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    マサよし

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    マサよし

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    フェルソウ
    ※なんやかんやあって和解後
    ※捏造設定多め(特に蒼炎)

    温もり 頼りないランプの灯りも消え、暗闇が広がっている。時は僅かな見張りを残してみんなが寝静まる真夜中。寝たフリをしていた瞼を開けてもぞりと起き上がり、部屋の反対の隅で横たわる長細い人影の気配を伺った。そこにいるのは仲間にも、同室にも、なってから間もないソウエン。改造とやらで人並外れた能力を持つこの男でも睡眠を必要とするのは同じらしく、大人しく死んだように眠っていた。
     相変わらず真っ直ぐな姿勢で眠っているソウエンの側まで音を立てないように近寄る。手に触れて反応を伺うが起きる気配もない。いつも通り、なにもわからない無表情のままでピクリともせずに眠り続けている。本当に電源の抜かれた機械みたいだと思った。
    「……ソウエン」
     念のために一度だけ呼びかけて確認してから、勝手に毛布へと潜り込む。毛布は2枚重ねにはなっているが、2人並んでしまうと絶妙に足りないサイズだ。それでもソウエンの方に背を向けてピッタリとくっついて寝ればなんとか収まることができた。こんなに近付いても、ソウエンからは寝息も聞こえない。触れている背中も、弱く握り込んだ指先も冷たかった。

     

     ソウエンと同じ部屋で寝るようになった経緯は、酷いもんだった。
    「アイツとりあえずお前と相部屋にしといたぞ、仲良さそうだし」
     そう、めんどくさそうなおっさん連中に突然告げられて言葉が出なかった。色々と、訂正したいことがある。別にオレは好き好んでソウエンのヤツと一緒に行動してるわけじゃねぇ。ただ、我儘言ってしまった責任というか……拾ってきちまった猫を仕方なく、変なことをしでかさないか見張ってるみたいなもんだ。だから相部屋なんて、1人の時間すらソウエンと過ごすなんてことは正直まっぴらごめんだった。
    「なに勝手に決めてんだ!」
    「アレ拾ってきたのお前だろ。ちゃんとお世話してやれよ」
    「最初に言ったよなー。俺たち面倒はみねぇぞって」
     それを言われるとなにも反論できねぇ。
     先の戦いでなんやかんやあり、オレは話の通じるようになったソウエンをハピネスの支配下から連れ出した。案外素直に着いてきてくれた彼だったが、今度は勝手に連れ帰った拠点の方に問題が生じる。これまで多くの罪なき人々を“排除”しまくっていたソウエンを、管理区画から逃げ出してきた他のみんなと同じように拠点に招き入れることはできないという判断がされたのだ。
     オレが駄々捏ねてひとまずレジスタンスの前線拠点で匿うことになったはいいものの、そこでまた新たな問題が発生する。小規模な前線拠点には新参者に割り当てることができる空き部屋なんてもう残っていなかった。さあコイツをどこに収めようか?
     最初は医療室のベッドにいる時間が長かったが「もう付きっきりで診ていなくても大丈夫だ」という医療班からの遠回しな退去命令を出された以上は部屋を充ててやらなきゃならない。流石に専用の部屋無しで、寝る場所は人が四六時中出入りする食堂、なんて可哀想だ。そう思ってオレは1人でめっちゃ悩んでたってのに!
