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    フィンチ

    @canaria_finch

    🔗🎭を生産したい妄想垢

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    フィンチ

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    現パロ、大学生&oyo兄妹設定
    付き合ってない🔗🎭のメイド服をめぐるひと悶着

    #Sonnyban
    sonnyban

    嫌いにならないでね 始まりは妹・四葉からのSOS。バイト先でシフトに入れる人間が足りない日があり、しかもタイミングの悪いことにその日は店を貸し切っての営業日。調整を試みたがなかなか難しく、猫の手も借りたい状況なので臨時で助っ人に入ってくれないかというものだった。アルバーンとしてはその日は自分のバイトのシフトも入っていないし、出掛ける予定も入れていなかったから身体は空いている。ただ、彼女のバイト先がカフェと聞いていたので、助っ人どころか足手まといになるのではというのが懸念点となり即決は出来なかったものの、ドリンクの用意がメインで難しいことはないからと頼み込まれ、それなら問題ないかと頷いてしまったのだ。
     前日に制服の用意があるからと四葉に連れられて向かったバイト先は一見すると西洋風のこじゃれたカフェ。まるで映画のセ ットにでも使われそうな雰囲気だが、その実態はいわゆるコンセプトカフェだった。このあたりでまずいと警鐘が鳴り始める。そしてアルバーンに用意された制服というのは、危惧した通りのアンティーク調のメイド服。さすがに無茶だ。慣れてしまう程度には可愛いと言われてはいるがそれでも列記とした成人男性ではあるし、何よりアルバー ンは小柄ではない。顔立ちから誤解されやすいがそれなりにたっぱだってある。当然声変わりも終えているので、無理に高音を出そうとすれば裏声になってしまうし、ハスキーボイスで通すにも限度があるだろう。店によっては女装の需要もあるかもしれないが、見たところこの店はそういったタイプには見えない。だから力にはなれない、直前で申し訳ないけれど他をあたってくれと帰ろうとしたアルバーンを引き留めたのは、四葉とその友人ふたりだった。
     ちゃんと喋らないで済むような配置を考えたから大丈夫ですとひとりが言うと、もうひとりがしっかりメイド服が似合うメイクするんで安心してくださいと続く。そうじゃない、そこじゃない。これははっきり断らないと押し切られる。そう思い再度口を開こうとしたアルバーンだったが、そこにとどめとばかりにお兄ちゃんお願いと言われてしまい、葛藤の末に発したのは1日だけならという諦めの言葉だった。やったー とあがる3人分の歓声。そして、そこからの彼女らの行動がまた早かった。善は急げとばかりにフィッティングが始まり、メイド服を手に更衣室に入れられてしまっては腹をくくるしかない。というか、そもそもこの服は着れるようなサイズのものなのか?そんなアルバーンの心配をよそに、身に着けてみたメイド服は窮屈さなど微塵も感じさせない。
     黒いロング丈のワンピースは身長が影響して膝下くらいの長さにはなってしまったが、逆に言えばそれ以外は全く問題なく着れてしまった。一番の気がかりでもあった肩幅も、エプロンのひだが上手く隠してくれてまるで違和感がない。首回りは中央にスリットの入ったボトルネックで、完全に覆いはしないまでも喉ぼとけもカバー出来ている。思いの外スムーズに着こなせてしまったことにショックを受けつつ、背中のファスナーを上げてもらうために四葉を中に呼ぶと案の定目を輝かせて似合うと思ったんだと褒め言葉まで貰う始末。しかし、これはまだ序の口。複雑な心境で更衣室を出ると、まだ終わりじゃないですよという声を合図に今度はスタイリングが始まった。
     より中性的な雰囲気を強める為に、額を覆っている前髪は左寄りで分け目を作って、普段は元気な髪の跳ねも大人しめに整えられていく。そして、服を着るのと違ってメイクはされるがままになるしかないものだから、アルバーンは観念して目を閉じると大人しく顔を差し出した。ブラシやクッションの感触の他に、直接指で触れられているような感覚もある。しばらくすると目を開けるように言われ、終わったかと思えばまだ途中。まつ毛や瞼へのメイクでビューラーやペン先が近付くとつい怖くなって目を閉じそうになるのをなんとか堪え、リップを塗ってもらい前を見ると鏡には随分と雰囲気の変わった自分の顔が映っている。そして最後にヘッドドレスをつけてもらえば、絵に描いたような『大人しやかな雰囲気のメイドさん』が完成してしまった。
     確かにこれなら人前にも立てるかもしれない。そう思わされるくらいには十分な仕上がり。あとは当日の流れを聞き、店長からも改めて頭を下げられてしまい、アルバーンはやるしかないと心をきめて当日を迎えることになった。





