ベッドサイドに腰掛け、熱心に篭手を磨く視界の端に何かが入り込む。アルベールが手を止めて顔を上げれば、丁度ユリウスが替えの布巾を差し出すところであった。
「随分と、念入りな支度だねぇ」
「……最近ここいらで夜盗が出ると聞いた。暫くは警備を強化しないとな」
受け取りながら、応える。また落ち着くまではちゃんと会えないかもな、とアルベールが返すと彼は鈍感な自分にも分からせるかの様に盛大な溜息を吐いた。
「全く……昼間は魔物の群れに先陣を切って突っ込んでいったというじゃないか。君らしいとはいえ、少しは……」
肩を落としながら呟いたユリウスは其処で言葉を止める。何かに気付いたように窓の外へ視線を移し、嗚呼と感嘆の声を漏らした。
「……そういえば今日は満月だったか」
倣ってアルベールが其方を向くと、薄く引き伸ばされた雲の隙間から明るい光が覗いていた。未だ月に棚引く雲は淡い菫色に暈け、煌々と其処に在る菜の花色に並ぶ。
「レヴィオンで見れるのは珍しいな」
「そのせいか……月の魔力は生物の生体周期に強く影響すると聞く」
「満月の日に犯罪が増えるとかいうのもか?」
「……それは月光の薄明かりのせいもあるかもしれないが」
一息吐く。
「奥底に眠る衝動の枷を外すくらいはするかもしれないね。……例に漏れず私も」
何かを手繰るように伸ばされた指先が、アルベールの顎の輪郭を撫ぜた。
「!? またあの破壊衝動が…………っ!」
しかし、彼の苦悶の声は聞こえない。代わりに喉からの微かな嗤い声に重なって唇は塞がれた。冬の夜の、冷えた薄い皮膚に熱が直接染み込んでいく。不意討ちで受け入れることになった舌先は、絡む事もなく撫でるだけの挨拶をして離れていく。
「『生体周期』だと言っただろう?」
口の端にキスの名残を乗せて、再びユリウスはベッドサイドに手を掛ける。以後のことをを滲ませた雰囲気に、篭手を落とし後ろへと逃げ腰になったアルベールに覆い被さるかの様に体を寄せた。
「……甘え下手め」
「さて、どちらがだろうね」
首に腕を掛けると耳元で擽ったそうな声がする。「何時までも私の部屋から出ていかないのは君だろう」と。
ギッと二人分の体重を乗せてマットレスが沈む。普段なら一悶着起きるであろう閨も、望月の魔力の前では蜜な共寝にしかならなかった。