「年の瀬」というものは世の中がやたらとソワソワせかせかするものらしい。街中はクリスマスセールだ年末売り尽くしだとどの店も騒がしいし、アイドル業もいつにも増してスケジュールがぎっしりだ。漣からすれば月が変わろうが年が明けようが、どうということもない寒い日が続くだけなのに。
加えて漣のまわりが一層ソワソワしていたのは、同じユニットの年下の男の誕生日もこの時期にあったからだ。何日も前からプレゼントだ祝いの料理の準備だと手を回しており、不干渉を決め込んでいた漣もついに巻き込まれ今日は予約していたケーキを店まで取りに行かされた。
毎年恒例でもはやサプライズにもならない儀式にそれでもタケルはあの仏頂面を綻ばせ、照れた様子で集まった面々に祝福を受けていた。
「……マヌケ面」
いつにも増して豪華な料理に主役を差し置いて遠慮なく手をつけながら、漣がぼそりと吐いた言葉は誰にも聞き咎められなかった。
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ごちそうで満たされた腹を抱えて、冷たい冬の風に晒されながら歩く。まだ夜とは言えない時間帯なのに、日が落ちるのが早くなったせいで外は暗かった。漣の数歩先を行く男はみんなから貰ったプレゼントの袋を手に抱えている。暖かかった事務所の中の名残かほのかに赤らんだ頬に比べて、手袋もなにもしていない手はやけに白く寒そうに見えた。それをじっと眺めながら、漣はポケットに突っ込んだ自分の手を握りしめる。
「オマエ、今日はついてくるのか」
「…悪いかよ」
「いや。別に」
急に話しかけられて、漣は伸ばしかけた手を引っ込めて慌てて顔を上げた。しかし男はちらりと漣の方を振り向いただけで、すぐに視線は外される。ただの確認でしかない、漣がいてもいなくてもどちらでも構わないみたいに。その態度に、漣は無性に腹が立つ。
「チビの誕生日なんて、オレ様には関係ないし」
「まぁ、そうだな」
「オレ様はプレゼントなんて用意してねえ」
「俺だって、オマエからなんて期待してない」
淡々としたタケルの返答がさらに漣をいらつかせる。
期待してないとか、何もなくて当然とか、そんな答えが欲しいんじゃない。漣だって、タケルが乞うなら誕生日くらい祝ってやるのもやぶさかでないのに。一言寒いとでも言ってくれれば、冷えたその手を取って温めてやるのに。他のヤツらだけで満足してないで、もっと漣からを、漣を、欲張って手を伸ばして、求めてほしいのに。
思いはすれど伝える言葉が見つからず、歯がゆさに唇を噛むしかない。そのことにもまた腹が立つ。怒りに任せ、漣はポケットの中で指先に当たった紙切れをくしゃりと丸めて投げつけた。男はその動体視力をもって難なくキャッチする。
「ゴミを投げるな。……なんだ、これ?」
漣が投げつけた紙は、商店街の福引券だった。ケーキを引き取った際に店員から渡されたもの。1等はロボット掃除機、2等は高級牛肉、以下3等4等と賞品が記されていたはずだ。
「オレ様が最強の運で当たりを引いてやろうと思ってたが、やめた! チビなんてハズレのティッシュで十分だバァーカ!」
捨て台詞を吐いて小柄な影を大股で追い越す。このままコイツの家までついていくのも癪だ。どこかで時間をつぶしてから、道流の家か事務所にでも押しかけようと方向転換しかけた漣を、男の声が呼び留めた。
「貰っていいのか、これ」
「は……」
振り返った漣が言葉を失ったのは、タケルがその大きな目を輝かせながら漣のことを見つめていたせいだ。先ほど事務所で見た、はにかんだような表情とは違う。緊張で強ばっている、しかし確かに喜んでいるのが漣にもわかる、そんな顔。
「オマエからなんか貰えるなんて、思ってなかった」
漣が一度丸めて皺になった紙切れを、かじかんだ指で丁寧に広げている。まだ賞品を当てたわけでもないのになにがそんなに嬉しいのか。バカじゃねえの、と思うけれど、そんな顔を見たら漣は何も言えなくなってしまった。
「まだ福引やってる時間だよな。行くか」
「あ!? 今からかよ?」
「今からだ。たぶん、今日の俺は相当運がいい」
がしりと男に腕を掴まれる。有無を言わさず引っ張られて思わずつんのめりそうになった。
「ついてこないと、肉が当たっても俺が一人占めするぞ」
「ッハァ!? オレ様の券で当たったらオレ様のもんだろーが!」
「でも掃除機はオマエいらないだろ。じゃあ、肉だったら半分こな」
二人して走るような速さで商店街へと向かう。漣の腕を掴むタケルの指先は相変わらず白いが、もう寒くはなさそうで、なぜか漣はそれですっかり満足してしまった。
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「出ました特賞! おめでとうございます、温泉宿ペア宿泊チケットで〜す!!」
法被を着た係員にガランガランと鐘を鳴らされ、二人でぽかんと固まってしまった。すでに1等2等は出尽くしてしまったと聞いていたので、3等以下の何か、できれば食べ物が当たればいいくらいの気でいたのだ。
ガラポンを回した張本人は、きょとんとしたまま漣に助けを求めるように尋ねてきた。
「……い、行くか? 温泉…」
「な、なんでオレ様に聞くんだよ。チビが当てたんだろ」
「だって、オマエから貰った券だし…」
「でも、ペアって…オレ様とチビと二人でって、ことかよ…」
「……と、とりあえず……予定空けられるか、プロデューサーに聞いてみるか」
どういうわけか、突然すぎて動揺していたからなのか、二人とも互いとの旅行を拒むことはしなかった。そのままトントン拍子で日程も決まってしまい、二人旅が現実となっていく。
男との旅の日取りが近づくにつれて、年の瀬よりも誕生日よりも、漣の心がソワソワ落ち着かない日々がしばらく続きそうだった。