     事前に説明を受けた通り、 アルバーンが立つことになる位置はキッチンとホールの境のような場所で、余程のことがない限りお客様と直接接することはないよう配慮されていた。ただ、声はかけられない代わりによく見える位置ではあるから、手が空いている時こそ気は抜けない。そういう時にはどうしたらいいのか。そう四葉に問うと、うーんと腕組みをして考え込んだ後に出てきた答えは笑顔。にぱっと満面の笑みをお手本として見せてくれたが、どう考えても元気いっぱいのメイドさんな彼女と、今のアルバーンでは系統が違い過ぎる。この出で立ちに合うように笑うならこんな感じだろうか。そう思い常ならばしないタイプの笑みを浮かべると、開店前の店内は大きくどよめいた。その思いがけない反応にアルバーンもびくりと身体を強張らせる。
    「お兄さん、それは正解ですけど危険です」
    「うちのお客さんに限って滅多なことはないと思うけど、でも……んー…」
    「お兄ちゃん、絶対に誰も近寄らせないからね!」
     鬼気迫る勢いの3人に、アルバーンはこくこくと頷くことしか出来ない。下手に近付かれるとボロが出そうなので距離を取れるのはありがたいが、不穏な言葉の数々に一抹の不安を覚えてしまう。何かとんでもないことが起こってしまうような…、いやいやそんなまさか。考えすぎだと流そうとしたが、あまりにもイレギュラーな事態にどうしても不安は拭いきれなかった。
     そうして迎えた開店時刻11:00。続々とやってくる予約客で席が埋まっていくのを見ながら、アルバーンは己に向けられる視線をどうにかこうにかやり過ごしていた。距離を取っていたとしても、見慣れない顔があると気付かれればどうしたって目は引く。接客してくれている目の前のメイド達だけ見ていてくれなんて願いも虚しく、人が増えるに連れて向けられる視線も増えていっているのは恐らく気のせいではない。それでも注文が入り始めればドリンクの用意に集中出来るから気にせずに済む。このまま絶え間なく注文が入り続ければいいのに。そんなことを思いながら他のメイド達の出迎えの声に反応して顔を上げた瞬間、店内に入ってきた男とバチリと目が合った。
     何故こんなところに。きっと、互いにそう思ったに違いない。少なくとも、アルバーンが見た彼―サニーの顔にははっきりとそう書いてあった。
     だからこそ、極力平静を保とうとしたのだが、一度意識してしまうとなかなかそれも難しい。見られていることでの緊張は少なからずあったけれど、その視線の中に親しい友人のものが含まれているとなるとまた変わってくる。作業に戻ればそちらに集中できると思ったものの、彼に見られているとどうにも落ち着かない気分になり、開店前に練習した笑顔だって浮かべる余裕はなくなっていた。
     そう、いくつもの視線を向けられているはずなのに、たったひとりのものだけが違って感じる。彼に見られていると、気付いてしまう。オーダーが途切れたタイミングでふと顔を上げてみると、真っすぐにこちらを見ている瞳とかち合い、アルバーンは咄嗟に目を伏せ視線を逸らした。
     顔に集まる熱は込み上げる羞恥から。途中、四葉が気遣って声をかけてきてくれたが、大丈夫だからと宥めようとしてかえって心配をかけてしまったほど。それからどうにかこうにか仕事をやり遂げることは出来たが、店を閉める頃にはすっかり疲弊してしまったアルバーンは家に帰り着くと食事も取らずにベッドに倒れ込んだ。
    (どうして何も言わなかったんだろう)
     枕に顔を埋めながら今日のことを思い出す。あの目は、確信を持って見ていた。他人の空似とかではなく、彼はアルバーンだと分かって見ていたはず。いや、それでもあの状況で声をかけるのは難しい。そういう位置にいられるようにしてもらっていたから。
    (それに、なんであの店に来たんだろう。好きなのかな、ああいうの)
     四葉は今までに来たことがないと言っていたけれど、もしかしたらたまたまあの店は初めてだっただけかもしれない。考えてみても答えは出ない。けれど、このままなかったことにも出来ないだろう。
     正直に話したら笑い話にしてしまえるかな。恥ずかしいところを見られたって。そしたらいつもみたいに普通に話せるかな。早く、聞いてくれればいいのに。
     そう思うばかりで自分から連絡することは出来ず、ベッドに転がったまま待ってみたけれど、サニーからのメッセージを受信することなく無情にも夜は更けていった。





