Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji ❤ 🌟 🎀 🍎
    POIPOI 421

    85_yako_p

    ☆quiet follow

    道漣。フェチの話です。(2021/01/20)

    ##道漣

    幸福までのプロセス ジリジリという聞き慣れた声でオーブントースターが時間を刻む。さっきドーナツをひとつ入れたっきりの腹がくぅ、と鳴った。
     冷えた空気に漂う蒸気に気がついた円城寺さんがヤカンをコンロからおろす。この家の暖房はコタツに出番を譲り、クーラーとして活躍する日を待ちわびているんだろう。壁ひとつを隔てて伝わる冬の空気から逃れるように、アイツはなにも言わずにコタツに入ってずっと動かない。
     オレンジのゼリーみたいな炎がザクザクとしたドーナツの表面をカリカリに焼いている。レンジのなかでは砂糖のかけられたドーナツのぺたぺたした部分が溶けていて、熱と一緒に甘い匂いが見慣れた空気に混ざり合っていた。
     こういう食事の作法は円城寺さんと知り合ってから初めて知った。惣菜を皿に出したりだとか、ちょっといい飲み物を準備したりとか、まずはコタツをあたためてからとか、そういう、儀式にも似たそういう準備。なにか相応しい環境を整えて、なにかとんでもなく些細なものを食べる、って行為。
     多分食べ物って腹が減ってるときに、なにも考えずに手掴みで食べるのが一番うまいんだと思う。でも、こういうままごとみたいに整えられた食事を俺は気に入った。対してコイツはどうでもよさそうで、俺とコイツは特に気が合うわけではないと再確認させられる。もともと気が合うとは思っていないけれど、みんなが言うからたまに、コイツと俺は気が合うんじゃないかって勘違いしそうになるから、こういうときに勝手に失望したりする。
     円城寺さんが大切にしているものを同じように大切にできるのはうれしい。俺は勝手だから、コイツがそれをおざなりにするのは少し腹が立つ。円城寺さんが笑うのは大人だからで、俺が苛立つのは子供だからだ。コイツは少しズルい。コイツは俺と円城寺さんの──子供と大人の中間にいる。
     名前を呼ばれて立ち上がる。コンロの横には神谷さんから譲り受けたという華奢なティーカップがみっつあって、すべてが柔らかな果実のような未熟なルビー色をした液体を浮かべていた。
     そのうちのふたつを持ってコタツに戻る。
    「おい、自分のぶんは自分で持ってこいよ」
     声をかける。コイツは俺の言葉にうるせぇと返しながらも存外素直に立ち上がった。
     繊細なティーカップはコイツに似合わない。もちろん俺にも。きっと、円城寺さんにも。それでもこうやって、ふさわしい食卓を作り上げていくことは楽しい。
     温められたドーナツはティーカップと同じ柄の皿に。醤油くらいしか入らなそうな小さな小さな皿に積まれた角砂糖は真っ白。紅茶は普段飲んでいる紅茶よりもいい匂いがするってことはわかる。
    「よし、食べよう。いただきます」
    「いただきます」
    「ん。……いただきます」
     ドーナツだってきっと、腹が減ってるときに駆け込んだ店先で、何も考えずに手掴みで食べるのが一番うまい。
     それでも、こういうのは悪くない。円城寺さんはニコニコしていて幸せそうで、俺もなんだかウキウキして、ただコイツだけが変わらずにドーナツを口に頬張った。コイツが三口で食べ終えたドーナツを、俺と円城寺さんは時間をかけてちまちまと食べた。

    ***

     自分の家には『とっておき』がある。輝に紹介してもらったコーヒー豆とか、幸広に選んでもらった紅茶とか食器とか。そういうものはちょっと特別なときに使おうって決めているから、台所のちょっと取り出しにくいところに入っている。
     自分にはいくつかの『とっておき』がある。たまに、ふとしたときに作り出す『とっておき』が自分は好きだった。
     たとえばコンビニのケーキを百円のコーヒーで流し込むんじゃなくて、ちゃんとした皿に出して、特別なコーヒーを入れて、テレビじゃなくてラジオを付けて、あみぐるみの針も家計簿もボールペンも目に入らないところに片付けてから食べる、みたいな。
     整えられたものが好きだ。もちろんそうでないものも好きだ。ただ世の中に整えられて存在してるものってのは思うよりも少ないから、どうしても整えられてるものは非日常になる。そういう特別が自分の手で生み出せるというのは楽しかった。何気ない日を魔法のように彩る、自分のような無骨な指先でも叶えられる魔法。
     特別は小さな箱に収まっている。コーヒー、紅茶、食器、それだけじゃない。ひとまとめにしてあった『それら』を取り出して、コタツと一体化している漣に問いかける。
    「風呂にいれていいか?」
     誰を、とか、何を、とか。なんにも聞かないで漣は少しだけ考える。少し考えるってことは、たぶんオーケーなんだろう。漣は嫌なときはすぐに断ってくるから、返事が長いとそれだけで自分はその気になってしまう。
    「好きにしろよ」
     漣がくた、と力を抜いた。自分はそれを抱きかかえて、きれいな湯を張ったピカピカの風呂に運ぶ。誰もいなくなった部屋の暖房を、裸でも寒くならないくらい強くつけた。

