悪魔×天使パロ 最期の一杯のつもりだった。たかが一杯、されど一杯。もう男には安価な発泡酒一杯分の財産しか残っていない。一気飲みしてしまえば消える儚いモラ、それを飢え死にする前の思い出として酒に変えてしまおうと、自棄を起こして男は酒場に入ったのだ。だが今、男に転機が訪れようとしている。
「なんてひどい話なんだ……!」
金髪の男が酒気に肌を染め、大げさな程に嘆き、悲しむ。そのリアクションは過剰とも言えるものだったが、不思議と嫌悪感は沸いてこない。それは、一つ一つの動きにわざとらしさを感じないためだろう。彼は本気で悲しみ、嘆き、怒っている。男の境遇を聞いて本当に胸を痛めているのだ。男は貧しさと離れることのできない生を送ってきた。ただモラがないだけではない、貴重な友という財産すらまともにない生涯である。そんな男にとって、こうして自身の身の上話をじっくりと聞き、そしてまるで自分のことのように深く感じ、受け止め、共に悲しんでくれる存在などいなかった。こうして、酒場で彼と出会うまでは。
この世における最期の晩餐として選んだ酒をちびちびと舐めながら、男は全てを語った。夜明けを迎えることができない、そんな絶望を抱えているからこそ一切の躊躇なく自身を明かすことができたのである。それは劇にするにはつまらなく、しかし平凡と言うには些か厳しすぎる、どうしようもない人生だった。
男にはこんなにも共に悲しみ、怒り、嘆いてくれる友人などいなかった。まるで、ギフトのようだ。どうしようもない人生の最期を彩る出会いに感謝し、男は涙を滲ませる。そんな彼に、煌めく金の髪を持つ男はこう言った。あなたは幸運だ、と。
「……幸運、ですか?」
「ああいや、違うんだ。今あなたが語ってくれた話を指しているわけじゃあない……今の僕と出会えたことが幸運だなと、そう言いたいんだ」
もしも男が素面であれば、昨日までの男であれば、その発言に「何を言っているんだあんたは」と呆れていただろう。とんだ自信家じみた発言だ。だが、不思議とその言葉が事実であるかのように頭に染み入ってくる。そうだ、確かに。今ここで彼と出会えたことは、幸運なのだろう。そう盲目的に信じ込めてしまえるような何かが青年にはあったのだ。
「ちょうど今日、僕は仕事が一段落したところでね」
青年が不意に「何か袋はあるかい?」と訊ねてくる。男はおずおずと、申し訳なさそうに薄汚れたぼろ布を取り出す。酒を頼むまでは僅かなモラが入っていた、男なりの財布である。もう、その役目を果たすことはなくなったが。
青年はそれを受け取ると、何かを入れていく。その動作が生み出す硬質な音を、男はぼんやりと聞いていた。そして、脳がそれを理解したところで「え」と声が漏れる。しかしそれと重なるようなタイミングで、青年が袋としての機能を持ったそれを彼に返したのだ。そしてとんでもないことを言い出す。
「ほら、この金を持っていくといい。」
男は恐る恐る、袋の中身を覗き込んだ。そこには先程失った、もう手にすることがないと諦めていた黄金の輝きが眠っていた。それも、一枚ではない。男のここ一月どころか半年分以上の稼ぎが、袋の中に収まっていた。
「これは、一体」
「さっき言っただろ? ちょうど仕事が落ち着いたところなんだ」
つまり報酬が入ったばかりということ。つまり、この金はその報酬なのだろう。まさか全額同情で渡すはずがない。それに青年はあっさりと、何でもない額であるかのような気軽さで男にモラを渡した。つまり本来の稼ぎはもっと多いのだろう。それだけ一気に稼ぐことのできる職を、男は知らない。だがそれは得てして、危険なもの、法に触れるもの、もしくは絶大な才能が物を言う職のどれかに分類されるのだろうということは理解していた。
煌めく金の髪に、煌々と燃えるように輝く真紅の瞳。優美さを感じさせる振る舞いに整った顔立ちは、どこか神聖なものさえ感じさせた。ああ、そっか。男は悟る。これは、本当に恵みなのだと。これは祝福なのだと。
