【独二】独歩と二郎とその周りの人たちのお話 第一章 二郎と独歩が付き合っていることを知ってしまった三郎の話 二郎は顔に出やすい。
昔からそうだった。遊んでいて施設の窓ガラスを割ったときも、お気に入りの傘を振り回して壊したときも、テストで悪い点数を取ったときも。いや、最後のは顔を見なくてもいつも悪い点数なのでやっぱりナシ。
そんな感じで顔を見ればどんなことを考えているのか、何が言いたいのかだいたいは想像が付くような分かりやすい兄だが、この顔だけは正直見たくなかったし知りたくもなかった。
「何だよ、三郎」
「……何でもない馬鹿」
「はぁ? バカって言う方がバカなんだぞ、バ~カ!」
「馬鹿はお前だ」
可愛くねぇな、と口を尖らせながら再び視線をスマホに戻す。もちろん画面は対角線上に座っている僕からは見えないけれど容易に想像ができた。
一兄は今のところ仕事中心なのでそういった気配や雰囲気は一切感じ取れない。もちろん僕も、そんな不確かな感情に振り回されたくないので興味がない。
しかし二郎はこの通りだ。男友達と遊ぶ方が楽しいし女子とは何話していいか分かんねぇ、と言っていたくせに。
「おい二郎。……誰と連絡してるんだよ」
「誰でもいいだろ、ほっとけ」
「……お前、ニヤけてるぞ」
「ニヤけてねーし! だって独歩が…………、あっ」
ほらすぐ顔に出る。
ヤバい、言っちゃった。どうしよう、やべぇ、マジでヤバい。って感じで語彙力の欠片もないくらい動揺している。
「本当にお前は馬鹿だ。馬鹿オブ馬鹿! 馬鹿の中の馬鹿! 馬鹿!」
「三郎、語彙力死んだのか?」
「お前のせいだ!」
どうやら動揺しているのは二郎よりも僕のほうだったみたいだ。
だって、あんな顔でやり取りしている相手が観音坂独歩だなんて誰が思うんだよ。
「なぁ三郎、兄ちゃんには内緒にしてくれ」
「内緒にしたいってことはやましいことがあるってことだな」
「うん、まぁ……。ほら、この前さ……初めて手、繋いだんだよ……これってやましいよな?」
「…………僕を殺せ、今すぐに」
聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。
これ以上、二郎と観音坂独歩についての情報を僕の完璧な脳みその中に入れるわけにはいかない。今すぐデリートしなきゃ。
「おい、絶対に兄ちゃんには言うなよ」
「言えるわけないだろ! 僕は知らないからな。何も聞いてない! 勝手にしろ!」
「なんでそんなに怒ってンだよ。別に俺が独歩と付き合ってたっていいだろ」
「……は? 付き合ってる? 観音坂独歩と?」
「付き合ってるよ。だから手繋いだって言ってンだろ」
二郎の片想いではなく、すでに二郎と観音坂独歩の交際はスタートしているということは、手を繋ぐがクリア済みなら次はハグかキス、そして更に関係が進むころには……。
「あああああああ」
「うわっ、兄ちゃん! 兄ちゃん、三郎がバグった!」
少し前に、懐かしいから見ようぜ、と一兄と二郎が見ていたアニメの曲が僕の脳内で鳴り響いていた。
ほら、あの……消してえええ~ってやつ。
第二章 観音坂さんに想いを寄せていたけど恋人(男)がいることを知ってしまったモブ子の話 観音坂さんは優しい。
