Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    NKONKOZAT03

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 15

    NKONKOZAT03

    ☆quiet follow

    その男純愛につき/書き直し前のお話です。
    本編と大分違いますし、恋にもなってない。
    リョが女を抱いている描写あります。
    つけ足したりしながら試行錯誤していたので話がつながっていなかったりしたらすみません。

    #リョ花

    思いも寄らぬ不幸というのは突然やってくるのだ。
    桜木花道、24歳にして膨大な借金を背負うことになろうとは、ほんの10分前までは片時も思いもしなかったであろう。

    週に3回程入っている居酒屋のバイトも終えて、築40年のボロいアパートの自宅でビールを片手に大して面白くもないテレビを見ていると、部屋のインターホンが鳴り響く。
    (こんな時間に何だ?)
    すでに深夜0時を過ぎているにもかかわらずインターホンを鳴らす人間などそうそういない為、花道は警戒した。
    親友の水戸洋平である可能性も考えたが、それならいつもインターホンなんか鳴らさずに合鍵で無遠慮に押し入ってくる から、その線はない。
    どんな奴でもこんな時間に押しかけてくる奴なんか、碌な奴じゃないだろう。花道は一言文句でも行ってやろうと、玄関の扉を開けた。
    その瞬間。
    開けた隙間から勢いよく掌が現れて、扉を壊さんばかりに勢いよく開かれた。
    「桜木花道か」
    「はあ?」

    事態が読み込めない。花道の頭の中は混乱を極めていた。
    尋ね人は、ツーブロックの刈上げに、オールバッグにスタイリングされたヘアースタイル。
    そして洒落た丸いサングラスに、パイソン柄のアロハを着た、人相の悪い160㎝後半かそれくらいの男。仄かに煙草の匂いと香水の香りがする。
    大体の人間は、花道の180㎝後半のタッパと派手な赤髪に、その人相をみてそれなりに怯えを見せるが、目の前の輩は一切の怯えを見せない。
    花道はなんとなく、この人間は堅気ではないと察した。
    (なんかオレ、目ぇつけられるようなことしたんか…?)
    「俺の質問に答えろ」
    ガン!と突然扉を蹴られて、大きな音が響き渡る。
    「そーだっていったら?おめーは何モンなんだよ」
    「とりあえず一旦家にいれろ。話はそれからだ」
    「はあ?知らねえ奴をノコノコ家に入れるわけねえだろ」
     花道がそういうと、男はおもむろに自分のボトムスのポケットに手を突っ込んで、四つ折りにされた紙を手渡してくる。
    「身に覚えがねえとは言わせねえ」
    「…あ?」
     広げてみると、そこには借用書の文字。借金の金額は0の数が多すぎて数える気にもならない。そして借主の欄には元恋人の名前と、連帯保証人の欄にはたしかに自分の筆跡で、 
    【桜木花道】と書いてあった。
     花道は落胆とともにやっぱりかという気持ちが強くなる。
    最後の最後まで信じるんじゃなかったと一層後悔する。
    しかし、この連帯保証人の件は自分で決めたことだった。
    「…入ってくれ、茶でも入れる」
    「おー、物分かりいいな」
     男を招き入れると、花道は言葉通りに茶を出すためにキッチンへ向かった。お湯はカップ麺を食べたときに一度沸かしてあったので、手早く淹れて出す。
    「で?オメーは何モンなんだよ」
     花道はちゃぶ台を挟んで男の向かい側に座り、借用書を見ながら問いかける。花道はなんとなく察しがついていたが、ここははっきりさせておくべきだ。
    「金(こん)龍会(りゅうかい)舎弟頭、宮城リョータ。借主が闇金で借りてたトコの元締めやってんだ」
    「…やっぱりか」
     花道はため息をつく。過去の自分を恨むしかないのだ、目の前の借用書を見て諦めがつく。
    「なあ、こいつ逃げたんだろ?」
    「そーいうこと。わりーけど、サインした自分とこんな男にうつつ抜かした自分をを恨めよ」
    「…ん」

     今でも生活はギリギリだ、どうしたものか。週3の居酒屋のバイトを増やすか、それとももっとバイトを掛け持ちするか。毎月いくらでやりくりするか?頭の中がいっぱいになる。
    「てめえの元カレが見つかるまではテメーからしっかり搾り取る。逃げようなんて思うんじゃねえぞ」
    「…逃げねえよ、宛てもねえのに」
    らしい脅し文句に、本当にこいつはヤクザなんだと心底理解した。
    「おめーが物分かりいいやつで良かったよ」
    「…」
    花道はそれ以上何も言わなかった。話す義理もない。とりあえず財布を取り出して、宮城の前に万札を二枚差し出す。
    いま支払えるのはこれだけだ。
    「…まいど、じゃあな。また明日来る」
     玄関にあった靴ベラを使って高そうな革靴を履いた宮城は、そのまま片手をポケットに突っ込んでじゃあなと玄関から出て行った。
     花道はこれから毎日様子を見に来るヤクザにどう返済していくか、やったことはないが、一応置いてあるが使ったことがなかった電卓を引っ張り出して家計簿をつけることにした。
     深夜2時近く、花道は眠たい目をこすりながら、とりあえず財布の中に仕舞いっぱなしだったレシートをすべてひっくり返して家計簿(という名の学生の時の使い半端な大学ノートだ)とにらめっこした。一人暮らしになってから自炊が疎かになっていたせいか、ざっと調べただけでもそれなりに食費が嵩んでいる。いまの花道の食糧事情と言えば、居酒屋のバイトのある日は賄いが出るがそれ以外の日はついついコンビニで済ませてしまいがちになる。花道は明日からしっかりと自炊をすると決めて、そうとなれば明日(もう今日だが)スーパーに行って食料の調達に行かねば。
     花道はふう、とため息をついて畳にぼてりと仰向けになる。ボロ臭い天井のシミを見ながら、これから自分はどうなってしまうんだろうと漠然とした不安を胸に抱く。あの男はいったいどこに行方を眩ませたのだろうか。花道の前から金をもって行方知らずになったうえに、返済ができずヤクザに目を付けられるなんて。ぽっと沸いた心配の二文字に、頭をぶんぶんと振って掻き消す。
    もう情なんて捨てたんだ。縁が切れてからも厄介ごとを吹っかけてくる男なんか忘れてやる。

