【独二】砕け散ったら拾い集めて 二郎くんは強い子だと思う。
強いって言っても喧嘩とかそういう身体的な部分もだけど、精神的にも強い方だと思っている。たぶん、頭の回転は速い方じゃなくてどちらかと言うと直感で動くようなタイプだけど、相手の雰囲気を感じ取って上手く立ち回ることができる。二郎くん本人はそんなこと気付いていないと思うけど。
どうして俺がそんなことを思うのかと言うと、俺自身が二郎くんのそういうところに助けられているからだ。仕事で疲れている日とか、嫌なことが会った日とか、二郎くんと会うときは負の感情を出さないように頑張って笑顔を貼り付けているつもりだけど、二郎くんが自然と「今日は独歩の家でゆっくりしようぜ」と笑顔で手を引いてくれる。
疲れたとか、しんどいとか、死にたいとか、気を抜けば息を吐くように出てしまう言葉たちを必死に押し殺しているのは、二郎くんに嫌われたくないから、という可愛い理由なのだけど、きっと俺がそれらの言葉を吐いてしまったとしても二郎くんは変わらず俺の傍に居てくれるんだろうな、と自惚れてしまうくらいにはお互いに青い恋をしているのだ。
「独歩、明日休み取れてよかったな」
「そうだな。いつも休み前になると駆け込みで連絡入れてくる病院の先生が体調を崩しているみたいでね。素直に喜べない理由だけど休めるのは正直嬉しいよ」
「じゃあ俺が変わりにすげぇ喜んでおくよ。俺なら喜んでも関係ねーしな」
「はは、確かに」
他愛のない話をしながら歩く帰り道は、いつの間にか春から夏に変わろうとしていた。
二郎くんが高校三年生になった春、俺は二郎くんに告白した。それはもう、自分でも驚くくらい緊張して、たくさん言葉を考えていたというのに咄嗟に出た言葉は「好きです」だった。焦って思わず大きな声で言ってしまったものだから、二郎くんは目を丸くして驚いていたし、俺は恥ずかしさで死にそうになっていたけど「俺も好き」と二郎くんが笑ってくれたので当たって砕けることはなかった。
「独歩、左手貸して」
「……二郎くんは恥ずかしくないのか? こんなおっさんと手繋いでて」
「別に恥ずかしくねーよ。だって俺の好きな人だし、恥ずかしいわけねぇじゃん」
「はぁ、俺は本当に今死んでも後悔しない」
「俺が後悔するから死ぬなって」
差し出した左手を、二郎くんは何の躊躇いもなく掴んで指を絡めた。
こうして手を繋ぐのは初めてではない。街中でも二郎くんは手を繋ごうとしていたけれど、さすがに人の目が気になってしまって俺から断ってしまった。周りの人たちは俺たちに、というか俺に興味なんてひとつもないかもしれない。自意識過剰だと思われているかもしれない。だけどやっぱり、長年人の目を気にして生きてきた俺にはいくら相手が二郎くんだろうと、人前で手を繋ぐことができなかった。
でも、俺と手を繋ぎたいと思ってくれた二郎くんの気持ちを無駄にはしたくなくて、暗くなって人通りが少なかったら、という条件で手を繋いでもいいということにしたので、無事に二郎くんの気持ちも俺の気持ちも尊重できているというわけだ。
「そういえば一二三がハンバーグを作ってくれてるみたいだけど二郎くん夜ご飯食べた?」
「食ったけど一二三のハンバーグも食べたい」
「若い胃袋はすごいな。無理はしなくていいから。言ってなかった俺が悪いんだし」
「うーん。言われてても家で飯食ったかも。兄ちゃんのご飯も食べたいしな~」
一二三のハンバーグ楽しみだな、と無邪気に笑う横顔を見ながら幸せを噛みしめる。
こんなに可愛くて、こんなにいい子で、誰からも愛されるような存在である二郎くんが、俺を好きでいてくれているという事実に思わず神に感謝したくなってしまう。どうかこれからも、隣で笑っていてくれますように、とついでに未来のことまでもお願いしながら。