月曜日は朝から憂鬱でコピー機の前であくびをしていたら「月曜ってだけで最悪ですよね」とぎこちない笑顔で話しかけてくれたり、荷物を運んでいたら手伝ってくれたりする。
それを同僚のモブ美に話すと、普通じゃない? と冷静な感想をもらってしまった。
確かに普通かもしれない。コピー機のところでは何気ない会話をされただけだし、正直のところ荷物を運んでいて観音坂さんに手伝ってもらったのはたった一回だけだし、他の社員の方が手伝ってくれている。
でもこれは確実に惚れた弱みってやつだ。恋は盲目ってよく言うし、今の私には観音坂さんイケメンフィルターが掛かっていて誰よりもかっこよく見えてしまうのだ。
「ていうか、そんなに毎日毎日観音坂さんのこと見てんのに気付いてないの?」
「……何に? むしろ観音坂さんがかっこいいという事実にモブ美はいつ気付くの?」
「一生気付きたくないんだけど。そうじゃなくてあれ、絶対彼女いるよ」
「は?」
モブ美の発言に、観音坂さんおはようございます、と全力で女を前面に押し出して可愛いアピールしている自分とは思えないような低い声がそこそこの音量で出てしまった。
「だってこの前聞いたら、彼女はいないって言ってた」
「バトル出てからちょっとした有名人になってんだから彼女出来ました~って言えるわけないよ」
「私に嘘ついたのね、観音坂さん……」
「いや、観音坂さんにとってモブ子は今のところ村人Fくらいの立ち位置よ。村人AとかBじゃなくて、Fってところが我ながらリアルだわ」
モブ美の辛辣な物言いに何か言い返したかったが、実際のところはその例えが的確すぎて自分でも少し納得してしまったのでこれは私の敗北だ。
しかし、いくら観音坂さんを観察してみても彼女がいるようには思えない。いつも通り、目の下には濃いクマがあるし、相変わらず課長には怒られてばかりだし、残業しまくってるし。
「あの、僕に何か用でしょうか?」
「……いえ、何でもありません」
「そうですか。……あ、そのキーホルダーってシンカイジャーですよね?」
「えっ、観音坂さん、もしかして知ってるんですか?」
「深海戦隊シンカイジャーの裏ボス、メンダーコ怪人ですよね。二郎くんがこの前…………あっ」
拝啓 いよいよ秋も深まり夜寒を覚えるこの頃、モブ美様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。以前、お話ししていた件ですが彼女じゃなくて彼氏だったようです。落ち葉のように私の恋も冷たい風に吹かれてどこかへ飛んで行ってしまいました。朝晩の冷え込みとショックで体調を崩す予定なのでお見舞いをお願い申し上げます。敬具
「これあげます」
「いいんですか? これはレアって二郎く……あっ」
「…………恋人ですか?」
「……はい、まぁ。あの他の人には言わないでもらえますか?」
「もちろん言いません」
観音坂さんと秘密の共有が出来たというのに全く嬉しくないのは、観音坂さんに恋人がいて、その恋人の趣味を一緒に楽しんでいる姿を目の当たりにしてしまったからだろうか。前にシンカイジャーのふりかけをあげたときは無反応だったのに。
ていうか二郎って誰だよ。今どきそんな名前の奴いる? イケブクロの山田三兄弟じゃあるまいし。…………えっ?
