機能的三分間パン。音が聞こえた後、静かな気配がしばらく行き交い、そのうちに聞き覚えのない男の声が「リゾット」と言った。
「おまえはいい男だ」
コツンと板張りの床を踏む踵の音が俺を貫く。
「決断力も行動力もある。頭が切れるから、メリットとデメリットをしっかり天秤にかけて、自分にとって正しい道を選択できるし、頭で考えてるだけじゃあねぇ、そうやって選んだ道を実際に、着実に、歩き出すことができる。それが多少困難なことでも、他の人間なら二の足踏むようなことでもな。寡黙なおまえのその姿は周りに勇気を与えるし、その背中は人を惹きつける。背負ったもんの重さをものともしねぇおまえの背中には、オレも惚れ惚れする。その筋肉は飾りじゃねぇ。強くて頼り甲斐があって、そのくせ哀しげで、最高にセクシーだ。たまらねぇ。オレはおまえの背中をずっと見ていられる。ずっと信じていられる」
黙って耳をそばだてていると、男はもう一度「リゾット」と、優しくも力強い声で言った。
「もう一匹、潜んでる」
はっと息を呑み、目の前を見つめる。本来なら、缶詰や瓶詰めの食品なんかが所狭しと詰め込まれるはずの床下の空間に並ぶ、パックされた白い粉。この収納庫に身を隠したのは夜明け前、チームの人間ではない俺は、個人的に繋がっている内部の協力者二人の力を借り、彼らのアジトに入り込んだ。午後からの取引、チームの立ち会いは三人、相手も三人。ひと苦労してここが開けられた瞬間に、開けたチームの人間を俺が、不意を突かれた取引相手を協力者二人が撃ち、その後三人で今日の取引の収穫も含め全てを持ち逃げする計画だった。暗くて狭い収納庫に入るのは相当苦痛だったが、高飛びの支度を、背徳感ゆえの妙に高いテンションで手際よく分担して整え、準備万端で床下に潜り込んだはずだ。だが、午後を待たずして銃声は響いた。立て続けに、三つ。
「なァ」
思わぬ展開に身体が凍え始めている。俺が今ここにいることはあの二人以外知らないはずだ。正体不明の侵入者たちが帰るまではここから絶対に出て行けないが、そもそも俺はここから出られるのだろか? 俺はあの二人の協力でここに隠れ、彼らの協力あってはじめてここから出られるようになっていたのだから。その二人は確実にもういない。
「引き摺り出してくれ」
正直、引き摺り出してもらいたい。相手がまともな人間なら。だが、わざと聞かせるような芝居がかった言葉が、堂々と口にされる名が、出たら最後だと物語っていた。無事で済むわけがない。
「外へ出ていろ」
「絨毯爆撃する気か?」
「いや……不要だな。オレもおまえを信じてる」
うそ寒い台詞回しが引き継がれる。
「おまえの勘の強さを、何よりも信頼している」
ここがバレるはずはない。
じっと息を殺す俺の斜め上から、「そこだ」と迷いない声がした。
「今あるモンで満足しとけば」
「今日中くらいは」と足音と共に声が離れていき、代わりに頭の上で、天板だけで五〇キロはあるオーク材の巨大なダイニングテーブルが、下に敷かれた分厚く重いラグごと、ずず……と動く非情な音がした。
「幸せだったんだろうけどな」
急に差し込む光に目が痛い。
「故障か?」と冷たく低い声がする。漆黒の中心に赤を宿した目でこちらを覗き込む黒尽くめの男を前に、俺は手にした銃が銃の体をなしていないことに気付く。唐突に喉にむず痒いような痛みがせり上がりかけた時、背後から現れた金髪碧眼の美しい男が「勿体ねぇ」と片手でその肩に触れ、銃の引き金にかかったもう片方の手の指が缶ビールのタブを開けるように軽く曲がった。パン。