【独二】線香花火が終わる前に 見て、買ってきた。
そう言って差し出されたのはどこか懐かしさの残る線香花火だった。
花火セットの中には必ずと言っていいほど入っていて、どちらかというと最後まで残る、いわゆる不人気なのが線香花火だ。
勢いよく火花が噴き出すタイプの手持ち花火とは違って、控えめにパチパチと火花が飛び散る線香花火は花火の締めに「先に落とした方が負け」などと罰ゲーム要素を加えて消費したりしていた。
「線香花火だけ買ってきたのか?」
「だってベランダで爆竹やったら怒るだろ」
「怒るというか普通に通報されるだろうけど」
「だから線香花火。これならいいだろ?」
にっこり笑ったあとに、ベランダに置いてあったバケツに水を入れてテキパキと準備を始め、一二三が育てているプチトマトなどを安全な場所へ避難させた。
俺には恋人がいない。
じゃあ今、目の前で嬉しそうに花火の準備をしているのは誰なのかと問われれば、すぐに答えは出てこない。
ただ、俺に恋人はいないけれど、好きな人ならいる。これで何となく察してもらえるだろうか。
「独歩、ライターある?」
「部屋にあったと思うから探してくるよ」
ベランダの掃き出し窓からひょこっと顔を出した彼は俺の背中に「早くしろよ」と付け加えた。
決して綺麗な状態とは言えない俺の部屋だが、ライターは意外とすぐに見つかった。日常的に煙草を吸うわけではないけれど、たまにストレスで死にそうになっているときに吸ったりする。本当にたまに、だ。むせることもあるし、それに腹が立って逆効果になることもあるけれど、やっぱり気付けば煙草を手にしているときがあったりする。
「あったぞ、ライター」
リビングに戻って見つけたライターを振ると、またもやひょこっと顔を出した彼が嬉しそうに笑って手招きをする。
「火の玉がベランダに落ちたらやべぇからバケツの上でやろうな。はいこれ、独歩の分」
「……線香花火って一回やれば満足しそうだけど、何本あるんだこれ」
「仕方ねぇだろ、単体だったらこれしか売ってなかったんだよ。ほら独歩、ライター点けて」
急かされ、ライターでカチッと火を点けた。そして二本の線香花火の先端に小さな火の玉が灯る。
「先に落とした方が罰ゲームな」
「はは、若い子もやっぱり線香花火の遊び方はそうなのか」
「逆に他にどんな遊び方があるんだよ」
「いや、ほら、風情を楽しんだり?」
俺自身も線香花火に罰ゲーム要素を加えた遊び方しかしたことがなかったのでそれ以上は何も言うことができなかった。
二つの火の玉は徐々に膨らんでいって、激しく火花が飛び散る。水を張ったバケツの上でやっているので、その火花が水面に反射してとても綺麗だ。
「すげぇ」
目を輝かせながらその火花を見ている彼を、そっと盗み見る。こんな俺と一緒に居ても、彼はいつだって笑顔だった。出掛けることが億劫でも、そんな俺の手を引いて新しい世界へと連れ出してくれる。
「そういえば罰ゲームってなんだ?」
「うーん、なんでもいいけど。じゃあ秘密を暴露!」
手元の火花は落ち着いてきていて、終わりが近付いてきているのだと分かった。
線香花火には火が点いてから終わるまでに何段階かあるらしく、それぞれに粋な名前が付いているらしい。もちろん、線香花火に風情を感じたことのない俺は、その名前を覚えてはいなかった。
俺が負ければ秘密を暴露することになる。それは、君が好きだと伝える良い口実になるだろう。だけど、俺にとっての線香花火は締めくくりのゲームで、決して想いを伝えるためのものではない。
だからこれは俺自身の意志で、俺の言葉で、君に伝えなくてはいけないと思う。
「あのな、俺は、」
だから、その言葉は線香花火が終わる前に。