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    Sayu_2l

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    Sayu_2l

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    問:男は建築デザイナーである。依頼人との打ち合わせの際、昼食のカレーを頂くことになった。しかし彼はそれを食べるやいなや、慌てて家に帰った。何故彼は家に帰ったのだろうか?

    バレンタインカヴェアル この家にはカレーの味が二つある。
     スメールにおけるカレーとは家庭料理の代名詞と言っても過言ではない。匂いを嗅げばどこの家のカレーかわかる、と言うくらいだ。どこの家庭にもその家の味というものがある。その中でこの、アルハイゼンとカーヴェが暮らす家には二つの味がある。
     一つ目はそれぞれを形成するに至った二つの味を上手く調和させた味である。アルハイゼンの祖母が教えたカレー、カーヴェの母が教えたカレー、その二つが混ざったものが普段、二人が作る味である。基本的にこの家で作られるカレーはこちらだ。
     もう一つはふと忘れた頃に出てくる、年に一度くらいの間隔で出てくる知らない味である。ベースは二人で作ったカレーなのだが、謎の隠し味が仕込まれているのだ。それを作るのはアルハイゼンである。カーヴェはその隠し味が何なのか、何故突然そちらの味を作るのか全く知り得ない。ただアルハイゼンという男は案外気まぐれな男である。そういうこともあるか、と出てくる度に受け流していた。
     が、受け流せない事情が出来た。それが今日の昼のことである。
    「アルハイゼン!」
     入ってくる時は人目を気にして忍び足を心がけるくせに、扉を閉めるやいなや気ままに振る舞う。すっかり自分の家、安らげる巣と認識しているが故の振る舞いだ。なお、アルハイゼンは一時的な止まり木となってやるつもりではあったが終の住処を提供したつもりはない。しかし今のところ彼の振る舞いがアルハイゼンの生活を耐えられないほど害したこともない。それ故に、アルハイゼンは彼の子どものような振る舞いを黙認しているのであった。
    「おかえり」
    「ただいま!」
     まずは挨拶。二人はどんなに喧嘩をしていても挨拶は欠かさない(同居を始めた頃、喧嘩したまま挨拶を無視したことがある。それからカーヴェが謝罪するまでのアルハイゼンの態度は、カーヴェが二度と挨拶は無視しないと誓うものだったことを補足しておこう)ようにしている。帰宅の挨拶を終えたカーヴェはつかつかとアルハイゼンの元に駆け寄り、そして彼を見下ろした。
    「アルハイゼン」
    「何だ」
    「…………今日の夕飯は」
     カレーか。カーヴェが神妙な面持ちで訊ねる。アルハイゼンは本に目を向けたまま「ああ」と軽く肯定した。それがどうした、と言わんばかりの態度である。だがアルハイゼンの平静は、カーヴェによって乱されることとなった。
    「君、毎年この日はカレーだよな」
    「……それがどうした?」
     アルハイゼンは嘘をつかない。ただ、自分から丁寧に情報を開示することもしない。だから真実を知りたければこれでもかというくらいに疑い、不可解な点を訊ねる必要がある。アルハイゼンはそんな、素直だが扱いづらい子なのだ。
    「これまでまあそんなものかと受け流していたけれど、この日に作るカレーはいつもと違うレシピを使っている。そうだよな?」
    「……ああ。で、それが?」
    「……今日、打ち合わせの後クライアントの家でご馳走になったんだ」
     そこで振る舞われたのはカレーだった。カーヴェがそれを告げると「なるほど、昼と夜で連続してカレーになるのか」と呟く。それから、アルハイゼンは何の感情も読めない眼差しを向けた。
    「なら今晩はカレーはやめておこうか」
    「何でだよ! 今日は絶対にカレーにしろ!」
     どこのカレー大好きわがまま小僧か。そう笑われても仕方ない発言である。アルハイゼンはその大声に眉を顰め、静かに呆れていた。一方、カーヴェは戸惑いながら思考をまとめていた。
    「それでだ、そこで食べたカレーが、君の作るカレーによく似ていたんだ」
    「……ほう」
     この家で普段食べる方のカレーは「僕たちのカレー」である。カレーまで僕たちの・・・・と考えるカーヴェの思考については横に置いておくとしよう。とにかく大事なのは、アルハイゼンがこの日だけはいつもと違うレシピでカレーを作ること。この一点である。
    「…………聞いたら、気前よく教えてくれたよ。隠し味に何を入れているかって」
    「…………」
     ついにアルハイゼンの眉間に深い皺が刻まれた。だがそれに構わず、カーヴェは静かに告げる。自身が知った真実を。
    「…………君、チョコを渡すならそのまま渡してくれてもいいだろ」
    「…………偶々この時期はチョコレートが大量に売られていて、隠し味に良いと勧められたからそうした。その可能性は考えなかったのか?」
    「チョコはもっと前から売ってるだろ。別に当日になって安くなるわけでもないし」
    「………………」
     アルハイゼンは何も答えない。彼は素直なのだ、だから口を閉ざす。それが何よりの答えである。カーヴェはなるほど、と得心がいった。自分の推測が自惚れではなく事実だとわかれば、あとは勢いに任せて攻め込むだけである。
     カーヴェはアルハイゼンの隣に腰かけた。カウチは三つある、わざわざ隣に座らねばならない理由はない。だが、隣に座りたい理由はあった。近くでアルハイゼンの顔が見たい、ただそれだけである。
    「アルハイゼン」
    「…………何だ、カーヴェ」
    「毎年、君のカレーが食べたい」
     今年からはちゃんとお返しもする。そうキメ顔で告げるが、内容はどうにも格好がつかない。だがそれに気付かず真剣なカーヴェが面白くて、アルハイゼンは羞恥よりもおかしさが勝ったようだった。ぷは、と噴き出して背を丸める。突如たる沸騰に、カーヴェは置いてけぼりを食らっていた。
    「お、おい、アルハイゼン?」
    「…………っふふ、なら今年は三倍返しの三年分を期待するよ」
     楽しみだ。アルハイゼンが上擦った声で言う。カーヴェはそれに、やってやるよ、先輩をあまり舐めるんじゃないぞ、と勢いよく噛み付くのであった。
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    Sayu_2l

    DOODLE問:男は建築デザイナーである。依頼人との打ち合わせの際、昼食のカレーを頂くことになった。しかし彼はそれを食べるやいなや、慌てて家に帰った。何故彼は家に帰ったのだろうか?
    バレンタインカヴェアル この家にはカレーの味が二つある。
     スメールにおけるカレーとは家庭料理の代名詞と言っても過言ではない。匂いを嗅げばどこの家のカレーかわかる、と言うくらいだ。どこの家庭にもその家の味というものがある。その中でこの、アルハイゼンとカーヴェが暮らす家には二つの味がある。
     一つ目はそれぞれを形成するに至った二つの味を上手く調和させた味である。アルハイゼンの祖母が教えたカレー、カーヴェの母が教えたカレー、その二つが混ざったものが普段、二人が作る味である。基本的にこの家で作られるカレーはこちらだ。
     もう一つはふと忘れた頃に出てくる、年に一度くらいの間隔で出てくる知らない味である。ベースは二人で作ったカレーなのだが、謎の隠し味が仕込まれているのだ。それを作るのはアルハイゼンである。カーヴェはその隠し味が何なのか、何故突然そちらの味を作るのか全く知り得ない。ただアルハイゼンという男は案外気まぐれな男である。そういうこともあるか、と出てくる度に受け流していた。
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