               *

    目が覚めて、花道はそのまま畳の上で眠ってしまっていたのだと気づく。今が温い季節でよかった。ふと時計をみると、現在時刻8時半。花道は一瞬どういうことかわからなくて3度ほど瞬きした。
    「遅刻‼︎」
     花道の本業は地元の花屋だ。雇われで給料も高くないが、花道は未熟ながらも精一杯やりがいを感じながら働いている。
     どったんばったんと大きな音を立てながら、そういえば昨日はシャワーも浴びずに眠ってしまっていたことを思い出す。出勤は8時。すでに遅刻だ。どうせ怒られるのならば!と花道はシャワーに駆け込んだ。
     すべての身支度が済んだのは15分後だった。花道の自宅から勤務先までそこまで距離があるわけじゃないが、徒歩ではすこし距離が嵩むのでいつも自転車だ。
     自転車を漕いで商店街に入ると、馴染みの肉屋や魚屋から「はなみっちゃん、寝坊だぞ!」
    「花屋のかーちゃん困らせんな!」
     と、ちゃちゃを入れられた。花道は
    「うるせー!わかってらい!」
     といつものように投げやりに返事をした。
    この商店街にとって、花道は息子のように愛されている。
    誰にも当たり障りなく接するし、土地柄多い年寄りには惜しむことなく手を貸す。周りの人間には大層可愛がられていて、少なくともこの狭い土地の中で、花道の存在を知らない人間はそうそう居ないだろう。
     商店街の中心にあるこぢんまりとした花屋
    【フラワーショップ さくら】は、開店前の今こそ静かだが、店の前に色彩豊かな花を飾り立てて、道行く人はその華やかさに目を惹かれ、吸い寄せられていく。
     花道は店の裏の定位置に自転車を停め、一度盗まれて以来店主が備え付けてくれた鎖をつないで、裏口から店に入った。
    「おそくなってすんません!」
     花道が頭を下げたのはこの花屋の店主であり、花道の雇い主で、店の名前のモデルでもある、山野井(やまのい)咲(さく)良(ら)だ。
     大体50半ばほどで、髪を後ろに束ねたピンクのエプロン姿の女性。彼女は花道が遅刻したことに対し、特に怒る事もなく「まーそんなこともあるわよ」なんて呑気に許した。
    彼女の物腰の柔らかさと人の良さはこの商店街でもピカイチだ。花道がここで雇われるようになったのも、彼女のお人好しに救われたからである。花道にとって咲良は人として尊敬する人間であり、そして人生の恩人なのだ。
    「そんなことより花ちゃん、今日表日なのよ。お花の水揚げ手伝ってくれる?」
    「うす!」
     花道は急いで咲良とお揃いの、店の制服であるピンクのエプロンを身につけて(だいぶ丈は足りていないが)、本日入荷した大量の色鮮やかな花たちの水揚げ業務に取り掛かった。
     咲良の目利きで仕入れてくる花はどれも鮮度がよく、生の良い物ばかりだ。この辺では咲良の人柄も相まってそこそこ人が集まる花屋で、花道の仕事といえば、咲良に教わりながら花の手入れをしたり、接客のサポートをしたりするのが役目だ。その他、接客をしながら商品の水換えや、その日に入ってきた花のディスプレイ、そして値札の貼り替えなど花屋はのんびりしてそうな仕事の割にやることが多いのだ。最近の花道は花束のオーダーに応えられるよう、毎日咲良のブーケ作りを観察し、勉強しているところである。
     フラワーショップさくらの営業開始時間は10時からである。花道が水揚げと水換えが済んだ花たちを街路沿に置いて、漸く開店となった。
     平日である今日はそんなに人の入りが多いわけではない。花道は咲良に頼まれた、外に出してある鉢植えの花達に水をあげていると、後ろから「お」と、なにやらあまりいい思い出のない声が聞こえた。
    「オツカレ」
    「…んだよ、なんのよーだ」
     やはり、そこにいたのは昨日花道の自宅に乗り込んできた、借金の取り立て人、宮城リョータだった。相変わらず丸いサングラスを掛けて、賑やかな柄のアロハを着た人相の悪い男だ。 
    「昨日言っただろ、様子見にくるって」
    「そもそもなんでここ知ってんだよ…」
    「俺を何だと思ってんだ」
    「へーへー ヤクザもヒマなんだな」
     花道はむ、っと口を尖らせて宮城を見た。ここで働いている限り、花道は逃げもしなければ隠れもしないのに。
    「てめーみてーなのがいると店のフンイキも悪くなんだろ、帰れ!」
    「嫌だね」
     宮城が黙って帰るようなタチではないのはなんとなく分かっているので、花道はもうそれ以上何も言わなかった。
     宮城は両手をポケットに突っ込んで、背を向けて花に水をやり続ける花道をそのまま見ていた。
     花道は、この柄の悪いヤクザを咲良になんと説明しようかとあまりよくない頭を使ってもんもんと考える。かといって、花道は嘘もうまいわけではないのだ。嘘をついたところですぐにバレてしまいそうな物だが。
    「花ちゃん、水やり終わった?…あら、お友達?」
     なんてタイミング。花道はぎくりと肩を揺らす。自らの後ろにいる宮城の存在に気づいた咲良は、疑うことなく花道に友人かどうかを伺う。どうしたものか。
    「えっとその」
    「いつもハナミチがお世話になっております、こいつの高校の先輩で宮城っす」
     (⁉︎)
     花道は思わぬところから返事が出て、宮城を振り返る。サングラス越しの瞳が花道を見て、余計なことを言うな。と言外に伝えてきている。花道は咄嗟に口を閉じた。
    「俺、花屋経営したいなーって思ってて、ハナミチに頼んで見学させて貰おうと思ってたんス」
    「そうだったの?花ちゃん、何も言わなかったけど…」
    「あ…それは、その」
     花道からすれば、いま突然決まった寸劇なのだから言いのは仕方のない事なのだが、宮城は違う。悪知恵なのかなんなのか、ぺらぺらと出てくるデマカセに、花道も感心してしまうほどだ。
    この人相の悪い男がヤクザで、いま花道が元彼の借金のせいで借金取りに追われていると知ったら。咲良はきっとお人好しだから相当心配するに違いない。今ですら私生活の面やらこの仕事ですら彼女に心配をかけて、さらには世話になっているというのに。
     宮城がこうやって演技をしているのが花道の為なのか、宮城本人の体裁の為なのかよく分からないが、いまの花道にとってこの嘘に乗らない手はなかった。
    「なはは…、俺寝坊しちまったからすっかり忘れてて…」
    「たしかに、そうだったわね。うちは全然大丈夫よ、大した店ではないけれど」
