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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    85_yako_p

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    牙崎と呪われた舞台の、あっさりとした話。(2022/01/13)

    ##カプなし
    ##牙崎漣
    ##大河タケル

    春に殉ずるわけもなく アイツの名前を呼ぶ、悲鳴のような声が聞こえた。
     プロデューサーの声だ。こんなヒステリックな声、らしくない。まぁ、アイツが問題を起こしたんだろう。少しの不安を拭うように、一緒にゲームをしていた隼人さんと一緒に、俺たちは声がした応接室へと向かう。
     応接室ではアイツがソファに寝ころびながら本を読んでいた。プロデューサーは俺たちに気づかずに、その本をアイツの手から奪い取る。そしてその本を──思い切り、破り捨てた。
    「なにしやがる」
     アイツの声は平坦だ。ただ、聞いているだけ、みたいな。それに比べて、プロデューサーの声色は悲痛なほどだ。
    「台本が届いても読むなと言ったはずです。この仕事は断りました。もう漣さんは関係がない」
    「仕事持ってくるのが下僕の仕事だろうが」
    「仕事を選ぶのも私の仕事です。この仕事はあなたにはさせません」
     立ち去るべきなのだろうか。それでも、他人事ではないという確信がある。俺はコイツが何かの真ん中にいるときに、それを無視することができなくなっていた。隼人さんも心配なのだろう。プロデューサーを心配しているのかコイツを心配しているのかはわからないが、隼人さんもこの場から離れなかった。
     パッ、とはちみつ色と目があった。コイツは俺と目を合わせた瞬間に舌打ちをひとつして、そのままこの場にいる全員を無視して眠ろうとする。
     コイツの態度で、プロデューサーはようやく俺たちに気がついた。プロデューサーはちょっとだけ気まずそうな顔をしたあとに、先ほど破った本の表紙を見せて、俺たちの名前を呼んで喋り出した。
    「……この本を見つけたら、私に教えてください。中身は見ないで、もしも漣さんが読んでいたら全力で止めてください」
     なんだかぐったりとした声だった。隼人さんが心配そうに声をかける。俺はそれを無視して、口を開く。
    「……理由を聞いていいか?」
     何を話していたか、ぼんやりとならわかる。きっとコイツに仕事がきて、プロデューサーはそれを断ったんだろう。そういうことなら、俺はコイツの肩を持つ。俺とコイツは目的も何もかもが違うけど、俺だったら、仕事を勝手に断られるのは嫌だ。あいつらの目に留まる可能性を、勝手に潰されるのは、嫌だ。
     プロデューサーはきっと俺の気持ちなんてわからない。俺はプロデューサーの気持ちを知らない。プロデューサーは俺に、大抵のことは教えてくれる。
    「これは……舞台の台本です。漣さんにきたお仕事で、私はそれを断りました。……馬鹿馬鹿しい話なんですけどね。この舞台、曰く付きなんです」
    「曰く、」
    「付き?」
     俺と隼人さんが同時に疑問を口にする。何かが溢れだすように、プロデューサーが話し出す。
    「人が死んでいます。もう、三人」
     ひっ、と隼人さんが息を飲んだ。プロデューサーは俺から見たってバカが付くほどマジメだし、こんな嘘を吐くことはない。だから、これは本当の話なんだろう。
    「……それで、曰く付き?」
    「はい。……この舞台は何度も中止になっているんです。主演の方が、もう三人も自殺しています」
    「それは……理由があるのか? たとえば、役作りが難しすぎて悩んでしまうとか……」
     理由があるなら怖がるようなものでもないと思う。たとえば、俺が思いついたような理由が原因なら、問題はないだろう。コイツは思い悩むことはない──とは言い切れないが、絶対に自殺なんてしない。
     でも、違った。
    「……主役を演じた人間は、役に憑かれてしまうんです」
     言葉には心当たりがあった。役と自分がおんなじに混ざり合ってしまう感覚には、覚えがある。
    「この物語の主役は自殺します。主役を演じた人間は……役と同じように憔悴し、狂い、同じ結末を辿るんです」
     その舞台の、再演。
     プロデューサーは困ったように笑う。
    「それは……断ったほうがいいな」
    「そうだよ。レンが死んじゃうかもしれないんだろ?」
    「はい。だからハッキリとお断りしまいした……それなのに、台本が届くんです。もう、何度も」
     何度も台本が届くとプロデューサーは溜め息を吐いた。最初はポストに。次はプロデューサーの机に。そうして、気が付いたらコイツが台本を持っていたと言う。
    「ハッキリ断っても届くのか? こういうの俺はわからないけど……送ってくるやつが悪いと思う」
    「先方は心当たりがないと。台本なんて一度も送ってないと言っています。……それでも、届くんです。『主演、牙崎漣』と書かれた台本が」
     消印もない封筒に入れられた台本が届く。鍵のかかった事務所の机に置かれている。家なんてないコイツが、いつの間にか持っている。
    「漣さんは気が付くと台本を持っています。これで、三度目です。どこから手に入れているのかわからないのですが……」
     はぁ、と息を吐いたあと、プロデューサーはよろしくお願いしますと言った。一瞬なんのことかわからなかったけど、すぐに思い至る。
    「わかった。コイツが変なもんを持ってたら取り上げる」
    「俺も! ほかの人にも言っておいたほうがいいかな?」
     なんだか変な感じがした。コイツを守るみたいで、ちょっと不思議な感じがする。コイツは誰に守られなくても、一生『牙崎漣』のままなのに。
    「そうですね……道流さんには言っておきましょうか。あとは、少し様子を見てみます」
     そう言って、プロデューサーはコイツを見た。俺たちのことなんて存在していないみたいに、コイツはのんきに眠り続けていた。

