シイタケ 俺は椎茸が嫌いだ。なぜかと言われると、よくわからない。いつの間にか嫌いになっていた。しかし、兵役の献立には、よく椎茸が出る。体に良いから出るのだろうと思うが、嫌いなものは嫌いだ。今日の夕飯は筑前煮で、もちろん、椎茸が入っている。残すことは許されないので、配膳の時に別の皿に移してみた…そっと、誰にも気づかれずに、お手のものだ!ははぁ、どんなもんだい。しかし、二階堂なんぞは、椎茸を美味そうに食べている。なにが、そんなに美味しいのか、さっぱりわからない。しかし、よく考えてみたら、昔はそんなに嫌いではなかったはずだ。むしろ、好きだったのではないかと思う。では、なぜ…
その少年は、シイタケが大好きでした。どんな料理にもシイタケを入れてほしかっ
たのです。なので、母親から「夕飯にはシイタケをつかいましょうね」と言われると目が輝くのでした。
ある日、母親の料理を手伝っていました。「しいたけ、しいたけ、しいたけ」と呟きながら、干しシイタケの入ったツボに手を突っ込みました。手にいっぱい干しシイタケを握りしめて、それから、手を抜こうとしましたが、壺から手が抜けません。一度押してから、また引っ張り、さらに強く引っ張ってみましたが、やっぱり手はツボから抜けません。手を緩めてシイタケをこぼしたくないので、どうしても引っかかってしまうのですシイタケを食べたいのにこれでは食べられません。少年は泣き出してしまいました
それを見た母親は「百之助」と声をかけ、当たり前のことを注意しました。「お前の手に握っている干しシイタケを半分だけにしたら、簡単に手が抜けるよ」少年は半分だけしか食べられないのが悔しくて、一杯干しシイタケを握ったまま手を開こうとしませんでした。母親は続けました「百之助、どちらにせよ干しシイタケは水戻ししないと食べることができないんだよ。あきらめなさい」
少年は愕然としました。目の前に大好きなシイタケがあるのに、食べることができないなんて…やっぱり、俺では駄目か、シイタケからも嫌われて。なら、俺だってシイタケなんか…少年は、干しシイタケから手を放しました。壺から手は抜けましたが、干しシイタケを手に取ることはありませんでした。結局、夕食にシイタケは出ませんでした。その夜、少年は胸の内に大きな石を抱えたような苦しい気持ちで床に就きました。常に中々眠れずにいるのですが、今日はいつも以上に眠ることができませんでした。その後、少年がシイタケを乞うことはありませんでした…
「ひゃくのすけ。おーい、ひゃくのすけ!」
ふっと我に返ると、隣で宇佐美が俺の名前を呼んでいた。
「どうしたの、ぼーっとして。ご飯、きてるよ」
「いや、別に…何も」
「おなかすいたのかな~。よしよし、そんな腹ペコ百之助のため、
僕からこれをあげよう」
宇佐美はニヤニヤしながら、自分の皿から箸で椎茸を掴み、俺の皿に入れた。
「わ、お前、なにを!」
「え~、だっておなかすいてるんでしょ。好意は甘んじて受けるべきだよ」
「好意って!お前も、椎茸が嫌いなんだろうがぁ!」
「そんなことないよ~。僕はね、おなかをすかせた百之助のため、そして…
近々のお前の誕生日にね、贈りもの~だよ。
優しいね、僕…ありがたく思え」
宇佐美は、口角の上がった口でしゃべるだけしゃべっていたが、その眼は笑ってはいなかった。宇佐美は話し終わると前を向いて、椎茸抜きになった筑前煮を美味しそうに食べ始めていた。俺の夕飯は、椎茸入りの筑前煮に変わっていた。
…やっぱり、俺は椎茸が嫌いだ…俺は、隣に座っている谷垣をじっと見つめた。