    「いやそんな。長居はしねーので、ちょくちょく来ます」
     宮城は両手をポケットに突っこんだままぺこりと頭を下げた。なんて礼儀のなってない野郎だ。と花道は思う。 
    「あ、そうそう花ちゃん、水やり終わったら今度はこっちお願いしてもいいかしら」
    花道は咲良に頼まれた次の仕事に取り掛かるため店内に戻ろうとすると、相変わらず後ろをついてくる宮城。見張りって言ったって、そんなべったりついてくることもないだろうに。
    「なあハナミチ、この花なんて花?」
    「…さっきから気になってたんだけどよ、そのハナミチってのは何のマネだ⁉」
    「俺とお前は高校の先輩後輩だからな。それよりもこの花なんて名前だってきーてんだけど」
     宮城が指さしているのは白く、鈴のような形の花だ。その花は今日入荷し、花道が水揚げした花だ。さっき値札も書いた。値札を見ればわかるはず。
    「たしか、か、…かん…、かんぱにゅら」
    「カンニングじゃねーか。花屋の癖に」
    「うるせー!天才だってド忘れくらいすんだ!」
     ふぬー!っとムキになる花道に、宮城はつい笑いが漏れる。
    「ちなみに、花言葉は?」
    「…花屋は花言葉なんかしらねーよ」
    「なんだそりゃ」
     花道自身は暗記しているわけではないが、客に聞かれたら答えられるように、レジにはちゃんと図鑑を置いている。宮城もさして花言葉になんか興味ないのだろう。ただ暇だから話のネタにしただけだ。
    「俺、後ろで花筒洗ってくっから。花むやみに触んじゃねーぞヤクザヤロー」
    「おー、働け働け」
    「けッ、えらそーなこって」
     花道がバックヤードに引っ込んで、咲良からの仕事をこなしに向かう。 暇を持て余した宮城は店内をぐるり、と見渡した。花たちが精一杯背伸びをして、必死に自分たちを美しく見せようと生きている。
     宮城は雰囲気のいい店だな、と思う。静かな店内。見る限り客層も悪くない。そこに立っている、柄の悪いヤクザが一人。
    (浮いてるってこういうこと言うんだろうな) 
     急に、宮城は口寂しくなった。胸ポケットにたばこがあることを確認して、店の裏に向かう。
     店の裏には、多分花道の物であろう自転車が止まっている。高く設定されているサドルに何とか尻をひっかけて、煙草に火をつけた。
     晴天とはいえない空に向かってふう、と紫煙を吐く。
     ぼんやり、とそういえば今日はもう一件取り立てがあった事を思い出した。この仕事も仕事も楽ではない。
     今宮城が担当しているのは、仕事もせずにホストに金をつぎ込み、闇金に手を出した女と、酒とギャンブルに溺れた中年の男だ。あとは今こうして監視している花道を合わせたら、宮城はいま3人の取り立てを担当している。
     今日のもう一人の取り立ては女のほうだ。この女がまあちょっとクセモンで考えるだけで気が重い。言ってしまえば身体で何とかしようとする面倒な女で、宮城も何度か返済を身体で請け負ったことがある。別に好きでもなければ、タイプでもない女を抱くのはあまり好きではない。が、まあテイ
    のいい性欲処理に使わせてもらっている。
     口の端に銜えた煙草の灰が地面にホロホロと落ちていくのを見ながらため息といっしょに「だりい」と声が出た。
     ふと、お気に入りの腕時計が目に入る。この世界に入って初めて宮城のシノギが上手く行った時に自分へのご褒美で買った、金の時計。
     時刻はもうそろそろ11時30分を回ろうとしている。腹が減った。そういえば、朝はコーヒーしか腹に入れてなかったことを思い出す。朝はどうも食欲が湧かず、煙草とブラックコーヒーで済ませてしまいがちになる。まだ取り立てまで時間
    がある。どこかに昼食を取りに行こうと思い立ち、座っていた自転車のサドルから降りた。
     その時、裏口の扉がギイ、と開かれて、宮城はそちらに目をやる。
    「タバコくせ・・・あ!」
    そこから出てきたのは花道で、宮城の手元を見るやいなやめくじらを立てた。
    「ヤクザてめー!ここでタバコ吸っただろ!」
    空気中に漂う紫煙の臭いに鼻を摘まみ、手を仰いでなんとか消そうとするもまあ無駄な抵抗だ。
    「べつに店内で吸ってねーんだからいーだろ」
     宮城はぽいっと吸い殻を地面に落とし、踏んでぐりぐりと火を消す。それを見た花道はグッと眉間に皺を寄せて、宮城に「おいこら!」
     と怒鳴りつけた
    「タバコ吸うのは100万歩許すとして!ポイ捨ては絶対に許さねえ!!誰が掃除してると思ってんだ!」
     踏んでクチャグチャになった吸い殻を、躊躇せず地面から手で拾い上げる花道に、宮城は少し驚く。
    (コイツ、トイレ素手で掃除するタイプだ…)
    「まったく、信じらんねー。咲良さんが見たら悲しむだろーが」
     花道はその吸い殻をボトムスのポケットに入れて、どこかへ行こうとする。そうか、花道が自身で掃除しているからここまで怒りを買ったのかと思っていたが、店主が掃除しているからか。花道が思った以上に義理堅い人間であると、宮城は少し驚いた。
    宮城はふと、花道がさっきまで着ていた派手なピンクのエプロンを着けていないことに気付いた。
    「お前、休憩か?」
    「あ?おーそうだ。働けとかいうなよ」
    「そうじゃねー、暇なら付き合えよ」
    「はあ⁉︎」
    丁度いい、暇潰しになるし、花道に聞けば良い飯屋を知っているかもしれない。一石二鳥だと、宮城は花道を昼食に誘う事にした。
    「付き合うって、何処にだよ」
    「メシ」
     花道は怪訝そうに顔を歪めて、宮城を見る。
    「何考えてやがる?俺ぁゴゾンジ借金のトリタテに遭ってて、ゼータクしている場合じゃねーんだよ」
    「アア?オメーのサイフになんか期待してねえよ。いーから、いくぞ」
     宮城は花道に有無を言わさず、両手をポケットに突っ込んで歩いていってしまう。
    「絶対に出せっていうなよ!ヤクザヤロー!」
    でかい声で文句を言いながらも、ノコノコと後ろを付いてくる花道に、宮城は現金なやつだな、と宮城は自然と笑みが溢れた。
    宮城は花道にここら辺で美味い飯屋を聞くと、少し考えた後「みつい」という中華屋がいいとのことだった。
    「定食もラーメンもあるぞ。つまみもうめーし、ビールもある」
    そう言われて、宮城の頭の中はすっかり中華一色になった。決まりだ。