    「だからって相部屋なんてよ……!」
    「まあ積もる話もあるだろうしいいだろ。と、いうか正直フェルノ以外でアイツと同じ部屋で一対一になれるやつなんていねぇって」
    「オレだって気まずいのは変わらねぇ! てかあんな狭い部屋でどうやって二人で寝ろっつーんだよ、部屋変えてくれるんだろうな!?」
    「うちにそんな余裕あると思うか? 一緒の毛布に包まって寝ちまえよもう」
    「……!?」
     言葉にならず、思わず茶化してきた最年長の爺さんの頭を一発叩いた。冗談でもそんなこと言うんじゃねぇよ、相手はつい最近までハピネスの他人との繋がりを禁止する思想に染まりきっていた奴なんだぞ。一緒の毛布で寝るなんて……それって添い寝、ってやつだろ!? そんなとんでもない、異常に距離感バグってるようなことなんてできるわけない。仲間とすらちょっと躊躇するレベルのことだ。
    「倉庫でいい」
    「うわ! 急に背後に立つんじゃねぇ!」
     突然聞こえた低音に驚いて咄嗟に銃を構える。しかしオレの腕を易々と取り押さえながら、いつの間にか後ろにいたらしいソウエンが言い合いに割り込んできた。その瞬間、場の雰囲気がわずかにピリつくのがわかる。彼は武器こそ全て取り上げられたものの、ここでの行動に制限はされていない。だが、どうしてもみんなはまだ警戒しているのだ。
    「物置きの倉庫があっただろう。そこに人間一人分のスペースならあった」
    「倉庫で寝るつもりか? あんな埃っぽくて寒ぃとこで?」
    「あのなぁ、ハピネスの綺麗な施設で暮らしてたお前にはわからんだろうが、この辺は夜冷え込むんだ。あんな隙間だらけのボロい倉庫で寝たら凍えちまうよ」
    「問題ない」
    「あーあー、そうかい。だってよ、フェルノ。良かったな」
     ソウエンは淡々と言い残し、去ろうとする。向かう先は倉庫の方向だ。しっかりした防寒具を身につけているならまだしも、所々破れたり汚れたままのスーツ姿はとてもじゃないが夜間の寒さに耐えられそうではない。だというのに、まさか本気であの最悪な環境の倉庫で寝るつもりなのか。驚きながらも、コイツならマジでやりかねないと少し哀れに思った。
    「おい! 待てよソウエン」
    「なんだ」
    「わざわざ倉庫なんかで寝なくてもいいだろ。別に……オレはまあ、ちょっと部屋が狭くなるくらい……平気だしよ。……オレは、な?」
     罪悪感も感じたから、呼び止めてオレは構わないということを伝える。そのつもりだったが、途中から「オレは良くたってソウエンが絶対に嫌だと思っているなら引き止めちゃ悪いんじゃないか」とちょっとだけ不安になってしまった。言葉の勢いをなくしていくオレにソウエンの変わらない冷たい表情が突き刺さる。
     そうだ、普通に考えたら敵だった奴と同じ部屋なんて嫌だろう。しかも何度も殺し合う寸前の戦いをした相手だ。煙たがられている自覚はあったし、オレだってソウエンが無茶なこと言い出すまでは嫌だと思っていたんだから。
    「い、嫌だってんならはっきり言えよな!?」
    「……」
    「おい! なんか言えってソウエ……」
    「それではお前の部屋にする」
     しかし頭の中でぐるぐると渦巻いていたオレの悩みをよそに、ソウエンは倉庫でいいと言ったのと全く同じトーンで相部屋に了承した。あっけに取られていると、これも同じように「お前の部屋はどれだ」と問われる。その質問にもまだ謎の衝撃で話せないでいると、おっさんたちが口々に「そっちの廊下」やら「手前から5番目」やら「一番散らかってるとこ」やら散々な道案内を代わりにしてくれていた。それでわかったのか、ソウエンは何事もなかったかのように歩いていく。
    「……なんなんだアイツ」
    「フェルノ、よかったのか? 片付けてこなくて」
    「ぐう……! おい待てソウエン! 片付けるからアンタも手伝ってくれ!」

     そして時刻は夜の11時。
     部屋中ひっくり返す勢いで片付けをしているともう夜遅くになっていて、なんとか2人横になっても充分な間隔を確保できた。やっと一息ついていたところだったが、部隊長のライアンさんに話があると呼び出されて1人で部屋から出る。向かった先、オレたちしかいない食堂で切り出された話の内容はやっぱりソウエンのことで、匿ってからの容態や様子を聞かれたのでオレが監視していた間に見たことを報告した。
     応急処置は済ませたがまだ完治はしていなさそうな怪我の件や、人目につく場所でぼーっと突っ立っている件。指示されれば荷運びなどを手伝ってくれていた件など。まだ理解不能な行動は時々あるが、もう完全に敵意や殺意を感じなくなっていたことは何よりも懸命に伝えた。
    「って、ことでソウエンはこれからもオレが見とくから」
    「悪いが、頼むよ。彼は今どこにいるんだ?」
    「オレの部屋にいると思う」