第三章 独歩と二郎を影ながら応援していた一二三の話 俺、好きな子ができたんだって独歩が珍しく真剣な顔で俺っちに言ってきたときは正直「あぁ、やっぱりね」って思ったっけ。
普段はスマホなんてほとんど家で触ってないし、三日に一回くらい充電すれば余裕で持つって言ってたのに、最近は毎日のようにスマホを眺めているし毎日充電してる。
好きな子ができたと報告を受けたとき、納得したのと同時に少し寂しくなった。独歩と一緒に暮らすのはもちろん楽しいし、いつまでもこんな生活が続けば良いのにとは思うけれど、やっぱりいつかは終わりが来てしまうわけで。
それでも俺っちは独歩の幸せを願っているから、どんな子? 可愛い? って質問したら、独歩は少し間を開けて「すごく良い子だし可愛いよ。……山田二郎くんなんだけどな」と目を伏せながら呟いた。
まさか独歩の好きな相手が男だとは思わなかったし、そしてまさか年下で、男子高校生で、バスターブロスの次男坊だとは誰も予想できないだろう。
さすがに俺っちもすぐに反応できなくて、いつもうるさいって独歩に叱られているのに、その時ばかりは俺っちがあまりにも静かだったから心配されてしまった。
独歩とじろちんはコンテナヤードで共闘してから仲良くなったみたいで、毎日スマホを見ながらニヤニヤしていたのはその次男坊と連絡を取り合っていたからだそうだ。
「一二三!」
「うぉ、独歩ちんおかえり。大きな声だしてどったの?」
「二郎くんと手を繋いだんだ! 今日! 俺はこの手を一生洗わない」
「それは汚いから止めた方がいいと思う」
それから色々あって独歩とじろちんはお付き合いを始めたらしい。
独歩から相談を受けていた段階で両想いなんだろうなっていうのはめちゃくちゃ感じ取っていたけれど、恋愛初心者のじろちんと、恋愛からしばらく遠ざかって感覚が麻痺している独歩ちんではお互いにすれ違いすぎていて見ていてじれったかった。
「手を繋いだくらいで騒ぐような男じゃなかったじゃん、独歩ちん」
「言われてみればそうかもしれないが、あの二郎くんだぞ? はぁ、可愛かった」
「じろちんが可愛いのは認めるけどさ、変態っぽいから自分の手をほっぺに擦り付けんの止めてよ。俺っちそんな独歩見たくないって」
「二郎くんが可愛いのを認めてくれるのはありがたいが、二郎くんは俺のだからな」
一二三にはやらん、と未だに手のひらを頬に押し当てたまま俺っちの方を見てくる。
三十路手前の幼馴染みが年下の男子高校生にメロメロのデレデレで毎日のように惚気を聞かされていると、俺っちの中の生意気な高坊イメージだったじろちんが可愛くて優しくてエロいのだと洗脳されてゆくようだった。
「せっかく付き合えたんだから嫌われるようなことすんなよ、独歩ちん」
「安心しろ、世界で一番大切にする」
「なぜか独歩が言うと胡散臭くなるんだよなぁ」
二郎くんに何て送ったらいいと思う? デートに誘いたいんだがどこに行けばいいと思う? 男子高校生の誕生日プレゼントの相場っていくらだ? と日々相談を受けていたので、今こうして独歩とじろちんが付き合い始めて何だかんだ上手くやっているのを見ていると、心の底から良かったなと思える。
ただ、独歩の愛情がエスカレートして罪を犯さないかが心配だ。
「ところで今週末、二郎くんがうちに遊びに来るんだがいいか?」
「別にいーけど、それって俺っち居た方がいい系?」
「俺が理性を失わないように見張っていてくれ」
「…………うん。じろちんのこと守る」
結局、週末は三人で仲良くゲームをしてご飯を食べて楽しく過ごしたのだけど、帰り際にじろちんが「一二三、ありがとな」と少し照れくさそうに言ってくれて、独歩の気持ちが痛いくらいに分かってしまったような気がした。
第四章 ジロちゃんに恋人(男)がいるのを目撃してしまった田中と鈴木の話「俺の嫁がさ、手を繋いでもいいかなって照れながら聞いてきたんだよ」
「うん」