    「そこにしようぜ。案内しろ」
    「クソヤクザめ。えらそーに」
     随分肝が据わっているもんだ。宮城のようなヤクザ相手に訊ける口ではない。ただ、宮城も不思議と嫌ではなかった。
     たぶんこんな風に接してくる珍しさもあるし、ヤクザという立場上、恐れられる事の方が多いから、こうして等身大で話すことができるのが、少し嬉しかった。
     そうこうしているうちに、花道おすすめの中華屋に着いたらしい。外見はよくある商店街の町中華だ。商品サンプルは年季が入っていて、昔から地域密着で長年愛されていることが窺える。
     花道は「みつい」と書かれている色褪せた暖簾をくぐって、がらりと引き戸を開けた。
    「チュース」
    「お、桜木じゃねーか、久々だな」
    「ミッチー!元気だったか?」
     店内は厨房が見えるタイプの昔ながらの中華屋だ。厨房から顔を出した男は花道と知り合いらしい。
    昼時、ここら辺の工場勤務の人間やサラリーマンなど、それなりに席が埋まっている中に、カウンターが丁度2席空いている。花道は勝手知ったる店なのか、慣れたように昔ながらの赤く丸いスツールに座ると、宮城もそれに倣って隣に腰掛けた。
    「今日は連れと一緒か?珍しい事もあるもんだな」
    「おー、奢ってくれるっつーからよ!
     店員は花道に「そりゃよかったな」というと、宮城を物珍しそうに見る。
    「随分イカつくねえ?」
     宮城はこの男、デリカシーを母親の腹の中に忘れてきたんじゃないか、と思う。まあ宮城自身ヤクザなのでイカつく見せるのが仕事ではあるが。宮城はまあ慣れていると言ったふうに「うす」と軽く会釈した。
    「俺ぁ三井。桜木の高校の先輩ってやつ。まあ、コイツにそんな上下関係ねーようなもんだけどよ」
     三井は頭にアディダスのスポーツタオルを巻いて、左顎のあたりに何針か縫ったような傷を持っている。宮城もつい頭の中でカタギか…?と思いつつも、ボソリと「宮城っス」とだけ返しておいた。
    「おー、で?今日は何食うんだ」
     三井が花道と宮城に、壁を指差して聞く。つられてその先を見ると、豊富なメニューがずらっと手書きで書かれている。
     醤油ラーメンから塩ラーメン、コーンバターラーメン、角煮ラーメンなど、ラーメンの種類が豊富で、はたまたチャーハンも種類が豊富だ。エビチャーハン、蟹チャーハン、五目チャーハン、他にも定食は回鍋肉、青椒肉絲、鳥の唐揚げなど目まぐるしい量のメニューに宮城は目移りしながらも、今日はがっつり定食の気分だった。
     宮城は自分が決まったので花道の様子を見るために横を見ると、ばちり、と宮城を見ていた花道の視線と目があってびくりとする。
    「んだよ、なんか用か」
    「あ…いや、その」
    「なんだぁ?はっきり言え」
    「お、大盛りと…ギョーザも食べたい…」
     宮城は一瞬何を言われているのかわからなくて、サングラスの奥で瞳をパチクリとする。こんな風に申し訳なさそうにオウカガイを立てられる事なんて今までなかったからだ。
     宮城の舎弟達は精々「これいーっすか」程度なので、つい
    「好きなだけ食え…」と腑抜けた甘い返事をしてしまった。すると、花道はぱぁっ!と表情を明るくして
    「いいのか⁉︎ミッチー!チンジャオロースにご飯大盛りと、ギョーザを…二人前!」
     と、三井に指を二本立てて、大層嬉しそうに注文した。
    「俺、レバニラ定食」
     宮城もそれに続いて注文すると、花道は「そんなんで足りんのか…?」と不思議そうな顔をしていた。
     宮城はつい、フッと頬を緩めた。たかが大盛りとギョーザ二人前でこんなに喜んで、現金なやつだと思う。奢られている相手は取り立てに来ているヤクザだというのに。
     そういえば、取り立ての対象とこんな風に食事をしたりするのは初めてかもしてない。最初は暇つぶしと良い店を紹介してくれるだろうという安易な考えからだったが、それでも宮城が花道を少しでも気に入っていなければ誘いもしないだろう。
     花道のことを、変な男だと思う。元彼が逃げた借金を文句も言わず自分にも責任があると言って逃げもせず返済しようとしている。横目で見て、たらふく美味い飯が食えると馬鹿正直に喜ぶ男を見て、こんなのも悪くねーな、と宮城は思った。
    「何笑ってやがる、ヤクザヤロー」
    「いーや?随分嬉しそうにすんだなと思ってよ」
    「なぬっ」
     花道は正直に顔に出ていたことを指摘されて片手で顔を覆った。そんなもの、今更遅いが。その様子に宮城は本当に飽きねーなコイツ、とまた顔の笑いが深まった。
    「お待ちどーさん、先にレバニラなー」
     そうこうしているうちに、料理が出来上がったようで、カウンターテーブルに定食が運ばれてくる。メイン料理のレバニラ炒めを中心に、白米、中華スープ、おしんこがお盆の上に綺麗に並んで、ニンニクの香りが空腹を刺激した。
    「レバニラも美味そーだな」
    空腹の花道も、宮城のレバニラに釣られて今にも涎を垂らしそうにしている。
    「一口、食うか?」
    「! …じゃあ、俺のチンジャオロースも一口やる!」
    「決まりな」
     宮城はレンゲでレバニラを一口分掬って、なんの躊躇もなく花道の口元に近づける。それに少し驚いたような顔をする花道の様子を見て、ようやく宮城は、自分が所謂「あーん」をしていることに気づいた。しまった、妹相手の癖が。
     しかし、花道はそのままぱくんと宮城の手からレバニラを口に入れた。
    「むぐ…ん、うめー」
    「そりゃ、良かったな」
     宮城は何事もなかったかのように食事を再開する。
    ここのレバーは臭くなくて、美味い。味付けもちょうど良い。白米に合う。ずず、と中華スープを啜りながら、また来よう、と思った。
    そして、レバニラを四口目に入ろうかという時に、隣で宮城の食べ姿を恨めしそうに見ていた花道のもとにチンジャオロースと、大盛りの白米、そして2皿のギョーザが届いた。
    花道は、律儀にチンジャオロースをレンゲに一口分と、
    「これはおまけだ」とギョーザ一つを宮城の白米の上に置いた。
    「ミッチーのギョーザ、うめーから食え!」
    「ほー、ありがたく頂くわ、俺の金だけどな」
    「ぬ、それもそうだ」
     宮城はまた嬉しそうな顔をして食事にありつく花道を見て、自然と笑みが出る。
    花道オススメのギョーザを早速口に入れると、皮が薄い割にパンパンに具材が入っていて肉汁も口の中にじゅわっと溢れ出てくる。
    「うっま」
    「だろー!」 
    次来た時は俺も一皿頼もう。いい店を知った、たまには人の薦めで店に入るのも良いと思った。
    「ご馳走さんでした」
    「おーまたこいよ」
    「ミッチー、またな!」
     会計も早々に済ませて、店外に出る。
    「ごちそーさん!」
     それはまあ満足そうな顔で宮城に礼を言う花道に、「おー」と満更でもないように返事をする。頬いっぱいに詰め込んで、美味そうに食事をする花道は、奢ってやる側も食わせ甲斐があった。
    時計を見ると、丁度一時間。花道の休憩が終わるくらいだろう。宮城は一先ず次の取り立てに向かうことにした。面倒は早々に済ませたほうがいいだろう。
    「俺、ケツあるから行くわ、働けよハナミチ」
    「うるせークソヤクザ! もー来んな」
     飯食わせてもらってなんだそりゃ。
     宮城はその言葉を知らんぷりして、「また明日なー」とポケットに手を突っ込んで、後ろ手に花道へ手を振った。
      
