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    mimuramumi

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    mimuramumi

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    影さんが大破して星さんがぐっちゃりなる話

     シャドーマンが大破した。

     彼はその時、某国の軍事基地で秘密裏に行われている化学実験のデータ収集と、実験施設の破壊という重要任務に就いていた。というのも、その実験の一部設備にかつてワイリー博士が資材の提供と引き換えに差し出したシステムが利用されていたのだ。作戦の基幹となるシステムと比べればほんの些細なものではあったが、現在の某国軍部は様々な事情で崩壊の危機にある。万が一この秘密の実験施設が暴かれ、そして技術提供者にワイリー博士が含まれていると明らかになれば、なかなか面倒なことになる。そういうわけで先に潰してしまおうというのが任務の目的であった。

     内容が内容であることもあり、任務にあたっては相当に「ガチ」な布陣が組まれた。破壊工作に長けたサーズと強襲制圧に長けたセブンスを中心に、他ナンバーズからも適正技能持ちを選出して組んだ部隊が事にあたる。シャドーマンは、その中でも要となる実験施設への突入部隊に編成されていた。
     サーチスネークを先行させて施設のマッピングを行っていたスネークマンのナビゲートを受け、部隊は順調に作戦を進めていた。異常事態が発生したのは施設の中枢部に辿り着き、破壊の前準備として化学薬品の無害化を試みていた時だった。施設の起爆装置が発動したのである。
     自爆。隠蔽の手段としてはお約束ではあるが、こと今回に関しては大きな危機だった──なにせ化学薬品が爆発に巻き込まれて飛散すれば、尋常ではない被害を生む。

     結果としては、施設の爆破は阻止できた。ただ完全にとはいかなかった。グラビティーマンとシェードマンが制御システムを掌握して装置を無力化したのだが、システムに繋がっていない爆弾もいくつか仕掛けられていたのだ。シャドーマンはその処理を請け負い、ひとり制御室を飛び出していった。
     それから数分。バーストマンが薬品の無害化をほぼ終えたのと、シャドーマンが「衝撃に備えろ」と通信を飛ばしてきたのとはほぼ同時だった。ストーンマンが機体を再構成して防御を固めた瞬間に、爆発音が響いた。建物が崩れる。

     ストーンマンと彼に隠れて崩落を凌いだ三機とは、間もなく陽動担当の別働隊に救出された。シャドーマンも少し経ってから見つかった。下半身を失った状態で、瓦礫の下に埋まっていた。
     高威力の爆発に至近距離で巻き込まれたらしく、腰から下はほとんどが破片と化して散らばっていた。残った上半身も装甲は大きく吹き飛ばされていた。もし救難信号を受信できていなければ、それをシャドーマンだと判断するのは不可能だっただろう。
     半ば素体のこびりついた内骨格といった様相になったシャドーマンは、自身を引っ張り出したマグネットマンにノイズまみれの声で言う。こないだ仕入れたいちばん高い酒せっしゃにちょうだい。マグネットマンは弱々しい声で応えた。それ今する話じゃないよお。

     そういうわけで、今回の作戦は成功と引き換えに軽傷多数、大破一機という結果で幕を閉じた。
     シャドーマンの名誉のために付け加えておくと、彼が何か重大なミスをしたり、判断を間違ったりしたわけではない。むしろ爆弾の無力化が間に合わないと即座に判断し、施設の構造を解析して被害がもっとも小さくなる場所で爆発させた彼の判断は、あの場では最善といえるものであった。……そのために本人が機能停止寸前まで追い込まれてしまっては、どうしようもないのだが。



     さて、
     作戦の完了とその過程で発生した被害についての速報が基地に届いた時、それを聞いて愕然と立ち尽くしたロボットがいた。スターマンである。彼は基地に残って留守番を担っていたナンバーズの一体で、その時はちょうど次回の人工衛星保守任務に向けた作業計画を作成していたところだった。

     作戦は成功したが、シャドーマンが大破したと。そんな内容の通信を耳にして、スターマンは居ても立ってもいられなくなった。だがいられなくなったところで何ができるわけでもなかったので、意味もなく立ち上がり部屋の中を歩き回った。思考は散漫としてまとまらず、無性に頭の中とコアが熱くなる。彼は動揺していた。いつになく……ひょっとすると、生まれて初めてではないかというほどに。

