恋に気がつく三秒前 大変不名誉な告白二十連敗という大記録を樹立してしまい、いよいよオレは腹を括った。
ありのままの自分を好きになってもらう、では限界がある。
だから、恥も外聞もなくオレはいちばんのモテ男に縋りついた。それはもう、少しの恥じらいもなく。
「お願いします! 次の合コンに向けて、オレのコーディネートをしてくださいッ!」
「……いいけど」
「本当か⁉ ありがとう!」
男のオレでさえドキっとするくらい整った顔。心地いい声に、優しい目つき。それで目を細めて笑えばもう、ひとたまりもない。加えて女に優しくて、喧嘩が強い。
そりゃあ、モテ男の名を欲しいがままにしているわけだ。大変悔しいが、目の前のこの人――ワカが女に苦労しているのを見たことがない。
いや、しいて言うならモテすぎて苦労しているらしい。なんだそれ。ちっとはモテ運を分けてほしい。
「コーディネートって、何すんの?」
「頭のてっぺんからつま先まで良い男にしてくれ」
目の前で手を合わせて深々と頭を下げる。
もう、なりふり構っていられない。
絶対につぎの合コンでオレは念願の彼女を作る! そして、二十歳になる前に童貞を捨てるのだ!
「まずは……髪型な」
「髪型……」
仲間からも家族からも、どうしてか不評だったリーゼントは卒業している。
とはいえ、セットをするのも大変だからとただ切っただけの状態で放置――なのだが。
「ウン。リーゼントをやめたのは正解だから、ちょっと整えよ。せっかくだし、サイドをちょっと刈り込んでもらいな」
「刈り込む」
ワカに背中を押されてやってきたのは、原宿の美容院。普段近所の床屋で済ませる身としては、こんな場所に踏み入ってもいいものかと思わず躊躇する。
キラキラした店内に入ると、ひときわ店員がさわやかな笑顔を浮かべて近づいてきた。
「おお、若狭さんいらっしゃい」
「ども。今日はオレじゃなくて、コイツ。とびきりいい男に仕立ててくんね?」
「ふむ……分かりました! 任せてください!」
どうやらここはワカが通っている美容院のようだ。
あれよあれよと席に連れてこられ、ワカは店員と二、三会話を交わして頷いた。
「んじゃ、オレ時間潰してくるから」
「えっ⁈ ここに居てくんねェの⁈」
「ガキじゃねぇんだから。じゃーね。期待してるから」
軽やかに手を振って出て行ったワカに、突然心細くなる。鏡越しに満面の笑みを浮かべる店員と目があって、こちらも笑うしかなかった。
「じゃあ、お任せってことで良いですかね。一応、NGありますか?」
「いや……まあ、パンチパーマとかじゃなければ……?」
「ハハ うちではそんなのやりませんよ」
言われるがままにシャンプーをされ、ぱっぱと髪の毛が切られ、バリカンでがっつりサイドを刈り上げられる。
スースーする耳元にそわそわしていると、あっという間にカットが終わった。
「ウン、似合いますね! 若狭さんもですけど、お兄さんもめちゃくちゃイケメンじゃないですか」
ワックスのついた手でぱっぱと整えられ、前髪は少し立ち上げられた。何をされたのかはさっぱりだ。ただ、十数年ぶりのサイド刈り上げは思っているより、似合っていた。
「お、おお」
「真ちゃん、終わった? ン、いいね」
「ワカ!」
数十分ぶりのワカが満足気に頷いて、こちらも一気にテンションがあがる。あの稀代のモテ男にお墨付きをもらった。
これで、オレもモテ男に一歩近づいた!