    ***

     今日は鍋だからうれしい。俺の家には土鍋がないから、鍋は特別でうれしい。一人用の土鍋を買ってもいいんだけど、円城寺さんの家で食べる鍋が特別に好きだから、いまはこのままでもいいと思っている。
     豚肉も鶏肉も魚も野菜もなんでも入っている鍋はおいしかった。円城寺さんは醤油味の鍋も塩味の鍋も味噌味の鍋も作れけど、今日の鍋は味噌だった。
     洗い物は俺がやる。そう決めないと、全部円城寺さんがやってしまうから、これは俺の役目に決めた。アイツはなんにもしないけど、たまに、思いついたように食器を運んできたりする。
     ざあざあと食器を流していたら円城寺さんの大声が聞こえた。なんだか、いつかのプロデューサーのような、そういう声が。
    「漣! なんで台本を持っているんだ!」
     振り向けば、コイツが台本を持っていた。さっ、と血の気が引いて、蛇口の水を止めることも忘れていた。だって、コイツは手ぶらでここにきたんだ。台本なんて持っているはずもない。それなのに、コイツはいま、当たり前のように台本を読んでいる。
     コイツの視線は台本から動かない。円城寺さんが台本を取り上げて、ようやくコイツは俺たちを見た。惚けたような、蕩けるようなはちみつ色の瞳がふたつ、まぼろしみたいに人間の顔にくっついている。
    「……プロデューサーに言われてるだろ。読むな、って」
    「……ふん」
     コイツはひとつ息を吐くと、そのまま横になって眠りだす。コイツにはこういうところがある。一度決めた感情をシェアすることもなく、勝手に結論づけて完結して全部閉じてしまうような、そういう悪い癖が。
     こうなると、どうしたって無駄だ。俺は諦めて洗い物に戻り、円城寺さんは困り果てたように笑って俺のことを手伝ってくれた。
     そうなれば、あとはもういつも通りだ。円城寺さんは風呂に入って、俺はこいつの隣に座ってゲームの電源を入れる。ロード中、コイツを眺めながらため息を吐く。
    「……あんま、心配かけるなよ」
     触れることはない。ただ、こういうときのコイツはうんと年下に見える。
     考えてみる。取り憑かれて、コイツではなくなってしまったコイツを考える。存在しないコイツを考える。柔らかく笑うコイツを考える。
    「……オマエは、オマエだろ」
     ありえない。春のように笑うコイツも、雷のように泣くコイツも、どこにだっていない。
     触れるつもりはない。とっくにロードなんて終わっているのに、色素の薄いこの生き物から目が離せない。
     どこからかノイズ音がした。ぱち、とコイツの目が開く。うっとりと、その瞳が三日月のように歪んで──コイツは小さな花のように笑った。
    「……名前、呼ばないくせに」
     そう言って、コイツはおとぎ話のように瞳を閉じる。自分の呼吸がハッキリと聞こえて、心臓が冷たい。
     起こす度胸がなかった。そんな気持ちを叱咤して、コイツを揺さぶってから気がつく。俺にコイツを起こすことなんて、できやしないんだ。
     諦めてゲーム画面に目を向ければ、なぜかゲームの電源は落ちていた。俺はゲームを起動することもしないで、コイツの寝顔を見ながら呼吸に耳を澄ます。
     静かな夜だった。遠くに、雨の音が聞こえた。

