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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    隆ツ。仕事でミスして甘える話。

    比治山の前で沖野の機嫌が悪いとは珍しいこともあるものだ。
    いや、交際する前はずっと不機嫌そうに見えていたがそれはそれ、少なくとも子供のように不貞腐れている様子は比治山が原因になってしまった時以外で初めて見ると言ってもよかった。
    部屋を訪ねた時点でそうだった上に、思い当たる節も無ければ本人も「隆俊は関係ない」と言うから真実、比治山の知らぬところで何かあったのだろう。
    定位置となったソファで沖野を呼ぶと、いつも通り腕の中に収まってきた。

    「ツカサ」
    「…………」
    「愚痴なら聞くぞ」
    「別に、」

    努めて優しい大人ぶった声色を作ったものの、沖野の機嫌はより一層傾いてしまった。
    なのにさっきまでよりも深く預けられた背中がかえって可愛らしく思えて、比治山は沖野の腕ごと緩く抱きしめる。しばらくの沈黙も彼の甘えが感じられるならば少しも退屈ではなかった。
    やがて、沖野はぽつりと零した。

    「……仕事でミスした」

    比治山の腕をいくらか持ち上げて、額を落として顔を伏せる。
    それは比治山にとっても意外だった。沖野は天才と名高いエンジニアだ。愚直で不器用ばかりの比治山と違って、何でも上手くこなしている印象がある。

    「こんなこと今までなかったのに」

    理由を吐き出したことで遠慮が無くなったのか、沖野はぐりぐりと腕へ額を押し付け始めたため、擦れて赤くなってしまわないように比治山は慌てて止めに入った。

    「別に、誰にでもミスくらいあるだろう」
    「そりゃあね。でも、今回のは最悪」
    「大きな事故になったのか」
    「いや、それ自体は本当に大した事ないよ」
    「ならいいじゃないか」
    「僕の、プライドの問題」

    これは根が深そうだ。
    沖野は迷いの残った手付きでコンソールモニタを開き、比治山の見やすい場所に移動させた。表示されているのは比治山が使用しているものと同じ、敷島の社内チャットツールだ。
    盗み見るような真似をしていいか少し躊躇いつつルーム名に目を走らせると開発部を中心とした複数部署を含むオープンチャンネルのようだ。

    沖野にメンションが飛ばされたスレッドは検証チームの不具合報告から始まっていた。内容としては特定の条件下で必要な機能が動かないというもので、門外漢の比治山にもシステム開発途上ではよくある事のように見える。
    それに対して沖野が現象を確認出来ないとして差し戻し、何度か同じやり取りが繰り返されて彼の対応に棘が見えてきたあたりで、同部署の人間から謙虚な調子で該当箇所の指摘と修正案が上げられていた。

    「僕だって多少の不具合を出したり上手く行かなかったりはするよ。ケアレスミスだってある。ただ、こんな風にいたずらにリソースを消費した挙句、他人に指摘されたことなんてなかった。僕が一番優秀だったから」
    「う、うむ……」

    スレッドは沖野の事務的な謝罪で終わっている。
    どんな分野でもよくある行き違いであるし、他のメンバーが彼の手落ちを責めている様子は特に見えないが、天才の傲慢と言おうか、沖野自身がこういったミスを理由に他人を見下すきらいがある。
    それがそのまま自分自身へ向いているわけだ。

    「もう少し他人を信頼してみたらどうだ。ほら、そんなに塞いでるとキノコが生えるぞ」
    「隆俊は僕にキノコが生えても愛してくれる」
    「なら大丈夫だろう?」
    「うん……」

    沖野はまだ若い。立ち直ればこれもいい経験になるだろう。
    比治山は彼の気が済むまで抱き締めていてやることにした。仕事に関して沖野は何でも出来てしまうから、たまには年上らしく頼りがいのあるところを見せられただろうか。
    声を交えた長いため息をひとつ吐いて、沖野は比治山の胸にしっかりと背を預けた。

    「僕も焼きが回ったなぁ」
    「ツカサ?」
    「何があっても前は面倒だとしか思わなかったのに。こんな風に気分が荒れることなんてなかった。君のせいで感情に波風が立つようになってしまった」

    楽しいことの分だけ、嫌なことが目につく。
    沖野は辛うじて聞き取ることの出来る小さな声で零した。

    「でも切り替えるよ。せっかく君と過ごしているのにいつまでも仕事のことを考えているのは馬鹿らしい」
    「気にするな。俺はどんなツカサでも知りたい。俺と出会って変わったのなら尚更だ。顔をよく見せてくれ」

    滑らかな顎に手をかけ、苦しくないように比治山の方へ向かせる。

    「……そこからで見えるの?」
    「見えるとも。いつも見てる」

    はにかんだ表情にもう不機嫌の色はない。

    「隆俊は本当に僕の顔が好きだね」

    氷が溶けるように和らいでいく頬は比治山が最も愛しく想うもののひとつだ。それを自分が彼に与えられた事を何よりも幸いだと感じる。
    沖野はやんわりと腕を解いて身体を捻った。

    「僕も隆俊の顔が見たい」
    「見て楽しい顔じゃないぞ」
    「楽しいよ」

    今度は向き合って抱き締めて、耳元で沖野が笑う。

    「これじゃあ顔が見えないね」

    もうすっかりいつも通りだ。残されたままになっていたモニタを消して彼の部屋から仕事を追い出した。


    2023.06.04
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