「それが最期の一杯なんて悲しいことはなしだ。このモラがあなたの助けになればいいんだが……」
「ああ、ああ!」
男は唐突に声を上げると手を組んで俯いた。それはまるで、神に祈る信徒の如く。その仕草に、青年が肩をびくりと揺らす。しかしその動きは男の目に入っていない。男は目を瞑り、顔を背けていたのだ。つい先程まで死を覚悟していた状態だ、男の精神はとてもまともとは言えない。そんな状況で、見目麗しい青年から善意の施しを受けたのだからさもありなん。
「ああ、感謝します主よ!」
「ちょ、落ち着いて」
「あなたは……あなたはもしや、天の御使いなのでしょうか……」
「え?」
もはや男は答えを求めていない。既に自身の中で結論を出していたからだ。男には見えていた、彼から差す後光が。その後光の正体である、真っ白な羽が。この輝く金の髪に、鮮やかな紅の瞳を持つ美男子はきっと天の使いなのだ。惨めな私を哀れんだ神がすんでのところで贈ってくれた祝福なのだ。そう、男は盲目的に思い込む。
当然ながら、突然天使扱いされた彼は「いや違うよ」と否定する。だが男は聞く耳を持たず、むしろそんな青年の答えを聞いては「謙虚でおられる……!」と更に傾倒する始末。それからモラの入った袋を手に、男がひたすら主への感謝を述べ始め。気が付けば、もう二度と見ることのない朝日を男は浴びることになっていた。
朝。あれは死の間際、捨てきれなかった執着から出た幻覚かと我に返る。だが店主に追い立てられるようにして酒場を出た男の懐には、中身の詰まったモラ袋があった。一つ取り出してじっと観察してみるが、偽物とは思えない。偽造モラなど見たこともないが、あの人の好い男が犯罪者である可能性は頭になかった。男にとって彼は善人、救い、天使なのだ。自分のどうしようもない人生を共に悲しんでくれる、人情溢れる善人。そんな彼を疑うなんて考えはひとかけらもない。
男は袋を揺らし、栄養不足でまともに働かない頭をなんとか回す。これだけあれば何をいくつ買えるだろう。何日の命をまかなうことができるだろう。男はぼんやりと計算する。きっと、三日は食いつなぐことができるだろう。そう考えたところで、欲が顔を出した。確かにこの金があれば三日分の食糧は担保できるだろう。だがたった三日だ。一日三食と言わず一食で、かつ廃棄間際のものを選んで、しゃぶるように味わえば一週間はもつかもしれない。だが、もし。もしこの金を倍に増やすことができたとしたら。三日といわず一か月、一年、十年、死ぬまで! このどん底のような生活から抜け出し、勝ち組として豊かな生を送ることができるかもしれない! つい先程まで泥水を啜り、人生に悲観していたとは思えないほど豪勢な夢を見て、男は口角を吊り上げた。
男は確かに昨晩で自らの生を終わらせるつもりでいた。だが、何も死を望んでいたわけではない。そうするしかない、残された道がそれしかないから諦めただけだった。まだ生きていられる、それどころかこのどん底の人生から抜け出せる可能性がある今、この施しを最期の思い出に変えるなんて馬鹿な真似はしない。これまでの悲惨な人生に対する怒りと、諦めていた欲が男の背を押していた。ああそうだ、自分にはあの謙虚な天使様の祝福がついている。これはきっと、好転の機なのだ。そう信じて、男は賭場へと向かった。
――そして男が路地裏にて乾いた死体を晒すのは、その翌日のことであった。
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「何が『騙したんだ』だ! 嘘はついてないってのに!」