    ***

     鍋の時期から桜の季節になった。あれ以来、コイツが台本を持っているのを見たことがない。プロデューサーにそれを伝えたら、プロデューサーは「一度だけ見ましたよ」と苦笑いをした。
     でも、それきりらしい。台本ももう届かない。だから、すっかり忘れていたんだ。


     ゆっくりと桜を見ていた。花見は事務所のみんなとやったけど、今日は俺たち三人だけで桜を見ていた。円城寺さんが雑誌で見た弁当を作ってみたいと言い出して、それを持ってピクニックにきたんだ。
     風は冷たいけど日差しが暖かい。桜は春で、春は暖かいイメージがあるけれど、少しだけ肌寒いから油断はできない。円城寺さんが持ってきてくれた暖かいお茶を飲みながら、俺はぼんやりと桜を見ながら円城寺さんと話をしていた。
     コイツは食ってすぐに寝た。俺だって桜よりは食い物だけど、さすがにここまでではない。動かないものだから三枚くらい、桜の花びらが銀色の髪にくっついている。円城寺さんが、笑いながら、それを取ろうと手を伸ばす。
     その手が、突然捕まれた。
     円城寺さんが小さく息を止めたのがわかった。強い力で掴まれているのかもしれない。円城寺さんが動く前にその手は弾かれて、ゆったりとした動作でコイツが立ち上がる。
    「…………漣?」
     ゆっくりと、コイツの目が開く。はちみつ色に、いつか見たような、まぼろしみたいな光が灯っている。
    「……おい、オマエ……」
    「桜が咲いた」
     返事はなかった。代わりに、芝居めいた口調でコイツが声を出す。ゆったりとした動作で右手を広げて、静かな瞳で俺たちを見回して笑う。
     小さな花が咲くように、柔らかく、笑う。
    「ようやく終われるんだ。自らに課していた誓いが崩れる。おまえたちが見守って、おまえたちが築き上げて……おまえたちが、私を殺す」
     静かに、聞いたことのない声でコイツが笑う。
    「……漣?」
     にこりと、笑う。その口元は、拒絶するように歪んでいた。
    「私は死ぬ。私は殺される。おまえたちが操る私の手が、私を殺す」
     狂気の滲む視線は俺たちを射抜くことはなく、ただその白いてのひらを見ている。その手のひらを緩く握って、深く、深く、コイツが息を吐く。
    「終わる」
     視線は絡まなかった。俺はコイツの目を見て、一直線に距離を詰めてその手を掴む。コイツは俺を見ない。視線は宙に浮いて、うっとりと桜を見ていた。
    「終わらない」
     声を出していた。ようやく俺の方を向いた視線は憎しみではなく、侮蔑で冷たく光っている。
    「……セリフが違う。わからないなら、客でいろ」
     おまえの人生で、私の台本を汚すんじゃない。
     確かに、コイツはそう言った。それすら、台本のセリフのように、ハッキリとした声で、言った。
     恐怖よりも怒りが勝って、俺はありったけの力でコイツの腕を捻りあげる。コイツが顔を歪めて小さく悲鳴をあげる。円城寺さんが俺たちを呼ぶ声がしたから、それを空いた手でそっと制した。
    「オマエはオマエだろ」
    「私は私だ」
    「オマエは死なない」
    「おまえたちが私を殺す」
     台本は見ていない。役名は知らない。俺が呼べる名前はひとつしかない。
    「オマエは、牙崎漣だろ」
     瞬間、コイツの顔が歪む。コイツは苦しそうに息を二回吐いて、呟いた。
    「……オレ様は、オレ様だ」
     そうして、見慣れた、ギラギラとした瞳を俺に向けて、うんざりとした声で吐き捨てた。
    「ジヒなんだよ。……言われなくても、帰ってきたし…………」
     ぐら、とコイツの体が揺れる。慌てて抱き留めたコイツのからだはぐにゃぐにゃとしていて、完全に力を抜いたチャンプを思い出させた。
    「……タケル! 漣は……」
    「……寝てる、みたいだ」
     魔法が解けたように動き出した円城寺さんが駆け寄ってくる。冷たかった風は凪いでいて、花びらは気まぐれにコイツの髪を彩っていた。

