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    daibread139411

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    daibread139411

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    滅却師パロ ノアとの出逢いまで

    滅却師パロ潔世一はそれはもう、疲弊していた。


    相手——破面が特別強かったわけでも、取得練習中の完聖体を使用できたわけでもない。そう、尊敬すべきノア——陛下からの依頼であったとはいえ、少々時間は掛かったものの戦闘自体は難しいものではなかった。もう一戦はいける、そう考えるほどには気分も好い。にも関わらず、何故、疲弊しているのかといえば。


    「クソ哀れだなあ世一。こんな雑魚相手にお前が選ばれるなんて」


    ———外野が騒々しい。眉を顰め無視を決め込む潔を身長差によって見下しながら、その態度を気にも留めずニヤニヤと笑う男は肩に手を回し続ける。


    「この程度の破面、そこいらのクソ雑魚滅却師共にでも任せておけばいいものを。そろそろ呆けてきたのかもしれないな、あの老害も———」
    「黙れ。それ以上ペラペラと喋るならその五月蠅い口ごと喰い殺す」


    見事、潔の地雷を踏み抜き更に愉快そうに瞳を歪める男。ミヒャエル・カイザーが此度の疲労の原因であった。

    ——————————————————


    時は少し遡り、滅却師のみが住まう『見えざる帝国』にて。
    見えざる帝国の皇帝、全ての滅却師の始祖であり王であるノエル・ノア。そのノアから直々の呼び出しに、潔は小さくスキップをしながら廊下を進んでいた。
    ———前回の特訓の際に話していた初任務のことだろうか。或いは更に強い特訓でもつけてもらえるのかも。敬愛してやまない王からの呼び出しに、潔は正に天にも昇る気持ちであった。


    玉座の間、その直前で小さく深呼吸をする。気を抜き、裏で密かに呼んでいるノア様という愛称が出てきてしまわぬよう、小さく息を吸って思考を切り替える。そうして踏み出した、その瞬間であった。


    「ノア!何か御用です——」
    「遅かったな世一ぃ。まあその短い脚じゃあ仕方ないが」
    「何でテメェがここにいるんだよカス」
    「まあ!カスだなんて!陛下の前で下品だと思わないのか?全く躾がなってないな」
    「誰のせいだ誰の!」


    飼い主に懐く子犬のような表情から一変、猛獣のような険しい顔へと様変わりした潔は、その元凶である金髪の男を睨み付ける。それを酷く楽し気に見つめ返すミヒャエル・カイザー。正に一触即発といわんばかりの玉座に、小さなため息が一つ。


    「——————静粛に」


    弾かれたように姿勢を正し前を向く潔に対し、ため息交じり気だるげにゆっくりと前を向くカイザー。どこまでも正反対のようで、実は性根の似ているふたりに更にため息を深め、滅却師の王————ノエル・ノアは玉座に座したまま話を続ける。


    「カイザー、必要以上に潔世一を揶揄うな」
    「あいあ~い」
    「潔世一」
    「っはい!」
    「お前も見え透いた挑発に乗るな。お前ら二人、後継者候補としての品格と自覚を持て」
    「はい………」


    分かり易く落ち込む潔に先ほどまでの笑顔は何処、つまらそうな顔をしたカイザー。本当に此奴らは、幸福なんてものが数値化されているならとっくにマイナスに振りきれそうなほどのため息をつきながら、潔へと視線を向ける。


    「呼び出した要件だが」
    「はい!」
    「以前、訓練中に伝えた通りお前に初の実地任務を与える」
    「!」
    「場所は虚園、破面共の相手をしてもらう」
    「…破面?」
    「—————虚の上位種。虚の持つ仮面を外し、死神の力を手に入れたものたちのことだ」


    突如、自身の頭に手を置き折角のノアとの会話に乱入してきたカイザーに睨みを効かせる。まあ、破面のことは知らないし一からノアに説明させるのも、そう考え先を促すように横目で見ながら顎を引く。ネスが見ていれば即レットカードを切られるであろう無礼な態度。それに気分を悪くするのではなく、可笑しくてたまらないと言いたげに笑みを深め、カイザーは話を続けた。