     いつの間に眠ってしまったのか。未だに彼からのメッセージが届いていないことを確認したアルバーンは重苦しい溜息を吐いて出かける支度を始める。今日は一、二限で講義を取っているからゆっくりしている暇はない。それに、二限は同じ講義を取っているからその後に昼食を共にするのがいつもの流れ。そう、いつも通りならば。
     そこまで思い至ってアルバーンは表情を曇らせる。じゃあ、今日がいつも通りじゃなかったとしたら?昼食に誘われなかったら、誘っても断られてしまったら。講義を受ける際に隣に彼がいなかったら。そもそも、講義を受けにすら現れなかったら。考えだせばいくらでも悪い展開は浮かんでくる。そんなことを考えても仕方がないと振り払ってみたところで気分は晴れなくて、一限の講義の内容は結局まるで頭に入ってこなかった。
     そしていよいよ運命の二限目。今のところ、今日は講義を休むといった連絡も入ってきてはいない。重い足取りで教室に足を踏み入れ、適当な席に座って講義の準備を始めてはみたがいつもの時間になっても隣は空いたまま。とはいえ、ふたりが並ぶ光景が当たり前になっていたせいかわざわざそこに座ろうとする者もおらず、やっぱり会えないのかと気落ち仕掛けたところでポンと肩に誰かが触れる。
     来た、と顔を上げたアルバーンだったが、その目に映ったのは待ちかねた相手ではなかった。もし空いてたら隣に座ってもいい?と尋ねてきたのは、同じ講義をいくつか取っている為か顔を合わせる機会の多い同期生。挨拶や軽い会話くらいならしたことはあるが、友人と呼べるほどの付き合いはなくて精々顔見知りといった程度。そんな相手からの問いかけにアルバーンは咄嗟に答えることが出来ない。普段ならサニーが来るからと断っていたけれど、今日ばかりはその言葉を口にすることに迷いが生じる。だって、彼はここにいないのだから、断る理由だって―――
    「悪い、そこ座るから他あたってくれないか」
    「っ…サニー!」
     ふたりの会話を断ち切るように聞こえてきた声は、待ちわびた人のものだった。有無を言わせぬその口調に、アルバーンがごめんねと声をかけてきた相手に詫びる仕草をすると、気にしないでといった風にひらりと手を振ってその場を離れていく。そしていつものように並んで座ったふたりだったが、その空気までは普段通りにはいかない。
    「……遅かったね…、来ないかと思った」
     何か喋らないと。そう思って口から出た言葉もまるで責めているように聞こえてしまい、言わなきゃ良かったとアルバーンは俯いて口を噤む。けれど、サニーはまるで気にしていない様子で口を開いた。
    「一限遅刻したから捕まってたんだ」
     つまり、都合よく解釈するなら遅れるつもりはなかったということ。来たくなかった訳じゃない、避けられていた訳じゃない。そうと分かっただけで、たったそれだけの言葉で安堵してしまう。
     声を潜めて続けられた続きは後で話そうという提案に小さく頷くと、会話はそこで途切れ、間もなく講師が教室へと入ってきた。それで講義に集中できたかというとそう簡単な話でもないが、不安ばかりであった一限よりは余程いい。サニーはノートを開いて早々に受講する体勢に。あまり隣を気にしていても気を散らしてしまうだろうからと、アルバーンも同じようにノートを開くとシャーペンを握って講師の声に意識を向けることにした。





     二限を無事に終えたふたりが向かった先はカラオケ店。別に歌いたい訳ではないけれど、話す内容があまり他の人間には聞かれたくないものではあったから、個室という点でアルバーンが提案したところサニーもそれがいいだろうと同意した。時間は一応余裕をもって1時間。ワンオーダー制の為、アイスコーヒーとコーラを頼んでから受付で案内された部屋に入ると再び妙な緊張感に包まれてくる。ドリンクがくるまでは話し始める訳にもいかず、サニーと向かい合うような形でソファに座るとアルバーンはどう切り出したらいいものかを考え始めた。
     自分から切り出した方がいいのだろうか。それともサニーから聞かれるのを待つべきなのか。アルバーンとしても聞きたいことはあるが、それよりもサニーから何を聞かれるのかが今は問題だ。考え込むあまりに膝の上に置いた両手を握りしめてしまい、ドリンクを運んできた店員が怪訝そうにしていたが、そのことにも気付かないほどアルバーンは真剣に考えていた。
