにも激しい――。
     無言で食料と水差し、それに手当用の清潔な布の入った籠を受け取り、死者の神は内側から抑えきれない殺気が漏れ出る、扉のない産屋の中へと入っていった。



     中は殺気で充ち満ちていた。
     この元が、たった一人の亜神だなんて。
     既にアヌビスの後ろに出口はなく、その空間はオシリスの手の中であり、王弟の寝所であった。
    「父上」
    アヌビスがこう呼びかけると、保護されたセトは体をビクつかせ壁を破壊する手を止めた。部屋の石壁一面が濃い緑に覆われ、振り返る王弟の額や拳には乾き褐色に固まった血の跡が。
     武器になるようなものは何もないと思っていた部屋の中で、彼は寝台に敷かれていた麻布を破き、部屋の石材や割れた食器を包んでそれを振り回して壁を破壊しようとしていた。
     その重量と遠心力を叩きつけられるとなれば、成る程、下手な世話係は充てられない。
     脱出への執念を目の当たりにし、逆境に対する戦神の精神力を見くびっていたとアヌビスは慄いていた。そんな彼が、自分が自死を仄めかしただけで震えながら冥界へ降りてきたことが未だに理解できない。
    「父上。水も食料も地上の物を持ってきました。手当をしますから、座ってくださいますか」
    「ッ……――く………」
     王弟は散々アヌビスを、まるで胸を締め付けられているかのような目で見た後に崩した寝台の端に腰を下ろした。
     部屋に満ちていた圧し潰すかのような殺気は和らいでいる。
     自分が手当をしに来たのに、まるで病に伏せる我が子を案じるような視線を向けられている。
     傷口に食い込んだ石辺や千切れた葉や棘を取り除き、膏薬を薄く塗り麻を巻く。
    「……手当が上手くなったな、アヌビス。ネフティスにそっくりだ」
    「……あ――」
     ありがとうございます、と言うのは何か喉に引っかかりを覚えて躊躇われた。幼い何かが『ほんとうですかちちうえ』と応える声が聞こえた気がする。
    「……本当ですか、父上」
     正しい応え方をしたと王弟の顔を見て、アヌビスですら理解する。きつく眉を寄せていた赫眼が今にも落涙しそうなほどに潤んで、長い髪を弾ませた王弟に抱きつかれた。
     それが戦意による襲撃ではないかと一瞬体が強張るが、抱き締める腕の温もりとどこか遠く懐かしい感覚に目をつむり身を委ね、寝台に仰向けに倒れ込む。
    「……す…アヌビス……」
     ずるりと冠頭衣が緩み、床の上へと落ち、長い黒髪が広がっていく。黒土の上を流れる水のように。
     彼はまだ父親の抱き締め方を知らない。
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