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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    鋭百ワンスアウィーク第二回「Tシャツ」(22/8/28)

    ##鋭百

    入道雲とコバルトブルー 背後に迫った入道雲は、すぐに僕らに追いついて激しい雨を降らせた。
     デートが台無しだ。そう言ってマユミくんは笑う。僕は中途半端に笑う。通り雨は一時間もしないうちに止むだろうけど、僕らはどこにも入れないほどずぶ濡れだった。雨が止むまでは逃げ込んだ軒先で雨宿りする必要があるだろう。
     予約をしていた店にマユミくんがキャンセルの電話をしている、その声をぼんやりと聞いていた。夏限定のパフェをマユミくんは楽しみにしていたみたいだけど、ずぶ濡れでお店に入るのは気が引けるんだろう。別に濡れてたってパフェの味は変わらないけれど、僕は人に迷惑をかけるのが怖いし、マユミくんは『眉見鋭心』に相応しい行いしかできない。
     電話を終えたマユミくんが、品のいいハンカチで僕の頬を拭く。これは絶対に雨水を拭いていいハンカチじゃない。僕なんかに施していいものじゃない。
     予定が狂ったけれど、僕といられればいいとマユミくんは言う。雨が止むまで待って、夕飯でも食べよう。その提案に二つ返事で頷けば、マユミくんは両親に連絡するようにと勧めてきた。僕はメッセージを送るふりをする。何があったって一週間に七回届く夕飯のことを考える。
    「……マユミくん」
    「どうした? 百々人」
    「あの……、そうだ、映画の話をしてよ。最近面白かったやつの話」
    「いいのか? 長くなる……いや、そもそも話してしまったらネタバレになる。確実に観ないと思っている映画ならいいが……」
    「僕ネタバレ気にしないよ。むしろ、話を聞いてよさそうだったら観るタイプ」
    「む……」
     マユミくんは一度考えるように息をつかえさせたあと、僕でも名前を聞いたことがあるようなタイトルを口にした。マユミくんは徐々に熱を帯びた瞳で感想を並べている。僕だったら絶対に気にしないような部分までを細かく取り上げるマユミくんの話を聞いて、本当に見ている世界が違うんだなぁ、と心の中で息を吐いた。
     話を聞いている間、少しだけ罪悪感があった。
     実はここから十五分も歩けば僕の家がある。僕はそれをマユミくんに伝えて、家に招いて、必要ならお風呂を貸して、普段マユミくんが着ないような僕の洋服を貸して、傘を広げて、デートの続きをしたっていい。パフェは間に合わないけれど、どこに行ってもいいし家でごろごろしたっていい。
     それでも僕は黙ってマユミくんの話を聞いていた。遠くに青空が見えるのに、雨脚は衰える気配を見せなかった。