     そして店員が出ていき、扉が完全に閉まったのを確認すると、アイスコーヒーの入ったグラスに手を伸ばすこともなくサニーが口を開く。
    「俺から聞いても良い?」
     きた、ちゃんと説明しないと。そんな決意のもと、神妙な表情を浮かべたままで顔を上げるとアルバーンはきゅっと唇を引き結んで頷いた。
    「アルバンはあの店で働いてるの?」
    「ううん、妹のバイト先で人が足りなくて困ってたからあの日だけ」
     何も伏せることなく正直に答えると、少し考え込む素振りをしてからサニーが次の質問を口にする。
    「じゃあ、あの格好するって分かってて引き受けた?」
    「それは…お店に行ってから見せられて、どうしてもって…」
     そこについては非常に答えにくかった。何せ、率直に言えば頼まれたから女装したということになってしまう。最初から知っていたら、いくら妹からの頼みでも首を縦には振らなかったかもしれない。そうでなくても、ひと目見て男と分かるようなあんまりな出来なら、それを理由に断っていたかもしれない。だが、幸か不幸かそれなりの出来に仕上がってしまった。
    「それじゃあ今までにああいう格好をしたことは――」
    「あるわけないじゃん!」
     遮るようにあがった声にサニーは目を丸くして驚く。その様子にアルバーンもハッとしてすぐに身を縮こませるとごめんと一言呟いた。だが、これだけは言っておかなければと俯いたままで話し続ける。
    「恥ずかしいところ見られちゃったけど、本当にあの日だけなんだよ」
     そうして恐る恐る顔を上げると、どこかホッとしたようにも見える表情がアルバーンの目に映った。
     どうしてそんな顔をしてるんだろう。メイド服を着ているところを見られてしまった自分は気まずいけれど、見た方はなんなら笑い話で済むはずなのに。いや、そうとも限らないのかもしれない。そこにいたことを知られる方が都合が悪いことも…
    「あのさ、サニー。僕からも聞いていいかな?」
    「ん?いいけど」
     元々聞こうとは思ってたことが真実味を帯びてくる。趣味・嗜好は個人の自由だとは思うけれど、この点ははっきりさせておかなければ。自分がメイド姿を見られたというだけでなく、あそこは妹のバイト先でもあるのだから。
    「えっと……サニーはメイドさんが好きなの?」
    「は?」
     少し聞きにくそうに問いかけると、明らかに否定を意味する声が上がった。けれど、なんでそんなことを聞くんだと言わんばかりの反応にアルバーンもムッとして言い返す。
    「だって、あそこに来たってことはそういうことじゃないの?」
     アルバーンが助っ人としていたのはただのカフェではない、メイドが給仕を行うコンセプトカフェだ。その店に客として来たということはそういうことじゃないか。そう追及するとサニーはたじろぎながらも訂正し始めたがその言葉尻はどうにも歯切れが悪い。
    「違うんだ、あれは知り合いに連れて行かれただけで……とにかく、俺は別にメイドが好きって訳じゃ…」
     本当に?と念押しするかのようにジトリと視線を向けると、気圧され気味ではあるもののサニーは目を逸らすことなくこくりと頷いた。それならまあ、言う通りなのだろう。なんだ、お互いに“あの日がたまたま”だったんじゃないか。それなら、誤解も解けたことだし余計なことは考えずに元通りでいいんだ。そう思ったら急に肩の力が抜けてしまい、アルバーンはふにゃりと表情を和らげてよかったぁと安堵の言葉を零す。
    「じゃあ、もう昨日のことはなかったことにしてごはん行こ!僕お腹空いてきちゃった」
     まだ利用時間内だけれど、このまま時間いっぱい部屋にいるよりは早く食事に行きたい。もうそろそろランチタイムも終わってしまうことだし。そんなアルバーンの切り替えの早さにサニーも苦笑交じりにそうだなと返して伝票を手に立ち上がる。
     何食べようか、期間限定のまだやってるかな?サニーは何食べたい?不安から解き放たれた為か、アルバーンは上機嫌にあれこれと思いつく限りのランチメニューに考えを巡らせる。だから、相槌を打ちながら後ろをついてくるサニーの表情がどこか物言いたげなことにも気付いてはいなかった。