男はそう怒りのまま吐き出し、その勢いでグラスをがん、と机に叩きつける。素面では大人しくとも、酒が入るやいなや理性が吹き飛び、行動がラフになる者は多い。そういった者を客層としているので、酒場の備品は基本的に丈夫さを優先されていた。今、彼が手にしているグラスもそうである。酒に何か混ぜられたら気が付くように透明性を保持しつつ、こうやって乱雑に扱われてもヒビが入らないよう頑強な素材を。特に安価ではないものの、すぐに壊されて買い換える羽目になるよりも最終的なコストパフォーマンスは良い。それを知っているからこそ、店主は焦ることなく静かに食器を磨いていた。
「またかい、カーヴェさん」
「……ああ、まただよ! ったく、こんなことなら渡すんじゃなかった……!」
謙虚な天使、と呼ばれた男の笑みはそこにない。そこにいるのはくだを巻いて愚痴をこぼす、面倒くさい酔っ払いである。端正な顔立ちも、今は情けなく歪んでいた。
「そもそも僕が『天使』だといつ名乗った 僕は否定したじゃないか、『天使じゃない』って!」
「いつものやつか」
「それなのに人の話も聞かず、なんだ僕を謙虚だの天使らしいだの勝手に決めつけて、それで天使だって思い込んでさぁ……!」
カーヴェと呼ばれる男は机に突っ伏す。その時、気が抜けたのか彼の姿が変わった。見えないように、感知できないようにしていた翼が露わになる。それが、彼の本性を現していた。
彼は人間ではない。そもそも彼がいるこの場所は、人間が辿り着ける場所ではない。人ならざる者、その中でも神を主として仰ぐ異形の者達が暮らす世である。人間が暮らす地の遙か上、もしくは遙か下――それは上と下の二つにあるという意味ではない。上でもあるし下でもある、というのが真実だ――に存在する世界。人間が天界だとか魔界だとか、天国だとか地獄だとか好き勝手に呼ぶ場所が、今カーヴェのいる場所だった。地上の人間が想像するような、厳かで穏やかな花畑が広がっているわけでも人間の悲鳴が飛び交う拷問場になっているわけでもない。ただそこにいる者が人間ではないというだけで、風景自体は地上とそう変わりはないのだ。
この場において人間のふりをする必要性はない。カーヴェの本性、生まれ持った羽の色は白である。その白さは決して何者にも染まらぬ、彼の強さ(頑固さ、と言ってもいい)を表すような白さだ。絶望を与える闇の中においても輝いて見えるだろう真っ白な羽は、きっと人に希望を見せるに違いない。彼の羽は、いつかの男が言ったように「天使」らしいものだった。かの男は酒場でこの羽を見てしまったのだ、それ故にカーヴェが否定しても「いや、あんたは天使なんだ」と頑なに思い込んだのである。
確かにカーヴェの見目は人々の想像する「天使」像にぴったりと当てはまる。煌びやかな金色の髪に、鮮血を思わせる美麗な紅の瞳、そして神々しさを感じさせる程、目映く輝く真っ白な羽。その輝きに目を眇めてしまえば、確かに彼は「天使」のように見える。だがその輝きに翻弄されず、勝手な第一印象というフィルターを外してよく観察してみれば、彼が天使ではないことがわかるはずなのだ。何故なら、彼の羽は白いだけで天使の翼とは異なる形状をしているからだ。彼の羽は遠くから見れば、もしくは目映さから己を守るため目を細めて見れば、天使の翼に見えるだろう。しかし実際はそうではない、彼の羽は夜こそ己の舞台だと言わん限りに駆け巡る生き物が持つものと同じ形をしている。それを持つ者を、人々はこう呼ぶ。悪魔、と。
「……僕がいつ騙したってんだよ……嘘はついてないじゃないか……」
「ただし全てを明かしていたわけでもないだろう」
「…………」
机にしがみついて愚痴を吐くカーヴェに声をかける者が一人。柔らかく心地よい低音には呆れが滲んでおり、カーヴェの精神をそれとなく逆撫でした。カーヴェはむっと顔を伏せるも、男は気にしない。はぁ、と溜め息を吐いては隣に腰掛けた。
「やあ、アルハイゼンさん。一杯飲んでいくかい?」
「そうだな、一杯いただこう」
「…………」