    先に寝ててくれ、と声をかけてきたからもしかしたら既に寝ているかもしれない。いくらソウエンでも全然違う環境で体の調子も万全じゃないとあれば体力の消耗は激しいだろう。今になって思い立ったが、寝床にさっさと向かおうとしていたのは早く眠りたかったのからかもしれない。
    「……もういいか? ちょっとまだ目を離すのは心配だから、戻ってソウエンの様子を見てぇ」
    「ああ、ありがとう。またなにか些細なことでも気づいたら教えてくれ」
     別れたライアンさんは最後にどこか申し訳なさそうに頼んできたが、これはオレが進んでやってることだ。そんなに気を遣ってくれなくてもいいのに。そもそもソウエンを連れ出してきたのはオレだし、捕虜としての牢屋行きを見逃してもらったのはオレが「絶対にわかりあえるから」と我儘言ったからだ。その責任は負うし、宣言した通り真の意味でわかりあいたいとも思っている。
     ソウエンについては、報告した通りまだわからないことだらけだ。確実にわかっているのは、アイツもオレと同じように平和を望んでいることだけ。それさえわかっていれば手と手を取り合えると思っているが、できることならもっと知りたいし、本人の口から教えてくれたらもっと嬉しい。そんな関係を築くのにどれだけかかるかわからないが……どうしても、放っておけないと思う。
    「戻ったぜ……っと」
     足早に戻った部屋の明かりはついたままだったが、ソウエンはジャケットを脱いで横になり、目を閉じて予想通り眠っているようだった。仰向けで身体中を真っ直ぐ伸ばした手本のような寝姿に彼らしさを感じる。機械兵を率いていた時からロボットみたいだとは思っていたが、こんなところまでそうなのかよ。見ているだけでこっちが凝り固まっちまいそうだ。
     それに、せっかく倉庫から寝床を移させたってのに毛布を申し訳程度に腹にだけ乗せて寝ている。幸い毛布はもう1枚貰うことができたから、それはソウエンが丸々使っても問題ない。ちゃんと被って寝なきゃ寒いだろうに。しょうがないから被せてやるか、と忍び足で近づいて毛布を取って広げてやった。
    「そーっと……よし。案外起きねぇな」
     起きている時は近づけばすぐに気配で気づいてくるのに、ソウエンはピクリともせずに眠り続けている。相当疲れて熟睡しているのだろうか。隣に座り込んでも、反応はない。それを良いことに、ジッとソウエンを観察させてもらうことにした。
     ギリギリ部屋の広さに収まっている長身に、どうやって整えているのかわからないきっちりとしたオールバック。感情を感じさせない無表情は瞼を閉じていても同じで、その冷たさにこれまでは苛立つことの方が多々あったが、改めて見ると相当綺麗な顔立ちをしていると思った。本当の歳はわからないが、眠っていると比較的幼く感じる。オレとあまり見た目の年齢は変わらないのかもしれねぇ。
     それにしてもあまりにも静かすぎる。作りものかと見間違う容姿の出来も相まって、本当に機械みたい……というか生きてないみたいだ。
    「……ソウエン?」
     一度想像してしまうと不安になってしまって、つい控えめに呼びかけてみたりした。それでも起きないソウエンに手を伸ばして、揃えられている指をチョンと触ってみる。すると嫌な違和感を感じた。それは指先を握り、手を握ってみると更にはっきりとしていく。
     そうか、あまりにも手が冷たすぎるんだ。
     驚いて両手で手を取ってみるが、気のせいなんかじゃなかった。ソウエンの手は人間の体温にしてはあまりに冷たく、柔らかさがなくなっていた。末端が冷えやすい体質だという仲間の手を温めてやった時とも違う、根本的な問題があるような冷たさだ。
     この感触を、オレは経験したことがあった。強く握りしめているのに、徐々に冷たくなっていく手のひら。力なく垂れる腕を伝う赤。オレの目の前で失った、大切な……。
    「ソウエン!!」
     大声で呼びかけながら身を乗り出し、さっき自分で被せた毛布を剥ぎ取ってソウエンの胸に耳を当てる。オレ自身の荒い呼吸音が邪魔をしているからか、心臓の音が聞こえない。舌を打ち、シャツをボタンごと無理やり引きちぎって開けてもう一度耳を澄ますが、ダメだった。改造だとかなんだとかされてるせいで人外じみたことをしてくる奴だが、心臓が止まって良いなんてこと流石にあるわけがない。つまり今は非常事態だ。まさか、死んでしまったのか。こんなに突然、どうして。せっかくわかり合えて、これから手と手を取り合って共に平和を目指していけると思ったのに。
    「ソウエン! しっかりしろ! おいソウエン!!」
     必死に肩を掴んで揺さぶってもガクンガクンと頭が揺れるだけだった。いくら一時は恨みを向けて倒そうとしたからといって、こんな別れなんて望んでいない。もうソウエンはオレにとって仲間で、大事な奴なんだ。やっと、願い続けた想いが通じたばかりなのに。まだなにも、アンタのことを知らないままなのに!
