無題*同級生CPの葛之葉くんと黒野(♀)ちゃん。
「どうして……」
葛之葉の唖然とした表情に、黒野は珍しいものを見たと驚いた。それから、すまなさそうに眉根を下げる。
「葛之葉、甘いの苦手って言ってたから。それに腹壊したらいけねぇし」
「黒野が作ったものなら、いい」
「良いわけねぇだろ」
葛之葉はちらりと黒野へ視線を向けた後、視線を逸らしてため息を吐いた。
黒野のクラスが調理実習でカップケーキを作ったと、彼女のクラスメイトから聞いた。ホームルームが終わった途端に教室へやってきた女子生徒は、自分が作ったカップケーキを恋人へ渡した後、玄武ちゃんも作ったから葛之葉も貰えるかもね、と茶目っ気たっぷりに笑った。葛之葉はそれを聞いて、平静を装いつつ慌てて黒野の元へ向かったのだったが、彼女は昼食の時間に食べてしまったと言う。
普段と比べ明らかに重い足取りで歩いていく葛之葉を見て、悪いことをしたかなと黒野は眉間に皺を寄せた。
調理実習の終了後、一部の生徒たちが用意していた袋やリボンでカップケーキを包装するのを見て、黒野も葛之葉へ渡そうかと考えた。教師の言う手順を守って作れたし、特別不器用ではないと思う。渡したら喜んでくれるだろうかと考え、それでも万が一、彼が具合を悪くしたら嫌だなと黒野は弁当と一緒にカップケーキを食べてしまった。
「葛之葉。今週の、その……場所を変えないか。公園じゃなくて、私の家に来ないか」
「え。デート先を黒野の家にか?」
葛之葉が驚いて黒野へ確認すると、黒野は途端に顔を赤くして小さく頷いた。
「そんなにカップケーキ食べたかったとは思わなかったから、作ってやりたくて」
「それは嬉しいが……お邪魔して良いのか?」
「ああ、私は構わないぜ」
「なら……黒野の家で」
恥ずかしさから憮然な口調になってしまった。葛之葉は黒野が気を悪くしていないかと彼女を見る。黒野は顔をほのかに赤くして、いろいろ準備しとかないとな、と呟いた。口角が上がり微笑む様子が可愛らしく、葛之葉は慌てて視線を逸らす。
「葛之葉、甘いのってどこまで大丈夫なんだ?」
「黒野が作ってくれるなら、なんでもいい」
黒野は呆れた様子で眉間に皺を寄せた。
「適当言うなら作らねぇぞ」
「て、適当じゃない。本当に黒野が作るならなんでも良いんだ」
葛之葉の言葉に黒野は深い息を吐いた。わずかに口を尖らせて葛之葉を睨めば、彼は慌てて口を開く。
「甘すぎるのは駄目だが、前に妹が買ってきたビターチョコは美味しかった。あと白いのは苦手だ」
「そうなのか。分かった」
黒野は携帯電話を取り出し、何かを打ち込むと、週末までに準備して待ってるなと微笑った。
*雨彦と付き合ってる玄武がいる、にょた速の会話。
「なんで聞かねぇんだよ。雨彦さんの彼女は玄武だろ?」
「……そう、だと思う」
「思うって。何だよ、それ」
朱雀は心配そうに玄武に見つめる。
「玄武、あんなに嬉しそうに雨彦さんと付き合えるようになったってアタシに言ってきたじゃねぇか」
「夢だったかもしれないって、思っちまってるんだ。そもそも、私とアニさんは釣り合ってるとは言えねえからな」
「そんなことないだろ? だって」
「分かってるさ、朱雀」
「なにをだよ」
「……私とアニさんは、付き合ってないんだよ」
玄武は朱雀から目を逸らして言った。その横顔が自嘲気味に笑う。こんな顔、見たことねぇなと朱雀は唇を噛んだ。
「私が雨彦アニさんと付き合えたのは、彼女が優しかったからだ。私を助けるつもりだったんだろ、アニさんは。……たぶん」
「そんなわけねぇだろ! なんでそんなこと言うんだよ! 雨彦さんは玄武のことが好きだし、玄武も雨彦さんのことが好きだろ?」
「そう思うか」
「思うさ。アタシはちゃんと知ってるぜ? それなのに付き合ってないなんておかしいだろ!」
玄武は溜息を吐き出す。疲労が溜まった表情は普段の玄武らしくない。彼の溜息につられるようにして朱雀の顔も曇っていく。どうしてなんだよ、と思わず声に出した朱雀に、玄武は困った様な笑顔を向けた。
「なぁ、玄武」
朱雀は玄武の手を握った。その手は酷く冷え切っていて、いつも熱いぐらいの玄武の手とは思えない程だった。ぎゅっと手を握る手に力を込める。その温度が少しでも上がっていくようにと願いながら朱雀は続けた。
「雨彦さんと、ちゃんと話し合えよ」
返事の代わりに玄武は溜息を吐いた。そうとう参ってんなあと、朱雀は玄武の背中を叩く。自分よりも随分大きな背中が小さく感じた。
「雨彦さんは玄武のこと好きだぜ。間違いないって」
「根拠のないことを言うな、朱雀」
なかなか頷かない玄武に対し、朱雀はったくよー! と怒ったように叫んでから玄武を抱きしめた。
「……お前がちゃんと幸せになってくれなきゃ、アタシが困る」
「なんだそりゃ」
ふは、と玄武が笑いだす。その笑い声に少し元気が戻ったような気がして朱雀も釣られて笑った。朱雀はぎゅっと玄武に回した腕に力を込めた。
*おそらく別Ver.
