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    oishi_mattya

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    2024年お年玉SS(2月やぞ??) よくつや

    Q&A「大城君は″海〟と聞くと何を連想する?」
     バイクから離れ、夜明けの白々とした光を浴びながら寄せては返す波打ち際を隣りあいながら、あるいは先に行き後に行きながら、桐生月夜子は隣を歩く大城翼へそう問いかけた。
    「急ですね」
    「前もって準備できるものなんて何もないよ。二週間かけてノートの中身を頭に入れようとも、出される問題に予想外のものの一つや二つはあるだろう?」
    「それは教師によると思いますが。……桐生さんはそういうものまで楽しんでいそうですね」
    「ははは。というよりは……そうだな、問題そのものよりもその問題を選んだ教師の気持ちを考えるのを楽しんでいたと言える」
     小説も絵も答案も、作り手がいるのならその作り手の気持ちを一度想像してみるといい。泥を捏ねて作り手の姿形を作り、選んだ絵具で色を付けてやり、ぬかとピンを混ぜて作った脳味噌を詰めて考えられるようにしてやったそれがどう口を開くのか考えて、その空想と実際との差異を測ってやるんだ。
    「今でもやっているかと言われればそうでもないところがあの頃の『若さ』というものなんだろう。悲しいことにこの世の中に正しい答えがあるものなんて、大学受験の答案用紙が最後だと気づいてしまってね」
     軽い笑声と共に芝居がかった口調でそう結ぶと、改めて桐生は同じ言葉で問いかけた。

     ──それで、大城君は″海〟と聞くと何を連想する?

     答えを求めるというよりは、自分の投げた言葉にどう言葉が返ってくるのかを。その言葉が導き出されるまでの空白まで余すことなく楽しむように桐生は大城の先を歩く。貝殻を探すことも波を蹴ることもしないその背中を、大城は静かに追った。
     寄せては返す波の音。海鳥が鳴き、どこか遠くで汽笛が鳴くだけの静寂に二人分の靴が砂を踏む音を刻みながら、大城は軽く目を閉じた。
    「自由と青。……恐怖と憧れ。最近は怖くなくなってきたんですけど、入るのは嫌いです。こうして眺めているのは好きなんですけどね」
     自分が足早になったのか、それとも彼女が足を緩めたのか。最後の言葉を紡いだのは桐生に並んだ時だった。簡単に一つに束ねただけの桐生の髪が潮風に流され、微かな──本当に微かな音を立てた。
    「そうか」
     雑多な言葉を記した帳面にその言葉を書き足すように、桐生はそれだけを返した。それだけで大城はつい先ほど桐生の語った『空想と実際との差異を測る』という行為が、彼女にとって過去のものであることを悟った。
     ざ、と波の音が聞こえる。ふと大城が足元を見れば、自分のライディングブーツの端を波が濡らしていた。海に入っていた……というよりは文字通り濡らしていたとしか言いようがないほど軽く。
    「私は……そうだな、海を生き物だと思うよ。──人を豊かにするものも人を苛むものも、生きたものも死んだものも全て孕んでここにある一つの大きな命あるものに」
    「だから美しいと思う。恐ろしいとも思う。興味深さと愛おしさと敬意を持って筆を執ることもあれば、……こんなに悲しい生き物もいないだろうと思う夜もあるな」
     くつりと桐生が笑う。そして二人だけしかいない真新しい朝の海辺で、傍らの大きな獣を起こさないために声を潜めるように小さく呟いた。
    「だから私は山より海のほうが好きだよ。山は異界だが海は命だ。そして海というものはよくも悪くも人とよく似ているとね」
     そこで初めて桐生は足元に手を伸ばし、波に削られ丸くなった石を一つ拾い上げるとそれを、無造作に海へと放り投げた。回転をかけたわけではない石は当然のように海に吸い込まれ、ぽちゃんと軽い音を立てて見えなくなった。
     ありふれた環境音。けれどそれは、桐生がこの場で石を投げなければ聞くことのなかった音だ。そんなことを当然のように思って知らず知らずのうちに大城の唇に笑みが生まれる。それを隣で見ていたのか、それとも自分のやった行動に満足したのか。桐生は一つ伸びをした。
    「この話は以上だ。そして大城君、これもまた急な話なんだが君は水切りをしたことはあるか?」
    「……あったかもしれませんが、ここ最近やった記憶はありませんね。桐生さんは?」
    「得意なほうだ。だが、得意な分人と競った経験があまりなくてね。君さえよければ、帰り道にでも一勝負しようじゃないか」
    「いいですよ。多分俺もそこそこできると思いますし」
    「よし。そうと決まればまずは腹ごしらえといこうじゃないか」
     朝の光の中で子供のような遊びの約束を一つ。夏よりは近く、大人がするには他愛のないそれを胸の隅に転がして、二人はバイクを停めた場所へと足を向ける。残された二人分の靴跡は波が飲み込み消えていくだろう。これまでもこれからも当たり前にそうであるように。
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