            *
     
    宮城は言葉通り花道の職場や、自宅に顔を出すようになった。
    花屋の方では、たまに宮城が咲良に花の手入れ方法を聞いていたり、裏日の時は花道が大量の花桶を洗うので、その様子を煙草をふかしながら見ていたりする。
    (ホースの水が掛ったなんだと文句も絶えないが)
    そして自宅に来ては「飯」と突然絶対高そうな弁当を持ってきて、花道に餌付けするようになった。ヤクザからのものなど、絶対にこの後の見返りが怖い、と思わなくもなかったが、食欲にあらがえずなぜか、毎度ちゃぶ台を囲んで二人で美味しくいただいている。
    今のところ毒を盛られたりしている様子はないので、ひとまず安心していい。
    今日も突然ここら辺では売ってないような叙々苑の焼肉弁当を片手に花道のボロアパートにやってきて
    「こんなコウキュー弁当、もらっていいんか!?」と大喜びする花道の顔を見ながら弁当を食った。
    ヤニ切れの宮城は、ベランダに出て煙草に火をつけた。
    そして隅っこに置いてあるビールの空き缶を手に取って、飲み口に灰を落とす。
    この灰皿はずっとここにあるものだ。家主の花道は煙草が嫌いなのにここに灰皿があるということは、きっと今宮城が探している花道の元恋人の物がそのまま残っているということなのだろう。
    宮城は、ふう。と真っ黒な空に向かって紫煙を吐き出した。
    花道の事を、宮城は甘く見ていた。闇金から借金した男に、連帯保証人として借金を背負わされた男、なんて、正直類は友を呼ぶではないが、ろくでもない奴だと思っていた。
    それがどうだ、まったく正反対の男が、自分の身にもなっていない借金を身を粉にして働いて返済しようとしている。
    宮城はその姿をみて、取り立てる側であるものの、何かしてやりたいという気持ちになってしまっていた。
    だからこうして、逃げないとわかっている花道を毎日訪ねて、弁当やらなにやらを差し入れしてしまうのだ。
    まあ、どうも食事ばっかり食べさせてしまうのは、先日花道とともに訪ねた町中華の「みつい」での食べっぷりと、申し訳なさそうに大盛りを注文するところが可愛らしかったからなのだが。
    (我ながら単純だとおもう)