彼女の声はだんだんとか細くなっていき、しまいにはかき消えそうなほどになった。
「じゃあもういいじゃんか。両想いってことだろ?」
「そうとは限らないんだ」
玄武は力なく首を左右に振った。その表情はまるで迷子の子供のようだった。彼女は今、本当にどうすればいいのか分からなくなっているんだろう。
「私は自分が雨彦アニさんに相応しくないなんてこと分かってるんだ。それでもあの人のことが好きだから告白をした。でもな、あの人は優しいから私の告白を断れなかったのかもしれない」
そんなわけない。雨彦さんは絶対に玄武のことが好きだ。あの人が玄武のことを話している時の優しい顔といったら、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいだ。でも、ここでそのことを話しても玄武には逆効果なことが分かっているから、朱雀は何も言えずにいた。
「そもそも雨彦アニさんみたいな人が私なんかと一緒にいてくれるわけがないんだ」
玄武は震えた声で続けた。自分が彼女にしてやれることは何もないのか? 朱雀は思わず唇を噛んだ。
「私はそんな雨彦アニさんの優しさに甘えて、告白をなかったことにしてもらえないだろうかなんて言い出しちまった。こんなの卑怯だろう? アニさんのこと振り回して、情けねぇ。 だから私はもうこの恋を終わりにしたいのさ」
玄武の目にはうっすらと涙が溜まっている。朱雀は少しでも安心させてあげたくて彼女の手を強く握った。みるみるうちに涙が溢れ、頬を伝って落ちていく。縋るように朱雀の手に力が込められた。そんな彼女にかける言葉が見つからなくて、朱雀はただ彼女が泣きやむまで側にいてやることしかできなかった。
それからしばらく経ち、玄武の様子が落ち着いた頃を見計らって、朱雀は口を開いた。
「なあ、玄武」
彼女は泣きはらした目で朱雀を見下げた。
「雨彦さんは玄武のために告白を受けるなんてこと、しないと思うぜ。そりゃ、よくプロデューサーさんとか俺らにイタズラとか嘘を教えたりとかするけどよぉ。それに、それだけじゃねぇよ」
朱雀は首を横に振った。確かに雨彦には優しい面もあるけど、それだけじゃないのだ。あの人はアイドルとしての玄武がとても好きだし、恋仲として付き合うとなれば悩むと思う。簡単に答えを出す人ではないはずだ。
*ガチ散文
玄武と雨彦の関係は何一つ変わっていないように見えた。いつも通りのレッスン、いつも通りの仕事、そしていつも通りの帰宅。玄武は勿論そのことを不満に思ったことはなかったし、それは雨彦も同じようだった。玄武と雨彦が付き合っていると知っているのは、事情を知っている朱雀とプロデューサーくらいなものだろう。
「おはようさん」
「……ん、あぁ。おはようアニさん」
*大正パロあめげん♀ちゃん。借金の型に〜と言いつつ、修行時代に一度会った少女に一目惚れしていて、これは好機だと娶ったと酒の席でこぼされて、普通に引いた同僚の山下さん。
「は? 今なんて言ったの」
山下はマジマジと葛之葉を見つめた。
しばしば白すぎると揶揄される肌が赤い。酔っているのだろう。葛之葉は視線で山下に声を落とすように言い、御猪口に残っていた酒を一気に飲み干した。
「ねぇ、げんぶさんのことを前から狙ってたみたいに聞こえたんだけど」
葛之葉は御猪口を机の上へとん、と置いた。山下の隣から立ち上がり、上座へ行き、いくつか言葉を交わす。数度、頭を下げる葛之葉の背を上司が叩いた。
ふたたび山下の隣へ戻ってきた葛之葉は、荷物を持ち上げる。
「オジサン怖くなっちゃったんだけど。くずのは、ちゃんと説明してから帰ってくんない?」
山下は顰め面をして、このままじゃ眠れないんだけど、と零した。
「さぁてな」
葛之葉は普段よりも間延びした様子で相槌を打つと、山下の肩を叩いて宴会の席を後にした。
「……あ、にさん?」
ベッドで丸くなっていた幼妻に袖を惹かれ、葛之葉は彼女の髪を撫でながら曖昧な返事をした。黒野は口元を綻ばせ、笑い声を漏らす。どうやら夢の中のようで、普段よりも素直に表情を見せたり、甘えたりしてくる様子に葛之葉は目尻を下げた。
そのうち目が冴えてきたのか目蓋を擦ろうとするので片手で彼女の両手首を捕まえて降ろさせる。
「おかえんなさい……ちゃ、」
「気にしないでいいから寝ちまいな」
葛之葉の言葉を聞いて、彼女は愚図るような声をだした。
「ははっ……本当にお前さんは。外はまだ暗いぞ」
葛之葉があやすように体を叩いてやれば、黒野は徐々にまた体を丸めて寝入ってしまう。