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    Sayu_2l

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    Sayu_2l

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    ※彼は一応例の人と交際中であることを隠しているつもりなので誰にも惚気ることができず、酔った勢いで掲示板に書き込んだようです。

    「アルハイゼン! ちゅーは」
     面倒な酔っ払いが帰ってきてしまった。アルハイゼンはほんの僅か、よくよく観察していないとわからない程度に眉を顰めた。
     妙論派の星、教令院の名誉卒業生であるカーヴェはアルハイゼンのルームメイトである。家賃は滞納しているし、こさえた借金を返済する気配がない、大変困ったルームメイトだ。
     やればできる建築家だが、如何せん酒癖が悪い。割と弱い方であるにも拘わらずやたらと酒を好み、隙さえあれば酒屋か酒場に入る始末。そのため、カーヴェのアルハイゼンに対する借金は減るどころか増え続けている状態だった。
     カーヴェの酔い方は本人の表情の如く多岐に渡る。少し陽気になる程度ならいい、だが泣き上戸になったり怒り上戸になったり、無意味にバリエーション豊かなのだ。どうも今日は面倒くさい絡み酒の日らしい。アルハイゼンは栞を手に取り、溜め息を吐いた。用意しただけで、今読んでいる本を閉じることはない。できることならば読書は中断したくないのだ。
    「おいアルハイゼン~! きいてるか~」
    「聞いている。君はもう少し声のトーンを下げろ、夜中だぞ」
    「きみがちゅーしないからだろ!」
     何を言っているんだこいつは。アルハイゼンはシンプルに呆れた。なお、表情は一切変えないままである。
    「ぼくがかえってきたんだぞ」
    「ああ、おかえり」
    「そう! ただいま! ならおかえりのちゅーだ!」
     何が「なら」なのか、アルハイゼンには理解できない。素面のカーヴェならともかく、酔っ払いの戯言だ。聞いたところでまともな会話にならないと早々に判断し、アルハイゼンは眉根を寄せる。その瞬間、視界から本が消えた。
    「……おい」
    「おかえりのちゅーは? アルハイゼン」
     なお、この家におかえりの挨拶にキスをする習慣はない。これでもアルハイゼンとカーヴェは恋仲なので、キスというスキンシップ自体は存在する。だが挨拶のキスなど、一度たりともしたことがない。お互い気が向いたらなんとなく触れ合う、その程度のものである。
     アルハイゼンは速やかに本を奪い返し、そしてこれ以上邪魔をされないよう栞を挟んで閉じた。アルコールで気が大きくなっている男だ、何があるかわからない。なんとか(いざとなったら物理的な実力行使で)寝かしつけるしかないのだ。
    「今日はいつも以上に悪酔いしているみたいだな。どうせ自分の許容量を考えずに出されるまま飲んできたのだろう? 早く水を飲んで寝ろ」
    「アルハイゼンがおかえりのちゅーをしてくれるまでねないぞ!」
    「はぁ……」
     仕方ない。アルハイゼンはとにかくこの酔っ払いをどうにかしたかった。この様子だと、今日は記憶をなくすレベルまで飲んだに違いない。それにアルハイゼンは別にキスを恥ずかしがるような、そんな純情な性格をしていなかった。キスの一つでこの我が儘な同居人が静かになるならば結構。アルハイゼンは仕方なし、大変おざなりな仕草でカーヴェに口付けた。
    「……はい。これでいいだろう」
    「……まあいいか」
     さっさとキスしてやればよかった、無駄に騒いでしまった。さて、カーヴェの奴に邪魔されてしまった読書を再開しよう。早速本に手を伸ばそうとしたところで、不意に遮られる。止めたのは勿論カーヴェだ。
    「何だ」
    「おいおいアルハイゼン、うっかりさんだなきみは」
    「は……?」
    「おやすみのちゅーをわすれてるぞ!」
     理解できないドヤ顔というものがそこにあった。
    「……おやすみのちゅーをするまでねないからな」
    「…………」
     呆れと読書を中断された怒りがあったものの、アルハイゼンはたった今「下手に口答えせずキスしてしまった方が事態の収拾は早い」と学んだばかりである。今度は大きな溜め息を吐き、カーヴェに口付けをくれてやった。二度目のキスも、やはり酒臭い。
    「これで満足か」
    「……ああ! それじゃあおやすみ、アルハイゼン!」
     そう言うやいなや再びちゅ、と唇が重ねられる。なんとこの僅かな間に三回もキスを交わしてしまった。完全にカーヴェの都合で。
     大変ご機嫌な状態で寝室へ向かったカーヴェを見送り、数秒。アルハイゼンは負う予定のなかった疲労感に頭を抱え、読書を再開するかどうか迷うのであった。



