プランツドールパロ・葛之葉雨彦…アイドルはしてない。おばさんの家兼会社で暮らしている。プランツドールを扱う店で仕事を行ったところ、そこの商品であった玄武に気に入られ購入することになった。
・玄武…やや中世的な顔立ちをしているドール。店への運び込みの際に額に傷がついてしまった。今では名のある職人の習作らしく、現在売られているドールたちよりやや大きい。


＊scene01
　空は薄暗く、底冷えがするような雨が降る日だった。
　アヤカシ清掃社へ持ち込まれたのは観用少女を専門に扱う店の店内清掃の依頼だ。店主は葛之葉の体躯に驚きつつ、「くれぐれもドールに間違いがないよう、お願いしますよ」と釘を刺した。掃除道具を持って店内へ入った葛之葉は部屋の装飾を見渡し、なるほど普段以上に気をつけようとわずかに眉根を寄せる。
「うちで扱っていたドールが枯れてしまったんです。この辺りを重点的にお願いできますか」
　店主に案内された場所には、床に黒いシミのようなものが広がっていた。周囲の装飾がそのままにされているので際立って汚れて見える。
　手持ちの掃除道具で事足りるか葛之葉は考えを巡らす。
その様子を見て、店主は葛之葉がドールについて気になっていると勘違いしたのだろう。
「ああ、枯れるというのは愛情が足りなかった末になるのです。ドールは愛情を糧に育ちますから」
「それは店の管理不足とは違うんですか？」
「ドールは商品が買い手を選びます。波長の合うお客様と出会えば目覚め、お客様のことしか見られなくなるのです。今回のドールは……まあ、色々とございまして」
　店主は床に広がったシミに目を向け、そっと目を伏せた。
「それでは掃除をお願いします。私は奥で仕事をしておりますから、終わったら呼んでください」
　店主はそう言うと、店の奥にある部屋へ向かった。
葛之葉は彼の背を見送り、床に膝をついてシミを検分する。ドールの性質がよく分からないのでどうなるかと思ったが、水分がフローリングに染み込んでしまった際に出来たものと同じだった。葛之葉はシミの部分を剥がし、張り替える。他の床と見た目で差が出ないように手を加えた。
葛之葉は立ち上がり、ぐっと背を伸ばす。
ふと店内を見渡してみると、今度は装飾の奥にいるドールたちに目がいった。これら1体、1体が目が飛び出るほど高額なのだと思えば、途端に背に汗が滲むのを感じる。
「本当に間違いが起こる前に退散するとしようか」
　葛之葉は店主を呼ぶためにドールたちへ背を向けた。彼を引き止めるように、何かが片脚に抱きついた。葛之葉は驚いて声を上げる。視線を下ろせば、黒い小さな頭のドールが脚に抱きついていた。奥の部屋の扉が開き、顔を覗かせた店主が葛之葉を見て瞬きをした。彼は部屋から出てくると、葛之葉の脚に抱きついているドールを見て笑みを浮かべる。
「____お客様のことが気に入ったようですね」
　店主の言葉に葛之葉は息を吐いた。

＊scene02
　育てるためには専用のミルクと砂糖菓子と持ち主の愛情が必要で、それから綺麗で可愛い服を着せてあげてくださいと言われた。車を買ったことも部屋を借りたこともない俺にとって、大きな買い物になった。プランツドールを連れて帰ってきた葛之葉を見て、叔母さんは「現物支給やったん？」と笑った。
　名前は店で呼ばれていたまま、「玄武」と呼ぶことにした。
　葛之葉は自室へ戻ると、玄武をベッドの端に座らせた。彼は興味深そうな表情で部屋を見渡すと、姿勢を正して葛之葉を見上げた。黒く長い前髪の間から水晶のような瞳が覗いている。まるで精巧な美術品のようで、葛之葉はぞくぞくと悪寒に似た感覚を覚えた。
「とりあえずミルクを飲むかい？　あの店主から買ったものだから、口に合わないことはないと思うが」
　玄武は葛之葉を見つめるばかりだ。
「意思疎通がとれるように、なるんだろうか」
　葛之葉は苦笑しながら、先ほど買ったばかりのミルクを器に注いでやった。