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    花式 カイロ

    @arisaki_hspr

    自創作本編とは1μも関係のない怪文書と、自創作の小説を投げつけるだけの場所です。
    あとちょっとセンシティブな絵も載せようと思う。

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    花式 カイロ

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    登場キャラクター
    ・ヴァイス
    ・ノワール

    二十一話 面白いもの ぐっと伸びをしながら廊下を進む。途中ですれ違った寮の住人達と軽く挨拶を交わしつつ、ヴァイスは食堂へと向かっていた。夕飯を摂るためだ。
     実はディアンとの作業中、実にシンプルな流れで夕飯の話題を振りかけたのだが、他にやることがあるらしく呆気なく断られてしまったのだ。その一件で変な形に吹っ切れたヴァイスは、ごく稀にあるレベルの珍行動を取ろうとしていた。そう、おひとり様ディナーだ。
     他に人がいる可能性が高い食堂で夕飯を食べるのだから、厳密にはおひとり様ディナーではないだろう。が、隣やあい向かいで駄弁りながら皿を囲む者がいないのだ。それはもうお一人様と言っても相違ない。
     ヴァイスは雑破な思考回路をつなげることが多かったから、そういう結論に至ることも少なくはないことだ。
     時間を気にすることもないために、ヴァイスはゆったりと歩みを進めていた。その間も何も考えていないわけではなく、明日の任務のことや勉強のこと、戦闘の脳内シミュレーションなど、雑多な話題で脳を埋め尽くしている。それでもやはり多くを占めるのは、あの蝶のこと。これ以上考えても仕方ないと分かってはいるが、あれについてのさまざまな妄想がとどまるところを知らなかった。
    「あ、ヴァイス。こんなところにいたんだ、探したよ」
    「うおわっ」
     不意に後ろから声をかけられ、考え事に没頭していたヴァイスは情けなく驚いた。ステップを刻んで距離を置いた反射的な行動。不意打ちの声掛けと自らの意思を持たない行動に翻弄されながら、ヴァイスは声のした方を向いた。夜よりも深い真黒の髪と、その中で満月のように存在を主張する瞳。見慣れているはずのその顔を見て、ヴァイスはしばし固まった。
    「ノ、ワール」
     故障した機械のように詰まって発音されたその名前。ノワールはそれを不思議に思ったのか、軽く首を傾げた。
    「うん、僕だよ。……どうしたの、ヴァイス」
     巣にたっぷりと注がれた蜂蜜のような声で問いかけられた言葉。それが引き金になったみたく、ヴァイスの脳内でほったらかしにされていた記憶の棚が一瞬にして開いた。
     それは検査に赴く前に彼と交わしたやり取りのこと。どうしてもヴァイスを検査に行かせたいノワールが放った、あの言葉。
     君が今日の任務を頑張ったら、僕は君にプレゼントを贈るね。
     普通なら嬉しいはずが、背景によってどうにも素直に喜べないものとなってしまったその言葉を、ヴァイスはたった今思い出したのだ。
     しくじった。
     ヴァイスは直感的にそう思った。夢の内容に脳のリソースを割きすぎて、彼の言葉を忘れていた自分自身に溜息をつきたくなってしまう。けれどそんなことをすれば、「溜息なんてついてどうしたの?」から探りに探られて悩みの元を突き止められてしまうだろう。それはよろしくない。
     気を取り直して、とヴァイスは平静状態の顔を繕う。ノワールのように、とはいかずとも笑顔を作るべく口角を引き上げた。
     だがしかし、常時スマイル状態はノワールの十八番であって、ヴァイスの十八番ではない。常に一緒にいようとも、やはり見よう見まねのクオリティはそれ相応のものだ。ぎこちない形を作る唇がそれを顕著に表していた。
    「何でもない、何でもないよ。それより、何か用?」
     それが何だとヴァイスは構わず会話を続ける。今朝方の二人と似たような構図、似たようなシチュエーション。あれ、と嫌な予感を覚えた時にはもう遅い。ノワールは一歩分の距離を密かに縮めていた。
    「待って僕用事が」
    「はいこれ、あげる」
     打って変わって早々に会話を切り上げようとしたヴァイスだったが、やはりどう足掻いても先回りされるのがオチらしい。
     食い気味にそう言ったノワールが差し出してきた左手。彼がそうしてヴァイスに渡そうとしているのは、小さな包装紙。既視感のあるその光沢を持った包みとノワールの顔を、ヴァイスは交互に見やる。しまいに首を傾げてボディランゲージで直接疑問を伝えれば、優しく手を取られてそのまま包み紙を渡された。カサカサと硬さの中に滑らかさがあるその触り心地。それは奇しくも、ヴァイスが未だポケットに忍ばせたままにしているチョコレートと同じものだった。
    「え、なに? なんで……」
     手のひらでチョコレートを転がしながらそう聞けば、ノワールはその音と重ねるように笑い声をこぼす。年相応なその声は、普段より格別の爽やかさを含んでいた。
    「任務頑張ったご褒美。……間に合うと思ってなかったからね、こんなので申し訳ないけど」
     両手をひらひらとさせながら、ノワールはそう言った。だがヴァイスはどんな高価なものより、こういうちょっとしたチョコレート菓子の贈り物に喜びを感じる。確かにグレースと貰ったものと被りはするが、そんなことはヴァイスにとっては些事だ。むしろ、嬉しさが倍増したと言っても過言ではない。
     普段は冷え固まったような表情筋が和らぐほどに、これは彼にとって一番の嗜好品だ。
    「なんなら、いつもこういうのでいいけどね」
     そう言いながら、ノワールから貰った分もありがたくポケットにしまう。この小さな収納の中にチョコレートが二つも入ってるのだと思うと、それだけで贅沢しているような、そんな素敵な気分になる。ヴァイスは純度百の子供だから。
    「安上がりすぎるのは君に似合わないよ」
     食べたい気持ちを抑えようとポケット部分の布を撫でていれば、ノワールは不躾にもそんなことを言った。本当に同世代の相手なのだろうか。そんな考えが過って、思わずノワールの顔を凝視してしまった。
     けれどその行動によって、彼の言葉に悪意などないであろうことは察することができた。どことなく空虚に感じられるノワールの瞳だが、悪意のあるなしくらいは判別がつく。これも長年共に過ごした賜物か、と思いつつ、仕方なしに息を吐いた。
    「似合わなくても、僕はこういうチョコが好きなの。……美味しいスイーツは別だけどね」
     まるでプレゼントのように中身が詰められた、大袋のチョコレート。大事に大事に食べようと、一粒ずつ取り出したかのような、そんなチョコレートは変わらぬ美味を持っている。
     いつか食べたような、あの至高の贅沢ハニートースト。あれはたまのご褒美に許された品だから、頻繁に食べるおやつとはまた枠が違うけれど。
     ヴァイスの熱弁を聞いたノワールは、それでも腑に落ちないといった顔をしている。なんだか間抜けで笑えてしまう、だなんて、口走ってしまった時が怖いと思いつつも愉快だ。
    「……ヴァイスの言い分はわかったよ。でも、僕は僕なりに君に贈りたいものがたくさん見つかっちゃうから、その時は受け取ってくれると嬉しいんだけど」
     ダメかな、と柔らかな音を巧みに奏でる。
     そう言われると、ヴァイスは突き返す気も起きなくなって。あれだけ高価なものは貰いたくないだのなんだのと思っていても、結局こうなるのだ。毎度毎度、弱冠十二歳のくせに口の上手いノワールに言いくるめられて、いいよと首を縦に動かしてしまう。自業自得だ。
     それでもヴァイスは「高価なものを意地でも贈り続けるノワールも悪い」と結論づけ、どうにかこうにか非を分けようとしているのだ。心のうちで行われていることだから、他人が知る由はないのだけれど。
    「仕方ないなぁ、ノワールは」
     まるで自分にも向けるようにしてそう言えば、目の前の少年は嬉しそうに微笑んでいた。