    「といっても死神の能力を使うわけではないがな。生意気なことに組織内の階級なんて大層なモンもあるらしい」
    「……へえ」
    「———先の視察で階級が上の虚共はこちらで対処した」
    「…陛下がっておい!」
    「だ、そうだ。だからまあ、世一クンがやるのは残党狩りと役立てそうな駒探しってワケ」


    すぐさまノアへと意識を逸らそうとする潔の頭へぐいぐいと体重を掛ける。そうすれば直ぐに心地の良い殺気が飛んでくるから。口角をにんまりと上げ、潔の顔を覗き込む。


    「でもまあ、世一クンが破面と、ねえ…」
    「……何だよ」
    「いやァ?なあ、陛下」
    「何だ」
    「その任務、俺にも同行させろ」
    「は?」


    下から見上げるよう、先程とは比べものにはならない殺気が刺さる。すぐさま反応してやりたいところではある。が、今はこちらを説得させるのが先だ。潔の頭を押さえたまま、無駄を嫌う合理性の塊のような男へ向き直る。


    「此奴が負けるとは思わんが世の中に絶対は貴方以外いない、そうだろう?」
    「………」
    「本番は次の侵攻、此奴が欠けるのは避けたいはずだ。俺であれば対処も回収も可能。生憎スケジュールだって空いている、ピッタリだろ?」


    顎に手を置き、考え出すノアに勝利を確信する。無駄なことに悩む性格ではない、検討の域に置かれたのであれば。不穏な気配を察知したのであろう、より暴れ出し腕から抜けた潔がぼさぼさになった頭を振り、睨み付ける。


    「何着いて来ようとしてんだお前!これは俺が!頼まれた任務!」
    「そんなの弱々世一クンだけじゃあ心配で仕方ないからに決まってんだろ」
    「わあったよ、今すぐ表出ろ。そのいけ好かないツラ嚙み殺してやる」
    「————潔世一」


    確実に悪化しているであろう気の短さを発揮し、今にでも飛び出さんとばかりの潔を静かな声が引き留める。それにすぐさま反応し、どこか嫌そうな、焦った顔をする男へ、思考を整理していたであろう敬愛する王————ノアは残酷にも告げる。


    「任務だが、ミヒャエル・カイザーと共に向かうように」
    「は………」
    「着いていくには任務の詳細はお前が伝えろ、カイザー」
    「へえへえ」


    告げられた言葉を理解したくないのか、目を回す潔を連れ、此方に向かっていたときの潔のようにスキップをして玉座の間を退室するカイザー。嵐のように去っていく後継者候補たちに、またもやため息をつく。此奴らぐらいだ、己にため息を付かせるのは。まあ、獣に喰われるか、薔薇のモノにされるか。現在の実力だけで言えばにやりと笑う青薔薇を、一方自身も一目ぼれした灰簾石を、ふたりを思い浮かべ更に深くため息。


    「…まあ、見物だな」


    滅多に表情を変えることのない男がふわりと口角を上げたのを、三日月だけが見つめていた。

    ——————————————————

    潔世一という男は、奇怪である。

    潔は優しい両親に愛情いっぱいに育てられた、近所でも評判の人当たりの良い好青年である。当家からは勘当されてしまった滅却師である母から滅却師の力を引き継ぎ、人を助けるために日々その力を奮っている。また力があるからと奢らず、母や父の教えの通り弱きを救い、虚を滅すること以外にその力を奮ったことはない。

    そう、その評判と実績だけ見れば、正に真人間であると言えよう。間違っても奇怪などという不名誉な評価がされるようなものはない。にも関わらず、彼の所属するサッカー部の友人たちは、口を揃えて奇怪、そう言うのである。何故、そう聞いても何となく、というこれまた不明瞭な返答が返ってくる。更に詳しくと踏み込めば、特に仲のいい男がひとつ、小さく漏らした。

    —————普段は普通で、本当に良い奴なんだ。でも、時々、それこそサッカーでゴール決める時とか、勝負事とか、夕日が沈んで暗くなった時、とか。そういう時に彼奴の大きい目がさ、凄く、怖くなる。獲物を狩ることを、楽しんでるみたいな。そう、凄く暗い青になる気がして。どっちが本当の潔か、分からなくなることが、あるんだ。


    ——————————————————

    「お弁当持った~?」
    「持った!傘も持ったよ!」
    「準備万端!いってらっしゃ~い!」
    「いってきます!」


    毎朝の恒例である母とのやり取りを終えた潔は、手首にぶら下げた滅却師十字を揺らし元気に家を飛び出した。今日は部活を終えてそのまま虚退治に向かう予定なので、母から弁当を二つ持たされている。