    「どうして……!」
     オレが悪かったのだろうか。ハピネスの奴らに改造されて管理されていたソウエンを、何の準備もできていない所へいきなり連れ出してしまったから。不調をきたしたのか、そもそも奴らの管理下でしかうまく生きられねぇ身体になっていたのかも。でもきっと、それならそうとソウエンは最初に言って着いて来るのをやめたはずだ。それなら、なんでこんなことに。
     医療班を呼んでこないといけないとわかっていても、冷たい身体を抱きしめたまま動けなかった。抜け出せないパニックと悲しみの最中、そんなオレの背中に何かが触れて服を掴まれる感覚がする。埋めていた顔を上げると、そこには怪訝な顔をしたソウエンがいた。しっかりと、目を開けて。
    「……なんだ」
    「はあ!?」
    「煩い。静かに……」
     今度はオレの方が心臓が止まるんじゃねぇかと思うくらいビックリした。だって死んじまったと思ってたのにソウエンは普通に目を覚ましたし、平常運転で嫌な顔してこっちを見てくる。苦しそうだとか、死にそうだとかは一切無しだ。
     安心と焦りと心配がごちゃ混ぜになって息を震わせていると、なんだか目が潤んできて決壊しそうになり慌てて顔を伏せる。視界がぼやけてあまり正確にはわからなかったが、小言を言っていたソウエンがそんなオレを見てちょっとだけ驚いたように口を噤んだのは感じた。きっと表情は何一つ変わっていなかっただろうけれど。
    「なにがあった。緊急事態か」
    「ソウエン、アンタ……生きてるよな……?」
    「は? 何を言っている」
    「手ぇ冷てぇし……心臓の音聞こえねぇし……死んじまったのかと……」
     勢い余ってもう一度ソウエンの胸に顔を埋め、ひっくり返りそうな呼吸の中で必死に少しずつ胸中の不安を言葉にして溢す。そんなオレの背中を掴んで引き剥がそうとしていた手は、いつの間にか添えられるだけとなっていた。静寂に包まれ、その中でオレが鼻を啜る音とソウエンの心臓の音が聞こえてくる。身体も少しずつではあるが、温かくなっている気がした。
    「……コールドスリープの後遺症だ。人よりも体温が低く、就寝時は特に低体温となる」
    「それ、大丈夫なのかよ……」
    「ハピネスの本部にいた時は専用のカプセルで、就寝時においての適切な体温を管理されていた。だが俺自身の本体にも、血管を温めて発汗や脈動のサポートをしたり、内臓の働きを最低限保つ為のパーツは備わっている。1、2時間程度の短時間の睡眠なら問題ない」
    「2時間!? それってもしかして、これまでちゃんと眠れてなかったんじゃねぇか!?」
     なんでもないようにソウエンから初めて聞いた彼自身のことに、思わず驚きを通り越して引いた。ハピネスAIに目覚めさせられ改造までされて、完全無欠のサイボーグになったのかと思っていたのに、まさかそんな生物として致命的な問題を抱えていたなんて。
     ハピネスのことは大嫌いだが、今この世界で最も先進的な技術を持っているのは確かだ。それはメカニックの分野でも、医療でも同じ。そんな奴らでもソウエンの後遺症とかいうやつを完全に回復させることはできずに、改造パーツやらカプセルとやらに頼らざるを得なかった。ということは、相当この問題は根深いんだろう。だとしても、眠れるのが僅か2時間なんて。
    「細かな仮眠を繰り返していた。大きな支障はまだ無い」
    「だからどこでもいいから早く寝たいって態度で……おい。ちょっと待て! そんな身体なのに倉庫で寝ようとしてやがったのか!?」
    「だから! ……短時間なら問題無いはずだ。今までもそうだった」 
     ソウエンはそんな体質にも関わらず、オレが止めなかったら人が暮らすことなんて度外視で作られた冷たい倉庫で眠るつもりだったんだ。それに気付いて肝が冷えた。そんなの側から見れば自殺行為でしかない。いくら短時間だろうが何だろうが、危なすぎる。
    「問題ないわけあるかよ! この部屋ですらアンタ全然起きなかったんだぞ!」
    「意識レベルが一時的に落ちていただけだ」
    「だけ、じゃねぇ! それが問題なんだ! なんでわかんねぇんだよ!」
