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    Enuuu

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    POIPOI 38

    Enuuu

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    いつか何かになる雨玄の書き付け。

    注意
     * 書きたいところだけ。
     * 雨彦が狐に変身することができる人間で、
       玄武が人魚の悲恋もの。

    無題*Scene.00

     「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉をきつねに教わった。何かを得たいのならば、相応の危険を冒さなければならないことを意味する言葉だそうだ。若い人魚はその言葉をいたく気に入った。敵が多く、環境の変化が目まぐるしい海で生きていく彼にとっては納得ができるものであったし、向上心を強く持ってありたいと言葉を心に刻んだ。
     一方、人魚が「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉を気に入ってしまったことに対して、きつねは一種の嫌な予感を抱いていた。きつねが教えた言葉は、陸の世界に憧れる彼の背を押し、その為のあらゆる努力を良しとしてしまう。人魚は立派な性格をしており、何か欲しいものがあれば、大抵の代償は支払おうとするだろう。
     きつねはしまったなと思ったし、苦々しくも思った。


     冬の夜空のもと、ごうごうと揺れる海面から人魚が上半身を出して、きつねの話を聞いていた。
     人魚は夜の海面と同じ色をした髪を肩まで伸ばし、月光を受けて白く光る肌を惜しげもなく晒していた。体つきはオスだろうが、どこか未発達な丸みがある。きつねは人魚の顔よりも、いくらか高い岩場に立っていた。潮風に煽られ白い毛並みが騒いでいる。そこら辺にいるきつねよりもだいぶ大柄で、吊り目の、いかにもきつねですといった顔つきをしていた。


    「陸へ上がっても良いことなんてないぞ。お前さんの足じゃ、すぐに人間どもに捕まって酷い目にあわされちまう」


     きつねは悩ましげに鼻を鳴らした。


    「心配いらねぇよ。俺はきつねサンが思うよりも利口だぜ」
    「そうは思えないから心配しているんだが」


     きつねが落ち着きなく前足で岩場を叩くと、人魚は拗ねた様子で海の中へ顔を半分ほど潜らせる。


    「海の中にも凶暴なのがいるだろう。陸は、特に人間はそんなのばかりなんだ。お前さんが人間に捕まるようなことがあれば、俺は気が気じゃいられないんだぜ」


     きつねは顔を下げて、できるだけ人魚の表情を伺った。


    「それに……下手を打てば殺されて、食べられるかもしれん。お前さんと話せなくなるのは辛い」


     人魚はしばらく黙って、きつねの顔をまっすぐに見返していたが、海からざばりと上半身を出して深く頷いた。


    「わかった」


     きつねは心底から安心して、深く息を吐いた。その拍子に前足を滑らせる。岩場からころりと海へ落ちそうになったきつねを、人魚は慌てて両手で受け止めた。冬の海水できつねの背が濡れ、思いもしない冷たさに彼は悲鳴のような鳴き声をあげる。人魚はきつねを先ほど彼が立っていた場所よりも低い岩場へ置いてやった。


    「すまんな」


     きつねは体を震わせて水気を飛ばす。続けて数回くしゃみをした。


    「きつねサン、今日はもう帰ったほうが良いな」


     人魚はくしゃみと体の震えが止まらないきつねを、困った表情で見つめながら、そう言った。
     海水で濡れた手ではきつねを暖めることはできない。きつねは人里に近い場所に住んでいると聞いたから、上手くすれば火に当たることが出来るだろう。
     きつねは震えながら頷いた。


    「風邪をひかないようにな。治るまでは海に来ないほうがいいぜ」
    「言われなくともだ。お前さんに移してもいけないからな。用心するとしよう」
    「ああ。帰って、あったかくして、しっかり寝てくれ」