     あれから、ヴァイスとノワールは当たり前のように共に食堂へと向かい夕食を済ませた。おひとり様ディナー計画は見事破綻したわけだが、元々人といるのが好き——と言っても身内限定のようなものだが——だったヴァイスは、そのあたりは然程気にしていない。元々ディアンを誘おうとしてたのが、ノワールに変わっただけならばそれはもうニアピンと言っても過言ではないだろう。
     突飛な理論をノワールの知らぬところで展開する。チラリと彼の方を見る。思考までは読めなくともヴァイスから何らかを感じ取ったようで、不思議そうな顔をされた。
     そんなノワールに何でもないですよ、とでも伝えるみたくペシペシと腕を叩く。今度はその行動に困惑していたようだが、笑い一つで誤魔化してやった。
    「……あぁ、そうそう。今日ね、面白いものを見つけたんだ」
    「面白いもの?」
     ヴァイスのそんな自己完結思考及び行動は、結局ノワールの中で何でもないことへと消化されたらしい。掻い潜るようにして飛び出してきた話題に、ヴァイスはおうむ返しのような様式で返事をした。
     ノワールは変わらない笑みを浮かべながらこくりと頷き、そしてポケットから端末を取り出す。スイスイと慣れた手つきで操作してこちらに向けられたのは、一枚の写真。そこに写っていたのは、ノワール曰く〝面白いもの〟な物質だった。
     背景の瑞々しい植物とは不釣り合いな青紫色のそれは、例えるならばゲルだろう。ぷつぷつとした気泡が目立つ、容器に入れられたそれをまじまじと見ながら、ヴァイスは「なにこれ」と言葉をこぼす。
    「任務に向かってる最中に見つけたんだよ。妙な気配がしたから、何かと思ってね」
     妙な気配、という言葉にヴァイスは反応して。アプリを閉じて再び端末をしまうノワールに、疑問をぶつけるかのような視線を投げた。
    「巷ではこれに似た〝スライム〟って言うものがあるんだってね。大昔に実在していた魔物と同じ名前だ」
     スライムだとか魔物だとか、ヴァイスの知らない情報をノワールはつらつらと述べる。ほんの少しだけ興味を惹かれつつも、へぇとどこか気の抜けたような相槌を打った。
     ノワールはくすりと笑ってから、続く言葉を発する。
    「正体は分からなかったけど、魔力感知にも反応したし一応研究所に送って解析してもらうことにしたんだ。まぁ、思いの外手続きに時間かかって足止めくらったのは予想外だったけど」
     ノワールは、自身の黒い艶髪を一束掬って手遊びをするようにいじった。もとよりストレートな髪質に反抗するように跳ねたそれを、くるくると指に巻いてからすっと滑らかに引き抜いて。
     何度か繰り返されるその動きにヴァイスの思考は促され、あっと声をあげた。
    「だから任務に間に合ったのか、僕」
     研究所への移動、検査、そしてそこから任務場所への移動。それら全てのタイムロスがありながら、意外にも余裕で任務への参加に間に合ったことを不思議に思ったのだ。ノワール達三人がそこまで苦戦する相手なら、そもそもこちらに任務を回したりしないであろうことも含めて。
     でも先のノワールの話でようやく合点がいく。任務ではなく、それの途中で発生した、ちょっとしたアクシデントに時間を取られていた。良い悪いで聞かれたら悪い寄りにはなってしまうかもしれないが、それによってヴァイスが間に合ったのもまた事実。ヴァイスが戦力として役に立ったかどうかはさておいて。それに運の良いことに、個別の報酬——というよりプレゼントだが——であるチョコレートだってゲットしたなら、足したところでプラスになるだろう。あくまでヴァイス視点の話ではあるが。
     ようやく見えた真実と、そこから編み出した結論に納得する。ふむふむと鳴き声のように言葉を漏らすヴァイスを見たノワールは、またいつものように静かに笑みを深めた。
    「そうかもね」
     吐き出された肯定の言葉は、優しい振動でヴァイスの鼓膜を揺らしていた。
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    花式 カイロ