     サニーと今まで通りに過ごせる、そう思っていたアルバーンの当ては早々に外れることになった。避けられている訳ではない。いつも通り一緒に取っている講義は隣の席で受けていたし、昼食も一緒にとって、帰りのタイミングが合うなら待ち合わせる。それはアルバーンから一方的に声をかけるものではなく、サニーからのアクションもあった。ただ、絶妙に目が合わない。あったとしてもすぐに外されてしまう。なんなら合いそうになるとさり気なく躱されることも。それも一度や二度ではなく。別に常に見つめ合っている訳でもないけれど、それが幾度も繰り返されるのであればさすがに不自然だ。
     一日目は、やっぱり少しは気になるのかもしれないと寂しいと感じる気持ちを押し込めた。二日目は自分が気にしすぎているのだと思い込もうとして、三日目に本当は一緒にいたくないのかもしれないと弱気になって、そして不安が積もりに積もった四日目。二限目も終わりというところでサニーからのメッセージを受け取ったアルバーンはその文面に溜め息を吐いた。
     その内容は、昼はどうするかというお伺い。今日の講義は別々だけれど、お互いキャンパス内にはいるから常ならば待ち合わせて昼食をとっている。ただ、ここ数日のことを思うとどうしても自分からは連絡を取れずにいると、まるで何事もなかったかのようにサニーからのメッセージが届いたという次第だ。あんな態度をとるくせに。むくれながらも行きたいところがあると打ち込むと、講義が終わったら迎えに行くとすぐさま返事が届く。その文面にスタンプで分かったと返すと、アルバーンは物憂げな表情で目を伏せた。
     サニーがどうしたいのか分からない。こんな風にいつもと変わらないメッセージを送ってきていても、会えばまたきっと同じことの繰り返し。気安い会話に近い距離、にも関わらず合わない視線。それに気付かぬ振りを続けられるほど、アルバーンにとってサニーの存在は軽くない。
    (ただ、今まで通りでいたいだけなのにな…)
     上の空でいるうちに講義は終わり、昼時だからと教室からはあっという間に人が捌けていく。ぼやぼやしていると迎えに来てしまうから自分も移動の準備をしておかないと。開いたままのノートや中身が出たままのペンケースをしまい、席から立つと丁度到着したらしいサニーの姿が見えた。そちらを向いて笑いかけると、軽く手を上げて応えてはくれる。だが、彼がこの後どんな行動を取るかアルバーンには分かっていた。
     目が合っているようでも、近付けばそうじゃないと気付いてしまう。そして、その事実に期待してなんかいなかったはずなのにああやっぱりと気分が塞ぐ。それならもう、覚悟を決めるしかない。
     どこに行きたいのかと問いかけるサニーの言葉を遮るように無防備な手を握ると、驚いたような気配が伝わってきた。
    「うちで話そ」
     何についてなんて言わなくても分かるはず。言葉少なにそう伝えると、サニーの表情が気まずげに曇る。そんな顔をさせたい訳じゃないけれど、なあなあにできるようなことでもないから。逃げないで、はぐらかさないでと訴えるように握った手にきゅっと力を込め、ね?と問いかけると数秒の間を置いてから承諾の言葉が耳に届いた。
     どうしてそんな顔で、そんな声で言うかな。戸惑いを胸の内に抱えたまま手を離すと、それを引き留めようとするかのように大きな手が追いかけてきて、触れる直前にハッとして引っ込められる。本当に、ここ数日のサニーの行動は分からないことばかりだ。アルバーンが困った風に笑ってそれじゃあ行こうかと声をかけると、サニーはそれに黙って頷いた。
     話が弾むはずもないのだけれど、家に向かう道すがら問いかけてはぽつりぽつりと答えが返ってくる。
     今日は確かバイトあったよね、何時から?一度帰ってから行く?17時から。大丈夫、そのまま行く。お腹すいてない?平気。アルバンは?僕は、そんなに空いてないかな。そっか。
     問い返されて、答えてから分かりきったことを聞いてしまったなと思わず自嘲じみた笑みが浮かぶ。普段なら気にもならない沈黙が妙に気になって、なるべく話していたいのにこの後の話でこれからどうなってしまうか分からないからと、結局口にしたのは実のない話ばかり。そんな調子でどうにかこうにか家に帰り着き、あまり使うことのない鍵を取り出しアルバーンは玄関のドアを開けた。
     今日は珍しく家族全員出払っていて、込み入った話をするにはうってつけ。普段なら飲む物を用意する為に先に部屋に行ってもらうところだけれど、今日のところはそれもなく、揃って2階のアルバーンの部屋に入るとふたりは向かい合って腰を下ろす。互いに黙り込むこと数秒。今更怖気ずくなと自分を叱咤すると、アルバーンは真剣な面持ちで口を開いた。
    「ねぇサニー、僕達今まで通りには戻れないの?」
    「…それは」
     詰まらせた言葉に、アルバーンはくしゃりと歪みそうになる表情をぐっと堪える。そんなの、すぐに答えられない時点で出来ないって言っているようなものじゃないか。
    「僕があんな格好したから?気持ち悪いって…」
    「そんな訳ないだろ!可愛かったよ!…っ」
     重ねた問いかけは途中で遮られるほどの勢いで否定をされるものの、直後にバツが悪そうに表情を歪められ、再びふたりの間に沈黙が落ちた。
