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    マサよし

    @Masayoshi_sP

    書きまくって練習する場所

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    マサよし

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    劉爽と応然と梓洋の日常と、劉爽と応然と珀瑛の思い出の話

    髪結い「ほら、これでいいのか?」
    編み上げた若葉色の髪を肩から前へ流してやると、呑気に鼻歌を歌っていた珀瑛は「ん!」と元気に答えた。良い返事だが、ちゃんと出来の確認をしてから返事をしてほしい。
    「お、いい感じ」
    「全く、髪ぐらい自分でまとめろよ」
    「お前の方がパパッと編んでくれるからいいだろー?」
    「俺の方が手先が器用なのは認める。けど、自分で編めるなら自分でやれってことだ」
    「そ、そんなの当然俺だって器用だし!自分でできるけど!?応然にやってもらったほうが……こう、綺麗にできるし、早いし……ほら!こっちも!編んでくれ!」
    「はぁ」
    珀瑛のことだ。本人の言うようにやろうと思えばできるだろうが、自分で髪を整える事すら面倒なのだろう。それなら俺と同じように一つで括ってしまえば楽なのに、何のこだわりか後ろ髪と前髪の一部を編みたがる。「ん!」と今度は正面から頭をグイグイ押し付けられて、仕方なく前髪を一房手に取った。
    「いつもと同じでいいな。もう、明日は自分でやれよ」
    断らない俺も俺だが、どうにもこの人懐こい笑顔で喜ばれると満更でもなく思えてしまう。珀瑛の狡いところだとも思うから口に出しはしないが、少しだけ悔しい気もした。
    「ありがとな、応然」
    手早く三つ編みにして、赤い紐で結んでやる。その間満足そうに笑う珀瑛は曖昧な返事をしていて、どうせ明日も明後日もわざわざ俺に編ませるんだろうなと思った。