     心配が怒りに変わって、ソウエンの態度にも腹が立つ。しかし怒号を浴びせてしまったところで、珍しく彼の反論の声が揺らいで小さくなったのがわかりハッとした。眼前のソウエンは目を伏せて僅かに俯いている。
    「……何故そんなにお前が怒る。俺に何かあったところで、このレジスタンス軍に大きな影響は無いはずだ。それとも俺が死ぬと……、……捕虜が死ぬと、都合が悪いか」
     表情は変わらない。それでも、今は少しコイツの考えていることがわかった気がした。
    「ふー……、……急に怒鳴って悪かったよ。ただオレは、アンタの身が心配だっただけなんだ。捕虜なんかじゃねぇ、仲間として。……当然だろ?」
    「理解しかねる」
    「ソウエンの生まれた時代じゃ、仲間ってそうじゃなかったのかよ」
     できる限り、寄り添ってやりたくて聞いたつもりだった。顔を上げた彼と目が合うと、酷く苦しそうな目をしている気がする。それを見ていて悪いと思うと同時に、ちょっと安心した。やっぱりコイツだってれっきとした血の通った人間だ。
    「……まあ、なんでもいいけどよ。ここじゃ、仲間ってのはそういうモンだ。だからちゃんとアンタのことも教えてくれよ、ソウエン」
     先に言っとくが、これはハピネスについての情報を寄越せって言ってるんじゃねぇ。アンタの生きてきた時代のこととか、コールドスリープしてた理由とか。そんなたいそうなのじゃなくて、好きな食べ物や楽しみにしてたこと、欲しいものだっていいんだ。なんでも教えてくれ。でも、今回みたいな命に関わることや生きていくのに必要なことは真っ先に相談してくれよ。
    「なんせオレたちはアンタの恐ろしいところは身に沁みて知っていても、弱いところはまだまだ知らないんだからさ」
     一生懸命に、少しでもいいから伝わるようにオレにしちゃ丁寧に優しくゆっくり話した。ソウエンは予想通り無表情のままだったが、それでもずっと目を見ていてくれたから、きっとオレの想いはわかってくれたと思う。その証拠に、彼は「わかった」と小さく溢して僅かに目を細めた。
    「……話せば、長くなる。また日中に話そう」
    「ああ!」
    また一歩近づいて心を開いてくれたようで、嬉しくなって笑いかける。すると呆れたような吐息を漏らして、ソウエンはわかりやすく嫌そうな顔を見せた。というか、困ってるみたいな感じだ。
    「で、いつまでそうしているつもりなんだ」
    「へ?」
     ギュウと背中に回された手にまた無理やり引っ張られて今度こそ距離が離れる。それでやっと気が付いた。今まで必死だったから目の前のソウエンの様子や体調しか目がいっていなかったが、いつの間にかオレは彼のことを剥いて抱きしめて、更には結果的にずっと自分の腕の中に閉じ込めたまま話していたのだ。
     一度気付いてしまうと慣れない距離感にも、ソウエンの見慣れない肌面積の多さにも申し訳なさととんでもない恥ずかしさが湧き上がってくる。慌てて飛び退き謝罪と言い訳を言おうにも口をパクパクさせることしかできなかった。
    「……!? …………!!」
    「ボタンも取れているが、まさか外し方がわからなかったのか?」
    「そんなわけあるかっ! う……でも、その、わりぃ。それは、焦っちまって……」
    「ボタンさえ見つかれば直し方はわかる。だが、それまでこれを着ているわけにはいかない。お前の服を貸せ。サイズは明らかに小さくて不充分だとは思うが」
    「一言、余計なんだよなぁ……!」


     
     ソウエンはそれ以降、オレに少しずつ自らのことを語ってくれた。彼の見てきた世界はオレたちとは似ているようで全く違って、それでいて本質的にはほとんど変わっていなかった。人と人との繋がりが必須で、当たり前だった時代。それによって巻き起こった数々の、欲望と欲望のぶつかり合い。その諍いは段々と規模を大きくして、戦乱と犠牲を引き起こした。ソウエンは時折また苦しそうにしながらも知らないことをたくさん教えてくれる。
    「あの悲劇を二度と繰り返してはならない」と。彼は危うさを残した哀しい瞳で言っていた。