    ***

     お風呂からあがってベッドに寝転ぶ。今日は本当に楽しかった。
     結局、乾いてちょっとぱりぱりになった髪のままデートの続きをして夕飯を食べて、高校生らしい健全な時間に僕らは別れた。マユミくんは僕の家を知らないままで、僕が家だとこんなにだらしないTシャツ姿でうろうろしていることも知らない。
     マユミくんはきっと夜眠るときにはちゃんとしたパジャマを着て眠るんだろう。なんならパジャマと部屋着が別々のタイプだ。僕は適当に買った面白い柄のTシャツで毎日すごしてる。なんなら体育祭のときにクラスで作ったTシャツで眠る時だってある。ようするに、想像上のマユミくんほど丁寧ではない。
     マユミくんは立ち振る舞いも相まってたまにすごく大きく見えるけれど、僕と数センチしか変わらない。だからきっとこの、ワニが『アリガテーアリゲーター』と言いながら感謝している変なTシャツもすっぽり入る。感謝のワニTシャツを着ているマユミくんって、きっとすっごく面白い。それでも、僕はマユミくんをこの家に入れない。
     本当は、家に入れたい。今日だってずぶ濡れのマユミくんをここまで引っ張って、タオルで包んで髪を乾かしてあげたかった。それでも家に入れられない理由は僕の臆病さひとつきりで、僕はどうしても、この生活の気配のしない、人間の不在が色濃いこの空間をマユミくんに知られたくない。
     こわいんだ。僕が親に捨てられるような人間だってバレたくない。部屋に散らばった、僕の無能を証明するトロフィーの群れを見られたくない。
     隠したっていい。でもきっと隠しきれない。マユミくんはきっと気がつく。マユミくんはそれでも、僕を暴いたりしない。でもダメだ。マユミくんが何かに気がついたような目をしたら、僕はそれに縋ってしまう。見捨てないでと泣いて、きっと洗いざらいを話してしまう。気が狂いそうなほどそんな瞬間に焦がれているのに、意地と臆病が僕を誘惑から遠ざける。
     マユミくんを信じてる。信じられないのは僕自身だ。僕は自分が愛されるに値する人間だと思っていない。
     ああ、意味がわかんなくなってきた。マユミくんは僕が好き。マユミくんを信じてる。でも愛を受ける価値が僕にはないことを、僕が一番よく知っている。マユミくんを受け入れたら、僕に愛される価値があるのなら、なんでお母さんは僕を愛さなかったんだろう。
     それでも、このからっぽの家にマユミくんを入れてあげて、タオルを貸して、お風呂を貸して、Tシャツを貸してあげればよかった。あんなに大きく見えるくせに僕とたいして身長の変わらないマユミくんに、僕のこの変なTシャツを貸してあげていたら。
     ぼんやり、考える。使い方のよくわからない洗濯機にぐずぐずに濡れた僕らの服を入れて、かわりばんこにお風呂に入る。Tシャツとジャージを貸してあげる。似合わないと笑う。乾燥が終わるまで、ふたりで何かを飲みながらのんびりとする。洗濯機を回しても誰も気にしない。僕らが何をしたって誰も知ることがない。この家には笑う人間も、怒る人間も居ない。
     だから貸したTシャツも僕のTシャツも汚していいし、シーツだってぐちゃぐちゃにしちゃって構わない。僕も、なにもかも、いくらだって汚してしまっていいの。そんなはしたないことを言ったらどうなるんだろう。どうにかなっちゃいたいのに、マユミくんはきっとなにもしない。まだ僕ら、触れる程度のキスしかしてない。
    「……マユミくんの意気地なし」
     嘘じゃないけど、本当はもっと違う。意気地なしは僕だ。この家に、マユミくんだけは入れたくない。友達には曖昧に笑って誤魔化せばいい。僕はそういうの、うまくやれる。でもマユミくんにはそういうの、したくなかった。
     したいことってなんだろう。手を繋ぐ。デートする。キスをする。深いキスはしたことがない。セックスもしたことがない。したいのか、わからない。
    「……わかんないや」
     わかるのは、嫌われたくないってことだけ。
     はぁー、と息を吐く。洗濯機は回っていない。自分のためだけに動かす気にはなれない。季節が入道雲を忘れる前に、僕が愛を信じて、胸で渦巻いている薄暗いものを振り切ることができたなら。
    「ん……?」
     スマホがぴろんと鳴って、メッセージが届いたと告げる。LINKを見れば、物語の主人公みたいなタイミングでマユミくんからのメッセージが届いていた。
    『風呂に入って髪を乾かしたか? 今日は濡れたまま行動してしまったから、風邪を引かないように気をつけてくれ』
     恋人に囁く愛にしては甘さが足りない。マユミくんらしいと言えばらしいんだけど。
    『マユミくんは大丈夫?』
