CN Lucky 短編初めて見かけるケイに出会った。
ゴーグルを頭につけて、前線向きな動きやすそうな服装。本部内で出会ったから、おそろくケイに間違いないんだけども。
まだまだ、名前や顔しか知らないケイが多い。
その人とたまたま廊下ですれ違ったとき、軽く挨拶をした。
「お疲れ様です」
「おぉ~、lucky」
「え?」
すれ違い際にこちらをみるやいなや、目を丸くしたその人は、まるでいいことがあったかのように呟いた。ラッキー?他に誰かいるのかと、つい周りを見渡す。
「あぁ、ごめんなさい。お疲れ様、Runnerくん」
「えと…すみません、外でお会いしてましたっけ…」
「ううん、初めまして。でもあなたはちょっと有名人だから、私が知ってただけ」
「有名人…?」
なんだか変な気分になった。そんなケイ内で問題を起こした記憶はないが…と内心冷や汗をかいていると、彼女はくすっと笑って手を差し出した。
「ネオン街を駆け抜ける赤髪のルーキー、Runnerくんに出会えるなんて、とってもラッキーだなって」
「そんな…ただ走ってるだけですよ。えっと、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく、私はCN lucky。気軽にluckyって呼んでね」
手を握ると、彼女は目を細めてにこりと笑った。
自分より背は低く見た目も若く見えるが、自分より若いケイも少ない。口振りからして年上なのだろうか。穏やかだが薄く開く目元に対して、顔を合わせた時から口元だけ笑っている。
そんな彼女のCNは、なんだか縁起のいい響きだが、初めて聞く名前だった。
「luckyさん、ですね。なんだかいいことがありそうなCNですね」
「そうよ?luckyって口に出すと、いいことあった気分になれるでしょ?」
「え、本当にそういう意味なんですか?」
「それもあるけど」
そういうと、彼女は後ろに背負っていたリュックを見せてくれた。蛍光色に近い黄色のリュックは、彼女が身に付けている上着の襟と同じで、薄暗い路地裏でも目立ちそうだ。
「私は医療チームのケイなの。私に会えたら、どんな怪我人も絶対に助かるから、luckyだねってことも、あるんだよ」
医療チーム。たしか医務室にいるメンバーのことだった気がする。
いい練習台だ、とドクターに言われ、ドゥムに手当てしてもらう事は時おりあったが、彼女の姿を医務室で見た記憶がない。
「医療チーム、ドゥムやドクターたちがいるところですかね」
「そう。私は現場に出向するタイプの医療ケイだけどね。だから、機会があれば会えるかも」
「そうなんですね。医療ケイが出る現場に出たことないので、それもあっていままで会ったことなかったのかもしれないですね」
「そうね、それが一番いいわ。私が現場にでないことは、怪我人がいないってことだから」
そういってリュックを背負い直すと、なにかに気づいたようにはっと口を開けた。
「今日はたまたまリュックの点検で持ち歩いてるだけで、出る訳じゃないから安心して?」
また本部で会いましょうね、と手を振ると、医務室に小走りで向かっていった。
少し走り出したとき、彼女が振り返った。
「今日、あなたの元気な顔も見れてluckyだったわ。いい一日になりそう」
そういってまたにっこりと笑った。
なんだかいいことが起こったような気持ちになり、自然と笑顔がこぼれた。
「お疲れ様、あら、元気ない?」
「…ぁ?」
直帰の予定だったが、任務終わりに本部に戻らなければなれなくなり、渋々足を進めていた。
すれ違い際に聞こえた声は、聞き覚えがない。
今は人の相手をしたくない。そう思っても相手がこちらに近づいてきたため、仕方なく足を止めた。
「うつむいてて元気なさそうだったから」
「なに?何か用?」
「用がある訳じゃないけど、なにか嫌なことでもあった?」
知らないケイだ、しかも女。
この組織の女は、自分のもっとも嫌う水商売の女のように派手な化粧もなければ、鼻につく香水を振り撒くこともない。
だが、それでもやけに話しかけてくる女は嫌いだ、別に男であっても嫌いだが。
「ここにくるのがめんどかっただけ。なんもないなら話しかけんなよ」
「………」
そう言うと、目を丸くしてこちらを見ていた。
半開きの口は言葉を発することはなさそうだった。今のうちにさっさと仕事を済ませて帰ろう、そう思い背を向けると、また同じような声が聞こえてきた。
「それ、よくないよ」
「……まじでなに?」
「そんな背中丸めて不機嫌そうなの、よくないっよ!」
突然肩を掴まれ、無理矢理背筋を伸ばされる。
急に触れられて反射的に手がでそうになったが、振り返ると怒ってるわけでもなければ、なにを考えているのかわからない顔がこちらを見ていた。地味に腹立たしくなる。
「さわんなっつの!」
「ほら、堂々としてる方がいい。顔あげてた方がいいことあるかもよ?」
「お前に関係ないだろ、まじでなんなの」
「あるよ、私が嬉しいもの」
「はぁ?」
変なやつだ、ジャケットの襟を掴んで形を整え、なんならシャツのボタンも閉めようとしてくる。さすがにそれは振り払ったけども。
「やめてくんねぇかなぁ、急いでんだよ」
「あら、それは失礼。でも怪我は無さそうね」
「なに?怪我なんてねェよ」
「背中丸めて顔をしかめてたら、痛みを我慢してる可能性もあるもの。強がりなケイは怪我を隠したがるから」
「強がってもねぇよ、弱くねぇからここにいんだろ。怪我したらちゃんと言うし」
「おぉ、えらいね。小さな怪我でも医務室に来るのは、私は歓迎するよ。引っ掻けただけでもいろんなリスクがあるから、いつでもきてね」
そういってジャケットを整えて満足したのか、ようやく離れた。
「医務室だ?お前医務室にいたか?」
「基本的にはいるよ。でもあなたはあんまり見かけたことないから、現場のほうが会いやすいかもね」
「どっちなんだよ…なんで医務室にいるケイが現場にくんだよ」
「そういうケイだから。医療チームのCN lucky。よろしくね」
差し出された手を見ると、目を細めて笑ってきた。仕事を共にするケイ以外の名前は基本的に覚えていない。医務室なんてなおさら、世話にならないのもあって、聞いた記憶のないCNだった。
「…Darts、よろしく」
「うん、挨拶できるのはいいことだね」
「ガキ扱いすんなっつの」
「してないわ?挨拶できない人も多いから。大事なこと」
「………ちっ」
軽く握った手を握り返されて、気持ち悪くて思わず振り払うように手を引いた。
驚いたような顔をしてから、くすくすと笑っているのも腹立たしい。
「もういくけど」
「うん、怪我がないのなら大丈夫よ」
「…最初からそう言えよ」
「あってもなくてもないっていうでしょ?でも、お話しできてよかった。ラッキーな日ね」
「…なに?」
「いいことあったってこと」
こちらがどんなに不機嫌そうな顔をしても、ずっと笑顔でいるから調子が狂う。
返事をせずにさっさと歩きだすと、またねと声が聞こえた。