     風呂場の手すりには三色のボディタオルがあるが、今日みたいな特別な日には使わない。自分はチアリーダーのぽんぽんみたいなネットをつかって、甘ったるいバニラの香りがする泡をたくさん作る。
     暇そうに椅子に座った漣の首から背中に、たっぷりの泡を滑らせていく。首筋に手のひらを当てたとき、一瞬だけ漣の呼吸が詰まるように止まった。急所を触れられるのはいつまでたっても慣れないらしい。こういうところは付き合い始めても変わらない。
     漣、と一言呟けば、「ん」と小さく呟いて漣が手を持ち上げる。そのまま素直な指先から肩まで全部泡まみれにして、もう一度首筋を撫でた。
     背中のさかさま、お腹もそっと撫でる。胸元の突起に指が触れたとき、少しだけ息が震えているのを一々口にすることはない。いまはそういう意図で触れているわけじゃないから、なるべく刺激しないようにそっと撫でて、手のひらを下腹部に、腰に。
     へそのあたりはくすぐったいんだろう。漣は少しからだを震わせたが、声は出さない。くる、と一番内臓に近い皮膚を撫でて、隙間も泡で満たしていった。
     車が好きな人が洗車を楽しむときもこんな感じなのだろうか。大好きなものが自分の手でより素敵になっていくのは喜びだ。自分がやっていることはきっと危ういことなのに、どちらかというと少年時代に感じた高揚感が胸に満ちていく。漣が一言、いつもみたいに「バァーカ」と言ってくれれば一瞬でやめられる遊びが、許されているうちはどうにもやめられそうにない。
     指先が太ももの付け根を辿る。いちばん危うい部分──露出した内蔵を泡で包む。
    「っ……!」
     漣が息を飲んで、ゆっくり、ゆっくりと吐き出す。自分はいま、快楽を与えるつもりではないからなんだか申し訳がない。触れられれば反応するのは同じ男として当然わかる。ただ漣がオーケーを出した時点で、今日の自分はワガママなのだ。
     自分はワガママだ。漣だけが知ってる、自分のどうしようもない部分。漣は呆れもせず、軽蔑もせず、かといって笑いもせず、ただ受け入れている。
     どうしようもなく許されている。寛容という支配下に置かれて、望むまま尽くすことを許されている。
     太ももからふくらはぎ、くるぶし、かかと。足の指の先まで丁寧に、壊れやすいものを扱うように撫でていく。宝石のように強く美しいものを、セミの抜け殻を扱うように愛でていく。この夜でたった一つの美しいもの。
     そっとお湯をかけて洗い流せば、魔法が解けるように白い肌が姿を見せる。鼻先を首筋によせれば、ほんのりとバニラの香りがした。
    「ん。寒くないか?」
    「別に」
     そう言って漣は湯船に浸かり、頭だけをこちらに預けてきた。自分は柔らかな髪の毛を、そっと洗面器に満たしたお湯の中にいれた。
     シャンプーは普段は立ち入らないデパートの地下で買った。なにもわからないが、店員に一番甘い匂いのするシャンプーを頼んで言われるがままに買ってきた。複雑で、甘い匂いがする。名前を並べられても混乱しそうになるような情報量の多いシャンプーは、バニラの香りではない。
     自分みたいに体育会系ド真ん中という世界で生きてきた男からすると、ゴシゴシこすらなくても汚れが落ちるというのはなんとも眉唾めいた話だ。でも、傷つける心配がないのはいい。どんなに強くても、どんなに頑丈でも、ひとつだって傷をつけたくない。
     たっぷりの泡が髪の毛をふわふわと包んでいく。地肌にはそっと指の腹に触れて、絶対に爪は立てないように。漣は少し、さっきとは違うように気持ちがいいんだろう。呼吸が深くて、リラックスしているのがわかる。
     自分のような無骨な指が繊細な美しさにつながっていくのは不思議な気分だ。いや、そもそも漣みたいな人間にくっついている時点で、この美しさは異質な存在だ。漣は美しいのに、漣自身が美しく在ることを許さないような不条理が、常にこの銀色の獣にはつきまとっている。
     泡を流して、軽く水気を切る。この動作はいつも不安になる。自分は力が強いから、こういうときにはふとした拍子に息が詰まる。
     リンス──こういうのはトリートメントというのだろうか。自分にはリンスとトリートメントとコンディショナーの違いがわからない。
     手にとって、髪に滑らせる。毛先にはたっぷりと、そっと。なじませているあいだ、本当に他愛のない話をした。漣はぼんやり話半分に聞いているから、なんだかラジオの仕事を思い出す。返事のない観客を飽きさせないための独り言だ。
     リンスを流す。漣の指先がふやけている。自分のからだは冷えていたが、気分が高揚しているから寒さなんて感じない。
