Sweet time「アルバン、アフォガート食べない?」
サニーからのなんの脈絡もない問いかけに、アルバーンはきょとりと瞬きをしてから首を傾げた。
「どこか食べに行くの?」
時刻は丁度おやつ時。出かけるのに遅い時間とは言わないまでも、これから支度をしてとなると夕食に差し障りがないか気になるところではある。けれど、サニーから返ってきた答えはNO。そして、続けられた俺が作るという言葉にパッと目を輝かせると、アルバーンは満面の笑みで食べる!と声を上げた。
ぴょんぴょんとステップでも踏むかのような軽い足取りでサニーの背を追いかけて向かう先はキッチン。食べること自体も楽しみではあるが、作る過程を見るのもアルバーンにとっては楽しみのひとつ。そのうえ、それがサニーの手によるものならなおの事。邪魔にならないよう少し距離を取りつつも好奇心は抑えきれない。
とはいえ、アフォガートといえばバニラアイスにエスプレッソをかけて食べるのが一般的であるから材料は決まっている。何か加えたとしても精々トッピングくらいのもの。けれど、調理台に並んだものはアルバーンが想像したものとは少し違っていた。
食事用のスプーンでざっくりと山盛り一杯すくったバニラアイスを入れる先は、器ではなくて耐熱ボウル。そして、サニーの手にあるのは見慣れたメーカーの板チョコが1枚。
「チョコを使うの…?」
「そう、チョコレート・アフォガートだから」
不思議そうに手元を覗き込むアルバーンの問いかけに答えながら、サニーはチョコをボウルの中へと割り入れていく。一欠片、二欠片、ぱきりぱきりと音を立ててボウルの中には既に欠片が五つ。どれくらい入れるつもりなのだろうとジッと見つめていたアルバーンだったが、六つ目の欠片がボウルの中に入ることはなかった。
「アルバン」
呼び声に応えて視線を上げると、あ、と口を開けて見せてくる。その手には一欠片のチョコレート。何を促されているのか察したアルバーンがぱかりと口を開けると、サニーは摘まんだチョコの欠片をひょいと放り込んだ。
広がっていくのは日頃から好んで口にしている味。控え目な甘さにアルバーンがふにゃりと顔を綻ばせていると、その様子にサニーも僅かに目を細めてから作業を始める。
ラップをした耐熱ボウルを電子レンジで加熱して、手早く混ぜ合わせたら再びレンジへ。時間は先ほどよりも短めに。そうして溶けたアイスとチョコレートをよく混ぜ合わせるだけで、あっという間に熱々のチョコレートソースが出来上がった。
どんな味がするのだろう、ちょっとスプーンくらい舐めてみても。と、ボウルの中身に興味津々のアルバーンをサニーがこらっと窘める。
「舌、火傷するぞ」
その言葉にギクリと身体を強張らせると同時に、耳に届いたのはふはっと吹き出すような笑い声。別に怒った訳じゃないけれど、アルバーンがわざとムッとしたような表情で唇を尖らせて不満を態度に表すと、サニーはもう少しだからと宥めながら最後の仕上げに取り掛かった。
器に盛ったアイスはスプーンで山盛り二回分。そこに熱いチョコレートソースをかけると、表面がみるみるうちに溶け出していく。その光景にアルバーンが感嘆の声を上げていると、更にその上にオレンジ色のトッピングがのせられた。
「はい、アルバン用チョコレート・アフォガート完成」
チョコレートソースに栄える鮮やかなオレンジピールのコントラストは、確かにそう連想させるような色合いだ。美味しそうなのは勿論だけれど、まるで自分の為に作られたような見た目に心が弾まずにはいられない。そうなってしまえば不満げな顔もどこへやら。
「サニー」
「ん?」
「あ」
アルバーンは高揚する気分を隠す素振りも見せずに目を閉じると、今度は自ら口を開いてみせた。そのあまりに素直な要求に面食らったのか、サニーは僅かに僅かに目を見開いたもののすぐにデザートスプーンを取り出す。そうしてオレンジピールがのった部分をすくうとアルバーンの口元へと運んだ。
「ほら、あーん」
声に合わせて口の中にまでスプーンを進めると、その気配に小振りな唇がぱくりと一口。
「あー…んっ、……ん〰〰!」
すると見る間にアルバーンの表情が蕩けていき、言葉にならない嬉しそうな声も相まって口に合ったかは十二分に伝わってくる。これでこそ用意した甲斐があるというもの。溶けきってしまわないうちに食べさせようとスプーンを渡したサニーだったが、アルバーンは同じようにオレンジピールがのった部分をすくうとにっこり笑ってそれを差し出してきた。
「はい、サニーもあーん」
自分も食べるとは想定していなかったのか目を丸くしたものの、ここで遠慮していてはせっかく共有しようとしてくれた気持ちを台無しにしてしまう。それに、このドルチェは今この瞬間も溶けて味が変化していっているのだから迷っている暇はない。促されるままにサニーがスプーンを銜えると、ひんやりとしたアイスと未だ熱をもったままのチョコレートソースが口内で混ざり合い、噛むとオレンジピールの爽やかな風味とほろ苦さが広がった。
「んふふ、おいしいでしょ」
得意げに言うアルバーンに、作ったのは自分なのだけどとサニーは思わず笑ってしまいそうになる。こういうところも可愛い。だから、このまま会話を楽しみたいのはやまやまだれど…
「ったく、早く食べないと溶けちゃうぞ」
急かすような言葉にアルバーンは慌ててスプーンを口に運びだした。はむとスプーンを銜えて、ゆっくりと引き抜いてから口の中のものをじっくり味わう。それを繰り返すうちに段々と器の中身は減っていき、残るはもうあと二口程度。随分と溶け、チョコレートソースと混ざりかけのアイスはまた味わいも少し変わっているはず。それをはいとまた差し出されたなら、断る理由なんてサニーにはもうなかった。
今度は自分から顔を寄せて銜え、お返しにと最後の一口をアルバーンの口に運ぶ。最初に口にした時よりも甘さは濃いが、これはこれで悪くない。
「はぁ……おいしかった」
僅かに出した舌で唇を舐め、呟く姿はまるで余韻に浸っているかのよう。その姿を見つめながら、サニーはふっと笑って話しかけた。
「アイスはまだ残ってるし、今度は珈琲を使って作ろうか」
「っ…!うん!」
パッと目を輝かせ、それから目を細めて喜びを伝えてくる表情の変化に、サニーもつられて笑みを深める。
珈琲を使うならチョコレートやクッキーを添えてもいいかもしれない。もしくは、シナモンやココアパウダーをトッピングするとか。それを見て、食べて、今度はどんな反応をしてくれるのか。
「楽しみだね、サニー」
「うん」
またひとつ君を喜ばせる方法が増えるのが、今から楽しみで仕方ない。