消失マジックの逆 消失マジックの逆って、出現マジックでいいんだろうか。定期的に、それを見せられている。
会場は夢の中。主演は桜庭。俺はパジャマで観客席に座り、たったひとりそのショーを独占していた。
桜庭は星屑のようなラメの入った、タキシードにおとぎ話を混ぜたような服を着て、大きなシルクハットを手に持っている。そうして、シルクハットから、ありとあらゆるものを取り出してみせる。
昨日はハサミを出してもらった。そうすると、現実世界にハサミが現れるって寸法だ。何も、俺の引き出しに送り主不明のハサミが増えるわけではない。そのままの意味なのだ。現実世界にハサミが生まれる。さらに言おう。桜庭がシルクハットから取り出すまで、『現実世界にはハサミがない』
気がついているのは俺だけだ。他の人に聞いたって誰も知らない。ただ、桜庭にだけはなんとなく聞けなかった。俺はプロデューサーが定規を当てて必死に紙を裁断しているのを見て、ああ、今日はハサミを取り出してもらおうとか、そういうことを考えるのだ。
いろいろなものを出してもらった。ハサミ、水筒、あと、食べたくなったから羊羹。他にもたくさん。
もう世界には不足はないように思える。そこまで考えて、俺は致命的にこの世が欠けていることに気がついた。現実で桜庭を巻き込んだ翼の誘いを断ってまで、夢の中の桜庭に会いたかった。
「さて、今日は何を取り出そうか」
たったひとりの観客に向けられた言葉。俺のために世界を満たす、神様のような男。
神様、あとひとつ、ください。奪ったのであれば、とっとと返してくれ。
「言葉を取り出してくれ」
「……望む言葉は?」
柔らかく、目の前の男が笑う。やっぱりコイツは桜庭じゃなくて、俺は桜庭に望んでいるものがある。
「愛してる、って。言わせてくれよ」
存在していないことに気がついて、これほどまでに不自由だったものはない。
罰ゲームの風船のように膨らんだシルクハットは当然のように弾けて、宝石のような星々をステージにばらまいた。