    当たり前のように、それを繰り返すのだろうと思っていた。

    「応然様?」
    ハッと、手が止まっていた事に気付く。指に絡ませているのは先まで触っていたはずのものとは違い、亜麻色で柔らかい髪質の毛だった。呼び掛けてくれた梓洋の声に遅れて反応しながら、手の中の髪を括り丸くまとめる。劉爽様に貰ったというお気に入りの髪飾りも付けてやれば、見慣れたいつもの髪型の完成だ。
    「ありがとうございます、応然様!」
    「……ああ」
    膝の上に座っていた梓洋は軽く頭を振って崩れない事を確認してから満面の笑みを浮かべてこちらを見上げた。まだ幼いながら宮殿で族長を支えるこの子は、ここで勤める者の中で一二を争うほど身なりに気を遣っているらしい。綺麗に髪を結ってもらう度、心底嬉しそうな顔をするのが可愛らしくも思う。
    今日もその笑顔を見せてくれた梓洋だが、俺を見るなり大きな目をさらに輝かせた。いや、正しくは俺よりも後ろを見ているようだ。そこでやっと背後の気配に気付き、梓洋と同じように振り返ってその人物を見上げる。
    「劉爽様?……これは」
    「なかなか気付かないものだから、このまま編んでしてしまおうかと思っていたよ」
    穏やかな声色でそう言った劉爽様は、わざわざ背中を丸めて俺の頭を何やら触っていたようだった。振り向いた時に違和感を覚え、手をやってみると長い髪は頭の上の方で一纏めにされている。懐かしさと共に、これを違和感と感じるほどの年月が経ったのかと実感もした。
    「お似合いです、応然様っ!」
    「ありがとう。……しかし、久々に結ぶと重く感じます」
    「あの頃はいつもこうしていたのにね。今も似合っているよ、応然」
    「恐縮です」
    昔を懐かしむように劉爽様は結った髪を手櫛で梳かれるので、大人しく座ったまま前を向き直した。まだ膝の上にいる梓洋と背後の劉爽様に挟まれて身動きが取れない。その上、二人は俺越しに俺の過去についてをやけに楽しそうに話しており、どう反応すれば良いのかも分からず座椅子代わりとして徹することしかできなかった。
    「昔の応然様は髪を結んでいたのですか?」
    「そうだよ。一時期色んな髪型を試していたと思うけど……結局は一つ結びが落ち着いたみたいだ」
    「へぇ……!だから応然様は髪を結うのがお上手なのですねっ!応然様に結ってもらうと、ずっと綺麗なままなんです!髪を触る時も丁寧で、優しくしてくれるから気持ちよくって」
    「私も人から聞いたことがある。『人に髪を編んでもらっていると、なんだか心が暖かくなって幸せな気持ちになれる』とね」
    「……劉帆様のお言葉ですか」
    劉爽様の過去に思いを馳せる少しだけ寂しそうな言葉を聞いて、口を挟むと彼は柔らかく笑い声を溢した。人から長い髪についての話を聞いたとあらば、やはりはじめに思い浮かんだのは劉爽様の実兄であり先代族長であられる劉帆様だった。何度か朝方、劉帆様の髪を崔亮様が結んでいる様子を見たことがある。あの時の二人の間には、当時の俺でも分かるほど親密な絆のような何かを感じたものだ。劉帆様が「幸せ」と言い表すのも頷ける。
    「ふふ、応然には言えないな。彼に『応然だけには絶対絶対言わないでくださいね!』って、随分と熱心に言われてしまったから」
    「……?俺には?」
    しかし納得できた予想とは違っていたらしく、劉爽様は可笑しそうにクスクス笑い出す。無邪気にも思えるその笑い顔は彼にしては珍しくも、既視感を感じる。どのような時にこの表情を見ていただろうかと記憶を辿った。
    ……俺たちの勝負を見守っていた時、か?
    そもそも、劉爽様のお言葉が何者かから聞いた話と一言一句違わないとすれば、ある程度その口振から絞られる。彼の周りで騒がしそうに俺を「応然」と呼ぶ者なんて、今は居ない。ただ一人を除いて思い浮かばないのだから。
    「竜人族は頭髪を長く伸ばす者が多い。髪を結う、手入れをさせる、それも我々なりの一つの愛の形なのかもしれないね。彼の言葉を聞いて、そう思わされたよ」
    「……心が暖かく、幸せに……」
    珀瑛。
    お前、そんな理由でずっと俺に髪を触らせていたのか。編むのが面倒だとか、他人にやらせた方が綺麗にできるからだとか、そんな理由じゃなくて?髪を編んでもらうことに幸せを感じていた、と?
    「……そうなのか」
    自分の顔が緩んでいることにすぐさま気付き、手をやって覆い隠す。しかしまあ、全くと言っていいほどに表情が取り繕えない。きっと中途半端に変な顔をしているであろう俺を見て、劉爽様はまたくすぐったそうに無垢な笑みを溢されていた。
    「僕も編んでみていい?応然」
    「……お手すきであれば、是非」
    「珀瑛みたいにしていい?」
    「お任せします」
    頭を前に向けたまま瞼を閉じると、確かに髪から伝わってくるものには色々と感じるところがあった。髪が解かれ、広がった髪を頭の形に沿って撫でられる指先の感覚。後ろ髪を梳かれると僅かに引っ張られる感覚。慎重に、丁寧に他者へと触れる、優しい劉爽様らしい手つき。
    ただ与えられるだけの純粋な優しさは記憶を断片的に呼び覚ました。俺たちが今の梓洋よりも幼かった頃。まだ、大人に身なりを整えてもらっていた頃。まだたどたどしい足取りながらもずっと三人で手を繋ぎ、一緒に歩みを進めていた、あの頃の暖かさに似ている。
    「……梓洋。お茶を淹れてきてくれるか」
    「わかりました」
    聞こえた声に開眼すると涙の雫が一滴、先まで梓洋が座っていた膝の上に落ちた。
    「……素直に言えば、もっと懇ろにしてやったのに」
    「ちゃんと伝わっていたと思うよ。だから彼は何度でも我儘を言えたのだろうからね」
    呆れ笑いに近しい微笑みに混ぜて溢した声の色は、存外暗くなってしまった。が、劉爽様は髪の束を掬うように俺の言葉を慎重に気遣って掬い上げてくださる。やはりこの御方はどこまでも、きっと誰よりも同胞への愛情が深い。
    「それに応然の髪結いは優しく丁寧で気持ちいいと梓洋も言っていたじゃないか。僕は彼から話を聞いた当時から……二人が羨ましい、とも思っていたくらいだよ」
    だから僕に今、この髪を触らせてくれていることが嬉しい、と。劉爽様は仰ると、梓洋の為に用意してそこらに置き去りにされたままになっていた赤色の紐で、編んだ髪を括って止めた。いつもよりすっきりとした後ろ髪に違和感はあるが、仕上がりは完璧。右肩から前へと流して揃った編み目を撫でる。
    「少し緩い?」
    「いえ……ありがとうございます、劉爽様。年長者に髪を結ってもらっていた頃と、受けていた暖かさを感じました。……俺にも、その言葉の意味がわかりました」
    「そうか」
    安心した表情の劉爽様に一礼すると、髪の束が揺れた。ただの三つ編みにされた自分の髪なのに、特別に、愛おしく感じる気がする。それは、劉爽様や同族の幸せの為にと考えていたせいで暫く忘れていた、自分だけの幸せを思い出したようでもあった。
    「……交換条件として俺の髪をやらせればよかったな」
    「ふふ。代わりに僕が応然の髪を触ったから、彼には僕の髪を触ってもらおうかな。生憎、結んだり編んだりできる長さじゃないけれど……花の油で手入れを続けているから、それをしてもらおう」
    「名案です。劉爽様になら手荒にもしないでしょう」
    いつかのように、二人だけでこっそり笑っていると本当にあの時に戻ったみたいだ。こうしていると、珀瑛の奴は何かを企んでいると思って、「なに二人だけで笑ってるんですかー」と少し拗ねながら俺たちの間に割って入って……。
    「やりますっ!ぼく、劉爽様のお髪のお手入れ!」
    代わりに割って入ったのは、茶器の一式を盆に乗せていつの間にか戻っていた梓洋だった。話の一部を聞いていたのか、自分の出番かと頬を薄紅に染めて瞳を輝かせている。その子を見て俺たちは顔を見合わせるとまたくすりと笑みを一つ溢し、そして族長と参謀としての姿へと戻った。
    「ああ、今は梓洋にお願いするよ」
    「手入れから覚えて、髪を触るのに慣れることだ。繰り返し覚えれば、いずれはその髪も一人で整えられるようになる」
    「はいっ!……でも、できるようになっても時々でいいので、応然様に結ってもらいたいです」
    「できるようになった後のことは、自分で身につけてからまた考えるように。……どうしてもと言うのなら応じよう」
    「はぁい」

    敬愛、親愛、永い時によっても普遍的な愛。様々な想いを伝える愛情表現の一つとして髪結いが竜人族の間で広まったことを、花の油を土産に彼の眠る場所へと伝えに行ったのは、それから数十年後のこと。
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