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    Sayu_2l

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    Sayu_2l

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    急なデレが来るとしんじゃう本命にクソ雑魚建築家先輩とちゃんと宣言してくれる素直クール後輩

     はぁ~と長い溜め息を吐きながら天を仰ぐ。多額の借金を背負っていてもなお才が持て囃される、スメール一の建築家であるカーヴェは大変疲れていた。長らく携わっていた案件の工期がようやく満了したのである。時間も金もかかった計画だっただけにやりがいはあったものの、その分疲労も著しい。やりきったという満足感が落ち着けば、しばらくの間意識しないようにしていた疲労感がカーヴェの身を苛んだ。
     しかしこれで借金も少しはましになる。そうだ、少しくらい飲んで騒いで自分を労ってもいいんじゃないか。いつもなら後輩のツケにするところだが、大仕事のおかげで懐が潤っている。自分の金で飲むならばあいつも文句は言わないだろう。そう密かに酒カスらしい考えを巡らせていたところで家主の気配が増えた。
    「………」
     カーヴェの仕事には波がある。忙しい時はとことん忙しく、何日も家に帰って来られない時さえある。しかし暇な時は大変暇なので事情を知らない者からは哀れみの目を向けられることもあった。一方で――代理賢者を辞任し、カーヴェ曰く「ドン底」である――書記官の仕事は対照的と言える。今日も簡単な仕事を程々にこなし、定時退勤を叶えてきた彼は涼しげな顔をしている。カーヴェは一瞥した後、再び虚空を見つめた。
    「………おかえり、カーヴェ」
    「あー、おかえりはこっちの方じゃないか?」
     一応カーヴェの方が先に家にいたので、アルハイゼンが言うべきはただいまの方だろう。しかしカーヴェはここ数日家を空けていた。それを踏まえるならば確かに「おかえり」はアルハイゼンの言葉かもしれない。疲れているせいか、後輩の律儀さにどうしようもないむず痒さを覚えた。
    「………」
     アルハイゼンは無言でカーヴェに歩み寄り、隣に腰掛けた。ろくに客人を呼ぶこともないので持て余しているソファーは三つある。カーヴェが座っていないソファーは二つあり、それを選べば広々と使えるはずなのだ。それなのにアルハイゼンは無言で、カーヴェにぶつかるようにして隣に腰を下ろした。何だ何だ、カーヴェが倦怠感に負けて問えずにいる中、アルハイゼンが口を開く。
    「カーヴェ」
    「何だよ………」
    「今からデレるが準備はいいか」
    「………………少し待ってくれ」
     アルハイゼンの意味不明な発言を受け、カーヴェは姿勢を正した。それから二、三度深呼吸をして、キリッと眉を上げる。
    「いいぞ、来い!」

     ――決して彼らはふざけているわけではない。むしろ真剣そのものである。大真面目に「今からデレる」と宣言し、大真面目に心の準備をして構えているのだ。勿論、そうなった原因はカーヴェにある。
     好きだが別に両想いになろうとは思わない、なったところで特に交際する意義を感じないと頑なだったアルハイゼンをカーヴェが熱烈に口説き落としたのが二ヶ月ほど前のこと。美とロマンを愛する彼は、色事にも慣れているつもりであった。この朴念仁のことだ、むしろ色恋は自分が教えてやってリードしてやらねばという使命感に駆られてもいた。このとびきり厄介で面倒で、それでいてピュアな恋人を導いてやろうと、そう考えていた。
     そんなカーヴェはどうも本命に対しては大変弱かったようで、恋人になったのなら特に抑える必要もないかと考えたアルハイゼンのデレに負けた。アルハイゼンが僅かに微笑みながら「カーヴェ、好きだよ」と抱擁を求めただけで「ま、待ってくれ、僕は死ぬのか……?」と地を這いながら助命を求めた。「君に触れられるのは好きだ」と手を頬に誘われただけで爆発しかけた。不意に聞こえた「君が真剣に仕事をしている時の顔は格好良いと思う」という言葉で何度も図案を吹き飛ばした。カーヴェはアルハイゼンを口説き落とした代償として、彼のデレへの耐性を失ってしまったのである。
     思ってた以上にアルハイゼンのことがかわいくて仕方がなかったカーヴェは悩んだ。このまま醜態を晒してもしもアルハイゼンが「面倒なことになるから今後デレるのはやめておこう」などと判断したら。それは困る、非常に困る。ということでカーヴェは一つ、アルハイゼンに恥をかなぐり捨てて頼んだのである。今後デレる時はデレると宣言してほしいと。そしてそれを受け止めるため、心の準備をさせてほしいと。その格好悪いお願いをアルハイゼンが受け入れたことにより、この奇妙なやり取りが挟まるようになったのであった。