     そうやって聞かせてくれているソウエンの話だったが、明らかに彼はオレと2人きりの時を選んで話していた。それを無断で部隊長に伝えてしまうのはなんとなく気が引けて、しばらくは報告を控えていたのだが……そのことが本人にバレると「情報も武器の一つだ。きちんと共有しろ」と呆れ気味に言われてしまった為、それからは全部報告するようにしている。オレはソウエンを思って黙ってたのにあの野郎、自分だって報連相しなかったくせにどの口が説教していやがる。
     しかしまあ、報告の成果もあってかソウエンはこの前線拠点の中で少しずつ認められるようになった。今ではもう自らの身を守る為のナイフ程度は携帯が許可されており、体術や射撃、作戦についての意見を仰ぐ者もいるくらいだ。彼は最初こそ僅かに戸惑って見えたが、もうすっかり馴染んで容赦のない指導に励んでいる。はっきりと具体的に指摘し、問題点を提示してくれるのはみんな助かるらしい。
     理解を得られたのは能力や信用だけではない。特殊な体質だと判明したソウエンにはすぐ、比較的分厚い毛布が2枚と希少なウールの羽織りが支給してもらえた。うちにしてはかなりの優遇措置だ。
     しかし、重そうに見えた症状がそれで改善されるかはわからない。心配で、次の日の夜は一晩中彼の様子を見守っていたが、6時間ほど経ってからソウエンは少し身体を動かしにくそうにしながらも無事に目を覚ましていた。これからは睡眠を取ることができそうだと珍しく嬉しそうに見えたのも記憶に新しい。
    「……」
     じゃあどうして今、「添い寝」だなんて仲間ともしねぇことをしているのかって? それはオレも馬鹿だと思ってるよ。
     頭の中ではもちろん、ソウエンは毛布2枚とウールがあればもう大丈夫だということはわかっている。それでも夜になって死体のように眠っている彼を見ると、手のひらにあの時の冷たい肌の感触が蘇ってオレの方が眠れなくなってしまうようになった。これじゃマズいと悩んだ末、こっそり彼の手を握ってみたが以前よりも改善されているとはいえまだまだ冷たい。安心できるどころか、不安も解消されずにモヤモヤが増すだけだった。
     でも、手を握ったまま時々揉んでみたりなんかもして時間を過ごしていると、ふと気付いた時にはオレの体温が移ったのかソウエンの手が温まっていたんだ。その翌朝には、彼はいつもより早く着替えを済ませていた。多分、意味があったんだと思う。
     だから、こうして引っ付いて寝てるんだ。他意はねぇ。必ずソウエンが眠ってから彼の毛布に潜り込むし、目覚める前に抜け出して自分の毛布に帰っているからまだ誰にもバレていない。だから大丈夫なんだ! なんて、誰に向けてかもわからない言い訳をしている時点で後めたいと思っているのは事実で、なんだかはしたない気がしているのも否定できなかった。
     それでも正直、心地良くてやめられずにいるんだ。自分の体温で暖めてやったソウエンから、じんわりと微かな温もりを感じるのが幸せだった。人の温度ってとてもリラックスできるんだと初めて知った。なのに心臓はドキドキしている。それすらどうしてか悪くなくて、いつも最初は毛布の中で背を向けていてもいつの間にかソウエンの方を向いて彼の手を握っていた。 
     古傷だらけの大きな手だ。細長い指にはいくつかの金属パーツも付いている。でもこの手が嫌いじゃなかった。どうしてだろうな? ソウエンもよく自分で言っているが、この手は決して綺麗なものではないし、それどころかたくさんの罪なき命を奪った憎むべき手だ。なのにどうして、オレはこんなに彼のことを……。
    「……おまえ」
    「うお! ソ、ウエン……!」
     突然聞こえてきた声に、ただでさえ高鳴っていた心臓が飛び跳ねた。いつの間にか薄らと目を開けたソウエンが、こっちを見ている。これは、マズい。考え込んでいたからか、目の前の男が目を覚ますのに気がつけなかった。
     どうしよう、そもそもこんな真夜中に起きてきたのは初めてだし、よりにもよって本人に見つかっちまうなんて。絶対嫌がられて怒られる。一発後頭部殴ってやったら意識と記憶が飛んでくれねぇかな。一縷の望みにかけて密かに狙いを定めたが、予想に反してソウエンはそれ以上何も言わずにジッと無表情で見てくるだけだった。
