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    Dom/Sub雨玄です。
     ※ Domが玄武くんで、Subが雨彦さん。
     ※ 雨玄だと言い張ります。(つまり人によっては玄雨ではないかと思えるもの)

    ##Dom/Sub雨玄

    Dom/Sub雨玄*前置き
     雨彦…Sub。尽くしたい、構ってほしいという欲求が強い。家にいるDomとプレイをすることでsubdropに陥らないように生活をしてきた。自分を曝け出すことに抵抗があるため、特定のパートナーを作れずにいる。黒野のことが好き。
     黒野…Dom。中学の頃に授業で習い、高校一年の時にDomだと分かった。事務所とプロデューサー、オヤジさん、朱雀には伝えてある。信頼が欲しいという欲求が強いらしいと、学校のテストで結果が出たらしい。Domとしての実感は薄い。





     その日は会った時から葛之葉の顔色が悪く、古論も北村も心配していた。葛之葉は大丈夫だ、寝不足なだけだと繰り返していたが、ついにはレッスン中に床に座り込んでしまった。トレーナーに軽く注意されレッスンを切り上げてもらい、葛之葉が心配する2人に訳を話そうか悩んでいると、古論が不躾ですが最後にケアをしてもらったのはいつですか? と尋ねてきた。体調が悪い理由に合点がいったのか、北村は眉間に皺を寄せる。
    「雨彦さん、パートナー見つけた方がいいんじゃないのー」
    「すまん、北村」
     古論も驚かせたなと言い、葛之葉は2人にミネラルウォーターを渡した。二人はミネラルウォーターを受け取り、互いに顔を見合わせる。
    「2人とも、タオルも持ってこようか」
    「お願いできますか、雨彦」
    「お願いしますー」
     葛之葉は首を縦に振り、ああ、任されたと言ってレッスン室の隅へ歩いていく。
    北村は彼が心なしか恍惚の表情を浮かべていることに気づいていた。隣に座っている古論の表情を窺えば、彼も何やら言いたげな表情で葛之葉の動きを目で追っている。
    「クリスさん、雨彦さんのことなんだけど」
    「ええ、私も何度か医療機関の受診を勧めています。以前はご家族にケアをしてもらっていたと聞いたのですが、最近はLegendersとしての仕事だけでなく我々個人の仕事も増えてきています。きっと時間が取れていないのではないでしょうか」
    「手っ取り早く僕やクリスさんって訳にはいかないんだよねー」
     古論ははいと頷いた。
    「その場しのぎのケアを無駄とは言い切れません。ですが、それを続けたところで雨彦はいつかsubdropに陥ってしまうでしょう」
    「でもクリスさん、病院に行くように言ったんでしょー?」
    「受診の自由は雨彦にありますから」
     古論は困ったように微笑んだ。北村は、葛之葉はきっと病院へ行っていないのではないかと考えた。ユニットを組んでそれなりに経った。葛之葉の人となりを正確に把握しているわけではないが、彼はきっとそうしているのではないかと思う。
     二人分のタオルを持って戻ってきた葛之葉に、雨彦さんのタオルはー? と訊ねれば、彼は意表をつかれたような表情をして一呼吸置いてから忘れたと応えた。
     これは重症だ。北村も古論も、そして葛之葉もそう思った。

     先日のこともあり、古論と北村からなるべく高い頻度でケアを頼める信頼できる人はいるかと聞かれた。すぐさま思い浮かんだのは、葛之葉が尊敬し恋心を抱いている黒野の姿だった。しかしDomかSubかも分からない未成年に切り出せる話題ではなく、自分の澱んだ恋心を出汁にしているようで尻込みしてしまう。
    「どなたか思い当たる方がいらっしゃるのですね」
    「ダメ元で頼んでみたらー? それも難しい人なのかな」
     葛之葉は2人の言葉に曖昧に微笑んだ。
    「悪いな、2人とも。Legendersの仕事には穴を開けないよう上手くやるつもりさ」
     葛之葉の言葉に北村は不服そうに声を漏らす。
    「そういうんじゃなくてさー」
    「ええ、そうですよ。雨彦」
     2人が言外に一個人として体を大切にしろと言っているのは痛いほどわかったが、だからといって黒野を巻き込む気にはなれなかった。





    *黒野にダイナミクスを打ち明ける

     仕事を終え、荷物をとりに事務所へ戻ると黒野がいた。今日は紅井の方に単独の仕事が入っており黒野だけで自主レッスンをしていたらしい。相変わらず真面目だと感心する一方で、自主レッスンをしていたにしては時間が遅く、根を詰めすぎてはいないかと心配になる。
    「送っていこうか、黒野」
     下心と黒野に尽くしたい気持ちから、そんな言葉が口から出る。しかし黒野は首を横に振って、レッスン着やタオルが入っているカバンを背負い直した。
    「雨彦アニさん、顔色が悪いぜ。俺のことはいいから、早く家に帰って寝た方がいい。心配されずとも、まだ電車はあるしな」
    「……おっと、黒野にまで顔色が悪いと言われちまった」
     黒野の言葉を茶化すと、彼は眼鏡のフレームを上げ眉間に皺を寄せた。怒らせているなと、葛之葉は自分の胸の辺りがじくじくと痛んだような気がした。
    「他にも言われたのか? 最近、Legendersも雨彦アニさんも街でよく見かけるようになったもんな」
    「ああ、ありがたいな」
     ひらりひらりと話題をずらすように返答してしまうのは、長く生きてきた上で身についた癖だ。黒野の視線を感じて、何もかも言ってしまいたくなる。黒野ならば全てを聞いてくれるし、受け入れてくれると信じているからだろう。
    「アニさん?」
     黙ってしまった俺に対し、黒野が訝しげに名前を呼ぶ。
    「なあ、黒野。話があるんだ。……遅くなったら俺が送る。聞いてくれるか?」
    「……おう」
     葛之葉は黒野にソファに座るよう促した。