    ——潔世一は、滅却師である。現代ではほぼ存在しない、虚を滅する力を持つ種族だ。人間の父と純血統滅却師の母から生まれた混血統滅却師。それが潔世一である。

    母の生家について、或いは滅却師について、詳しく聞いたことはない。でも、優しい母がその話をするとき酷く苦しそうな顔をするからきっと、碌なものではないのだろう。元々戦闘に消極的であったという母から教わった滅却師の能力は少ない。虚を倒すには十分。だが、何だかそれでは満足できず、勝手に応用して技を作ったり、血液に霊子を流し身体能力を底上げする、名がついていそうな技を取得したりなんてことをコソコソとしているが。


    「~!切り替え!」


    体を動かせばすぐ切り替えられる筈の脳が昨日からとっ散らかっている。その証拠に登校中にも関わらず、何故だかそう、ふと自分のルーツについて気になってしまった。いや何故か、なんて。先日配布された、今も手元にある進路調査のせいに決まっている。——17歳、高校二年生。そろそろ進路を、なんて流れになるのは当たり前だ。滅却師の自分も人としての自分も両立できる将来を、それなりに考えてはいた。両親も自分のしたいように、と最大限己の意思を尊重してくれる。それでも言葉には出さずとも、滅却師としての人生をなるべく避けてほしそうなその様子に、潔は調査票を握り締めた。

    今もそう、くしゃくしゃになった調査票を持て余している。大学生になる自分も、サッカーを続ける自分も思い浮かぶものの、滅却師の自分をいちばんに思い浮かべてしまう。だからといって、両親を困らせたいわけでもない。でも————


    「潔!おはよ~!」
    「っおはよう!」


    友人の挨拶に沈み込んでいた思考が我に返った。咄嗟にポケットの中に突っ込んだ調査票が、更にくしゃりと音を立てた気がする。まあ、今考えても仕方ない。無理に頭を切り替え、友人に続くようにして学校への道を急ぐ。潔の感情を表すように、滅却師十字が小さく揺れ続けていた。

    ——————————————————

    「この辺、だよな」

    日が沈み、暗くなった廃公園を進む。虚の出現を確認し駆け付けたものの、一向に姿を現さない虚探しに潔は苦戦していた。生憎虚に恐怖心は感じないが、暗く人気のない廃公園の雰囲気は怖い。無駄に広い公園に虚の気配だけが漂っている。


    「何だってこんなところに……」


    ぶつくさと文句を言いながらも、足を止めずにキョロキョロと周りを見渡す。今にも壊れそうな、無駄に大きな遊具や建物の影を注意しながら覗くその手には青い弓が握られている。人の気配はないし、隠れるような狡猾な虚に急襲を受けた際の対策になる。そう自分に言い訳をし、青く美しい明りを頼りに物影を探索している、その瞬間であった。


    「っ誰だ!」


    背後から小さく物音が鳴った。風ではない。潔の優秀な五感はそこに何者かがいることを感じ取っていた。慎重に、霊子で作り出した矢をつがえながら音のした方へ進む。あと少し、距離を詰め弓矢を向けたその瞬間、辺りに風が吹き鬱蒼と生えていた木々が揺れる。その合間を縫うよう、月光が照らしたその先には、


    ————温度の感じられない酷く威圧感のある、異国の者がいた。切れ長の目はこれまた温度の感じられない、空に浮かぶ月のような金色をしている。白く美しい軍服とは対照的に、肩に掛けたマントはボロボロで何だかチグハグだ。しかし、其れさえも似合っている男の様子に、潔は思わず魅入ってしまう。弓矢を中途半端につがえた男と、コスプレのような恰好をした異国の男。ふたりが無言で見つめ合う、そんな奇妙な空気を壊すかのようにけたたましい地響きのような唸り声が辺りに響く。それにハッと我に返った潔は、目の前で未だ微動だにしない男に身振り手振りを駆使し話しかける。


    「えーっと!あ!ここ!デンジャラス!ラン!逃げて!」
    「………」
    「ど、どうしよう、英語圏の人じゃないのかな」
    「日本語で構わない」
    「そう日本語、って………日本語喋れたんすか!?」