    ***

     結局、コイツは三日間も眠っていた。
     一日経っても目が覚めないから病院に担ぎ込んだが何もわからず、昏睡状態だと言うことで入院させたらしい。
     そんなことをしていたら、いきなりコイツは失踪した。病室から誰にも気づかれずに消えたコイツはいつもの公園で眠っていて、円城寺さんに回収されたコイツは「念のために病院へ」というプロデューサーの言葉を聞いて、あっという間に逃げだした。
     つまり、コイツがこうと決めたことなんだろう。諦めて、裏路地でチャンプを撫でていたコイツを引っ張って男道ラーメンへと連れて行く。腹が減っていたらしいコイツはいつもみたいにたくさんラーメンを食べて、デザートがあると聞いて素直に円城寺さんの家に行って、デザートを食べ終えるとぐっすりと眠ったらしい。なにもかも、元通り。なのだろうか。
     アイツはあの日のことを聞いても何も教えてくれない。「知らない」でも「わからない」でもない。どうでもいいだろ、と面倒くさそうに答えるだけだ。だけど、それで引き下がるのもなんだかムカついた。
    「オマエ、取り憑かれてたのか?」
    「だから、どうでもいいって、」
    「帰ってくるつもりだったって言った。覚えてるか?」
     コイツはそれを聞いて、思いっきり舌打ちをした。想像以上に態度が悪い。
    「……プロデューサーが言ってた。オマエが倒れた次の日に、花が届いたって。あのとき、俺たちしかいなかったけど……たぶん見てたんだ。オマエが演じた、誰かの舞台を、誰かが見てた」
     それだけを伝えた。言っていないこともあった。舞台のオファーを送ってきた脚本家があの日、突然死したってことだけは言ってない。それだけが、どうしても言えなかった。
    「見せてやったのか? 誰かが望んだ、誰も演じきれなかった舞台を」
     こんな話、バカげてる。これはコイツが目覚める前にプロデューサーと円城寺さんとしていた、都合のいい作り物だ。それなのに、コイツはそれを否定しない。いつもみたいに、俺のことをバカって、言わない。
    「……オレ様にできねぇことはねーんだよ。オレ様ひとりで余裕だったし」
     わかったら二度と邪魔すんなよ。
     そう言ってコイツはまた眠ってしまった。こういうの、本当によくないと思う。
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    85_yako_p

    DONEかなり捏造多めなタケ漣です。自分の知らない一面をなかなか信じたくないタケルの話。猫が死んでます。タケ漣とするか迷いましたが、タケ漣でしょう。(2024/10/12)
    野良猫の憂鬱 予感がした。それだけの単純であやふやな理由で俺はわざわざ上着を羽織って夜に踏み出した。目的地なんてあるはずもないのに、足は路地裏に向かっていた。
     歩けば歩くほど無意味に思える時間に「明日は朝から雨が降りそうだから、アイツを家に入れてやらないと」と理由をくっつければ、それはあっさりと馴染んでくれた。そうだ、俺はアイツを探しているんだ。訳のわからない予感なんかじゃなくて、でも愛とか同情でもなくて、この意味がわからない焦燥はアイツのためだ。
     明日が雨予報だってのは嘘じゃないけど、今夜は晴れていて月が綺麗だった。だからアイツがいたら一目でわかるはずだし、パッと探していなかったら今日は捕まらない。だから、と自分の中で線を引いてから路地裏を見ると、いつもチャンプが日向ぼっこをしているドラム缶の上にアイツがいた。片足をだらんと垂らして、片方の足はかかとをドラム缶のふちに乗せている。そうやって、何かを抱き抱えるように瞳を閉じている。
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