かわいいひと最初に誰が言い出したのか。思い返す程に主に心当たりの無いその声は、もしかしたらその場にいた者全員に何者かが干渉して共有された思念だったのかもしれない。
「テリオンって、可愛いよね?」
「だよなあ!?」
気持ちよく酒が回って卓に頬を乗せていた薬師が、がばりと起き上がって大きく同意を示した。
「いやもちろん年上だってわかってっし?戦ってる時なんてらすげえカッコいい〜って思うんだけどよお。なんだろうな、ずっと絡み辛えと思ってたけどよっく見るとちゃんと仕草や癖で感情表現してるって気付けた時とか自分から怪我の手当て受けに来てくれるようになった時とか嬉しくてさあ、可愛いな〜って思っちまうんだよなあ」
身体がちっこいのもあるだろうけどなー、と頭を掻くアーフェンの顔が赤いのは恐らくきっと酒のせいなのだろう。
「そうよね、小さくて引き締まってて。あと前髪に隠れてるけどあの子、実は思ったよりずっと目が大きくて可愛い顔をしているのよね。演技も上手だし、間違いなく女装だって綺麗にこなせるわよ」
まるで自分だけが輝くと知っている原石を見つめるようなうっとりとした表情で踊子が続ける。
「普段体の線が隠れる服を着ているだけに、踊子の衣装を着た時にぐっと姿勢が伸びるのがまたいいのよねえ、つい厳しくレッスンしたくなっちゃう」
甘やかしたいのか厳しくしたいのかよくわからないプリムロゼの様子はまるで姉のような目線だ。
「指導のし甲斐がある、という点では俺も思うところがあるな」
上機嫌で笑い上戸一歩手前、といった様子の剣士にも心当たりがあるようだ。
「テリオンの剣技は様々な流派を見て盗んだ物のようで我流が強いのだが、共に稽古をすると存外に
素直でな。こちらの剣から自分に合った技術を的確に吸収していくから面白い。こちらが説明せずとも応えてくれるから全く飽きが来ない」
ぐびり、とジョッキを煽ったひと口で、どうやらオルベリクは、一歩先に進んでしまったようだ。
「ふふふ、それに俺も予想が出来ない動きをしてくる事が多くてな、今までこれだけ剣を振って来たというのにどちらが稽古をつけられているのやら、はは、全く様にならんな、ははははははははは」
すっかり楽しそうになってしまったオルベリクは、恐らく寝落ちするまで止まる事はないだろう。
「指導という程ではないが、テリオンは今まで関わることの無い人種だった事もあって確かに共にいると発見が多い。同感だ。」
がう、と足元に寝そべる雪豹も同意を意味するのだろうひと声をあげた。
「野営の時に共に料理をすることがあるが、短剣の扱いに長けるだけあって下拵えはとても手際が良い。ただやはりというか、料理という料理はせずに生きて来たようだったから、味見をしてもらうと目を丸くして驚いてくれたりする」
作り手として、素直な反応は何よりのご馳走なのだろう。ハンイットはこぼれ落ちそうな翡翠を思い出し、うんうん可愛いと頷いている。
「そうですね、最初は盗賊さんという事で怖いと思っていたのですが、本当に心根のお優しい方です」
大声でもないのに、神官の鈴の転がるような澄んだ声はざわついた酒場でもよく響く。
「怪我の手当ての時もご自分より先にこちらの具合を心配してくださいますし、いつもさりげなく最後尾を歩いて遅れる者が出ないように気遣って下さっています。あと、可愛いといえばリンデさんから毛繕いをされている姿がとても微笑ましくて」
お祈りするように両手を組んでオフィーリアが思い出すのは、みなで大雨に降られたはずなのに何故かテリオンだけがリンデに髪の水分を舐め取られていた日の事だ。最初は追い払おうとしていたテリオンだが、全く引き下がらないリンデの様子に観念してしたいようにさせていた。
「わかるわ!リンデとテリオンさんのあのシーンを世界中の人に気軽に見て貰える手段があったらいいのに……そしたら路銀なんてあっという間に集まるわよ」
くう、と オルステラに通信網が存在しない事に歯噛みする商人は、勿論酔っ払ってなどいない。
「一人の商人としては盗賊なんて、って今も少し思ってるけど……テリオンさんが盗んだ商品でポンチョを膨らませてる姿、昔買ってたリスが頬袋膨らませてるところにに少し似てるのよね。あたしが可愛いなんて言ったらきっとすんごく嫌そうな顔されるだろうから言わないけど」
『テリオン(さん)って可愛いよね!』
──くしゅっ!
「おや、もう春とはいえ陽が落ちると気温が下がるからね。冷えないようにしなくては」
「別に寒いわけじゃない。気にするな」
君はいつも薄着なのだから、と自分のローブを着せようとしてくる学者の動きを片手で制するが、ならばとでも言うようにその手をひと回り大きな手が絡め取った。
「なんだ」
「話し声だけでなくくしゃみも小さくて可愛いなあと」
真っ直ぐに幸福感を隠そうともしない微笑みを浮かべて手を握りしめてくるサイラスにつられてテリオンの頬も熱くなる。目配せで酒場を抜け出した、お互いの可愛さを独り占めする事を許された二人。夜中に誰が見ているわけでも無いと絡めた手もそのままに、晴れた夜空を眺めながらゆっくりと歩みを進めた。