観覧車は廻る 神谷、初めてあなたと遊園地に行ったのは学生の頃でしょうか。あの頃は友人みんなとバカ騒ぎをしていて情緒なんて欠片もなかったし、私はあなたにこんな感情を抱いてなかった。総じて楽しい、無自覚な一日でした。
二度目はカフェパレードのみなさんと。私たちは二一才になっていて、ハシャぐ水嶋さんや巻緒さんをあなたはのんびりと眺めていましたね。私はほんの少し年を取っただけで、ただあなたを好きになっただけでこんなにも見える景色が違うのかと驚いていました。賑やかな空気とアトラクションの中にいるあなたは華やかで、美しかった。
夕暮れまでそうして遊んで、空にうっすらと月が見えるようになったとき、水嶋さんが言いました。
「みんな、観覧車乗ろう!」
観覧車に五人で乗れたらよかったのですけれど、あいにく観覧車は四人乗りでした。
水嶋さんは巻緒さんとアスランさんの手を引いて、一足先に観覧車に乗り込みました。
私は、その時は片思いの相手であるあなたとたった二人取り残されてしまって、本当は動揺していました。あなたは笑って、観覧車に向かって歩き始めました。
「俺達も乗ろうか」
そう、振り向いて笑います。
観覧車はじりじりと空に登っていきます。あなたは景色と夕焼けが沈んだ方角を見て、楽しそうに話しかけてきましたね。
「あっちの方に、俺の行ったことがある国があるはずなんだ。魚が旨くて、人が陽気で楽しかった」
いつか、みんなを連れて行きたいとあなたは言っていた。私はぼんやりと、たった二人きりでその国に行く妄想をして、少しだけ罪悪感を感じていました。そんなこと、知らなかったでしょうね。
あなたはずっと外を見ていて、いろんな国の話をしてくれました。私はといえば、一緒に景色を見るふりをしながら、チラチラとあなたを見ていました。夕焼けに染められた、髪を、瞳を、唇を。
くるり、観覧車が一周して私たちは三人と合流して、あと少しだけ暗くなるのを待って、電飾に彩られた園内を見て家路につきました。これが二度目の遊園地の記憶。
そして今、私たちは三度目の遊園地にきています。珍しく、二人きり。私たちが二人きりなのは、ずいぶん久しぶりのような気がします。紆余曲折、今ではあなたは私の恋人です。
恋人になって間もない私たちには、想像もしたことがない距離のようなものがありました。それはもどかしく、甘く、切なく、愛おしいものでした。
饒舌なはずのあなたは少し言葉が少なく、途切れ途切れに会話をしながら園内をあてどもなく歩きましたね。そうやって歩く遊園地は、学生の時とも、カフェパレードの皆さんと来た時とも違って見えました。
てっぺんに昇ったお日様が少し傾いたあたりで、観覧車を見たあなたが言いました。
「観覧車、乗ろうか」
私はと言えば、夕焼けや星空を横切る観覧車は少しロマンチックだと思っていたものですから、聞き返します。
「今ですか」
「ああ、今乗ろう」
そう言って、ついぞ触れることのなかったあなたの手が、私の手を引いていきました。
観覧車に乗ったあなたは、少し前と違って無口でした。
窓の外に広がる景色を見たって、私の知らない国の話をしなかった。ただぼんやりと景色を見ていたから、私もそれに倣いました。時折、あなたのことを盗み見ながら。
その視線はすぐに絡みました。私があなたを見ていたように、あなたも私を見ていたんですね。気まずいような、くすぐったいような沈黙。まるで、ささやかな罪を共有したような。
「ねぇ神谷」
「……なんだい?」
「キス、しましょうか。この観覧車が、てっぺんについた時に」
私はそうしたかったし、きっとあなたも喜ぶと思ってました。しかし、あなたはこう言った。
「……今がいいな」
「え?」
あなたが身を乗り出して、小さな籠がガタリと揺れる。体勢を崩したあなたのその唇が私のそれにぶつかって、数秒触れあうだけの拙いキスになる。充分すぎるほど心の満たされる接触を終えて、あなたが笑う。
「ダメだったか?」
そんなこと、思ってもいないくせに。
「……ええんと違いますか」
少しの気恥ずかしさをのせて、観覧車は周る。私たちは残りの時間を持て余すようにして、また窓の外を見る。
もう一度くらいキスがしたい。私がそう思った時、あなたがあの時のように異国の話をはじめました。日は高く、明るく、空が青かった。