     壊れたのだ。片割れが。自分は傷ひとつついていないのに。

     スターマンは混乱した。彼は元々シャドーマン──と、今は呼ばれているもの──と同じからだを共有していたので、どちらか一方だけが傷付くという状況をそもそも想定できていなかったのだ。脚が吹き飛ぶのも腕が千切れるのもすべて、ふたりで一緒に味わう。彼にとってはそれが当たり前のことだった。当たり前でなければならないことだった。
     聞くに、片割れの状態は相当ひどいという。なのになぜ今、自分は無事でここに立っているのだ? 破損するのも、動けなくなるほどに大破するのも、それはふたりとも同じタイミングであるべきだ。だって自分たちはひとつなのだから、そうでなければおかしい! 間違っている! 間違っているのなら正さなくてはならない!!

     混乱を超えてついに錯乱した彼は、言葉ひとつないままに特殊武器を展開して自らの右脚のつけ根にぶち当てた。関節の可動部を的確に破壊された脚は当然ちぎれる。バランスを崩して床に叩きつけられたその格好のまま、今度は左脚にバスターを向ける、その寸前で部屋に駆け込んできたナパームマンに取り押さえられた。

    「うわあーっ何やってるんだよお前!? おい! スター! やめろよお!」
    「放せッ……邪魔だ■■■! はやく壊さないとこんな紛い物!!」
    「えっ怖っ……ほんとに怖い! 誰か! 誰かーっ!!」

     よく分からないことを言って暴れる兄機を必死に止めるナパームマンは、真っ当に正気だった。悲鳴を聞いて駆けつけたチャージマンと二機がかりで苦闘し、彼は何とかスターマンの制圧に成功した。後に当時のことを振り返った彼はこう語る、「話の通じない怪物を相手にしているみたいだった」と。

     そんな話の通じない怪物は千切れた脚もろともすぐさま作業室へ運び込まれ、外部入力によりいくつかの機能を奪われた上で作業台に拘束された。本来なら博士の元で修理してもらうのだが、恐らくあちらも今は大破したシャドーマンの修理の準備に追われているところだろう。ただでさえ忙しい中、急に発狂して自壊しようとしたロボットの後始末を頼むわけにはいかない。

     そういうわけでスターマンは作業台の上でしばらく放置されることになった。完全に放置というわけではなく、たまにフィフスの面々が様子を見に現れては話しかけてきたが、その時のスターマンはまともに受け答えができる状態ではなかったので、まともではない受け答えをした。流石に許されないレベルの発言はしなかったと思うがちょっと自信がない。スターマン自身、そのあたりの記憶がかなり曖昧なのだ。

     唯一はっきり覚えているのはクリスタルマンとのやり取りである。彼はスターマンが作業台に横たわってから五時間三十二分が経過したところでやって来て、なんとも神妙な顔で声をかけてきた。

    「スター、一体どうしてしまったのですか」
    「どうもこうもないよクリスタル。むしろ今までがどうかしていて、それを直したかっただけだ」
    「……作戦部隊が帰ってくるのは日付が変わる頃になるそうです。申し訳ありませんが、それまではこのままでいてください」
    「ボクのこと占ってくれない?」

     唐突にそう言い出したスターマンを、クリスタルマンは驚いたように見た。それから顎に手を添えて、静かな声で応える。

    「また、カードを引けばいいのですか? 同じ結果が出たら、どうするのですか?」
    「意地悪。ボクに都合のいいこと言ってよ」
    「できません。見たものをあるがままに、真実をなすがままに伝えるのが占いです」

     小さく首を横に振って、クリスタルマンはスターマンに手を伸ばす。冷たい指先がアイカメラの縁を撫でた。涙でも拭うかのような動作だったが、スターマンに涙を流す機能は無いのでその動きの意図は不明だった。
     睨むように自身を見上げてくる兄機に、クリスタルマンは囁くように告げる。

    「あなたがそう教えてくれたのでしょう? スター」

     結局、スターマンが修理されたのは事が起こってから十四時間五十三分が経過したあとだった。脚は内部のコードと最低限の構造部のみ繋ぎ直し、残りは補強材で応急処置を施された。博士の手が空くまではこのままである。