    「あ……ごめん……間違えた」
    「……」
     何をどう間違えたんだ、なんて自分にツッコミながらちょっとずつ身を引く。そーっと手を離そうとしたが、気付かれてしまったのかソウエンは少しだけ眉をひそめてオレを引き止めた。彼の方から手を握られるのは初めてで、どうしてこんなことするのかもわからずに頭の中がぐちゃぐちゃになり、鼓動が痛いくらいに主張する。
    「ソウエン……!?」
    「…………感謝する」
     夜の静寂の中に溶けていってしまいそうな、微かな声でぽつぽつとソウエンは呟く。聞き取りにくくて顔を近づけると、彼は吐息だけで少し笑ったような気がした。ゆるゆると弱く、毛布の中で手が繰り返し握られる。
    「ここ、数日……起床時の不調が、軽減されていた。……お前が温めて、くれていたんだな」
    「お……おう、勝手なことしてわりぃ」
    「構わない。だが……どうして、行ってしまうんだ?」
     ソウエンがあまりに自然に、何も変わらない顔をして言うものだから、一瞬言葉の意味がわからなかった。行く、ってどこへ? オレはどこにも行かねぇぞ。そんな思考が読まれたのか、一際強く手を握られてやっと察する。
    「…………朝まで、ここにいてくれ」
     素直で我儘な要求を、初めてソウエンの口から聞いた。
     何も言えずにいると、彼は「フェルノ」と初めてオレの名前を呼んだ。思うように動かない身体で辛うじて頷き返事をすると、ソウエンはそれを確認してからゆっくりと瞼を閉じて眠りに戻る。相変わらず呼吸音も身動きも感じ取れないのに、さっきまで死んでいるみたいだと思っていた表情が今は違って見えるのはどうしてだろう。
     作りものみたいに綺麗だ。それでも、ちゃんと、生きている。だって手が温かい。いや、オレがぽかぽかしてるだけなのかも。顔から指の先まで全部熱い。それは戦闘中に拳を交えていた時と似ていたけれど、それよりもずっと穏やかなのに胸の中心をぎゅーっと締め付けられるような。これまで生きてきて、こんなこと初めてだった。
    「なん、なんだよ…………」
     オレは余計に寝れなくなっちまったってのに、安眠してやがるソウエンが憎い。オレばっかりこんなの不公平だ。悔しくて軽く頭突きをしてやると、彼からは微かにオイルと煙っぽい匂いがした。
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    Replies from the creator

    マサよし

    REHABILI朱玄SS
    ※つべで見た「デザートは私」って言ってみた、みたいなショート動画の言われた彼氏側が可愛かったので朱玄で妄想したやつ
    ※玄が積極的
    デザートは別腹 空になった皿が7枚。8枚目が重ねられるのを見ながら、食後のコーヒーに口をつける。「今日泊まるホテルの夕食はビュッフェ形式ですよ!」と目を輝かせた無邪気な番長さんから事前に聞いた俺たちは、存分に仕事で腹を空かせてからビュッフェに臨んでいた。
     なかなか豪華な食事を満喫して俺はもう充分なくらい腹いっぱいになったのだが、目の前の相棒はここぞとばかりにスイーツやフルーツを取りに行っている。こっちが小さいチーズケーキとオレンジ2切れを食い終わる間に3皿は平らげている勢いだ。
    「んん〜! こっちもうまいぜ!」
    「相変わらずよく食うな」
    「だって飯もデザートもすっげえうまいしよ! なあなあ玄武、これ食ったか!?」
     口の端にクリームをつけて、幸せそうな笑顔の朱雀が微笑ましい。モンブランのようなミニケーキの残り半分にフォークを突き刺して差し出してくるので、大人しく口を開けてテーブルに身を乗り出した。朱雀は時々こうやって俺の好きそうなものを食べさせてくる。きっと感想を共有したいんだろう。
    1923

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