    DONE登場キャラクター
    ・ヴァイス
    ・グレース
    ・ノワール
    ・ディアン
    ・スティル
    十九話 なんでもない ヴァイスは、あれからどうやってグレースの言葉に返事をしたのか覚えていない。抱いた不信感と違和感が強すぎたせいなのか、とどこか他人事に考えたが、理由を追求したところで思い出せはしなかった。
     そしていつの間にやら会話は終えられ、ヴァイスは研究所を発つことになった。
    「グレース様、今日はありがとうございました」
    「あぁ。何かあったらいつでも来ていいからな。なんなら、検査じゃなくてただ遊びにくるのでも大歓迎だぞ? 立場上表に出ることが少ないと、お前たちに会う機会も中々訪れない。やはりそれは寂しいから」
    「わ、分かりました! 分かりました、また来ますので!」
     帰り際にもグレースのマシンガントーク癖が発動しかけたため、慌てたヴァイスは語気を強めてそう言った。グレースもぽかんとした後にまたもや頭を抱えたが、「待ってるぞ」と羞恥の渦中でぽそりと伝えてくれる。反省をしながらもそう返してくるのだから、歓迎している旨は本意なのだろう。ヴァイスは勝手に解釈しつつ、「はい!」と元気に答える。それに釣られたのか、グレースもにこやかに笑ってくれた。
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    花式 カイロ

    DONE【登場キャラクター】
    ・ヴァイス
    ・グレース
    十八話 白い蝶 検査を受けている間、ヴァイスは意識を失って、眠りの最中にいるような柔らかさに包まれる。そうして目を覚ませば、知らぬ間に検査が終わっていて、結果や所感を伝えられるのだ。
     けれど今日は違った。例えるなら、夢の中で起床をすると言ったような、そんな心地を味わっていた。
     体を動かそうと試みて、けれど上手くいかないことに気付く。眉を寄せて訝しみ、そうして声をあげようとしたところでまた一つの気付きを得る。声も出せない。音を紡ごうとして喉を震わせても、ヒュッと情けない空気が漏れるだけ。それも感覚だけで、実際にそのような音が聞こえる訳ではなかった。
     あたりは薄闇に包まれており、そしてヴァイスは急激に不安へと誘われる。瞼にすら上手く力が入らない中、神経を集中させてどうにか目を閉じようとした。この不安から逃れるために。目を閉じたところで待つのは同じ暗闇だ。それでも何もできないよりはできた方がマシだと懸命に力を込めていれば、唐突に一筋の白が視界を掠める。急なことで驚きはしたが、目の痛みなどは一切なく、不思議な感覚を抱きながら眼球だけを動かしてその正体を追った。
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