    要するに、宮城は桜木花道にこの何日かの間でそういう意味で惹かれつつあるということだ。 
             *

    花道はいつも通り花屋の仕事を終えて、夕方からの居酒屋のバイトに入っていた。
     花屋の方に、今日は宮城は来なかった。毎日来るとは言っていたが、流石に面倒なのだろう、別に毎日来られたところで、すぐ返済できる訳ではないのだから。 
     花道が週三でバイトを入れているこのバイトは、元恋人の闇金とは別の借金がきっかけだった。少しでも返済の足しにするために始めた居酒屋はよくある大衆居酒屋で、赤い髪は黒の三角巾に包まれ、バッグデザインに店名の入った黒いTシャツ、腰はミドルの腰下エプロンをして、花道は賑やかな店内を慌ただしく動き回っていた。
    「花ちゃん、生! もう一杯」
    「なんだあ?おっちゃん飲みすぎじゃねーの?」
    「へーき!へーき!」
     大体ここに来る人達は商店街で働く人間ばかりだ。そうなると、花道にとっても顔見知りが多い。
     まあ、それなりに面倒な酔っ払いに悩まされる事も多々あるが。
    「なあ、ねーちゃん こっちまだビール来てねえぞ」
    「は はい! すみません!」
    「すみませんじゃねえよ こちとら何回も言ってんだ!」
     今日はそれなりに客が多い。注文漏れがあったのか、店内に客の怒鳴り声と、バイトの女性スタッフ高野の申し訳なさそうに謝罪する声が響く。
    「今すぐ、お持ちしますので…!」
    「おいこら、ねーちゃん逃げんな」
     高野が身を翻して厨房に戻ろうとするのを、客は随分と酔っているらしく席から立ち上がって肩を掴む。
    「きゃっ!」
     花道は一部始終を見ていたが、我慢の限界だった。ズイズイと酔っ払いの間に入って、客が高野の肩を掴む手を払う。
    「なんだあ?てめえ」
    「酒なら持ってきますから」
    「ああ?外野は黙ってろ」
     酔っ払いの男は花道の体格に物おじする事なく、アルコールのせいで坐った目で見上げてくる。ある程度の酔っ払いは花道の体格と少し覗く赤髪である程度怯んでくれるものなのだが。
     花道の後ろで様子を伺っていた高野は花道に「お酒、今すぐ持ってきますね」と厨房へ引っ込んだ。
    「周りに他のお客様もいるんで、わりーけどすこし抑えてもらえねえですか」
    「あ?…なんか、見たことあんな、てめえ…」
     突然男は花道の顔を指さして、何かを思い出したように言う。そして、胸元に視線を移動させると、確信したように声をあげた。
    「そうだ、桜木花道 お前桜木花道だ! そのタッパと赤髪、あと名札で思い出した」
     花道の顔を指差して、にやりと口の端を上げている。当の花道はといえば、なんのことやら全く心当たりがなくて急なことにその指先を見つめてキョトンとしてしまった。
     しかし、ここは他の客の前だ。これ以上騒ぎになる前に、この場をなんとか収めたい。
    「てめえ、三上透也(みかみとうや)のオンナだ!」
     その名前に、花道の眉間は一気に皺を寄せる。この客が口にした名前は、花道にとって聞き覚えも馴染みも、嫌悪感もありすぎる名前だった。
     花道は長くなりそうだと踏んで、此処で騒がせるのは良くないと冷静に判断し、酔っ払いの客に、外に出るように言った。
    「なんだよ、俺ぁまだ呑むんだよ」
     ぐずぐずと文句を言って酒を呑もうとする客に、花道は有無を言わさぬ思いで睨みつける。するとその気迫に今までの威勢はどうしたのか、口を噤んだ酔っ払いは、大人しく店の外に出た。
    外は少し風が吹いてたが、居酒屋の熱気で暑いくらいだった花道は、頬を撫でる風がとても気持ちよかった。
     しかし、目の前の客は随分不服そうにしている。
    「なんなんだよ」
    「まず、女の子に手ェ出したのがよくねえ」
    「手ェ出したって、肩掴んだだけだろ!」
    「女の子は怯えてただろ」
     花道のその言葉にイラッとした様で、男は逆上して自分より背の高い花道の胸ぐらをぐっと掴んだ。
    「さっきから、黙って聞いてりゃよ、こっちは客だぞ なんだその口の利き方は」
     胸ぐらを引っ張られて、花道と酔っ払いの顔はグッと近くなる。酒臭い息をダイレクトに受けて顔を歪めた。
    「やっぱヤク中の男のオンナは口の利き方も客に対する態度もちげーわ」
     この酔っ払いの言うヤク中とは、花道の元恋人である
    三上透也のことだ。
     このバイトも、借金も、宮城の所の闇金の借金も。仕事もせずにウラの売人からクスリを買う為に花道には両親の医療費と嘘をついて、連帯保証人のサインを書かせたのだ。
    「俺とアイツはもう関係ねえんだよ」
     借りた金も、花道の金も何もかも持ち去り、花道の知らない内にヤクに染まって堕ちていった男の事など。
    「ふうん、そうやってしおらしー顔してっとまあまあかわいーんじゃねーの」
     花道はハッとした。この男、ゲイなんだと。だとすれば元恋人である三上となんかしら繋がりがあってもおかしくはない。今となればどうでもいい話だが、此処らへんのゲイはとあるバーに集まるからだ
    「俺、お前のことイケるって言ったらどうする? まあタッパはでけえけど いくら?」
     男に顎を掴まれてさっき迄の顔の近付け方とは違う、あからさまに そっち の意味での品定めに、花道はグッと堪える。少なくとも、この男は店の客であることには変わりないから手を出す事が出来なくて、瞳をギュッと閉じた。
    「おー、何仲良くやってんだ」
     びくん 花道は肩を揺らした。聞き覚えがある。昨日もこん事があった。姿は見えないが、誰だか花道にはわかる。
    「クソヤクザ…」
    「なんだぁ?ハナミチ、酔っ払いに襲われてんのかよ」
     花道を苦しめる借金の取り立て人の癖に、何故か少しホッとする。まだ会って2日しか経っていないのに。
     花道は漸く宮城の姿を確認した。相変わらず派手なシャツを着ている。しかし今は夜だからか、いつも欠かさず掛けていた丸サングラスをTシャツの胸元に引っ掛けて、少し据わり気味の目が晒されていて、花道は新鮮な気持ちになった。
    「誰だぁ?邪魔すんなチンピラ」