「よっしゃ、次は?」
「服見に行こ。真ちゃん、服に遊びっけがねェんだよなぁ」
「……そう?」
「白いTシャツ、シャツ、ジーパン、ダサくはないけど、シャレてもない」
「ウッ」
いわゆる、フツウの格好が一番楽だ。仕事ではどのみち汚れるから、楽な服が増えていった。正直、これといったこだわりは無い。
「せっかく真ちゃん、無駄に足長いんだからスキニーパンツが似合いそう。上はちょっとゆるっとしたパーカーかな」
「もう何も分かんねえから好きにしてくれ……」
「最初からそのつもり」
連れて行かれた服屋は、普段なら素通りするような店だ。何着も身体に当てられて、最終的に渡されたグレーのパーカーと、黒のデニムを持って試着室に転がり込む。
「……どう?」
「似合ってる。インナーは黒のタイトがいいね。はい、これ中に着てきて」
「おう」
再び試着室に押し込まれて、パーカーの下に黒いロングTシャツを着た。ぶっちゃけオレには白でも黒でも同じように思えるが、ここでこだわるのがおしゃれというものだろう。
言われるままに髪を切り、服を替え、試着室を出るとワカが真剣な表情でこちらを見つめる。頭のテッペンからつまさきまでじっと何度も往復して、最後に深く頷いた。
「完璧」
「どう? オレもこれならモテる?」
「んー」
「ちょっと若狭さん⁈」
心底面白そうに笑うワカに揶揄われたのだと気付いて、がっくしと肩を落とした。どうせ、ワカにはモテない男の嘆きなんて分からないのだ。
こっちがどれほど切実にモテたいのかなんて、ちっとも気付いちゃいない。
「で、これでいいのか? あとは?」
「アクセサリーと、香水。それで仕上げ」
シルバーアクセサリーのショップには初めて踏み入れた。
何十本と並んでいるチェーンは大体同じに見えるし、指輪とは無縁の人生だった。拳を振るうのに、指輪は邪魔だ。
「真ちゃんが今なにを考えているか分かるけど、ソレ、絶対口にすんなよ。モテないのはそういうとこだからな」
「……ッス」
結局指輪はやめて、ネックレスにした。あんまり派手なのは恥ずかしくて、結局シンプルなチェーンにした。
パーカーのフードに隠すように付けると、隣からジトりとした視線が飛んできた。仕方ねえだろ、慣れて無いんだって。
「次!」
「はいはい」
ワカの背中を押して店を出た。渋谷はいつも通り人が多かった。ただ、今日は服装もすべて違うからか、ちょっとだけ誇らしいような気がする。
「香水って、どんなの? オレさっぱり分かんねえんだけど」
「任せろって。ほら、こっち」
連れて行かれたショップには、ところ狭しと香水瓶が並んでいたが、どれを手にして良いか分からなかった。
「これと、これ。どっちが好き?」
「え、うーん。こっち」
「……これ?」
「うん。なんか、ちょっとワカっぽい匂いするし」
ぴしりとワカが固まって、大きなため息をつかれた。どうしてそんな反応をされるのかさっぱり分からず、差し出されたボトルを一つ受け取った。
「これ、買ってくるワ!」
「……いい。これはオレがプレゼントする」
ボトルを奪いとられ、スタスタとレジに向かうワカの背中をじっと見る。何かおかしいことを言ったのかと頭をぽりぽりと掻く。短く刈り上げられたうなじが、くすぐったかった。
「はい。分かってると思うけど、浴びるように付けるなよ。オレのオススメは首の後ろと、ココ」
細い指先で胸元を叩かれて、思わずどきりとした。見上げられている視線の色っぽさは、やっぱりモテる男の余裕なのだろうか。
「……ハイ、先生」
「ん。よろしい」
一歩前をしゃんと歩いて行くワカに追いついて、今日一日のことを振り返る。
髪型を変えて、服装を変えて、無縁だと思っていたアクセサリーに、香水。手元に増えていくショッピングバッグの数を見て、頬を掻きながらワカに声をかけた。
「オレ、これでモテるかな」
「さあね」
「えっ⁈ ちょと、話がちげーじゃん!」
ニヤニヤとしながらこっちを見るワカの手首を掴むと、するりと振りほどかれてしまった。
人混みを縫うように少し走ったワカが、突然立ち止まってこちらを振り向いた。
「だって、ソレ、頭のてっぺんからつまさきまでただのオレ好み。女受けが良いかどうかより、オレ受け抜群なだけ」
「は? ……っは⁈」
「真ちゃんの鈍感野郎、そっから先は自分で考えろ」
言葉の意味が分からずに立ち止まっていると、あっという間にワカを見失った。その日から何をするにしても頭の隅にワカが居て、あの日貰った香水がワカの愛用品だと気がついた時には、ダメだった。
「えっ……もしかして、そういうこと⁈ っていうか、オレって、アレ……?」
寝ても覚めても、ワカのこと。メシを食ってても、バイクを弄っていても、流していても、ワカのこと。
これってもしかして――……。そういうことか?