Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    Sayu_2l

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 22

    Sayu_2l

    ☆quiet follow

    家でデレるタイプのゼンとデレ耐性皆無のヴェ

     人となりというものは決して単純ではないし、知れば知るほど知らない部分が増えていくものである。カーヴェは「一緒に住んでいる」「アルハイゼンのたった一度の共同研究者」というアドバンテージを持つが、だからといってその分彼を他の者より理解しているか、と言われると肯定はできない。考え方や価値観、行動基準が正反対だということはわかっている。理解しているのは「理解できない」という事実のみ。それは、理解した先での共有を望むカーヴェにとっては非常に悔しいことであった。話せば話す程、彼とは相容れない――アルハイゼンが決してこちらに染まろうとしない――事実をまざまざと見せつけられる。アルハイゼンにはそのつもりがないかもしれないが、カーヴェにとってそれは拒絶に等しい。ただただ、カーヴェは悲しかったのだ。君が拒むなら、とつまらないプライドが彼に何度も棘のある言葉を吐かせたものである。
     紆余曲折、感情の爆発等を経て彼らは自分達が自覚している以上に言葉が、対話が足りていないと気が付いた。自分が理解できていなかったこと、相手に理解されていなかったこと、理解させる必要があったこと。それらを丁寧に一つ一つ拾い上げ、言葉を交わし(時に我慢ならず拳も交わした)、心の柔い部分をぶつけ合って、そうして何故か彼らはいわゆる恋仲という関係性に落ち着いた。それが一番相応しい結末だと二人して感じられたのだ。
     二人の間にあった情愛は恋から愛に変化していたはずだった。だがそれはどうも誤りだったと認めざるを得ない。むしろこれまで無視され、ないものとして扱われてきた恋心はようやく見てもらえたとばかりに大変張り切っているようである。何が起きているのか、簡単だ。カーヴェとアルハイゼンの成人男性二人は今更、恋心というものに踊らされていた。
    「カーヴェ」
     アルハイゼンという男は、カーヴェの言う「よくわからない個人主義」に基づいて動いている。その姿勢は、特に情を重視しがちなカーヴェからすると冷淡で冷酷、非情な印象を与えがちである。だからこう考えていたのだ。すったもんだがあって恋人になったものの、どうせ何も変わらないのだろう。まるで僕ばかりが好きみたいな――それは誤解だったと今は理解しているが、それでもカーヴェはやっぱり「見てわかりやすい」ものが好きなのだ――毎日が続くのだろうと。だがその諦観に染まった思い込みは、あっさりと否定された。
     ちっか。カーヴェは何ともない風を装い、なるべく表情筋を崩さないよう力を入れた上でペンを走らせ続ける。今、動かしていない方の腕にはアルハイゼンの体温が触れていた。そう、アルハイゼンが隣に腰掛け、彼の手元を覗き込んでいるのである。ぴたりとくっついて。
     アルハイゼンのことだ、恋人になっても何も変わらない。むしろ何か変えようとしたら冷めた目で罵倒してくるかもしれない。カーヴェはそう思い込んでいたが、実際のアルハイゼンは割と積極的だった。今だって、その必要がないのに密着してくる。別に覗き込みたいならば肌を寄せる必要はないし、そもそも隣に座る必要だってない。これまでのアルハイゼンならば背もたれの向こうから軽く身を屈めるだけに留めていただろう。「カーヴェが何をしているか確かめる」ならそれで十分だからだ。だが、今のアルハイゼンは確認するだけならば不要な接触まで持ち出している。それは、カーヴェにとって大変衝撃的な事実なのである。
    「…………」
     心を無にすることはできないので、カーヴェはとにかく製図と向き合うことにする。正直なところ、カーヴェの心臓は今とても騒がしいことになっていた。あれだけカーヴェを拒絶し、一線を引き、関係性を変えることの必要性がわからないと恐れていたアルハイゼンが、ここまでわかりやすく愛情表現してくるのかと困惑している。アルハイゼンの冷徹な拒絶はかつてあった愛情の裏返しであり、ぎりぎりのところでなんとか会心の逆転勝ちを果たしたカーヴェはアルハイゼンの愛情の深さを理解していた、つもりだった。表に出ないだけで、こちらが見えないからと勝手に思い込んでいただけで、一つ一つ細やかに紐解いていけばそこには愛があったと。だがそれが表に出ることは難しいと考えていたし、アルハイゼンはそういう者なのだと認めていた。それがまさか、表に出せるとは。何だ君、やればできるじゃないか! そう怒ってしまいたかったが、それ以上にアルハイゼンのデレへの耐性がないせいかカーヴェはただ狼狽えることしかできないのであった。
    「……手が止まっているが」
    「……あれだ、今、こう、アイデアをまとめているんだ」
    「そうか」
    「……」
     嘘です本当は今君のことで頭がいっぱいでデザインの余裕なんて一切ありません、と言えたならば。だがカーヴェのプライドはそれを許さない。散々情けないところ、不甲斐ないところを知られているくせに、彼は未だにアルハイゼンに対して格好をつけたがる節がある。今でもカーヴェはアルハイゼンの先輩である、そんな意識があった。あと、やっぱり恋人には格好いいと思われたいものである。今更、という言葉はカーヴェの辞書には存在しないのだ。
     今、口を開けば情けないことになってしまう。有り得ないと冷静に指摘されるだろうが、まさに口から心臓が飛び出てしまいそうな心地だった。そうでなくとも、開いた口からこの爆発しそうな鼓動が聞こえてしまうのではないか。勝手に口がカーヴェの理性を無視して、何だそのかわいい行動はと甘ったるい言葉を吐いてしまうのではないか。長年の癖で「僕の邪魔をするためにわざわざ読書を中断するなんて君は僕のことをよく喋るおもちゃだとでも思っているのか」なんて悪口を言ってしまうのではないか。カーヴェは、二人の仲が拗れた要因は二人にあると理解している。自分はまともで振り回されている側だとばかり思っていたが、実際のところお互いにどうしようもない奴だったことを知った。なので今、カーヴェは自分が信用できない。自分が何をやらかすのか読めないせいで、彼はアルハイゼンを無視するしかないのである。
    「…………」
    「…………」
     カーヴェ、と。アルハイゼンがぼそり、呟くように名を呼んだ。カーヴェは恐る恐る、絞り出すような声で「何だい」と返す。自分が恐ろしいので、アルハイゼンを見ることはできなかった。
    「……今日は、キスしていないが」
    「…………え?」
    「いつも、朝はキスしているだろう」
     アルハイゼンの言葉を踏まえて、カーヴェは昨日までの朝と今朝を振り返る。確かに、カーヴェは毎朝アルハイゼンにキスしている。ついへたれたまま、何もしないでいたら自然消滅してしまうのではないか。定期的に「僕達は恋人なんだぞ」とわからせていく必要があるのではないか。そんな臆病さから、カーヴェは毎朝アルハイゼンにキスするというルーチンを作っていた。タイミングはどちらかが家を出る時。基本的にアルハイゼンが先に家を出る(カーヴェの仕事は在宅でも事足りるし、施工の段階になると数日単位で家を空けることになるからだ)ため、その時に「いってらっしゃい、アルハイゼン」とキスしていた。だが今日アルハイゼンは休み、つまりいってらっしゃいのキスをする機会がなかったのである。
     カーヴェはぎぎぎ、とまるで油を差し忘れた機械のような動きでアルハイゼンに目を向けた。アルハイゼンはただまっすぐにカーヴェを見つめている。感情の読めない――それは決して感情がないこととイコールではない――瞳には、カーヴェだけが映っていた。
    「……あー、その。もしかしてだが、アルハイゼン」
     今僕は、キスをねだられているのか? 聞いてから、なんて質問をしたんだ僕はと心の中で盛大に呆れかえった。それにアルハイゼンが素直に答えるわけが。
    「ああ。そうだ」
     あった。素直に答えた。しかも肯定である。つまりだ、アルハイゼンは毎朝のキスがないことに疑問を抱き、キスをねだって隣に座ってくっついてきたということになる。いってらっしゃいのキスはカーヴェが勝手に始めたことで、ぶっちゃけアルハイゼンの意思はあまり聞いていない。ただ拒まれていないだけ、という認識だった。だが今の行動は何だ、アルハイゼンも満更ではないどころか楽しみにしていたということになるのでは。
     わなわなと震えるカーヴェに、アルハイゼンは更なる爆弾を投下する。感情が表に出やすいカーヴェとは異なり、淡々と告げる彼の心境は一切読めそうになかった。
    「しないのか? ……俺はしたいと思っているが」
    「……し、する、する!」
    「それはいいのか」
    「見ていたならわかってるだろ さっきからちっとも進んでいないからもういい! 今は君のことで頭がいっぱいでそれどころじゃないんだ!」
    「そうか」
     アルハイゼンの表情は変化に乏しい。だが、今のアルハイゼンはカーヴェに対しかなり甘い状態だ。だから、サービスだと言うように感情の切れ端を見せてくれる。頭がいっぱいだと言われ、ほんの少し口角を上げるような。
    「……君、家だとそういうところがあるよな……」
    「俺と君しかいないからな」
     わっ、と顔が熱くなる。残念ながら今日も、カーヴェは恋人のデレへの耐性を手に入れられそうにない。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    Sayu_2l