    「わりーな、コイツ俺ンだ」
    「はあ?」
     酔っ払いは宮城の頭から爪先までジロジロと見る。その視線を鬱陶しがるように手を払う素振りをした。花道も宮城が何を言っているのが良くわからなくてキョトンとしている。
     宮城はぐいっと花道と男の間に身体を捩じ込む。そして己よりも10cmは高い酔っ払いの男に対して本業仕込みのにらみを効かせた。
    「聞こえねーか?退けっていってんだ」
     男はぐっと顎を引いて悔しそうに身を引いた。そして慌ただしく自分の財布を取り出して万札を一枚取り出すと、宮城に押し付けた。
    「くそ、釣りはいらねえ もう来ねえよこんな店」
     と悪態をついて、そそくさと退散していった。
     一人呑みにしては高い金額を置いて行ったもんだ。
    「なあ、聞いていいか?」
    「なんだよ」
    「お前、こういうの慣れてんの?」
     花道は宮城が何を言っているのか分からなかった。こういうの、とはどう言う意味だろう。
    「男に言い寄られんの。慣れてんのかって」
    「…慣れてるっつーか…オメーにカンケーねえだろ」
    花道自身、元々ゲイではなかった。女性が好きになったこともあった。たまたま見てしまった成人向け雑誌の女性の裸に勃起もした。だから、普通であれば普通に女性と恋愛をしていてもおかしくないのだ。
    「てめぇこそ、どう言うつもりなんだよ 別に助けてもらう筋合いもねえのに」
     宮城が言った「俺ンだ」の言葉が頭から離れない。別に意識してしまうとか、そういう意味ではなくて、花道を守るためとはいえあの酔っ払いが宮城のことをゲイだと認識してしまったことが少し心苦しかった
    「あ?怪我でもしてテメーの仕事が出来なくなったらどーやって借金返済してくつもりだよ」
    「…」
     宮城のいうことはごもっともだった、なるほど。宮城にとって、花道は逃げた男の代わりに金を支払ってくれる人間だ。そりゃ守る義務もあるってもんだ。昨日、食事を奢ってくれたそれだけで気を許しすぎていたのかもしれない。花道は心に少し靄が掛かったような感覚になった。
    「へーへー でも今日は返せねえぞ。俺ぁ仕事に戻るからな!」
    「あ、おい、これさっきの酔っ払いの金」
     道は宮城から万札を受け取ると、さっさと店の中に戻る。もう宮城は自分に用は無いだろうと後ろ手に店の扉を閉めようとすると、何かが引っ掛かる感覚。
    「あ?」
    「あ?じゃねえよ 飲ませろ」
     城が花道が閉めようとする扉に手を引っ掛けて扉が閉まるのを阻止している。
     客なら仕方がない。花道は大人しく宮城を店に通した。カウンター席に座った小さい身体は大層太々しい。花道は仕方なしにメニューを差し出すと、粗雑に捲りながら、「とりあえずビールと…このだし巻き玉子」と投げやりに注文を受ける。
     とりあえずビールだけでも出そうと厨房に入ると、後ろから「あのう」と声を掛けられた。
    「桜木くん、さっきはありがとう」
     声を掛けてきたのは先ほどの酔っ払いに絡まれていた高野だった。申し訳なさそうにエプロンを掴んでいる。
    「いーっすよ、気にしないでください」
    「でもなんか、さっきの酔っ払いの人。 桜木さんのこと知ってそうだったから」
    「あーいや、知り合いの知り合いってだけなんで、高野さんが気にすることないっすよ!」
     高野は、花道のその言葉に安心したのか、そっか!本当にありがとう!と言ってまた改めて業務に戻った。
     まだ客の多い店内、一先ず宮城が注文したビールを注いで、宮城の前にジョッキを置くと「お、待ってたぜ」と嬉しそうな顔をして、ぐいっとジョッキを傾けた。
    「く〜ッうめ〜…」
     あまりにうまそうな顔をして飲むもんだから、花道もつい羨ましくなる。しかし今の花道にとって、酒は立派な贅沢品だ。昨日、スーパーで自炊用の食材を買いに行った時も、ビールを買うのを我慢したのだ。
     つい、満足そうな横顔を見つめてしまって、ハッとした。
    しかし、よく見ると宮城の口元はビールの泡が付いていて、案外子供みたいなところがあるんだと花道は少し頬を緩めた。
    「桜木わりい、厨房手伝ってくれね?」
     慌ただしい店内で、同僚が切羽詰まったように花道に声を掛ける。花道は基本ホールでの勤務だが、あまりにも厨房が手一杯になるとお呼びが掛かる。日常の忙しさにかまけて借金を抱えるまでは自炊できるにも関わらずほとんど買い弁で済ませていたが、もともと高校生の頃から一人暮らしをしていた為、花道はそれなりに料理が得意だった。
     厨房に入ると、いつもコンスタントに仕事を回す同僚が揚げ物をするフライヤーの前に釘付けになっていた。
     注文票を見ると、注文は溜まっているが焼き物が多い。一先ずオーブンで調理するものはオーブンに入れてしまえば済むと判断して、盛り付けてオーブンに入れた。
     今一度注文票を確認すると、あとはほとんどはデザートばかりで、あと調理するものといえば、宮城が注文しただし巻き玉子だ。
     手の空いているホールのスタッフにあとの品物の提供は任せて、花道はガスコンロの前に立つ。
     だし巻き玉子用のフライパンを取り出して火に掛け、熱している間に卵を溶く。そして花道は、釜揚げしらすを冷蔵庫から取り出して溶き卵に入れた。白だし、みりん、塩、砂糖で味付けをして、しっかり熱くなったフライパンに油を敷き、液ダレを流し込む。花道は器用にくるくるくると菜箸で玉子を巻いて、ぷりんとした焦げのない綺麗なだし巻き玉子の完成だ。
    ちなみにこのだし巻き玉子は、通常のレシピにはないしらす入りだ。宮城には先ほど助けてもらったことには変わりないし、昨日は三井の店で食事を奢ってもらったので、些細な礼である。店のしらすを勝手に拝借したが、自分の賄い分を抜いたと思えばいい。
     提供するときに使用する長皿に5等分しただし巻き玉子を置いて、大根おろしを添える。我ながら天才!と花道はひとり心の中でガッツポーズして、これを早く宮城に食べてほしくなった。
     厨房から厚焼き玉子を持って意気揚々と宮城のいるカウンターに持っていくと、機嫌のよさそうな花道を見て宮城は少し怪訝そうな顔をした。

