デザートは別腹 空になった皿が7枚。8枚目が重ねられるのを見ながら、食後のコーヒーに口をつける。「今日泊まるホテルの夕食はビュッフェ形式ですよ!」と目を輝かせた無邪気な番長さんから事前に聞いた俺たちは、存分に仕事で腹を空かせてからビュッフェに臨んでいた。
なかなか豪華な食事を満喫して俺はもう充分なくらい腹いっぱいになったのだが、目の前の相棒はここぞとばかりにスイーツやフルーツを取りに行っている。こっちが小さいチーズケーキとオレンジ2切れを食い終わる間に3皿は平らげている勢いだ。
「んん〜! こっちもうまいぜ!」
「相変わらずよく食うな」
「だって飯もデザートもすっげえうまいしよ! なあなあ玄武、これ食ったか!?」
口の端にクリームをつけて、幸せそうな笑顔の朱雀が微笑ましい。モンブランのようなミニケーキの残り半分にフォークを突き刺して差し出してくるので、大人しく口を開けてテーブルに身を乗り出した。朱雀は時々こうやって俺の好きそうなものを食べさせてくる。きっと感想を共有したいんだろう。
「ん、芋か。自然な甘さに近くていいな」
「な! これ玄武好きだと思ったんだ」
ファンだけでなく事務所の仲間や番長さんも朱雀をカワイイカワイイと言うことがあるが、気の抜けた幸せ全開の顔で笑うこの感じは確かにまあカワイイ一面だと思う。甘やかしたくなるっつうか、素直にこのまま幸せそうにしていてほしいっつうか。
「……玄武、どうしよう」
「なんだ?」
「もう一回取ってこようか迷ってる」
ニヤけた面で何を言うかと思えば。いや、ちょっと待て。割と大盛りでサラダ和洋中カレーと4皿いった後にデザートで4皿稼いでいるのに、まだ食うつもりか。
穏やかに見守っていた頭も急激に冷めて、怪訝な顔になったのを朱雀も感じ取ったらしい。そそくさと席を立って行こうとするので、ため息混じりに飲み終えちまったカップを置いた。
「あ、あと一回だけ……」
「さっき全部制覇したってドヤ顔で言ってたじゃねぇか」
「気に入ったのもう一回食いたいだろお?」
ミニパンケーキとプリンタルトとチーズケーキと、なんて思い出しながら指を折っているが、明らかに両手で足りる種類数ではない。そろそろ部屋に帰れるかと思っていたのに、これに付き合っていちゃ長くなりそうだ。
せっかく準備だってしてあるってのに。
「……はあ。まあビュッフェだから好きにすりゃ良いが、部屋にも特別なデザートが用意してあるんだぜ?」
「えっ」
「だから食いすぎるんじゃねぇぞ」
サプライズのつもりで勝手に企てていたことだから宣言するつもりはなかったのだが、作戦変更だ。予想通り食いついてきた朱雀は嬉しそうに戻ってきた。
「特別なデザートってなんだ!?」
「……」
向かいの席まで座りに戻る時間を惜しむほど気になるのか、横から覗き込んできた笑顔に怯んで視線を逸らす。余計な期待をさせてしまっただろうか。自信がなくなってきたが、言い出してしまったのだから仕方ない。わくわく、と体でも表現するかのように跳ねている朱雀をジッと見つめ返した。
「俺だ」
「……は?」
「デザートは、俺」
平静を装いながら淡々と告げると、朱雀は理解できていないようで目をパチクリとさせている。しかも小さく「玄武がデザート?」なんて復唱してくるものだから、気まずい。
こうなるかもと予想はしていたが、いざその反応をされると恥ずかしくなってくるぜ、相棒。さっさと察してくれ。
ダメ押しで腰に片手をやって視線を引きつけ、そのままウエストに指を引っ掛けて無理やり下にズラして見せる。すると朱雀はギョッとしたかと思えばみるみるうちに顔を赤くして、何か言葉にならないことを言いながら飛びついてきた。ズボンを引き上げて隠そうとしてくる勢いと力がすごい。
「ななななんだその、紐みてぇな……!」
「今夜のデザートだ」
「なっ、おまえ、そういう……!?」
「まだ食えるか?」
すざく、と。名前を呼ぶ前に、密かに指を絡ませていた手を引っ張られて立ち上がる。握力と腕を引く強さから察するにあまり余裕がないようで、遠慮のなさに少しだけ嬉しくなった。
耳まで真っ赤。手は熱く、既に汗が流れているのも見える。それなのに俺を見上げてきた目は獲物を定めたかのようにギラついていて、もう可愛さの一欠片も感じない。
このままじゃ何も残らなくなるくらい食い尽くされてしまいそうだ。じわり、と早る気持ちにつられて口角を上げる。すると朱雀もこれまでとは全く違った、俺にだけの笑みを浮かべた。
「部屋。早く行こうぜ」
「あと一回、じゃなかったのか?」
「もう他の食っても味しねぇよ」