    「ちゃんと理由を教えてよ……じゃないとこんなの…ヤダよ」
     なんとなく気まずくなって、そのまま疎遠になんて終わり方にしたくはない。アルバーンがそう訴えかけるように見つめると、サニーは苦しげな表情で目を伏せ、分かった、話すよと呟き言葉を続けた。
    「まず最初に言っておくけど、本当に気持ち悪いなんて思ってないよ。その……すごく可愛いと、…思ってる」
     俯いたまま話すサニーが少し言いにくそうに視線を向けてきたのに対し、アルバーンはだったらどうしてとむすりと表情で先を促す。
    「ただ、驚いたのもあるけど少し面白くないとも思ったんだ。アルバンのことで、俺の知らないことがあるんだって」
     その言葉はアルバーンにとっては予想しないものだった。誰にでも開けっぴろげに自分のことを話したりはしないがサニーだけは例外で、今回のことだって一度きりのことだからとあえて知らせなかっただけ。勿論、内容が内容だけに恥ずかしかったというのもあるけれど、逆に言うならそうでなければ話している。
    「だから、あの日はモヤモヤして眠れなかったし、それで遅刻もした」
     そうだ、その翌日の二たピースは少しずつ埋まりだしたものの、肝心の部分はまだ語られていない。まだ何かある。
    「それで……カラオケで話した日の夜に夢を見たんだ、――――アルバンが出てくる夢を」
    「僕が…?」
     そうだと答えるように合わさった視線は、どこか後ろめたさを感じさせるもの。夢に出てきたくらいでそんな反応をするだろうかと思ったアルバーンだったが、その理由はすぐに分かった。
    「あの時の服を着て、いつもみたいに笑って隣にいるんだ。どうしてそんな夢をって思ったし、正直……ドキドキしたから次の日はお前のことまともに見れなかった」
     それは確かにいつも通りではいられないかもしれない。そう納得しかけたが、すぐにおかしな言葉があったことに気付く。ドキドキしたって、どういう意味で…?それを確かめる間もなくサニーは話し続ける。
    「しかも一度きりじゃ終わらなくて、その夜も出てきたし、なんか距離近ぇし、可愛いことしてくるし、その次も……昨晩だって…!」
     段々とやけくそ気味になっていく口調と比例するようにサニーの耳は赤くなっていったが、それと同じようにアルバーンも顔に熱が集中していくのを感じていた。その話が本当なら、サニーの行動は夢と重ねて意識してしまうからということになる。そんなのまるで、嫌われているどころか……
    「えっと…一応聞くけど、サニーは男の人が好きなの?」
    「……少なくとも、今までに男をそういう意味で好きだと思ったことはないよ」
     別に同性を恋愛対象としている訳ではなくて、メイドが好きな訳でもなくて、でもメイド服を着た自分が夢に出てきた時はドキドキしたと言う。それにより辿り着いた答えにアルバーンは大きく動揺していた。心臓はばくばくと五月蠅いし、目が泳いで仕方がない。本当に?だけど、ここで嘘を吐く理由なんてないはずだし。心も頭もいっぱいいっぱいの中で何か言わなければと懸命に考えを巡らせて、そうして口に出した内容はかなり突飛なものだった。
    「じゃ、じゃあさ、またメイド服着ようか?」
    「はぁ?!」
     あの姿をするのは一度きりという言葉に嘘はなかったが、実はアルバーンの部屋にはあの日に着たメイド服がしまってある。だからその提案は、改めて衣装を用意してということではなく、なんなら今見せられるという意味でだ。しかし、一転して状況についていけなくなったサニーにクローゼットからメイド服を取り出して見せると、その表情はみるみるうちに不満げなものへと変化していく。
    「……なんで持ってるんだよ、それ」
     それは思っていたものとは異なる反応で、どうかすると怒っているようにも感じられる語気に戸惑いは否めない。
    「店長さんが、備品だけど一度袖を通したものだから処分したかったら持って帰ってもいいよって言ってくれてそれで…」
     気圧されながらも話すアルバーンだったが、サニーから納得した様子は見られなかった。でもここにあるじゃないか、捨ててないだろ。それはそうなのだけど、アルバーンにだって言い分はある。
    「だってかさばるし、捨て方とか調べないとだからすぐには無理だよ」
     事情を知る妹以外の家族に見られても困るので早々に処分したい気持ちはあるが、適当に捨ててもかえって不審に思われて厄介なことになりかねない。だから、ここにまだこの服があるのだってたまたま。タイミングさえ合えばすぐにでも捨ててしまうつもりだから、いつまでも保管しておくことはない。そうしたら今度こそ『次』はなくなる。それもあってのこの提案だ。
     両手で持ったメイド服を体に合わせるようにして見せながら、アルバーンはサニーに問いかける。
    「着ない方がいい?それとも……着る?」
     首を傾げて反応を窺うと、何かを堪えるように言葉に詰まること数十秒。結局選ばれたのは後者だった。
    「じゃあ、着替えるから後ろ向いてて」