    「俺様特製のだし巻き玉子だぞ、喜べ」
     ずい、っと差し出されたそれは宮城が見る限りただの美味しそうなだし巻き玉子だ。一先ず受け取って、カウンターに備え付けてある割り箸を割った。
     にやにや、と花道は宮城が口にするのを今か今かと待っている。毒でも仕込んだのか?宮城は相変わらず不審に思いながらも、一切れ口に含む。
    「…うま」
    「だろー!天才桜木がクソヤクザの為に作ってやったしらす入りだ、味わって食いやがれ!」
     花道は宮城が満足そうにしたのを確認して「じゃあな」とまた厨房に戻っていく。宮城は咀嚼しながら、ビールを流し込んだ。
     うまい。出汁の加減も甘さの加減も絶妙だ。そして釜揚げしらすの食感も抜群に相性がいい。カウンターに備え付けてある醤油を大根おろしに掛けて、だし巻きと一緒に口に入れた。
     昼から何も食べていなかったからかわからないが、とにかく美味い。濃すぎない優しい味わいに、家庭の味ってやつはこんなやつなんだろうなと思う。
     毎晩何かしらこうして外食しているが、家庭の味というやつが恋しくなっていたのかもしれない。頭の中にぼんやりと現れた、楽しそうに宮城のために食事を作る花道の想像に、いや、何考えてんだと宮城は頭を振るって誤魔化す。ゲイではないのに、しかも出会って三日と経っていない男に対して想像することではないだろう。
     ビールを煽りながら、たまに新たにつまみを頼みつつ慌ただしく客に晴やかな笑顔を振りまきながら仕事に精を出す花道を目で追い、自然と笑みが溢れていた。
     随分長居してしまったが、そろそろ帰ろうと宮城は席を立つ。さっきまでそこでテーブルの片付けをしていた花道に声を掛けようと思ったのだが、裏にいるのだろうか。まあ、仕方がないので、大人しく会計を済ませて店を出た。
     ほろ酔いの身体には丁度いい冷たい風が宮城の頬を撫でる。すっかりヤニ切れになっているニコチン中毒の身体は目の前の店前に備え付けてある灰皿を見落としはしなかった。吸い寄せられるように、たばこを口にくわえて火をつけながら近づく。
    「お、クソヤクザ」
     店の裏手から、自転車を押して現れたのは先ほど探していた桜木花道だった。宮城がたばこを吸っているのを見て少しうわ、という顔をするが、今回は灰皿のある場所だからか文句は言わなかった。
    まだ閉店ではないだろうに、どうしたのだろうか。
    「なんだァ?さっきの騒ぎバレてクビにでもなったか?」
    「ふぬ…ッちがわい!今日は入りが早かったんだ!」
     冗談にムキになる花道に宮城はおもしれーと思いつつ、ぷかりと口から紫煙を吐き出す。花道はその様子をじっと見ていた。
    「吸いてえの?」
    「…いや、うめーのかな…って」
    「試してみっか?」
     人通りのない深夜、しかし居酒屋の扉の向こうでは賑やかな声が聞こえてくる。宮城は口に銜えた煙草をジジ、と吸って、また指で挟んで口から離す。そのままズカズカと花道の前まで近寄ってきたかと思えば、花道はぐい、と胸倉を掴まれ宮城の顔が、急接近した。
    「ふぬ…ッ!?」
     花道はむぎゅりと両目を瞑った。これは知っている。キスするときのやつだ。花道の過去の経験はそう告げている。
     すると、下から宮城がふ、と微かに笑ったような気配がする。
     ん?と思ったのも束の間。
     フーっと息を吐く音とともに、花道の顔は一気に煙に包まれ、紫煙にまかれる。
    「~ッ!ぐ、っごほ…ッゲほ…ッて、てめえ…!」
    「あ?何期待したんだ?」
     花道はがしゃん、と投げるようにして自転車を手放してしまった。
     煙草の煙をまともに吸った花道は苦しそうに咳き込む。それを見てにやにやと悪い笑みを浮かべるリョータにひどくイラいた。しかし、なんでキスすると思ってしまったのだろう。花道は煙で沁みる目をこすりながら恨めしく宮城をにらみつけた。何が期待しただ。花道は宮城の心理がわからなくてただ混乱した。
    「ま、ハナミチ君にはまだ煙草ははえーってこった。ぼさっとしてねーで帰んぞ」
    「ああ!?挙句の果てに家来るってか!?


    (ここですべて書きなおそうと決意をしたなかわきでした~)

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💘🌋💖💘🌋💖🌋💘💖🌋💖👏👏👏😭💯💴💴💴💴❤💞💗👏💕😍☺💘💘💘💘💴💴💴💴💴💴💘💘💘💘💘💘💘💘💘💘
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works