enjoy chatting3 新しい3Dモデルのお披露目配信も無事に終わって、サニーのカラオケ配信もしっかり堪能して一息吐いていたら、端末から急に着信音が鳴りだした。音を変えているからすぐにメッセージの受信じゃなくて、誰かがかけてきているんだって分かる。特にそういう予定はなかったはずだけどいったい誰だろう。そうして確認した画面に表示されていたのはサニーの名前。え、ついさっきまで歌ってたよね?なんて、不思議に思いつつも通話を繋げてまずは緩く労いの言葉から。って思っていたのに、サニーの第一声はすぐに分かるくらいイジワルな響きで僕の言葉を遮った。
「さ~に~、歌枠お疲れさ」
『誰がいつも抱っこしてるって?』
ギクリと顔が引きつったのは、心当たりしかなかったから。確かにパネルのサニー相手にちょっとふざけてみたりはしてたけど、でもそんなのいつ見たのさ。ちゃんとサニーの歌を聞きに行けるように始まる前にこっちの配信を終わらせはしたけど、それだって10分前だからそんなに余裕をもってのことじゃない。実際、僕は枠を終わらせてからバタバタだったしね。
「え、な、なんのことかなぁ…?ていうか、見てる暇なんてないでしょ」
とりあえずしらばっくれてみたけど、すぐに言い返されないのがかえって怖い。怒ってるとは思わないけど、イジワルな時のサニーってなんというか…ちょっと厄介だから。それに、実際にそのシーンを見たってまだ決まった訳じゃないし。
『―――ぃだろ』
「え?」
だけど、ようやく聞こえてきたのは打って変わってぼそりと呟くようなものだったからほとんど聞き取れなくて、思わず聞き返してしまったら今度は地を這うようなドスの効いた声が聞こえてきた。
『あんなの見てたらまともに配信出来る訳ないだろ』
こ、怖い。え、これもしかしてほんとに怒ってる?僕怒られるようなことした?サニーってよく分かんないとこで荒ぶることがあるから今回もそうなのかが分からなくて動揺してしまう。
『直前まであれを見て俺に平静を保てって言うのか?まだ見てねぇよ、どんな苦行だ。スクショだけでこれだぞ、分かってんのか。お前可愛いと思ってやってんだろうが、いい加減分かれよ』
うぇ……やっぱりよく分かんない理由で怒られてる。ご、ごめんなさい。でも可愛かったでしょ?気に入ってくれるかなって思ったんだけど。妙な圧に気圧されてしどろもどろになりながらもそう言うと、少しの沈黙の後に端末越しに遠くで大きな物音がした。これは…、気に入ってはくれたってことでいいかな。
それから明日のサニーの配信の準備に付き合いつつちょっとだけ話すことになった。そうだよね、向こうは深夜だから今日はあんまりゆっくりもしてられない。だから、今日のうちに伝えておきたいなってことに絞って喋っていく。
聞いたことのある曲も、初めて聞く曲も、全部素敵だったけどボーカロイドの曲を歌ってくれたのがすごく嬉しかったこと。感情を強く乗せる歌い方をするから、胸に響いて、月並みな言い方になってしまうけど心が震えるってこういうことなんだなって思ったって。さすがに本人に直接言うのって恥ずかしいけど、なるだけ伝えていかないと。それに、サニーはこういう時変に茶化したりしないでちゃんと受け取ってくれるから、僕も伝えたいって思えるのかも。
それから初めて聞いた曲のことを教えてもらったり、歌ってみたい曲なんかについて話しているうちに配信用のサムネイルは出来上がったみたいで、そろそろ通話も終わらせないと。少し物足りない気もするけどこればっかりは仕方ない。サニーが起きれなくなると困るし。
だからそろそろ寝た方がいいんじゃないって言ったのに、なんでか返事はなくって……というか何か他のことしてる?
『ん?ああ、ちょっと切り抜きを』
この流れで見てるのってまさか…。予感は的中、ばっちりサニーのパネルに話しかけてるところを見られてしまったみたい。しかも、いっそ笑うなり呆れるなりしてくれればいいのに、なるほどな、なんて納得したようなことを言うから僕としても反応に困ってしまう。そういうのはさ、せめて切ってから見なよ。
『アルバンは俺に抱っこしてもらいたかった訳だ』
ああもう、結局話が最初に戻ってるし!ノリでだって分かってるくせに、すーぐそういうこと言うんだから。まあね、僕から言い始めたことだしそういうことにしておいていいよ。なのに、サニーってば僕くらい抱っこ出来るとか言い出すんだもの。あの《ちっちゃい僕》じゃなくて、現実のこの僕をね。
いやいやいや、僕ちゃんと身長あるからね?実際会ったんだから分かってるでしょ?ちっちゃくなんてなかったでしょ?そりゃあ、サニーは力がある方だとは思うけど、だからってたいして身長の変わらない僕を抱っこするなんて、
『見たから言ってるんだろ』
…言うじゃん。
「ふぅん……じゃあ、今度会った時には『いつもみたいに抱っこして』って言ってあげるね」
『言ったな?絶対やるから忘れるなよ』
わざと配信の時みたいな喋り方でそう言うと、サニーも面白がってそれにのっかってくる。そうして数秒の間を置いてから、どちらからともなく笑って今日はこのあたりにしようかってことで落ち着いた。
明日はJPの先輩との仕事もあるから頑張ってね、おやすみって通話を切って、大きく伸びをしてからふとさっき言われたことを思い返す。やり取り自体は遊びみたいなものだけど、サニーがそれを出来るっていうのは多分本当のことだ。だからつい考えてしまう。抱っこされたら、どんな感じなんだろうって。
想像してみようとすると、前に会った時にされた力強いハグを思い出して少し顔が熱くなる。おかしいな、あの時はそんなことなかったと思うんだけど。ハグなんてみんなとしてた。僕だってぎゅーって言って笑いながら抱きしめ返してたのに。
―――今度はいつ、サニーと会えるのかな…
両手で扇いで頬の熱を散らしながら、予定にない《次》のことで僕の頭はいっぱいだった。