運命なんてクソ食らえ 抱けるもんだな、ってのが正直な感想だった。同僚でも、男でも、大嫌いな人間でも。
大嫌いな男はたいそう賢いバカだった。仕事はできて指示は的確で発言は理路整然。そのうえ他人の表情も感情だって読めるくせに、勝手に懐に入れた人間にはどうにも頭が回らない男。それがレナートという男だった。
俺はレナートが大嫌いだった。エリートなんてみんな嫌いだと思っていたが、どうやらコイツは特別みたいだ。特別に嫌いだった。大嫌いだ。
うんと嫌いだったから、とびきりに優しくする必要があった。糖衣のような甘さで何重にも本心を覆い隠して、出会い頭にぶん殴らないように笑顔を張り付けて、要望はなるべく叶えて、なんならついでにコーヒーだって淹れてやった。全部、特別だったからだ。特別に大嫌いだから、特別に扱わなくちゃ会話どころか同じ空間にいることだってできなかったから、おれはいつだってアイツを大切に扱った。
ところが、アイツがとんでもないバカやろうだったから話がおかしくなってしまった。アイツはあろうことか、おれのことが好きだと宣ったんだ。
「ミハイル。僕はおまえが好きだ」
そのときの表情は覚えている。たまに、悪夢として眠りの中に現れる。音声はなくて、影がひとつもなくて、空間にはなにもない。ただ、おれとアイツだけがいる奇妙な空間でおれはなんどもコイツの「好き」という言葉を聞かされる。
不安なんて少しも感じていない甘ったるい目が純粋な期待に滲んでいるのが本当に腹立たしかった。背筋を伸ばして堂々と立っている姿に嫌悪すら抱いた。そんな苦々しい感情を煮込む間もなく、あろうことかコイツは口にした。
「おまえは、僕が特別だろう?」
その時のおれの気持ちはテオにだってわかるはずがない。カッと沸騰した頭で殴りかかりそうになって、必死に誤魔化そうとしてそのまま妙に着飾った細いからだを抱きしめてしまった。バカなことをしたと思うのだが、表情を見られなかったことだけは最悪な幸いだ。怒りで煮えそうな俺の体温を享受したコイツの、柔らかな声が遠くに響く。
「僕も、おまえが特別なんだ」
完璧に勘違いしたコイツがおれの背に手を回す。特別。ああ、特別だよ。おれはおまえのこと、特別に大嫌いなんだ。
おれがバカだったらきっと笑っておしまいだった。それは勘違いだって笑って、からかって悪かったって宥めておしまいだ。
でもおれはどうしようもない知恵が働くもんだから、その手に応えてさらに強くこのバカのことを抱きしめた。好きだなんて嘘でも言いたくない。でもコイツが勘違いしてるだけなら利用しない手はない、って思ってしまったんだ。
「……付き合うか」
好きじゃないけど。好きだなんて言ってないけど。
「よろしく頼む」
コイツの笑顔なんてみたくなかったから、おれの表情を見せるわけにはいかなかったから、おれはコイツをずっと抱きしめていたんだ。