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    妄言/さんば

    @imvhana_ku

    京浮垢

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    POIPOI 29

    妄言/さんば

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    陰陽師はいいぞ2

    鴛鴦屋敷2うっかりなぜか続いた陰陽師パロ。
    https://poipiku.com/7207294/8901739.html
    これの前日譚詰め合わせです
    発表順は逆ですが時系列としてはこれが先になります
    ご都合!大好き!


    目次
    花裏の男 (京浮出会編)
    名付けの呪(呼び方の話)
    きざはしにて白拍子を舞うこと(仕事準備について)



     


    ***************
    花裏の男

     そこで芽吹き、地に根を張り枝を伸ばしそれはやがて幹となった。隣り合う木よりも枝の伸びる速度は早く、やがては春先に花を咲かせ実を結ぶようになり、そして自我というものが生まれた。
     高い視点から見下ろす大地はそこここに産まれる人と死にゆく人に溢れ、世界とはそういうものなのだと隣にいた先達から聞いた。
     彼らの生は短いのだ。
     そして先達はいなくなり、自分はひとりになった。

     春も終わりの頃、それはやってきた。案内役だろう男が二人と、貴族らしき立烏帽子の男が荒涼としたこんな洛北の山裾にやってきていた。
     物見遊山にはいささか季節が遅いだろうに、男たちはまるで何かを探すようにしきりに指をさしている。指の先は洛中を指差しさらに天球を指差す。
     ここが山の木々に天を遮られない限界だとでも言いたいのか――案内の男の声に貴族はうんうんと首を縦に振りながらも――横目でこちらをしっかりと見ていた。
    「松の木に神は降りるって本当だったんだなぁ」
     なんてのほほんとしたる声で存在を言い当てられる。
     残された男たちはキョトンとしていてそれから流石は陰陽師だ、と唇が動いた。
     碧玉の色をした目がしっかりとこちらを見据えている。
     ここには異界のもの見える目をもつものは多いが、そんな中でも自分の存在など一度も気取られたことはないのに――
     またくるよ、と言い残して供と共に帰っていった男は、その数日後に一人で現れた。
     外つ国の血でも入っているのか、それとも狐の仔か白い髪に凛々しい黒眉の碧色をした目がこちらをしっかと見ている。
    「もしかして、見えるのかい」
    「ああ、見えるし聞こえる。言い当てよう、お前は黒の蓬髪に黒の直衣、指貫袴は蘇芳でそこにいる」
     驚いた。ここまでしっかりと姿を捉えられるなんて。一度だけ降った大雨が窪に溜まって、そこで見たことがある自分の姿を言い当てられ是と頷く。
    「見えるのは今なら多分、俺だけだろう」
     そうこうしているうちに男は袍から塩とかわらけ、手にぶら下げていた瓶子を差し出して呑もう、とつげた。
    「高位の術師だね」
     松の返事もなしに酒を注いだかわらけを差し出してくる男に訝しみながら、男がその酒を一口で飲み干すのを見届けてから自分もそれを煽った。
    「いやまったく。――俺の肺には土着の神が憑いていてね、そのお陰だろう。松の木の精なんて神に近しい高位のものは、普通感じ取れやしない」
    「で、キミは何をしにこんな京のはずれに? 貴族ならばせめて洛中に住まうものだろう」
    「屋敷を探しに。いやもう参内することもそうそうないだろうしこれはもう、俗世を忘れてのんびり過ごすでも作ろうかと」
    「で、ここにきめたってことかい……」
     二藍の装束が汚れるのも厭わずに、男はこちらと向き合うように腰をおろしてくる。瓶子の中の酒はまだいくらかあるのか、かわらけに盛られた塩をちょんと小指でつまみながら酒を運ぶ様は少しばかり異様だ。
    「他にも候補はあって悩んでいたんだけどな、ここなら飽きがこない。だってお前、松だけどまた違うモノだろう? 日の本をの山深くまで分け行っても出逢えない」
    「……」
     翡翠色をした目がこちらをじっと見ている。
     否、実体のないこの体ではない。――本体である松を見越し、その奥で青い枝葉を小さく揺らす桜の木を見ている。
    「今のお前の本体は松であることは変わりないが、後天的なものだ。おそらく元の身体は『さくら』」
     白い髪の男が名を告げた。本当の名前。最後に桜だと呼んでくれたのは一体いつだっただろうか――
     黒い髪をした、伊勢の歩き巫女だったか――
    「はるか東の地に、松生桜というものがある。それは死にかけた松の老木から生えた桜だが、お前はその逆なんだろう? 桜の木が死に掛かってる時に、松に命を投げ渡して生きながらえた」
    「あたりだ」
     殆ど正しい。
     まだ桜の枝葉が小さい頃、誰そ彼に枝を手折られた。花盗人を気取る風流人によって手折られたそこから病は入り込み、からだの殆どが病みかけたところで隣の老松に枝を借り根を借り、救われたのだ。
     老松に命を預け、自分は消えてしまう定めであったはずなのに、彼は十分にこの平かな地を見てきたのだと譲ってくれた。
     枯れるでもなく、増えるでもなく。株を共にしているわけでもない。桜は桜で、松は松。けれどもそれ以来ずっと己は松の木なのだ。
    「さくら、俺と一緒にここに屋敷を建てて生活をしないか」
    「ボクの利はまったくないんだけど」
    「ははは、確かにそうだろうな。まあいいさ、紡ぐが故に短い人の生とは、一瞬の燦然の為に血反吐を吐く人とは何たるかを近くで見て楽しむのも一興かと思ったまでのこと」
     無理強いはしない、と翡翠色の目は笑った。それは本音だろう。嫌だと言えばこの男はどこか別の場所を探すだろうか。
     ――名を、呼ばれた。
     生命の本質、生き筋たる名を呼ばれた体は歓喜していた。今後、見える者がきたところで己は松と呼ばれ続け悠久の時を生きるだろう。見えるものが来たとて、二度と自分は桜と呼ばれぬだろうに今否と答えて良いはずがない。
    「わかった。一緒に暮らそう」
    「ありがとう」
     差し出された白い男の手を取ったところで、ふと翡翠色の目が自分の上から下をまじまじと見ている事に気づいた。
    「衣冠単に早着替え、俺もできるかな」
    「ムリじゃないかなぁ」
     直衣は精霊としての気位に合う衣冠単にへと転じて変わり、慣れない浅沓が鬱陶しく、松はぷらぷらと爪先を泳がせる。
    「そういや俺の名前言ってなかったな」
    「術者がみだりに名を」
     晒すんじゃない、と止めたかったのに満面の笑みで男は告げた。
    「俺は浮竹十四郎。よろしくな、さくら」