     自分で言いだしたことではあるけど、さすがに見られながら着替えるのは恥ずかしい。けれども部屋の外に出てもらうのも違うような気がして、サニーにそう伝えるとアルバーンは自らも背を向けてぽちぽちとシャツのボタンを外し始める。下はどうせ座っていれば長いスカートに隠れてしまうだろうからそのままで。男同士だし、着替えるくらい別になんてことないはずなのに。覚束ない指先でなんとかボタンを外し終え、脱いだシャツを床に落とすとその衣擦れの音に自分でたてたものだというのにドキリとしてしまい、アルバーンはそれを誤魔化すようにふるふると首を振って黒いワンピースを頭から被った。
     顔を出し、右手、左手と順に袖に腕を通して、ふっと視線を向けると姿見に映り込んだ自分の姿が見える。それは、あの日仕上げてもらったメイド姿とは程遠い。ただワンピースを着ただけのいつもの自分。そう認識してしまった途端じわじわと羞恥心が膨らみ始め、アルバーンは咄嗟に鏡から目を逸らした。
     見なきゃ良かった、見なかったことにしよう。早いところ着てしまって、と思ったが背中のファスナーに手は届きはするもののなかなか上がってはくれない。そういえば、店でも着る時は妹に手伝ってもらっていたんだ。それを思い出すと、アルバーンは背後にいるはずのサニーに手伝いを求めた。
    「あのさ、サニー。ちょっとファスナー上げてもらってもいい?」
    「なっ…、~~っ……分かった」
     何か言いたげな気配はあるものの、間を置いて返ってきたのは絞り出すような了承の言葉。近付く気配に僅かに緊張しながら待っていると左肩に手を置かれ、ゆっくりとファスナーが上げられていく。しかし、その動きは不意に止まり、背後からは焦りにも似た気配が伝わってきた。
    「…悪いアルバン、生地を噛んだみたいだ。外すから少し待って」
    「う、うん」
     背中に向かって生地が引っ張られる感覚。しばらく待ってみてもそれが止むことはなく、どうやら難航している模様。自分の服ではないからと、力加減が難しいということもあるのかもしれない。そんなことを思いつつ大人しく待っていると、作業の手こそ止めないもののどこか呆れたような口振りでサニーが話し始める。
    「着てほしいって言った俺が言うのもなんだけどさ、アルバン自分が何してるか分かってんの?俺はお前のメイド姿見てドキドキしたし、夢まで見たっつってんだけど」
    「…分かってるってば」
     知らされていた事実ではあるが、改めて言葉にされるとさすがに恥ずかしい。そんな思いを誤魔化すかのように少し強めに反論してみたが、それはかえって追求の択を増やす結果となってしまった。
    「分かってないだろ。だったらなんでこんな格好しようだなんて思うんだよ」
    「それはサニーが…っ!」
     そして反射的にその答えを口にしようとしたアルバーンはハッとして口を噤む。
     今、なんて答えようとした?サニーが可愛いって言ったから。サニーが喜ぶと思ったから。出てくるのはそんな理由ばかりで、いずれにしても友達としての範疇は超えている。
    「……俺が、何?」
     先程までとは違うトーンの声で問われ、びくりと身体を震わせるとアルバーンは言葉を発することなく俯いた。
    「黙ってるなら、都合好く受け取るけど」
     布地を引っ張る感覚が消えたかと思うと、むき出しになっているうなじに柔らかなものが押し付けられる。一度、二度と皮膚の薄い箇所に触れられるだけ。なのに、それだけでくすぐったさにも似た感覚が背中を駆け抜け、アルバーンは引き結んだ唇から漏れそうになる声を必死に押し殺していた。しかし、僅かな間を置いて告げられた内容につい反応してしまう。
    「……それと、メイド服で夢に出てきたの最初だけだからな」
    「え…」
     あの姿を夢にまで見たのだと、見続けるほどの何かがあったのかと思ったのに。だって、最初の夢だけこの服を身に着けていたということは…。自身の思い違いと、認識してしまった事実に急速に上昇していく体温。羞恥によるものだけではないその変化にアルバーンの呼吸は乱れ、薄く開いた唇がはくはくと助けを求めるように微かに動く。
    「あとは全部、いつものお前だよ」
     そしてゆっくりと、聞き逃すことのないように口に出された言葉が引き金となりアルバーンの頬は一瞬のうちに朱に染まった。それなら、夢に現れた自分はどんな行動を取ったと言うのだろう。夢の中で彼と、いったい何をしたというのだろう。そう考えれば考えるほど、ばくばくと痛いほどに心臓は脈打ち、頭はぼぅっと逆上せ、息があがる。怖い、逃げ出してしまいたい。そう思うのに、両肩に置かれた手がそれを許さず、さして力が込められている訳でもないというのにまるで拘束されているかのような錯覚を起こした。
    「アルバン、こっち向いて」
     耳元で囁かれる声に、背中から伝わる体温に、身体がびくりと跳ねる。身体の感覚全てで彼の存在を意識させられる。
    「っ…んぅ……、さ……にぃ…」
     サニーの言葉に従いゆっくりと振り向くと、熱の籠もった視線が至近距離でアルバーンを捕らえた。近い、吐息がかかりそうなほど近くに彼がいる。胸が苦しくて、身体が熱くてたまらない。引き寄せられるように距離は詰まり、それにあわせてアルバーンもこの後の行為のために瞼を下ろしていく。そして完全にその瞳が閉じ、今にも唇が触れてしまうというその瞬間、ふたりの耳は階下からの声を拾った。 