     葛之葉は黒野に自分がsubであり、パートナーを探していることを打ち明けた。


    「俺はまだ学生だ。本で読んだ分、他の学生よりも知識はあると思うが確かなもんじゃねぇ。きちんとした医療機関の人間に頼んだ方がいいと思うぜ」
    「そう、だな」
     黒野の言う通りだ。ダイナミクスが発現したばかりの未成年に対して頼むことではない。
    彼が言う通り、医療機関の人間に頼んだ方が良いのだろうが合わないのだ。今まで家の人間にケアをしてもらっていたからか、親しくない相手に自分の本能を曝け出すのが怖い。いくら医者に「いまはパートナーですよ」「嫌だったらセーフワードを言ってくださいね」と言われても、subdropに陥るギリギリまで我慢してしまい医者を困らせるのが常だ。古論もそれを知ってか、しつこく通院を勧めることはなかった。
    「医者にかかったことは何度かある。上手くいかなかったんで今まで通り家の人間に頼もうと思ったんだが、何しろ全員仕事をしている。どうにかしようと思ってたんだが、たまに限界が来そうになるんだ」
     葛之葉は深く息を吐いて空を仰いだ。
    「無理にとは言わない」
    「でも雨彦アニさん、ケアしてくれる人いないんだろ。それってマズいことなんじゃねぇか?」
     調べて、読んで、学んで、それでも分からないことがあると知っている。百聞は一見にしかずという言葉がある。見聞きして分かった気にならず、一度実際に経験した方が確かだという意味だ。黒野は葛之葉がどのようなsubで、事務所でsubdropに陥りかけた際どのような状況だったのか知らない。だが、それがどれほどマズい状況なのか理解はできているつもりだ。
     黒野に顔を覗き込まれ、葛之葉は気まずそうに視線を逸らした。
    「なおさら、俺でいいのか? Legendersのアニさん方とのほうが上手くやれるんじゃねぇのか」
     静かに競い合い、互いを刺激し合うLegendersのあり様を黒野は尊敬していた。彼らならば葛之葉も安心して自分を明け渡せると思ったのだが、彼の表情を見る限りそうもいかないようだ。だからと言って、なぜ自分に話がやってくるのか分からない。
     葛之葉は息を吐くように、黒野がいいんだと呟いた。黒野は聞き間違いかと、一呼吸を置いては? と聞き返す。葛之葉は口端を歪め、目元を隠すように両手で目元を覆って項垂れた。
    「責任感があって真っ直ぐなお前さんには言いたくなかったんだ。聞けば、ケアをすると言い出すだろう」
    「雨彦アニさん」
    「やめよう、黒野。長いこと付き合わせて悪かった」
     送るぜと立ち上がった葛之葉の腕を黒野も立ち上がって掴む。





    *なんだかんだあって黒野が初めて雨彦さんとプレイする

     黒野は床に太ももをつけるようにして座っている葛之葉を見下ろして、逡巡していた。このまま座らせていると腰も冷えるだろうし、ただでさえ体調が悪い葛之葉に無理を強いることになる。
    「あ、アニさん……」
    「ん、大丈夫だ」
     先ほど発した座ってくれの一言が初めてのコマンドで、黒野はどうすればいいのか分からない。本を読んで得た知識はあるが、それを葛之葉に対して応用して良いのか判断に困っていた。
    惚けた顔をした葛之葉は黒野を落ち着かせるように手を握る。
    「黒野が俺にしたいと思ったことを言ってくれ。嫌だったらセーフワードを言うさ」
    「俺が、アニさんにさせたいこと」
     黒野はいくらか悩み、何かに思い当たったのか表情を引き締めた。
    黒野がコマンドを言ってくれると認識した頭が幸福感に包まれて、溶けていく。意識を飛ばしてsubspeaceに入ってしまえば、黒野を困らせることになる。抑えようと意識をするが、久々のプレイに体も心も余裕がない。葛之葉の表情の変化に気がついたのか、黒野は少し戸惑ったような顔をした。
    「えっと、じゃあ……褒めてくれないか、雨彦アニさん」
     聞き流してしまいそうな小さな声で発せられたコマンドに、理解が一瞬遅れた。困らせたと思った黒野が、いやとコマンドを撤回しようとする。
    「まってくれ、黒野。きちんと出来るから、もう一度言ってくれ」
    「ああ、分かった。立ち上がって頭を撫でて、褒めてくれないか」
     葛之葉はコマンド通り立ち上がると、黒野を抱きしめられるほどの距離まで近づいて彼の頭を撫でる。
    「今日もレッスン頑張ってたな。黒野はアイドルとして先輩だ。歌もダンスも、俺が見習うべき部分はたくさんある。いつも尊敬しているんだ。すごいな、黒野」
     なんども同じような言葉を繰り返しながら黒野の頭を撫でると、わずかに彼の肩が震え出した。不安定な呼吸と嗚咽を噛み殺すような声が聞こえて、葛之葉は若干不安を覚える。
    「ありがとうな、雨彦アニさん」
     黒野はそう言うと、顔を上げた。眼鏡の奥の瞳には涙が溜まっている。嬉しかったと溢し、下手くそな笑みを浮かべる黒野の頬を涙がこぼれ落ちていく。
     葛之葉は自分の庇護欲とともに、本能が満たされていくのを感じた。
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