     きつねは笑った。


    「ありがとうな、お前さん」


     きつねはそう言うと岩々を足場にして駆け上がり、てっぺんで人魚の方を振り返ると、もう一度ありがとうなと言って消えていった。

     人魚はしばらくきつねが消えていった先を眺め、もう戻ってこないだろうと見当をつけた頃に海へ潜った。





    *Scene.01

     海辺を離れたきつねは森を抜け、町の外れにある屋敷へやって来た。周囲を見渡し、屋敷の囲いにある小さな穴から敷地の中へ入る。
     先日の雨から好き放題に生え始めた雑草を顔でかき分けつつ、障子を開いたままにしている縁側を目指す。
     沓脱石へ飛び乗り、きつねは自分の前足を見た。
     海辺からここまで、ひたむきに走ってきたので泥だらけになっている。前足がこれでは、きっと顔や体も大変なことになっているに違いない。
     きつねはできるだけ体から泥を落とし、縁側へ飛び乗った。ちょうどよく縁側に置かれていた人のような形をした紙を咥え、まだ泥が落ち切っていない前足で文字を書くように叩く。すると紙切れは命が宿ったように動き出し、屋敷の中へと飛んでいってしまった。
     きつねは縁側へ寝転がると、放心したような鳴き声を漏らす。夜空がだんだん白くなっていくのが見え、きつねは大きなあくびをした。
     徐々に頭が重たくなり、それに連れてまぶたも下がっていく。
     体が弛緩していく感覚に、きつねが不味いなと思えば彼の体は人間のものになった。
     きつねの時の毛並みの色と同じ色をした短い髪に、並の男性と比べひょろりと長い身体が現れる。獣の時とは違い、冷たい風が直に体へ当たる感覚に彼は思わず声を上げた。
     そんな彼を気遣ってか、紙切れが目にも止まらぬ速さで着物を運んでくる。体の上へばさりと着物を落とされ、きつねであった男は紙切れを労るように撫でた。


    「そこ閉めといてくれ」


     男はそう言って紙切れを放ると、着物を肩にかけながら屋敷の奥へと入っていく。いくつか部屋を通り過ぎ、風呂が置かれている中庭へ降りた。
     すでに火が焚かれ、たっぷりと湯が張ってある風呂へ、男は着物を脱ぎ置いて浸かった。冷え切った体が急激に温められる。
     男は喉の奥から搾り出すように息を吐いた。





    *Scene.02

     男、雨彦は町で妖術師として通っている。
     知恵を貸し、術を使い、怪力乱神によって起きた厄介ごとを引き受けて生活をしている。それは雨彦の家の人間が代々行ってきたことで、町の人間は稲が枯れれば川や畑よりも先に雨彦の家を訪ねる。得体が知れないと煙たがられてはいるが、町から追い出されることはなく、縋られた際に助けになれば暮らしていける環境は、町民と一線を引いて生活したいと考える雨彦にとって存外悪いものではなかった。
     ある時、町民から頼まれた厄介事を片付けた帰り道、雨彦は海辺で人魚に会った。
     岩場から顔を出し、陸の様子を覗っている。べとりと濡れた黒い髪と、その間から覗く白い肌には薄っすらと鱗が浮かんでいて、魚特有の質感を彷彿とさせるように光る人魚は不気味だった。
     人魚は海へ潜ると、今度は別の岩場から顔を出す。そんなことを繰り返す人魚に、面倒事を起こす前に忠告してやろうと雨彦は岩場へ近づいた。
     海へせり出した、一番大きな岩の上へ雨彦が立つと、人魚の姿は既になかった。
     翌日、雨彦はどうにも人魚のことが気になって同じ海辺へ向かった。木々の群生地をくぐった先にある海辺に来る人間はめったにいない。険しい岩場を登ったり下がったりすることに辟易とした雨彦は、ふと思いついてきつねへ変化することにした。
     脱いだ着物を茂みへ隠し、きつねの姿になって海辺へ出た。くるくると岩場を周り、雨彦が人知れず満足げな表情をしていると、海辺から大きな尾びれが現れ、海面を叩いた。
     大粒の水滴が雨彦の白銀の毛を濡らす。
     海水特有のぬめりけに、雨彦は思わず顔をしかめる。
     尾びれはひらりと海中へ潜っていき、代わりに黒髪の男性の人魚が顔を出した。


    「アンタ、猫だろっ」


     人魚は興奮した様子で雨彦へ話しかけた。
     下がり気味の色素の薄い瞳に、くろぐろとした髪がよく映える白い肌を持つ、まだ青年と呼べるであろう、あどけない顔をした人魚だった。
     雨彦は面食らったが、すぐに人魚の顔がよく見えるように岩場を駆け上がった。


    「お前さん、きつねを見たのは初めてかい」
    「きつね」


     人魚は目を丸くした。


    「そういや前にあったやつと違って肌がヒリヒリしねぇや。アンタ、きつねっていうのか」
    「そういうお前さんは?」
    「俺は人魚だ。少し前から、この辺りで生活するようになったんだ。よろしくな」


     礼儀正しく頭を下げた人魚に、きつねは愛おしさを覚える。
     年嵩のものとしてなにか教えてやろうと、少し得意になる。誰かに対して、こんな気分になったのは初めてだった。


