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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    隆ツ。クラゲの話。

    クラゲの夢 こんな生き物になれたら幸せだったのだろうか。
     プロジェクターによって室内に投影されたクラゲの映像は僕にそんな思いを抱かせた。

     生憎と生物のことは専門外だ。この生き物に思考やそれに類する感覚・判断というものが存在するのかは情報にアクセスしなければ分からない。しかし触手の絡まったまま無為に漂う姿にはまるでそれらが無いように感じられる。
     何もなくても綺麗で、無様でもそれなりだ。
     そういうものになれたらよかった。だが僕の脳は思考し続け、判断し続ける。そう作られたからと出生に原因を求めるなら楽だろう。残念ながらこれは生来続けてきた癖で、計算機に数式を入力すれば答えが出るように、僕が何かを認識した時、脳は思考に走り出す。
     時々それが煩わしい。何も考えずにいるというのは僕にとって手に入れ難い贅沢だ。意識的にそういう時間を作ろうにも、ぼんやりとした空虚は退屈で、機会を作っても結局こうなってしまう。思考しないことが出来ない。思考することを辞められない。

     他人が僕を天才と呼ぶとき、全ての能力は「デザインされた」と見做されることが多い。しかしそれならば沖野司は「量産」されているはずだ。たとえ初めの一個体が入念なカスタマイズの成果だったとしても現代の技術ならクローニングは簡単だ。その必要が無いか、無意味だから研究者達はそれをしなかった。
     少なくとも彼らは理解していた。沖野司に先天的に与えられたのは遺伝的な素養と健康な身体だけで、僕が成人した今も天才でいるのはシンプルに僕が思考し続けたからだ。
     得た知識を組み合わせ、応用し、新たな学習と発見をすることは多少訓練すれば誰にでも出来る。それをしないのは怠慢で、現に僕以外で最先端にいる優秀とされる人々は息をするようにそれを行い続けている。だが怠慢なる無辜の人々は僕に天才のレッテルを張りつけて、生まれ持った特別だからそれが成せるのだと言い放つ。

     馬鹿げている。

     僕は天才と呼ばれるだけの十分な成果を残し、未だ積み上げ続けているが別に全知でも万能でもない普通の人間だ。オフラインの自分の脳だけではクラゲの生態など全くの未知で、目の前のこれらが何という種類のクラゲなのかも知らない。水族館巡りが趣味の素人の方がよほど詳しいことを知っているだろう。
     クラゲが傘を動かして――それを傘と呼ぶかすら定かではないが――何をしているか分からない。水の中で意志のなさそうに揺蕩う足、触手に神経が通っているかも知らない。見たところ水流に流されるばかりだから不随意であるのは間違いなさそうだ。
     もし気が向いて今、少しの操作でこいつらの名前と生態を知ったらそれをしばらく覚えていてしまうのだろう。一度忘れても必要になったら思い出すかもしれない。それはどんな時だろうか。水族館の管理システムにでも呼ばれたら役に立つかもしれない。生体管理の自動化はかなり煩雑だからそれなりの規模の案件になるだろう。拡張性、メンテンナンス性も加味するとなると面倒だな。誰にでも分かるものを作ってあげるか、保守契約だろ。受けたくない。

    「熱心に見ているな。気に入ったか?」
    「隆俊、」

     僕はまた思考に耽っていた。それも、とても詰まらない部類のものに。

     暗くした室内にはぼんやりと海中の暗い青が落ちている。光源と呼ぶのもおかしな話だが半透明のクラゲの身体だけが仄明るく輝き、その光が隆俊の横顔を照らしている。並んで寝転がって、僕たちは疑似的な深い海の中にいる。
     手を翳すと投影光が遮られるままにゆらゆらとクラゲ達が漂って、それを見た隆俊が目を細めた。彼が言うには部屋に海の中を投影するというのは宇宙コロニーでは定番のリラクゼーションらしい。地球では同じように星も見るそうだが、僕はどちらもしたことがなくてこれが初めてだった。

    「何世代も前の技術だよね。今なら三次元投影が主流だろ。インナーロシターを介せば触覚の再現だって……」
    「そうだな。だがあれは臨場感がありすぎるだろう?」
    「ああ、そういうことか」

     さっき聞いたばかりの使用用途。目の前にクラゲがいるのではエンターテイメントが過ぎる。ダイビングをしたいわけじゃないから二次元投影だけで済ませる。これはきっと、ぼんやりと眺めているうちに眠るためのものなのだろう。

    「一人だと多分、退屈だったと思う」
    「そうか。なら一緒に見よう。いつでも」
    「うん」

     隣に隆俊がいる、ということだけに思考を切り替えると彼の体温や呼吸が遊泳のまにまに感じられる。

     僕はクラゲになんかなれないし、こんな風に意志の無さそうなものになったらきっと僕じゃない。その時点で記憶と人格は失われたも同義だ。沖野司は絶えず思考することで僕足り得る。
     唯一の例外は隆俊だ。彼となら何も考えなくていい。いや、何も考えたくないのか。それでも僕は形を保ち、僕のまま居ることができる。

     そうだ、僕はクラゲなんかになるよりも彼とこうしている方が幸せだ。


    2023.03.09
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