    何でもないような顔をしながら頷く男に、小さく肩を落とす。何だったんだ今の苦労は。まあでも、言葉が通じるなら願ったり叶ったりである。持ち前の切り替えの速さと適応力を発揮し、異様な空気の中、鈍感なのか顔色ひとつ変えぬ男に向き合い手を引く。


    「まあいいや!今ここは凄く危険で!何かの撮影…かもしれないんですけど一旦逃げましょう!」
    「何故だ?」
    「な、何故って…説明、はしにくくて…終わったらちゃんと話すんでとにかく!」


    納得はいってなさそうなものの、素直に手を引かれる男にほっと息をつき出口を目指す。しかし、次の一歩を踏み出したとき、大人しくついてきたと思っていた男によって後ろに手を引かれる。たたらを踏み元凶の男へと背を預ける形になってしまった潔が、何事かと後ろを振り向こうとした、その時。


    「って!何ですか、って————


    前方で大きな物音が鳴る。先程、自身が踏み出そうとしていたその場所に、大きな木が倒れた。倒れた樹木の上には、にたりと笑ったような仮面を付けた虚。———止められていなければ、あと少しで潰されるところだった。それに遅れて気づき背筋を凍らせる。しかし、すぐさま頭を振り思考を切り替える。こんなことをしている場合ではない、気づかれたなら追われて逃げるよりも倒してしまった方が楽だ。ああ、でも何より先に、

    ——前を向いたまま黙った潔に、異国の男は不審そうに首を傾げる。見たところ怪我はなさそうだが。顔を覗き込もうとした、その瞬間であった。


    「……?どうかし———
    「———助けてくれて、ありがとうございます」


    虚と見つめ合ったまま、礼を伝えられた。そんな場面ではないだろうに、何よりも優先すべきことかのように感謝を伝えてくる男に、異国の男は目を見開く。

    先程まで焦りを滲ませていた瞳は、今は酷く落ち着き、穏やかな春の海のように凪いでいる。にも関わらず、その凪いだ青の先には、目の前の虚への敵意と隠し切れない戦闘への興奮が滲みだしている。そんな、一見チグハグながらもそれがさも当たり前かのように共存するその灰簾石に、男は目を奪われた。


    「とりあえず、俺より後ろに。これ片づけたらしっかり、お礼伝えるんで」
    「………」


    返事はないものの一歩下がった様子の男に息を吐き、青い弓を握り直す。こちらを見てもニタニタとした表情を変えない虚の様子に、倒し甲斐がありそうだな、なんて場違いなことを考えながら矢をつがえた。弓矢を向けられても尚、余裕綽々とこちらの様子を伺う虚が戯れのようにその手を振りかざす。


    「———遅いんだよ、間抜け」


    こちらに迫る手に焦ることなく、虚の頭の中心を青く美しい矢が貫いた。一拍後、醜く笑っていた仮面ごと、その虚が美しい青い焔によって燃え尽きる。何度見ても感心するほど美しいその光景に、ほうと息をついた。———思っていたより簡単に終わってしまった、なんて物足りなさを感じながらも異国人の無事を確認するため後ろを振り向く。


    「あーっと!お待たせしました、って、え、


    ————異国の男、その後ろに先ほど倒したものとは別の虚が、いる。先程倒したものより、ずっとずっと楽しそうにニヤニヤとこちらを見て笑っている。—しまった。矢をつがえる時間などない、今にもその爪を異国の男に振り下ろそうとしているのだから。咄嗟に男と虚の間に滑り込み、血液に霊子を流し込み腕を掲げた、その瞬間。

    美しい青い矢が、先ほどと同じように虚の頭を撃ち抜く。寸分の狂いもなく眉間を撃ち抜かれた虚は、そのままその青い焔によって焼き尽くされた。言葉もなく後ろを振り向けば、異国の者が持つのは潔とは少し違う、だが同じ輝きを持つ青い弓。その光景に潔は思わず言葉を失う。だって、それは。


    「————滅却師、だ」


    母以外の滅却師など初めて見た。それでも分かる。この男は、強い。一矢、霊子兵装如きで何が、そう言われるかもしれない。が、この男の放つそれを見た瞬間、潔はその優れた五感が、滅却師としての血が震え上がったのを感じたのだ。
    興社との遭遇に言葉を失い、唯々こちらを見つめる潔に、異国の者は気にすることなく暗闇で光る金色の目を合わせる。