    「この辺りにはしばらく人魚がいなかったからな。どうだい? このあたりの海は住心地が良いかい」
    「ああ。いくらか同胞がいたと聞いて、やって来たんだが昔のことなんだな。俺のように人魚が棲家を変えることは珍しくないから、きっとどこかへ行ったんだろう」
    「そうなのか」
    「他の魚と違って、俺達は身体の調子に縛りがあまりないからな」


     人魚は自分の体を見下ろし、そんなことよりもと岩場に手をついて、きつねを見上げた。


    「きつねさんはどんな風に暮らしているのかを教えてくれねぇか。前に住んでいた海は街が近くて、アンタみたいな陸の動物と話をするのは初めてなんだ」


     色素の薄い瞳がきつねの姿を捉えて、ひときわ楽しそうに輝いた。


    「陸にはゆきってのがあるんだろ? 空から氷が降ってくるってのはどんなだ。痛くねぇのか。きつねさんはどうやってすごしてるんだ? やっぱり、かさってのを使うのかい。百聞は一見に如かず。良ければ見せてもらえねぇかい」


     きつねは、しばらく人魚の勢いに飲まれて彼の言葉を聞いていたが、やがてカカと笑い出した。


    「お前さん、よほど陸の生活に興味があるらしいな」
    「す、すまねぇ……」


     人魚は途端にしおらしくなった。
     不気味なほど白かった肌が僅かに赤く色づき、桜のような色の頬になる。
     きつねはその様子を、食い入るように眺めた。


    「海の生き物が陸のことを知りたがるなんて、陸の生き物からしたら迷惑な話だろ。会ったばかりなのに、すまねえ」
    「そんなことはないぞ」


     きつねは項垂れた人魚の頭へ前足を伸ばした。髪を撫で付けると、海水が足へ触れて心地が良い。


    「俺がお前さんに陸のことを色々と教えてやるよ」
    「本当かい?」


     見るからに嬉しそうな表情をした人魚に、きつねの心も暖かくなる。
     本当だと応えてやろうとした時、きつねの耳は人間の足音を捉えた。不意に黙り込んだきつねを訝しみ、人魚はきつねの表情をもっと近くで覗おうと上半身を伸ばす。その際に彼は岩場へ近づいてくる人間の姿を見たのだろう。
     定かではない。
     何しろ一瞬だったのだ。


    「またな」


     人魚は眼光を鋭くさせてきつねの後方を睨みつけると、海の中へ消えていった。
     きつねは波が元のように穏やかになったのを見届けると、先ほど人魚が見ていた方向を眺めながら着物を置いている草むらへ飛び込んだ。
     やって来たのは雨彦が顔を知っている村人で、彼は海にも草むらにも目もくれず歩いて行った。村人が去ったのを確認してから、きつねは元いた岩場へ登った。
     しばらく海の中を伺うように歩き回っていたが、人魚は出てこないようだった。


    「……今度は夜に来るからな、お前さん」


     人魚へ聞こえているか定かではないが、きつねは海へ向かってそう呟くと草むらへ戻った。
     その日から雨彦が化けたきつねと人魚は夜毎に海で話をしている。
     会話の内容は他愛のないものばかりで、人魚が抱いている陸での生活についての質問にきつねが答えるだけだ。好奇心が旺盛な人魚は良いことも悪いこともなんでも知りたがった。
     きつねは可愛らしい人魚のことを気に入ってしまったので、あけすけに答えることで人魚のことを悲しませたくはないなと、たびたび頭を悩ませながら教えてあげた。
     雨彦が自分は実は人間なのだと言い出せないことを除けば、人魚との語り合いは雨彦にとって幸せなものだった。人魚から「きつねさんは人間のことをよく知っていて賢いんだな」と言われるたびに、えも言えぬ気持ちになる。





    *Scene.03

     雨彦が風呂から上がり、着替えると、外はもう明るく照らされていた。
     自分を尋ねにくる村民など、そう多くはいないから仮眠を取ろうと布団の準備をしていると、にわかに家の前が騒がしくなる。そっと耳を澄ますと、雨彦の名前を呼ぶ者もいるのが聞こえる。そのうち戸を叩く音が聞こえてきたので、雨彦は仕方なく見目を整えて扉を開ける。


    「人魚を見たことがあるか?」
    「……随分とご挨拶だな。見たことはないが、何があったんだ」


     村人はいくらか焦燥した様子で村でも有名な金持ちの家の娘の名前を言った。


    「誰も見たことのない病だそうだ。都の医者も匙を投げたそうで、もう人魚に頼るしかないって話だ」
    「どうにも突飛な話だな。人魚ってのは誰が言い出したんだ」
    「なんでも誰かが人魚の肉を食ったらどんな病も治るという昔話を持ち出したらしい。娘さんの父親はもう藁にもすがる思いで人魚を探せと言っていてな、葛之葉ならどうすれば人魚を捕まえられるかわかるだろう」