「選択肢があって、手を繋ぐと断るの二択なんだけど、断るわけないじゃん? それなのに間違えて断っちゃって……、そうしたら何と! じゃあ抱き締めてって! そんなことある?」
「うるさ」
俺は田中。そして隣で俺の嫁が世界一可愛いと騒いでいるのが鈴木。嫁が二次元に複数人いて、毎日楽しそうに生きているけれど、俺の三次元でのリアル彼女はメンヘラで正直メンタルが死にかけている。
いつもならここにジロちゃんも居るはずなんだけど、今日は用事があるから先に帰る、と言って足早に教室を出て行ってしまったので、萬屋の手伝いがあるのだろう、と気にも留めていなかった。
嫁について熱弁している鈴木の話を聞き流しながらポケットの中で震え続けているスマホに恐怖を感じていると、目の前に先ほどまで一緒に居たはずのジロちゃんが立っていた。
スマホを見ながら時々顔を上げてキョロキョロ辺りを見渡していたので誰かとの待ち合わせだろう。萬屋の手伝いではなかったのか、と思いながら声を掛けようとした瞬間、鈴木がそれを制止する。
「田中くん、あれはきっとイベントが発生する」
「やめろよ、急にくん付けすんな気持ち悪いな」
「見て、ジロちゃんの顔。今まで見たことないくらい優しい顔してる……まるで聖母」
「……例えが気持ち悪い」
様子がおかしい鈴木はさておき、確かにジロちゃんの表情はいつもと違っていた。まるで俺が彼女と付き合いたてのころに待ち合わせ場所でソワソワしていたあの感じと似ている気がする。
「誰待ってんだろ。ビッグブロー来たらテンション上がるな」
「彼女だったらどうする? ジロちゃんも少なからずこっち側だと思ってたのに」
「まぁ、女なんか興味ねーって言ってたけど女側からすればジロちゃんに興味津々だしな、押し切られて……とかは普通にあり得そう。メンヘラだったらすぐに俺が別れさせてやるからな、ジロちゃん!」
俺たちの中でジロちゃんが待っているのは彼女だと勝手に決めつけ、コソコソと隠れて見張っていたが段々と罪悪感でいっぱいになってきて自然と鈴木と目を合わせる。
「帰るか」
「……そうだな。ジロちゃんには明日聞いてみればいいし」
俺らはダチだし、ジロちゃんも話せるときがきたら話してくれるだろう、とその場から立ち去ろうとした瞬間、ジロちゃんの声が聞こえてきて思わず振り返った。
「…………は?」
「うわ、マジか」
視線の先には、満面の笑みで手を振っているジロちゃんとそんなジロちゃんの元へ小走りで駆けてゆくスーツ姿の男。
「観音坂独歩じゃん」
「……ほらアレだろ、ディビジョンラップバトルで知り合って何か用事があっただけだろ」
「でもジロちゃん、めちゃくちゃ嬉しそうだけど。観音坂独歩もデレデレしてるし」
「気のせいだって」
「……あ、ジロちゃんが何か言った…………観音坂独歩、固まってる」
「おい、もうやめようぜ。俺はジロちゃんを信じてる。何がとは言わないが」
女なんか興味ねーって言っていたのはまさかそういうことだったのか、と考え始めてしまい慌てて首を振って思考をリセットする。
鈴木の腕を掴んで強制的に移動しようとした瞬間「お前ら何やってンだ?」と後ろからジロちゃんの声が聞こえてきた。
「ジロちゃん、…………と観音坂独歩」
「田中と鈴木〝も〟手なんか繋いでどうしたんだ? まさかお前らも〝そう〟なのか?」
「〝そう〟が何かわかんないけど、俺らは〝そう〟じゃないし手を繋いでるんじゃなくて腕を引いてるんだけど……ジロちゃんと観音坂独歩は手を繋いでいて〝そう〟ってことでいいの?」
「あ~、お前らには言わなきゃって思ってたんだけどな。俺と独歩、付き合ってンだ」
「…………おめでとうございます」
「おう、ありがとな!」
じゃあ俺ら行くわ、とジロちゃんはいつもと変わらない様子で、また明日な、と声を掛けてくれた。隣に居た観音坂独歩は目を泳がせていたけれど、最終的にはペコッと軽く会釈をして去って行った。
俺は鈴木の腕を掴んだまま、二人の後ろ姿をぼーっと眺めていて、何が起こったのか理解するのに時間が掛かってしまっていた。
「鈴木、生きてる?」