カーヴェは自分が子どもじみた態度であることを自覚している。しかし口を開けばそれこそ子どものように喧嘩を売って、けちょんけちょんに言い負かされる未来が目に見えていた。普段のカーヴェであればまだアルハイゼンに反論する気力があるが、今はそうでもない。怒りと落胆にアルコールが混ざって、何を話したところでろくな展開ができないとわかっている。なので黙って、突っ伏してアルハイゼンをこれでもかと意識しながら無視する、という矛盾に満ちた行動を取るのであった。
「……大方君のことだ。案件が一段落したからと向こうの酒場に行っては貧しい人間にモラを渡してきたんだろう」
「…………」
「そして、貧しい人間が喜んだことに満足してそのまま帰宅し」
「…………」
「契約について告げることをうっかり忘れていたことに気が付いて、慌てて探しに行って」
「…………」
「説明した結果、『詐欺だ』とでも罵られたか」
「君、見ていたのか」
カーヴェが耐えきれず声と顔を上げる。しかし男はすました顔で「よくも懲りずに同じ失敗を繰り返すことができるな」と毒づいただけだった。
「…………何だよ。僕は別に騙すつもりなんてなかったし、それに搾取しようと思ってやったわけじゃない! むしろ最期を飾りたかっただけだ!」
「ほう」
「……それに、あの男は自分で死ぬ覚悟を決めていたんだ。だから僕が魂を対価にしたって問題ないだろ!」
「…………」
何故人々が彼らを「悪魔」と呼ぶか。それは、彼らの力が「何かを対価として願いを叶える」ものだからである。その中でも人の寿命や魂を得るため、策を巡らせ罠に嵌めた狡猾な悪魔は印象深い。そういった悪魔らしい、名前の通り「悪の魔性」がいるから「悪魔は狡猾で、人を騙す敵対存在」と認識されている。しかし悪魔は皆性根が悪で、狡猾で、人を虫けらのようにしか思っていないかというとそんなことはない。少なくともこのカーヴェという悪魔はステレオタイプから外れた、善性を持つ悪魔であった。
彼は人に深く同情し、協調し、自分にできる範囲ならば手を伸ばさずにいられない男である。その在り方は善と言えるだろう。 少なくとも悪徳を良しとし、無垢なる人々を餌食にする魔性の存在ではない。しかし、彼が「悪魔」と呼ばれる存在であることは変えられない事実だった。彼は人々の願いを叶えるために、その人の魂を要求する。「魂を得るために二枚舌で騙す」ことはしないが、かといって「無償で施しを与える」わけでもない。それも厄介なことに、彼はお人好しと言われる程度には誰かを助けたがるけったいな男だ。それ故に善意で施しを与えて、そして「いや、別にタダで与えるとは言っていないだろう? 悪いけど魂を貰うよ、どうせ今日死ぬつもりだったんだから問題ないだろ?」と対価を貰いにやってくる。悪魔の押し売りである。結果として騙し討ちになってしまうだけで、まず先にあるのが善意だからこそどうしようもない。
そんな悪魔らしからぬ、それでいてとても悪魔らしいカーヴェに男は溜め息を吐いた。相変わらずだな、君は。その言葉にカーヴェは顔を顰め、空になったグラスを握りしめる。そして、低い唸り声をあげてはすとん、と落ちるように脱力した。
「……あー、寝ちまったな」
「……彼の分は俺のツケでいい。付き合わせて悪かった」
ツケにする、立て替えてやるだけで丸々負担してやるわけではない。そうやって彼の負債を抱えてやるのが優しさだとは思えないのがアルハイゼンという男だった。その銀色の髪と二色のクールな眼差しも相まって、彼は冷徹な存在であるかのように感じられる。だがそうではないことを、酒場の店主はよく知っていた。
「それでは」
「ああ、そうだ。今度カーヴェさんにここの改装を考えているって伝えておいてくれ」
「……承知した」
