商店街からも大通りからも住宅街からもずれたビジネス街の一角。二階が住居、一階が店舗という古典的な喫茶店が渡された資料に書かれた本日の取材を申し込もうと思っていた店舗だった。
「いらっしゃーい。お好きな席にどうぞ」
オープンの札が下げられた茶色のドアを潜れば小さなベルが鳴る。
「ども……」
どうしてここに店を開こうと思ったのだろう。開いたドアの脇にはまめに手入れされているらしい観葉植物。どこかノスタルジックな模様のクッションフロアが店内に敷き詰められ、カウンター席とボックスのソファ席が幾つかのこぢんまりとしたそこは、文字通り過去の遺物のような店だ。
修兵が席を吟味していると、カウンターの奥側の二人がけの席には予約の札が置かれている事に気づいた。出入り口からは見づらい奥まったそこは人に聞かれたくない相談や商談をする為にあるような席。
「あーごめんね、そこはこの時間くらいから予約席なの」
「あ、いいっス、すんません」
予約席の隣のボックス席に腰を落ち着けると、カウンターのスイングドアを押しのけておしぼりと冷たい水が出される。
「メニューはこちら。今日のおすすめはグァテマラ産のレッドブルボン。爽やかな香りに口にはナッツの甘さ、後味にチョコレートがいるような、いないようなそんなかんじ。酸味と苦味のバランスが取れていておすすめだよ。サイフォンで抽出したものをペーパードリップします。他の豆はメニューにレーダーチャートで紹介してあるから、お好みのものをじっくり吟味しておくれ」
オススメのものは日替わりなのか週替わりなのか、おそらくは仕入れに関係して前者、メニュー冊子とは別にクリアファイルに入れられた一枚が冊子から頭ひとつ飛び出ていた。
よく鞣され手入れされたクラシカルな革のメニュー表を開けば中は数字が列挙されている。相当にコーヒー好きなのだろう。こんな数字を出されても正直なところどう決めていいかわからない客向けに酸味が好きなら、苦味が好きなら、とコメントも書き記されている。
全ての人にオススメ、と書かれたブレンドは税込五百円。それよりも驚くべきことは他の産地限定だろう豆――修兵ですら知っているような高級なブランド豆ですら五百円の均一価格であることだ。これでは採算など取れるはずもない。
コーヒー専門店でスナック類は市販の乾き物以外なしという潔い営業スタイルかと思えば、めくった最後のページにはナポリタン、ホットサンド、ピラフ、ピザトーストにデザートと並んでいるのだから目眩がしそうだった。
「すみません、ブレンド一つとホットサンドひとつ」
「はぁい」