     ――――――――っだいまぁ

     まさに、冷水でも浴びせられたようなと表現するのが適した状況。アルバーンは目を見開き、サニーはギクリと身体を強張らせる。さすがにこれを聞き間違いとは思わない。互いに聞き覚えのある声は四葉のものだ。今日は用事があると聞いていたから帰りはもう少し遅いはずなのに。どうして今、とアルバーンが思っていると追い打ちをかけるような別の声が聞こえてきた。

     ―――れ?……バーンも…って…のか?

     それは兄・ルカのもの。いきなり部屋に入ってくるようなことはしないだろうが、明らかにアルバーンが帰っていることに気付いている。となれば今の時間帯からしても声をかけられる可能性は高く、そうした時にこの状態はさすがにまずい。この体勢も、この姿も。
     そう判断したアルバーンの行動は早かった。声を潜めながらも急かすようにサニーに言葉を向ける。
    「サニー!これ脱がして!」
    「っ!?」
     言われたサニーはぎょっとしたような表情をしたが、この状態ではアルバーンひとりで着ることも出来なければ脱ぐことも出来ない。だからどうしたってサニーの助けは必要になってしまう。とはいえ急な展開の変化に早々ついていけるはずもなく、たじろいだまま動けずにいるサニーを再度早くと急かすとようやく焦ったように分かったという返事が。そうして少々強引にファスナーが下ろされると、バッと両手を上げて次の行動を促す。それに合わせてサニーがすぽんとワンピースを引き抜くと、アルバーンは床に放ったままのシャツを拾い、せかせかと袖に腕を通すともつれそうになる指先を懸命に動かしてボタンを留めていった。
     その間僅か1分少々。最後に脱いだワンピースを毛布の中に丸めて突っ込むと、ふたりは顔を見合わせてばたばたと部屋を出ていく。あわよくば兄妹とサニーが顔を合わせないうちに。そう思っての行動だったが階段を降りたところでばったりと四葉と出くわしてしまった。
    「あ」
     そう声を出したのは誰だったか。特に四葉はあのカフェでも顔を合わせているものだからなんとも言えない気まずい空気が流れかける。ここに兄まで来てしまったらそれこそ収集がつかない。そこでアルバーンはにっこりと笑んで口を開いた。
    「おかえり四葉。僕ちょっとサニーを送ってくるね」
    「う、うん」
     そうとしか返事のしようがない四葉に、サニーは黙って会釈をする。この場での発言に困るのはお互いさま。そうして穏便に家を出ると、ふたりはどちらからともなく大きく息を吐いた。
     とはいえ、言葉に困るのは自分達とて同じこと。先ほどまで部屋でしていたことを思えば、なんと言って別れたものか。
    「えぇと……バイト頑張って、ね?」
     無難なもので送りだそうとしたアルバーンだったが、サニーからの返事はない。再びの沈黙。だけど、これ以上自分から言えることはないし。そんなことを思いながら所在なさげにアルバーンが視線を彷徨わせていると、不意に名前を呼ばれその手を取られる。
    「アルバン……俺、さっきの続きしたい」
    「っ…!」
     これでおしまいとはさすがに思ってはいなかったが、こうもすぐに、しかもストレートに聞かれるとは。
    「いつ出来る?」
     答えを欲する言葉に困ったように視線を向けると、サニーは真っすぐにアルバーンを見据えていた。心の準備という意味で答えるならいつ出来るかなんて分からない。けれども、それではいけないとアルバーンも理解している。
    「明日は別に予定ないけど…」
     スケジュールの都合だけを答えてから、でも、と意を決したように言葉を続けた。
    「サニーが平気なら、バイト終わってからでも……いいよ」
     驚いたような瞳が本当に、と問いかけてくる。それに対してアルバーンがぎこちなく頷くと、握られたままの手に僅かに力が込められた。
    「じゃあ、今夜迎えに行くから。―――待ってて」
     それだけ言うと、サニーはあっさりと手を離して行ってしまう。バイトの時間にはまだ早いが、これ以上はキリがない。それに、一度落ち着きたいとも思っていたから、アルバーンとしては助かったという気持ちもあった。
     とりあえず部屋に戻ろう、毛布の中に隠したままのメイド服もそのままにはしておけないし。しかし、そう思いながら家に入るとそこにはまだ四葉の姿が。
     ずっとここに?まさかさっきの会話を聞かれていたとか?
     思わず身構えたアルバーンだったが、緊張した面持ちで近付いてきた彼女の口から出てきたのはそれ以上の内容だった。
    「お兄ちゃん、あのね、……ボタンかけ違えてる」
     ひゅっと、声にならない声が喉から出る。別の部屋にいる兄に万が一にも聞こえてしまわないよう、耳打ちするようにそれを伝えてくれたのは彼女なりの気遣いだったのだろう。だがそれはそれとして、アルバーンの羞恥心はもう限界に達しようとしていた。
     誰にも言わないから、黙っているからという妹の言葉は微塵も疑ってはいないけれど、慌てて服を着なければいけないようなことをしていたと、家族に気付かれたのが恥ずかしくて仕方がない。それでもなんとかありがとうと言葉を絞り出して、アルバーンはそそくさと自分の部屋へと戻っていく。速やかに階段をのぼり、ドアを閉めるのは動揺が感じられないように極力音を立てないようにして。そうしてぱたりと完全に閉め切ったところで、アルバーンはドアを背にズルズルと座り込んだ。
    「〜〜っ……これ以上恥ずかしいことなんて、あるのかな…」
     膝を抱え、呟いた問いに答えはまだ出ない。それが分かるのは数時間後。怖いような、早く迎えに来てほしいような。そんな不思議な感覚を抱いたまま指先を唇に触れさせると、アルバーンは熱を帯びた息を吐いたのだった。
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    フィンチ

    DONEふわっとしたMHパロ、ガノレク🔗×アイノレー🎭の馴れ初め
    仲良くなれるかな? とある村のアイルーキッチンで働き始めたアルバーンには悩みがあった。仕事自体は新入りということもあって覚えることも多く大変ではあるが違り甲斐がある。コック長は厳しくも懐の大きいアイルーであるし、手が足りてないようだと働き口として紹介してれたギルドの職員も何かにつけて気にかけてくれている。それならばいったい何が彼を悩ませているのかというと、その理由は常連客であるハンターの連れているオトモにあった。
    「いらっしゃいニャせ!ご注文おうかがいしますニャ」
    「おっ、今日も元気に注文取りしてるなアルバにゃん」
    「いいからとっとと注文するニャ」
     軽口を叩きながらにっこりと愛想の良い笑みを浮かべてハンターを見上げるアルバーンは、傍らに控えているガルクからの視線にとにかく気付かない振りをする。そう、このガルクはやってくるとずっとアルバーンを見てくるのだ。しかも、目が合っても全く逸らさない。ガルクの言葉など分からないから当然会話も成立しない。初めて気付いた時には驚きつつもにこりと笑いかけてみたのだが何か反応がある訳でもなく、それはそれは気まずい思いをした。だからそれ以来、気付かない振りをして相手の出方を窺っているのだが、今日も変わらずその視線はアルバーンを追っているようだった。
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