    『ああ』
    『パジャマ?』
    『ん?』
    『マユミくんって、シルクのパジャマとか着てそう』
    『なんだそのイメージは……』
     僕は変なワニのTシャツ。そう言っておしまいにしてもよかったけど、僕の指先は違う文字を打つ。
    『デート、残念だったね。マユミくんパフェ楽しみにしてたのに』
     あのパフェは夏限定だから、もう食べられない。僕は学校をサボってもいいけれど、マユミくんは許してくれないだろう。
     自分から話題にしておいて、悲しい気持ちになってしまった。それなのに、マユミくんの言葉は僕の悲しさを吹き飛ばす。
    『来年行こう。調べたら、あそこは毎年限定パフェを出しているようだ』
     当たり前みたいに、奇跡みたいな言葉が並んでいた。
    『……来年?』
    『ああ、今度は早めに予約を取ろう』
    『来年も一緒にいてくれるの?』
     少しだけ文字を打つ手が震えた。来年のことなんて考えたこともなかった。一回ダメになっちゃったら、もうおしまいだって思ってたから。
    「わっ」
     唐突にスマホが鳴る。マユミくんの名前が映る。呼吸を落ち着かせて通話を許可するボタンを押す。マユミくんの声が聞こえる。
    『百々人』
    「マ、ユミくん、なに」
    『百々人が願う限り、俺たちはずっと一緒だ』
    「ずっと……」
    『ああ、ずっと一緒だ』
     愛している。そう呟いたきりマユミくんは黙ってしまった。僕は通話を切るタイミングを失って、もう一度問い掛ける。
    「……もう一回言って」
    『ずっと一緒だ』
    「ちがう、その次」
    『……愛している』
     そんなのズルい、もっともっと欲しくなる。
    「もっと」
    『…………愛している』
    「うれしい、何回でも聞きたいよ。ねぇ、」
    『フェアじゃない。百々人も言うべきだ』
    「ふふ、愛してるよ。だから、ねぇ。もっと言って?」
    『……次にふたりきりになったとき、直接言う』
     照れ隠しのような声で「切るぞ」って言ったのに、マユミくんは通話を切らない。僕は電話を切りたくないから、甘えながらねだる。
    「ねぇ、何か話をして。マユミくんの声、聞いていたいんだ」
    『……饒舌なほうではない。話題なら百々人のほうが、』
    「映画の話、とっても面白かったよ? ならさ、僕と見てみたい映画の話をしてよ」
    『それはネタバレだ』
    「気にしないって言ってるのに」
    『気にしないタイプがいるのはわかっているんだが……』
     気乗りしないマユミくんを無理に喋らせるのも気が引けたから、それならどんな話でもいいから聞かせて、って頼んだ。マユミくんは少し悩んだあと、思いついたように言う。
    『秋のフルーツをたっぷりと使ったタルトを出す店がある』
    「……秋になっても、僕らは一緒だもんね」
    『ああ。一緒に行こう。秋になっても、冬になっても、春になっても。夏がきたって、その先も、ずっと』
     なんでだろう。この言葉はなんの疑いもなく信じられた。そこから絡まった糸がほぐれていくように、すんなりとこの人の愛を受け入れることができた。誰一人恨むこともなく受け入れた気持ちは疑いようのない幸福だった。
    「……幸せ」
     全部本当だった。
    『……俺もだ』
     全部が、僕らの未来を約束していた。


     通話を切ってスマホを適当に放る。幸せな気持ちに浸るようにベッドに沈み込む。
     いまならきっとこの家にマユミくんを招くことが出来る。いや、いまが無理でもいいんだ。だって、僕らはずっと一緒なんだから。
     来年、また入道雲に追いかけられたとき、僕の家にはきっとマユミくんがやってくる。僕はマユミくんに、変な絵の描かれたTシャツを貸す。
     そのTシャツはマユミくんには似合わない。僕がそれを笑う前に、マユミくんが少しだけ笑う。僕らは変な記念に写真を撮る。マユミくんに許可を得て、それをアマミネくんに送ったりする。
     Tシャツはきっとマユミくんには似合わない 僕がそれを笑う前にマユミくんが少しだけ笑う。写真を取ってアマミネくんに送ってもいい。
     マユミくんには一番派手で一番変なものが描いてあるTシャツを貸そう。マユミくんの為に、とびきりのTシャツを買おう。
     マユミくんに似合いそうなカッコいいTシャツは、買っておいてあげない。
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