     風呂からあがったら水を飲ませないと。いつも思うのに後回しにしてしまう。バスオイルをいれたからか、それとも長風呂のせいか、漣の頬は紅潮していて、からだはぽかぽかと暖かかった。
     バスオイルのほのかな香りの奥にじっとりとしたバニラの匂いが漂っている。シャンプーの匂いと、ボディソープの匂いと、好き勝手に無節操に愛したせいでちぐはぐだ。自分にはそういうところがある。ハンバーグに目玉焼きとチーズを両方のせてしまったのに唐揚げまで揚げてしまって、いままさにスパゲッティも茹でている、みたいな。そういうめちゃくちゃな愛し方ができるのは、受け入れる器が頑丈だからだ。こういうとき、自分は『愛している』のではなく『愛させてもらっている』という気がしてくる。世界には零れそうな愛情を常に傷口から血を流すように持て余している存在がいて、そういう受け皿として漣のような存在が作られている、だなんて妄想で脳にモヤがかかる。
     これまた泡立てた洗顔料で──泡立ててばっかりだ──そっと頬を撫でる。顔中を泡でもこもこにしているあいだ、漣は目をつぶっている。あたりまえだけど、ひどく無防備だ。
     シャワーで顔を流す。漣が立ち上がったから自分も風呂を出る。濡れた髪をタオルで包んで、柔らかいタオルで自分よりもうんと白い全身をそっと包んでいく。脱衣所は寒いから、すぐに居間に移動した。
     居間は暖かい。暖房をキツめにいれたから、当たり前だ。漣が裸でもすこしも寒くないだろう。自分には暑すぎるくらいで、汗が滲みそうだ。
     漣は裸のまま布団に座る。自分はそのからだにボディクリームを塗っていく。またひとつ、香りがちぐはぐになっていく。やりたいことを全部やると、やはり世界というものはガチャガチャになってしまうものだ。
     からだを洗ったときのように、漣は数回からだを固くして息を止めた。流石に局部には塗布しないから決定的な刺激はないのだが、やっていることは前戯と変わりない。困ったように眉をさげながら、漣はじっと自分を見ている。
     下着を着せる。漣は下着くらい着れるけど、自分にされるがままになっている。
     普通の下着だ。なんにも普段と変わらない。ただ、普段は着ない、柔らかくて真っ白な肌着を上半身に着せた。
     パジャマも、普段着せている自分の高校時代のジャージじゃなくて、寝具店で買ってきた生地のなめらかな上下だ。ズボンをはかせて、上着を着せる。漣には似合わない『ボタン』という実用的な装飾品を、ひとつひとつ、とめていく。漣は自分の手元ではなく、自分の眉間あたりをじっと見つめていた。
     パジャマを着せたら髪を乾かす。髪がすべすべになるドライヤーだ。普段は時間がかかるだの乾かした気がしないだの、自分たちの間では不評なドライヤーがひさしぶりの仕事に張り切って、お上品な音を立てた。
     さらさらとした髪の毛が指先を滑る。ずっと触っていたって飽きないって確信があるほど甘美な糸だ。きっと蜘蛛の糸ってのもこれくらい美しくて身動きがとれないものなんだろう。逃れられる気がしないのだ。肉食獣のような瞳も、妖艶とも言える髪も、果てしない渇望のような白い肌も。
     終わりに手をとって爪にオイルを塗っていく。手が終わったら、足に。ほんのりと桜色に染まった爪がつやつやとして、自分の仕事に感嘆の吐息が漏れた。いまの漣は全身、どこをとっても完璧だ。自分が想像しうるすべての美しさを献上したからだは、ぽかぽかとこの六畳一間に佇んでいた。

     腹が減ってるときに、買いたてを袋に手を突っ込んでそのまま食べるメシがうまいってのはわかってる。引退しても体育会系だから。
     それでも、ちょっと我慢して、あっためて、きれいなお皿に出して、とっておきの飲み物を添えて、テレビじゃなくてラジオを流して、いただきますって言って食べるものは特別って話。

    「……漣」
    「はぁー」
     大きなため息。
    「今日、していいか?」
    「…………じれったいんだよ。バカらーめん屋」
     少し考えてた漣は自分の誘いを断らなかった。断られる日だってちゃんとあって、そんな日の漣は自分の真横でいい香りをまとって眠る。でも、今日はワガママがさらに許される日のようで、自分の喉はごくりと鳴る。
     ひとつひとつ、ボタンを外す。こういうの、二度手間とはちょっと違う。漣にはちょっとわからないみたいなんだけど。
     ちぐはぐなはずの香りが脳に届く。一番強いバニラの匂いを感じながら、その白い首筋に舌を這わせた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works