    「両親は?」
    「………へ?」
    「お前の両親は?」
    「えっと、母が滅却師で父が人間です」
    「混血か」


    咄嗟ながらも質問の意図を汲み取った潔の回答に、異国の男は考え込み、質問を続ける。


    「先程発動していた技は母からの教えか?」
    「さっきのは、自分でやってたらなんとなくできて」
    「…混血でありながら静血装を自力で、か」
    「……やっぱりさっきのって技名あったんですか!?」


    思わぬ出逢いと思わぬ収穫にテンションが上がる。そのテンションのままグイッと距離を詰めれば、異国の男は慣れていないのか少し体をずらした。
    ———やべ、初対面のひとにグイグイ行き過ぎた。その反応に冷静になり、恥ずかしそうに頬を掻きながら元へと戻り、改めて異国の男と向き合う。


    「さっきは2回も助けていただいてありがとうございました。俺、潔世一っていいます。見ての通り滅却師です。俺、母親以外の滅却師に会ったの初めてで、興奮しちゃって。よければ、色々教えて欲しいなって、思ってるんですけど」


    感謝と挨拶と共に伸ばされた掌を、異国の男はじっと見つめる。永遠と、一瞬ともとれるような時間が過ぎ、男が掌を重ねようとした、その瞬間。


    「—————陛下、お時間です」


    暗闇から唐突に聞こえてきたその声に潔は肩を跳ねさせる。いつの間にか、差し出そうとしていた掌に懐中時計を乗せた異国の男は小さくため息をついた。そうして何事もなかったかのように、声のした暗闇の方へと歩いていく。

    ———駄目だったかあ。ひとり寂しく伸ばされたままの掌を下げようとした潔に、暗闇へと吸い込まれる一歩手前で異国の男が足を止める。


    「————3日後、同じ時刻に此処で」
    「………へ」
    「ああ、それと、


    突如放たれた言葉に驚いたように顔を上げれば、異国の男のもつ金色と目が合う。暗闇の中光り輝くそれに、狐に抓まれたように言葉を失う潔に表情も変えることなく、淡々と異国の男は言い放つ。


    「俺の名前はノエル・ノアだ。潔世一」
    「は…」


    異国の男———ノエル・ノアは言うだけ言うなりさっさと暗闇に残り一歩を踏み出す。一拍遅れて潔もそこへ踏み入れれば、そこには人の気配などない暗い鬱蒼とした木々が広がっている。

    ————消えちゃった。すげえ。名も知らぬ技を使い、俺の知らないことを知っている、圧倒的な強さを誇るであろう滅却師。ノエル・ノア。その名を口の中で転がし、遠足前のような胸の高鳴りを感じていれば胸ポケットの携帯が小さく揺れ出す。焦ったように開けばそこに表示される名は潔伊世。母の名である。


    「っもしもし!」
    「よっちゃん!よかった!大丈夫?」
    「え、うん!全然元気だけど、何で?」
    「何でって、時間、凄く遅いから」


    思わず画面を見ればそこに表示される時間は22時。いつもであればとうに帰宅し風呂に入っている時間だ。


    「やば!ごめんなさい!」
    「無事で元気なら大丈夫よ。それよりよっちゃん、何かいいことでもあった?」
    「な、なんで?」
    「朝、何だか元気がなさそうだったから心配してたの。でも今はとっても楽しそうだから」


    ——見抜かれていたらしい。母の対息子に関する観察力の鋭さに思わず舌を巻く。心配なんてかけるつもりじゃなかったのに。隠し事を責めるのではなく、無事なら楽しそうならよかったと言わんばかりの母に笑みを零した。でも、


    「……なんでもないよ。ただ、」
    「うん?」
    「月が、綺麗だったから。金色で、すごく」


    ———何となく、誤魔化してしまった。カーテンを開いた音がして、そうねえと朗らかに笑う母に、どことなく罪悪感で胸が痛む。でも、この出会いはなんだか黙っていた方がいい気がして。罪悪感で割れそうになる口を、あの男のような金色の月を見て塞ぐ。3日後、どうやって誤魔化そうかな。アリバイ口実を考えながら、母の電話とともに潔は帰路を急いだ。
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