「俺らのジロちゃんが……」
「まぁその気持ちは分からんでもない」
「田中、ハンバーガー食いに行こう。金ねーけどやけ食いだ」
「金ねーのにどうやってやけ食いすんだよ。まぁいいけど」
結局、やけ食いしに行ったハンバーガーショップで再びジロちゃんと観音坂独歩に遭遇してしまい、ジロちゃん以外の三人はとてつもなく気まずい時間を過ごすことになってしまった。
第五章 二郎と独歩が付き合うことを認めている一郎の話 二郎から会わせたい人がいる、と言われたとき、ようやくだな、と思った。
二郎には付き合っている人がいて、その相手が観音坂さんだということはもうとっくに分かっていた。
三郎は必死に隠そうとしているようだったけれど、三郎がいくら頑張ったところで当の本人から、隠し切れないほど溢れ出てしまっているので三郎の努力は無駄になってしまった。
観音坂さんのことはディビジョンラップバトルでしか知らないので、普段はどういう生活をしているのかまでは知らないけど、二郎が好きになった相手なのだからきっと悪い人ではないだろう。
年齢差とか、男同士とか、色々とあるけれど、それよりも大切なのは二郎の気持ちだ。そして観音坂さんが二郎のことをどう思って、どう考えているのかが重要だ。
お互いに想い合っていて、観音坂さんが二郎のことをちゃんと大切にしてくれるのなら俺が反対する理由なんてひとつもない。
「兄ちゃん、独歩が来たんだけど緊張で吐きそうだからってトイレに駆け込んでいった」
「俺ってそんなに怖いか?」
「怖くないよ。兄ちゃんは世界で一番かっこいいよ!」
元々、二郎にも俺の考えは伝えてあるからてっきり観音坂さんも安心してくれていると思っていた。
そりゃあ二郎のことを蔑ろにして、傷付けたり泣かせるようなことがあれば観音坂さんをぶん殴るくらいしただろうけど、二郎は幸せそうだし観音坂さんのことを楽しそうに話しているのでぶん殴る理由はない。
「観音坂さんは結婚の挨拶にでも来たのか?」
「け、けけ……結婚はまだ早いよ兄ちゃん」
「……おお、そうか。そうだよな、ごめん」
恥ずかしがっている二郎を宥めていると、扉の奥からか細くて今にも消えてしまいそうなほど小さな観音坂さんの声が聞こえてきた。
「独歩、もう大丈夫なのか? 緊張しなくていいて言っただろ」
「そんなこと言ったって……、うぅ……また吐きそう」
「観音坂さん、無理しなくていいぜ。俺は観音坂さんと二郎のこと反対するつもりなんて全くねーし、むしろちゃんと挨拶に来てくれて嬉しいくらいだ」
そう言うと、観音坂さんは深くお辞儀をして緊張しているせいなのか、部屋に響き渡るほどの大きな声で自己紹介を始めた。
「初めまして! 観音坂独歩と申します!」
「初めましてじゃねぇと思うけど……。まぁいいか。山田一郎です」
「山田二郎です!」
「お前はいいんだよ、二郎」
観音坂さんの隣で同じように頭を下げて大きな声で挨拶をした二郎は、そっか、と言いながらヘラヘラ笑っていた。
「観音坂さん、さっきも言ったけど俺は別に二郎と別れろとか、そういうことを言うつもりはねぇから安心しろよ。それにアンタの方が年上なんだからそんなにペコペコしなくていいぜ」
「ありがとうございます」
「まぁこれからゆっくり慣れてくれればいいか。二郎は観音坂さんと結婚したいみたいだしな。いずれは観音坂さんも俺たちの家族になるんだから」
「兄ちゃん! ……あ、独歩がフリーズした」
「やべぇ、揶揄いすぎたかな」
初めての挨拶で、挨拶をする前にトイレで吐いて、結婚という言葉にキャパオーバーになって立ったまま気を失った観音坂さんも、今では普通にこの家に馴染んでいて三郎とも仲良くしてくれている。
「観音坂さん、結婚の挨拶のときは吐かないでくれよ」
「ははは、……うーん、どうかな」
いつかその時がきて、二人が〝結婚〟という選択をしたときには誰よりも祝福したいと思いながら、その時のことを想像して吐きそうになっている観音坂さんを見て二郎と顔を見合わせて笑った。