「聞いてくれよ! 全く、ひどいと思わないか?」
見習いレンジャー、コレイは実のところ彼の話を聞くのが好きな方だったりする。その彼とはスメールシティでも注目を浴びる「天才」建築デザイナー、そして師匠であるティナリの知己、カーヴェである。死域の建築を巡り大騒動を起こしたこともあるが、ただ傍迷惑な人物ではない。その根底には(どうしようもないと言える程の)善性があると知っている。それに、コレイの尊敬するティナリが「悪い奴じゃないんだよ。むしろ良い人すぎるくらいかな」と評しているのだ。コレイは己の目と、彼の言葉を信じていた。
こうしてカーヴェがティナリ達の元を訪れた時、彼は自然と同居人のことを話題にあげる。まるで愚痴を聞いてもらうのが目的なのかと言わんばかりの勢いだが、それが悪印象を与えることはない。その愚痴の中身がそれも微笑ましいエピソードばかりだからだ。
「この間アルハイゼンと稲妻に行ったことは知っているだろう?」
「うん。お土産ありがとう」
ほら、とティナリが自然にパスを渡す。コレイは背をぴんと伸ばした。
「カーヴェさん、あたしからも! あ、ありがとう。すごく嬉しかった!」
「なら良かった。ったく、あいつにもこんなかわいげがあったら……」
カーヴェの指す「あいつ」とは言わずもがな、先程言及したアルハイゼンのことである。コレイはあはは、と苦笑した。
「そうそう、アルハイゼンのことなんだ。あいつが本を買いに行くって言うから僕もついて行ったんだけど」
そこの相関性がいまいち謎である。一応カーヴェは「せっかくなら一緒に行った方がいいだろう? 僕だって稲妻の建築様式を一度見てみたいと思っていたし、それにまたアルハイゼンがうっかり僕の分まで鍵を持ち出したなら僕はどうなる?」という主張を持っているらしい。そしてそれが通って、二人稲妻旅行が実現したのが事実である。
「それで、偶々僕らが行ったタイミングで祭をやってたみたいでさ。僕がせっかくだから寄ってみないかってアルハイゼンを誘ってなんとか回ることができたんだけど」
カーヴェの口はよく回る。迂闊に「回りたかったなら一人で回ってもよかったのでは……?」なんて口を挟ませない程に。ティナリとコレイは彼の猛烈なトークに慣れているため、微笑と共に聞きの姿勢を保っていた。
「アルハイゼンの奴、やたらと出店で買うんだよ」
「へえ」
「で、僕に食べさせるんだ」
ふらふらとまるで吸い寄せられるように出店に向かっては一つ、見慣れない食べ物を買う。そしてカーヴェが「君、一人で来てるんじゃないだからな」と文句を言おうとしたところで「カーヴェ。はい、これ」と食べさせる。それを何度も繰り返したのだとカーヴェは語った。
「一口だけの時もあれば「全部やる」ってくれる時もあったんだ。ああ勿論アルハイゼンの奢りだぞ」
アルハイゼンが勝手に購入しているので「勿論奢り」は納得できる。二人は深く突っ込まないようにそう自らに言い聞かせた。
「それで帰ってきてから気付いたんだ」
「……何に?」
「あいつ、僕のことを毒味に利用してただけだって!」
コレイは思わず噴き出しそうになり、俯きびくりと身を震わせた。それを、自分の大声のせいだと勘違いしたのかカーヴェが「ああ、ごめんよ」と眉尻を下げる。カーヴェという男、酒と金銭面とアルハイゼンが絡まなければ非常に印象の良い好青年なのである。だからこそ酒と金銭面とアルハイゼンが絡んだ時のギャップが残念に映るのだ。
「思えば、アルハイゼンの奴必ず僕に感想を聞いてきたんだ。どうだってな。それで僕が美味いって言った時は「そうか」って自分のものにしてた!」
「……美味しくないって言ったらカーヴェに?」
「美味しくないものはなかったよ。ただちょっと人を選びそうというか、アルハイゼンは好きじゃなさそうなやつはちらほら」
「それを、カーヴェはどう言ったの?」
「え? 普通に『僕は好きだけど君はそうでもなさそうだな』って」
馬鹿正直という言葉の意味を人の形にしたら、目の前の金髪赤目の美形になるのではないか。そう思わせられるような発言である。カーヴェもさすがにそれは理解しているらしい、二人から目を逸らした。
「いや、まあ、僕もわかっているさ。そういうところを利用されているんだって。でもさ、アルハイゼンの方こそ素直に言うべきだと思わないか? 『あれが気になるから味見してくれ』って!」
「……仮にアルハイゼンがそう言ったら、カーヴェは? どうするわけ?」
「どうって、何せ僕は先輩だからね。いくらアルハイゼンのようなかわいくない奴でもかわいい後輩には違いない、聞いてやるとも」
別に毒味として利用されることは問題ないらしい。それどころか、毒味役に選ばれることは満更でもなさそうだった。カーヴェが不満を抱いているのははっきりと頼んでこなかったこと、しれっと利用していることなのである。
「まあ彼はそういう奴だし」
「そうだけど……そうだ、コレイ」
「へっ、あたし」
カーヴェの紅の瞳がコレイを映す。その口角はにんまりと上がっていた。
「どうやったら素直に頼らせることができると思う? 君の意見を聞かせてほしい」
「え、でもあたし、アルハイゼンさんのことよく知らない……」
「だからこそだよ。あいつのことを知らない方が却って新鮮な視点で、有効な意見が出るかもしれない」
「はぁ……カーヴェ。コレイを変なことに巻き込まないでくれる?」
「変なことってひどいじゃないか。僕は真剣に悩んでるんだぞ」
「え、と。頑張って考えてみるよ」
ティナリは相変わらず「放っておいていいよ、カーヴェのことは」とドライだった。どうもコレイと違い、ティナリは酒の席などでもカーヴェのこの面倒な愚痴に巻き込まれているらしい。しかしコレイはその経験がないし、頼られたなら頑張りたいと張り切ってしまう少女である。真剣に、彼らの友情に何とか助力したいと考えていた。
「……えっと、その。考えてみたんだけど」
「うん」
「カーヴェさんが素直にそれを伝えるのが一番、だと思う」
「…………それしかなさそう?」
「自分が素直にならないのに相手に素直になってほしいなんてわがままだよ、ってことだよ」
「うぐ……」
さすがにカーヴェもなんとなく察してはいたらしい。それしかないかあ。そう呟き、数秒後。カーヴェは表情を切り替えた。
「じゃあ早速アルハイゼンに言ってくるとするかな」
「もう僕は愚痴も惚気も聞くつもりないからね」
「愚痴はともかく僕がいつ惚気たって言うんだ」
ティナリは視線でコレイに何も言わないようアドバイスする。コレイはそれに従い、あははと苦笑いするだけに留めていた。
「ありがとう、二人とも。今度また何か持って来るよ」
「うん。それじゃ」
「ま、また!」
軽やかな足取りで出て行くカーヴェを二人のレンジャーは見送る。そうして二人になったところで、コレイがぽつりと溢した。僅か紅潮した頬は、彼女が今一人の人物を思い浮かべていることを示している。
「やっぱり、信頼できる友達っていいよな……」
「…………」
カーヴェの愚痴じみた惚気のせいで、この子の「友情」の認識が少しおかしなことになっているのではないか。そんな不穏な気配を感じ取ってしまったティナリは、うーんと耳を小さく揺らすのであった。