アルハイゼンがカーヴェの腕を引く。それから、カーヴェと同じように本来の姿を露わにした。その背に現れたのは、一対の翼。綺麗な緑の、漆黒の翼。それを見た者はきっと、彼のことを悪魔だと称するだろう。だが、ここには「まるで天使のような白い羽を持つ悪魔」の存在がある。ならば、「悪魔のように黒い羽を持つ天使」が存在する可能性だってゼロではないだろう。アルハイゼンはそれだった。カーヴェとは正反対の、まるで悪魔のような姿を持つ天使である。そんな正反対の性質を持つ彼らは、地上では「家」を共にするルームメイトという関係性であった。
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人間のふりをして地上で暮らす天使、悪魔はそう珍しいものではない。特にカーヴェやアルハイゼンのような若い世代の中では「よくあること」の一つであった。若くして頭角を現した建築デザイナーだって実は悪魔と呼ばれる異形である。それがカーヴェなのだが。
いわゆる「悪魔」であるカーヴェは、卓越した美的センスを持つ。それ故にカーヴェはかねてより芸術というもの、その中でも特に建築に興味を抱いていた。そして思う存分自らの理想を体現するために、地上で身分を得たのが数年前のこと。それからカーヴェは一国での著名な建築デザイナーとして名を馳せている。悪魔でありながら。
そもそも「悪魔」というのは人間が勝手につけた呼称であり、彼らの本質を的確に表しているわけではない。一般的に黒い羽と角を持つ彼らは「感情」を根源とする存在である。一方で対となる、一般に白い羽と頭上に輪を持つ者は「理性」を根源とする存在だ。理性と感情、どちらが善でどちらが悪といった道理はない。ないはずなのだが、人間は「感情」を司る彼らを悪と、「理性」を司る彼らを善とした。何故か、簡単だ。人は己の欲に弱く、それをきっかけに堕落することが往々にしてある。それ故に、感情は悪で理性は善であると定義することで自らを守ろうとしたのだ。あまりにも極端な話だが、恐れを知らぬよりは注意深い方がマシなのである。
ともかく、いわゆる「悪魔」は感情を司る存在だ。感情は、欲に、美に、愛に繋がる。人は「悪魔」を、感情に流されることを忌避するため、彼らが醜い姿であると定義した。しかし実際のところ、彼らは何よりも美を尊び、美を理解し、美を愛する存在である。実のところ、歴史に名を刻んだ芸術家の中に悪魔はいくつも存在するのだ。美を愛し、作り出す。「創造」は悪魔の得意とする分野である。それ故に悪魔は対価を必要とするものの、他者の願いを叶えることができる。それは直接的に。
しかしその一方で「天使」は何かを創造することはできない。故に、人に何かを与えることはできない。その代わり、天使は違うアプローチで人々を救おうとする。「悪魔」が対価を必要とはするものの施しを与えるのであれば、「天使」は対価を必要としない代わり道を示すだけに留める。あくまでもやり方を教えるだけで、直接手出しはしない。貧しい者に直接魚を与えるのが「悪魔」のやり方であり、魚の釣り方を教えるのが「天使」のやり口なのだ。
カーヴェはそんな「天使」のやり方が理解できないし気に食わない。魚の釣り方を教えたところでその日、今現在の飢えが解消されるわけではない。今必要としているものを見過ごして「先」を考えるなんて馬鹿げている、というのが彼の考えだ。それに彼は与える能力がある。自身の力を他者のために使わないなど傲慢としか言いようがない。カーヴェはそう主張し、相容れぬ考えを持つアルハイゼンに論争をしばしば仕掛けるのだ。
「あー……頭が痛い……」
カーヴェにとって酒は苦痛、直視したくない現実から逃れるための薬である。当然、酒の味は気にするし美味ければ美味いほど良いと考えている。だがあまり生活が上手くいってない現状、酒を嗜好品として味わうには少しばかり余裕がない。自分の酒の耐性を理解していてもなお、飲み過ぎることがあるのはこのためだ。カーヴェはまたアルハイゼンに回収されてしまった、と自己嫌悪しつつリビングへと向かう。
「おはよう」
「……おはよう」
「と言ってももう昼前だ。