人前でも平気で手を繋げる二郎くんと、人前ではさすがに恥ずかしくて手を繋げない俺だけど、それが逆転するときがある。
ご飯を食べ終え、交互に風呂に入ったあと、テレビを見ながらくつろいでいた二郎くんの隣に座って抱き寄せた瞬間だ。
一二三は帰ったときには仕事に行っていたので、今この部屋に居るのは俺と二郎くんの二人だけ。他人の視線はないので、俺は好き勝手に二郎くんに触れられる。好きだからもっと近くに居たいし、好きだから好きという気持ちを思いきり伝えたくなる。
だけど二郎くんは俺が抱きしめるとぶわっという効果音が付いてもおかしくないくらいに体温が上がって耳まで真っ赤にしてしまう。お喋りだったはずの二郎くんが俺の腕の中ではとても静かになってしまうのだ。
「二郎くん?」
「……っ、話しかけんな」
「耳まで赤くなってる」
「言わなくていい……!」
手を繋ぐことはできても抱きしめられることには慣れていないようで、本当に同一人物なのかと疑ってしまいたくなるほどに恥ずかしがって絶対に顔は見せてもらえない。ものすごい力で顔を俺の肩に埋めているので簡単に引きはがすことはできないし、もし仮に無理やりにでも引きはがしてしまったら思いっきりぶん殴られそうな勢いだ。
風呂上がりの二郎くんは俺と同じ匂いのはずなのに、確かに二郎くんの匂いがしていて落ち着く。恥ずかしがっているのは本当のようで、二郎くんの心臓がドクドクと速いスピードで脈打っているのがこちらにまで伝わってくる。
抱きしめるだけでこの有様なので、実はまだこれ以上のことができていない。付き合って三ヶ月。大人同士の恋愛ならばきっと既に最後までいっているだろう。二郎くんは二週間に一度のペースでうちに泊まりに来ているし、俺はいつも理性との戦いだ。せめてキスがしたい、と何度か試みてみたけれど一度抱きしめるとしばらくは顔を上げてくれないので失敗に終わっている。いきなりキスするのも違うだろう、という俺なりの配慮だ。
二郎くんの綺麗な黒髪に指を絡ませるとビクッと身体が跳ねて、静まりかけていた心臓がまた激しく音を立て始めてしまったのでこの調子だとしばらく前に進むことはできなさそうだ。
「二郎くん、ゆっくりでいいからいつか顔を見せてほしい」
「……独歩が五十歳になるくらいまで無理かも」
「あと二十年か。それまで二郎くんが俺の隣に居てくれるならいいよ、待つから」
「俺が二十歳になるの待てずに告白したくせに。本当に待てンのか?」
「……そう言われると弱いな」
腕の中の温もりを、確かめるように強く抱きしめる。女の子のように柔らかくはないけれど、俺よりも大きな身体だけど、それでも愛おしくて仕方ないのだからもうどうしようもない。
「独歩、心臓が壊れそう」
「大丈夫。俺が二郎くんに告白したときも壊れそうだったから。あのときは当たって砕けろって思ってた。二郎くんが俺も好きって言ってくれたから砕けなくて済んだけど」
「……もし俺の心臓が砕け散ったらちゃんと拾い集めて元通りにしろよ。じゃないと俺、まじで死んじゃうから」
「うん。約束するよ」
これで二十年待たなくて済むのか、と思ったけれど二郎くんは顔を上げてくれなくて「やっぱり無理!」と俺の肩にぐりぐりと頭を擦り付けてきたので思わず笑ってしまった。
「焦らなくていいよ、ゆっくりやっていこう」
付き合ってまだ三ヶ月。きっとこれから先、色々なことがあるだろう。
まだ喧嘩だってしないないし、旅行にも行っていない。それに俺はまだ二郎くんの誕生日を祝えてないし、クリスマスにお正月、バレンタイン。楽しいイベントだってまだまだこの先にあるのだから。
俺だけに見せてくれる二郎くんの可愛い一面も、今だけかもしれないから忘れないようにしっかり脳裏に焼き付けておこう。
いつか二人で思い出し笑い出来るようなそんな未来で思い出の中の君に会えるように。