    「……カーヴェ」
    「うおっ」
     心の準備はしたが何が来ても動じずいられるわけではない。アルハイゼンらしからぬ、おずおずとした様子の抱擁に思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。しかしカーヴェも男、やればできる子カーヴェである。恋人のデレをしかと受け止めるため、両手を彼の背に這わせた。
    「…………お疲れ様」
    「…………うん。疲れた」
    「…………君がいないこの家は、少し広すぎる」
     つまり寂しかったと。カーヴェは彼に見えていないのを良いことに盛大ににやけていた。
    「しばらく僕は家にいるぞ〜。ふふん、嬉しいだろ」
    「…………」
    「おい、何でそこで黙って溜め息を吐くんだ? デレるんだろう、君!」
    「素直になることと都合の良い発言をするのは違うよ、カーヴェ」
     ぐぬぬ、とカーヴェは悔しそうに顔を顰めるが、それでもがっちり彼を捕らえた腕は離さない。都合の良い恋人ではない、だからこそ彼の素直な発言がかわいらしく思えてくる。自分が言わせているのではなく、彼が自分の意思で発しているのが明らかだから。カーヴェは「よくこれで『交際する必要性を感じない』とか言えたものだな」と思いながら、強くアルハイゼンを抱き締めた。
    「あー…………アルハイゼンのデレが効く………」
    「俺のデレは薬か何かか?」
    「だって君、なかなかデレてくれないし」
    「迂闊にデレたら恋人が悶え苦しむからな。そう考えたら俺のデレは毒であり薬でもあると言えるのか」
    「……………」
     心の準備をしてもなおダメージを受けている身としては何も言えなかった。未だに自分の本命に対するクソ雑魚っぷりを揶揄されるのは恥ずかしいのである。なのでそれとなく話を逸らし、アルハイゼンのデレタイムをこれでもかと享受することにした。
    「いいにおいする…………」
    「何もつけていない」
    「アルハイゼンの匂いだ」
     すんすん、彼の匂いを味わっていれば不意に後頭部の空気が変わる。アルハイゼンが戯れにヘアピンを抜いているようだった。その行為の裏を考えてしまい、カーヴェは思わず彼の肩に顔を埋める。そして、最終確認を呟いた。
    「元気出た」
    「そうか。ならばさっさと風呂に入って寝るといい」
    「えっ?」
     さっき僕のヘアピン外したよな? それってそういうお誘いじゃないのか? もしやデレはもう終わって今はツンタイムなのか? 困惑したカーヴェの問いに、アルハイゼンは溜め息しか返さない。
    「今のはそういうのじゃないのか」
    「疲れている恋人に休息を勧めることの何が悪い」
    「君自身で癒やそうという殊勝な心がけは」
    「ない」
     ぎゅうと腕に力を込め、カーヴェは懇願する。
    「僕は明日休みだ」
    「俺は明日も仕事だ」
    「…………」
     抱き締めたまま駄々をこねる。どうしても今、アルハイゼンを味わいたい。そう訴えるカーヴェの耳元に、低くも甘い吐息が触れた。
    「今日は早く寝て、明日は家の掃除を頼む」
    「……その声で言うことか? それ」
    「俺は君に抱かれている時に物音がすると困る」
    「また君本を出しっぱなしにし……ん?」
    「……俺を抱き潰したいなら明日だよ、カーヴェ」
     そう言うと、アルハイゼンはするりとカーヴェの腕の内から抜け出し、部屋の奥へと消えてしまった。超特大級の爆弾を投下されたカーヴェは。
    「…………し、かたないな……!」
     カーヴェはにやける口元を覆い隠し、喜色まみれの声をあげる。疲れはすっかり消し飛んでいるようだった。
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    Sayu_2l

    DOODLE問:男は建築デザイナーである。依頼人との打ち合わせの際、昼食のカレーを頂くことになった。しかし彼はそれを食べるやいなや、慌てて家に帰った。何故彼は家に帰ったのだろうか?
    バレンタインカヴェアル この家にはカレーの味が二つある。
     スメールにおけるカレーとは家庭料理の代名詞と言っても過言ではない。匂いを嗅げばどこの家のカレーかわかる、と言うくらいだ。どこの家庭にもその家の味というものがある。その中でこの、アルハイゼンとカーヴェが暮らす家には二つの味がある。
     一つ目はそれぞれを形成するに至った二つの味を上手く調和させた味である。アルハイゼンの祖母が教えたカレー、カーヴェの母が教えたカレー、その二つが混ざったものが普段、二人が作る味である。基本的にこの家で作られるカレーはこちらだ。
     もう一つはふと忘れた頃に出てくる、年に一度くらいの間隔で出てくる知らない味である。ベースは二人で作ったカレーなのだが、謎の隠し味が仕込まれているのだ。それを作るのはアルハイゼンである。カーヴェはその隠し味が何なのか、何故突然そちらの味を作るのか全く知り得ない。ただアルハイゼンという男は案外気まぐれな男である。そういうこともあるか、と出てくる度に受け流していた。
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