     この頃にはスターマンもかなり落ち着きを取り戻していたので、任務帰り早々修理に駆り出されたグラビティーマンがブツブツ愚痴を吐きながら処置を進める様子を大人しく見守るくらいの余裕はあった。同じく任務帰りのジャイロマンも何やら怒りまくっていたがそちらは無視した。下手につついてもっと怒られるのも嫌なので。

    「……で、何が気に食わなかったわけ。ナパームからはいきかり部屋で暴れだしたって聞いたけど」

     こころなしかげっそりとしたように見えるグラビティーマンが訊ねてくる。スターマンは、少し考えてから答えた。

    「仕事してたら急にアイデンティティクライシスが発生して」
    「ほんとに急だね。自己同一性を見失うのは勝手だけどこういう手間が発生すると迷惑だからやめてよ」
    「善処しまあす」
    「お前やる気ないだろその返事……」
    「グラビティー、作戦はどうだった?」

     ジャイロマンのお叱りは華麗にスルーし、スターマンはそう訊ね返す。グラビティーマンは怪訝な顔で振り返って、それから心底面倒臭そうに口を開く。

    「どうって言われても、具体的に何が聞きたいのさ? 僕の担当箇所は問題なく完了した。主な成果は防衛システムの掌握と主要起爆装置の解除。報告はシェードマンが上げるから詳細はそっち見て」
    「そう」
    「……シャドーマンは別にミスをしたわけじゃない。あの場の最適解はあれだった。実際そこにいた僕の見解でしかないけどね」

     スターマンはグラビティーマンを見上げる。彼は既にモニターに視線を移していて、スターマンのことは見ていなかった。

     モニターには自身の機体の状態が表示されている。破損の影響で右脚を中心にエネルギーの循環効率が低下しているが、日常的な動作に支障が出る範囲ではない。脚の付け根に、少し痛みがある……だが痛覚回路は切らずに残しておこうと思った。いちおう、反省はしているので、その証として。
     そんなことを考えていると、なんの前触れもなく機体の拘束が外れた。驚いて顔を上げれば、グラビティーマンは視線をよこさないまま呟くように言う。

    「ナパームとチャージに謝っときなよ。こんなことで連携に支障が出たら困る」
    「うん。グラビティーも疲れてるのにごめん。ジャイロも」
    「……お前の考えていることはよく分からんが」

     怒りが通り過ぎてしまったのか、ジャイロマンの声には疲れが滲んでいる。スターマンをまっすぐに見つめながら彼は言う。

    「何か思い詰めているなら、誰かに言え。解決できるかは知らんが、こんなことをするよりはマシな筈だ」
    「……うん」

     ひとつ頷いて、スターマンは約十五時間ぶりに身を起こす。そのまま作業の片付けを手伝おうとしたがグラビティーマンに手を振って追い返す仕草をされた。邪魔なので出ていけの意である。ここで食い下がっても兄機ふたりの疲労を増やすだけである。
     スターマンはすごすご作業室を出た。さてこれからどうしようか、としばし思案したが、やはりナパームマンとチャージマンに詫びを入れるのが先だろうと決めて彼らの個室へ向かう。

     右脚の違和感を気にしつつ、ゆっくりと個室の並ぶ区画へ進んでいく。辺りは静かだ。大規模な任務の直後なので、多くのナンバーズがそちらの処理に追われたり休息を取ったりしていて騒ぐ暇などないのだろう。それにしても作戦中の詳しい状況が知りたい。参加していたナンバーズをあたるか、あるいは先にシェードマンが上げるという報告書に目を通しておかなければ。…………。

     ──片割れは正しく己の任務を果たしたという。

     まあ、当然だろう。あれは仕事に対しては真摯なのだ。元より自分たちはそういうものだ、小より大を、個より群を、自分の意志より軍勢の利益を。そんな戦い方が染みついている。今回も同じだろう。使える時間が少ない中であらゆるリスクとリターンとを秤にかけ、最も前者が少なくなる選択を取った、その結果がこうであるに違いない。

     だから腹が立つ。
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