     雨彦は思わず眉間に皺を寄せる。


    「いや、俺は魑魅魍魎の類を見ることができるわけじゃないからな」
    「そうか」






    *Scene.13

    「ニンゲンは皆、キツネさんみたいなのか」


     海面を漂いながら人魚が問うた。
     砂浜から彼の様子を眺めていた雨彦は、突然のことに驚きつつ「何がだ」と聞き返す。


    「色が生白くて、透き通っていて、海面みたいだ」
    「それは褒めているのか」
    「褒めてる。中にいると太陽も月もひらひら光って、手を伸ばすと溶けて消えるんだ。ホントは消えねぇから、そこにあるんだが」


     人魚の言葉は雨彦には難しかった。





    *Scene.21

    「クリスさんがいなくなってから、海が静かだ。クリスさんは人間に喰われたんだって、そんな噂もたってる」
    「クリスが急にいなくなるのはいつものことだろ」
    「いつもはこんなに長くない」
    「……タケル、ゲンブ」


     ヒデオは神妙な顔をして2匹の名前を呼んだ。
     タケルはピリピリと肌が泡立つような感覚を覚え、両手を固く握った。ゲンブも怒りを我慢するような表情で、自分の魚の下半身を抱き寄せる。


    「俺も何が起きているか分からないんだ。ただ陸が騒がしいのは知っている。もしかしたら陸で何かがあって、それで俺達を探そうとしているのかもしれない」
    「探して、どうするんだよ」


     ゲンブの声が震えていた。
     きつねが夜毎に陸の生き物、特に人間は凶暴で人魚を喰うと言っていたのを思い出した。
     ヒデオは顔色を青くして、力なく首を横に振る。


    「わからない」





    *Scene.25

     人魚はゆっくりと深呼吸をした。それよりも随分と速い速度で心臓が動き、傷口から血が溢れていく。
     白い砂浜が赤に変わっていく様子を、雨彦は信じられない気持ちで見ていた。
     とても見たことがない表情をしていたので、人魚は彼の頭を撫でてやろうと、自分の腕へ力を入れてみたが、腕はピクリとも動かなかった。思わず舌打ちをする。


    「きつねさん」


     人魚は自分を抱き上げている男を呼んだ。人間の姿をしているから獣の名前で呼ぶのはおかしいのだろう。だが、人魚は「きつねさん」以外の名前を知らなかった。


    「なぁ、きつねさん」


     男には人魚の声が聞こえていないようだった。
     彼は必死になって人魚の傷口を抑えているようだった。手が汚れちまうと、人魚は身を捩って男の腕から逃げ出そうとする。


    「動くな!」


     大きな声で一喝された。
     思わずビクリと体を震わせ、男を見上げる。
     男はとても怖い顔をしていた。人魚はしばらく男の表情を眺めていたが、息を吸い込んで肺を震わせる。


    「海へ! 棄ててくれ」


     男は信じられないものを見たような顔をして、小さな声で何かを言った。
     人魚は一生懸命に肺で呼吸をして、言葉を続ける。


    「うみに、仲間がいるんだ。投げてくれりゃ、きっと見つけてもらえるから」
    「……お前さん、それは死ぬってことだろ」


     きつねの言葉に人魚は首を横へ振る。人魚は緩慢な動作で首を横へ振った。


    「海へかえるんだ。俺達は、そう言ってる」


     にわかに視界が白くなっていく。
     人魚は、いま一度、深く呼吸をした。


    「なあ、きつねさん」


     雨彦は人魚に呼ばれ、こくりと頷いた。
     それを人魚が見たかは定かではないが、彼は安心した表情で両目を閉じた。雨彦は人魚を抱え直した。


    「きつねさん、やっぱあったかいな」
    「雨彦だ。……呼んでくれ」
    「やだ」
    「きつねさん優しいから、もっと忘れられなくなっちまうだろ」
    「疲れたかい」
    「ん。喋りすぎたぜ」
    「寝ちまいな。そろそろ海だ」


     雨彦の胸元へ置かれていた人魚の腕が、ずるりと落ちる。
     ふらふらと腕が揺れる様子から目を逸らし、雨彦は波打ち際へ膝を立てた。血の匂いが届いたのか、それとも同胞の死を悟ったのか、俄かに海が騒がしくなる。
     雨彦は海中に人魚のものと似た魚の下半身を見た気がした。
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