    DOODLE問:男は建築デザイナーである。依頼人との打ち合わせの際、昼食のカレーを頂くことになった。しかし彼はそれを食べるやいなや、慌てて家に帰った。何故彼は家に帰ったのだろうか?
    バレンタインカヴェアル この家にはカレーの味が二つある。
     スメールにおけるカレーとは家庭料理の代名詞と言っても過言ではない。匂いを嗅げばどこの家のカレーかわかる、と言うくらいだ。どこの家庭にもその家の味というものがある。その中でこの、アルハイゼンとカーヴェが暮らす家には二つの味がある。
     一つ目はそれぞれを形成するに至った二つの味を上手く調和させた味である。アルハイゼンの祖母が教えたカレー、カーヴェの母が教えたカレー、その二つが混ざったものが普段、二人が作る味である。基本的にこの家で作られるカレーはこちらだ。
     もう一つはふと忘れた頃に出てくる、年に一度くらいの間隔で出てくる知らない味である。ベースは二人で作ったカレーなのだが、謎の隠し味が仕込まれているのだ。それを作るのはアルハイゼンである。カーヴェはその隠し味が何なのか、何故突然そちらの味を作るのか全く知り得ない。ただアルハイゼンという男は案外気まぐれな男である。そういうこともあるか、と出てくる度に受け流していた。
    2350

    recommended works