    ***************
     名付けの呪

     一人の陰陽師が日々を過ごす屋敷には一人の奉公人がいる。
     屋敷の主人よりも偉丈夫で浅黒い肌と黒髪を持ち、それでいてどこか春風駘蕩な雰囲気で主人に付き従っている。聞けば主従ではあるが主従ではないのだと、浮竹は答えるだろう。
     誰もこの偉丈夫が式神として使役されるのを是とした神の一種であるとは思うまい。
     二人が建てられた真新しい屋敷で過ごし始めて一年近くが経った時、厚畳の上でごろりと横になっていた浮竹がぽつ、とつぶやいた。
    「お前の名前を考えないとな」
     松も桜も木の名前だ。この屋敷に大きな植物は「さくら」の本体のそれしかなく下手を打ってしまったらすぐに形代の身は呪いだなんだに晒されてしまうだろう。
    「ボクの名前? 呼んでくれないの?」
    「お前は俺の世話する為に実体化してる事が多いからな呪い避けがいる」
    「ふぅん」
     人の呪詛が木に効くものか。そう言いたいが彼が言うのならそう言うものなのだろう。彼に明確な敵がいる気配は今のところ殆どないのだが念のため、ということか。松が側にいてもいなくても暇ならばだらだらとしていた身を起こし脇に置いたままの硯筥をひらくと軽く墨を擦る。
    「で、考えた」
    「命婦の御許とかだったら怒るからね」
     けれど、名を与えられるのならそれでも喜んでしまいそうな自分がいる。少しばかり浮き足立ちながらも、浮竹が人形をした木簡に墨をもってしたためるのを待った。
    「お前は今から『京楽春水』になる。さくらの名は大切にしまって、俺が呼んだ時だけ返事をして――普段はこの名を名乗りなさい」
     差し出された木簡に書かれた名前に全身に歓びが走るのを、『京楽』はしっかりと感じ取った。
    「嗚呼、良い名前だ。嬉しい、自分だけの名前だ、他の何とも違う自分だけのボクの名前だ」
     松の木だ、桜の木だ、有象無象に生えるただの植物ではない。自分は今はじめて『誰彼から認識される個』として存在したのだと全身が震える。
     たかが名前と思っていたのに、漫然と存在していた自我の枝葉が一層伸びるのを、京楽はしっかりと感じた。
    「気に入ったようで良かったよ」

     ――その日から、庭の桜の木は常に満開の盛りでいる。



    ***************
     きざはしにて白拍子を舞うこと

     白拍子の格好をわざわざする必要ってあるのかい。
     塗籠の奥から出してきた厨司を影に持たせながら京楽は手元に用意した札をもう一度検分する主人を見下ろした。
     陰陽師としてはそこそこの知名度を誇り、持てるものより金子を貰うが民からは桃の一つで請け負うその仕事は変わり者そのものだ。
     今回の依頼は夜な夜な屋敷にかつて愛でていた女が現れ、舞を舞うという怪異だ。
     それだけを聞けばただの狂い女だが――依頼主の言葉が本当だとすればその女は既に死んでいると言うのだ。
    「――俺がこのまま乗り込んでいって女を見れるかどうかは、微妙な所だ」
    「そうなの?」
    「舞を見せる相手が決まっている。俺は部外者で、怨み込める対象じゃないからな」
     なるほど、夜な夜な現れるあたり確かに依頼主に恨みがあってのものだろう。
     札のいくつかを選んで取り出して袍の中に仕舞い込むと、池より呼び寄せた双魚理太刀をするりと抜いた。
    「多分切ることはないな」
    「じゃあおいて行く?」
    「まさか、護身用に持って行くさ。白拍子だし――双魚たちもそろそろ遊びが欲しいと拗ねる頃さ」
     抜き身の白銀が灯明をまるで池に跳ねる魚のごとく跳ね返し、また音もなくするりと鞘へと戻される。
     主人と同伴できる彼らが羨ましい。自分は地に根を張りそうそう動けないのに。
     屋敷から一定の距離しか動けない自分が、こう言う時だけ少しばかり口惜しい。
    「そういえば、なんで白拍子なのか答えを聞いてなかったよ」
    「――ん? 色んな人間を見てきたお前なら分かると思ったんだけどな」
     白い水干の胸元に映える潤朱色の菊綴をちょん、といじりながら浮竹は京楽を見上げた。
    「同じ男に懸想をする女が、もしその場にいたら、どう思う?」

     おわり
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