    「うぅ……頭が痛い……」
     完璧な二日酔いである。完全に酒をコントロールできない駄目な大人の見本と化していたカーヴェはふらふらと拙い歩みでリビングへと向かっていた。
     アルハイゼンは朝に弱い方だが、さすがに悪酔いした同居人よりは早くに目覚められる。案の定アルハイゼンはソファーに腰掛け、周囲に本の塔を作り上げていた。勿論カーヴェからすればナンセンスなことである。先日掃除したばかりなのにすぐ散らかすなこいつ、と痛む頭で苛立ちを覚える程だった。
    「……おはよう、アルハイゼン」
     多少ムカついたとしても同居人、そして恋人である。律儀に朝の挨拶を投げかけるが、アルハイゼンは何も返さない。文字を追う横顔は、一切の変化なしだ。
    「…………は~」
     カーヴェはその理由を即座に察し、あからさまに肩を落とす。だがやはりアルハイゼンは気付かない。完全に自分の世界に入ってしまっている。それにむかつきを覚え、カーヴェはずんずんとソファーへ向かった。
    「おい、アルハイゼン」
     肩を叩く。ヘッドホンの遮音機能をオンにしている場合、こうでもしないと彼からの反応は得られない。それほどまでの遮音性を何故家の中で発揮させているんだ、とカーヴェは呆れるばかりだ。なお、家の中で使用するはめになる原因の十割はこの男である。
    「…………どうした、カーヴェ」
    「お、は、よ、う!」
     朝の挨拶をしに来たんだよ。そう告げるカーヴェに、アルハイゼンは「ああおはよう」と返す。あっさりとしすぎているその返答に、カーヴェはむっと顔を顰めた。ヘッドホンの遮音はオフにしたようだが反応が薄すぎる。朝の挨拶は大事にするべきだろう、人として。二日酔いの不快さも相まって苛立ちを募らせるカーヴェを見て、アルハイゼンは「ああ」と呟いた。
    「何だ。おはようのちゅーか」
    「……へ?」
     顰めっ面はすぐに瓦解した。今、アルハイゼンは何と言った? とてもアルハイゼンが口にしないような言葉が聞こえたような気が。完全にフリーズしてしまったカーヴェを、アルハイゼンはじっと見つめている。
     そして数秒。カーヴェがほんの数秒固まっていただけだった。それだけでアルハイゼンが立ち上がり、そして一切の照れなどなく、簡単に。唇を触れ合わせる、それこそ挨拶のようなキスが交わされてしまった。
    「これで満足か?」
    「え、えっ」
    「……満足か?」
    「えっ、あ、ああ」
     何もわからなかったが、突然のキスにそれまで募らせていた苛立ちや抱えていた不快感は確かに吹っ飛んでいた。満足していると言ってもいいのかもしれない。カーヴェはろくに気の籠もっていない、間の抜けた答えを返した。アルハイゼンはならばよしと言わんばかりに腰を下ろし、遮音をオンにしては再び読書に耽る。
    「……ちゅーって」
     ちゅーって。おはようのちゅーって。呆けたカーヴェを、アルハイゼンは完全に意識の外に置いていたのであった。


     ――後日。とある酒場の掲示板。
    『普段全くデレない恋人が急に「おはようのちゅー」とか言ってきたんだがすごくいい。絶対そんなことしない奴なのにしてくれたのもいいし何よりキスじゃなくて「ちゅー」というのがすごくいい。どこでそんなかわいいこと覚えたんだ?』
    『その前の晩に君がおかえりのちゅーをしろおやすみのちゅーをしないと寝ないと駄々をこねたことはやはり覚えていないようだな。どこで覚えた?君だよ』
    『明日からどんな顔してこの店に来ればいい?今もすごく生温かい目を向けられているんだが!』
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    Sayu_2l

    DOODLE問:男は建築デザイナーである。依頼人との打ち合わせの際、昼食のカレーを頂くことになった。しかし彼はそれを食べるやいなや、慌てて家に帰った。何故彼は家に帰ったのだろうか?
    バレンタインカヴェアル この家にはカレーの味が二つある。
     スメールにおけるカレーとは家庭料理の代名詞と言っても過言ではない。匂いを嗅げばどこの家のカレーかわかる、と言うくらいだ。どこの家庭にもその家の味というものがある。その中でこの、アルハイゼンとカーヴェが暮らす家には二つの味がある。
     一つ目はそれぞれを形成するに至った二つの味を上手く調和させた味である。アルハイゼンの祖母が教えたカレー、カーヴェの母が教えたカレー、その二つが混ざったものが普段、二人が作る味である。基本的にこの家で作られるカレーはこちらだ。
     もう一つはふと忘れた頃に出てくる、年に一度くらいの間隔で出てくる知らない味である。ベースは二人で作ったカレーなのだが、謎の隠し味が仕込まれているのだ。それを作るのはアルハイゼンである。カーヴェはその隠し味が何なのか、何故突然そちらの味を作るのか全く知り得ない。ただアルハイゼンという男は案外気まぐれな男である。そういうこともあるか、と出てくる度に受け流していた。
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