優しい時間「できた……」
ふう、と息をついた。
きちんとした手直しは必要だけど、壮五の思い描いた作品が出来上がったことに安心感と、愛おしさと、とにかくいろんな気持ちがごちゃ混ぜになって思わず膝に置いていた王様プリンのぬいぐるみを抱きしめた。
作曲活動を本格的に始めるために作業部屋を借りることにしてもう数年。
というのも、寮は壁が薄く、作業するには向いていないからだ。
とはいえ生活の拠点はいまだに寮だからあくまでここは作業するために籠る部屋だから必要最低限の家具しかない。
「じゃあ、俺の代わりにこいつ置いとくな」と環が壮五のためにゲームセンターで取った王様プリンのぬいぐるみは壮五の膝にいるのが常だが、環が部屋を訪れるときだけは環の膝に座っている。
環がこの部屋にいないとき環の代わりになるのが王様プリンのぬいぐるみだからだ。
作業も佳境に入ると告げたから環はしばらくこの部屋を訪れていなかった。
その時は不思議と環が置いていった三月作の料理が味気ないのにはいまだに慣れない。
きっとみんなで食べるご飯に慣れてしまったのだろうな、と思う。
だからこそアイドルとしてデビューして随分と経つが未だに寮を出ることができない。
環に「曲作り終わりました」とラビチャをする。今日環は朝から仕事なのですぐには気づかないだろう。
きっと気づいたら「そーちゃんおつかれ!」と笑いながらこの部屋に来てくれるだろうから数日入っていなかった風呂に入ることにした。
風呂から出ると確認してくれたのだろう、環が「おつかれ」という一言と王様プリンのスタンプが送られてきていた。
「なんか食いたいもんある?」
と続けて送られてきたので、「環くんのおすすめのものをお願いします」と返事をした。どうやら環の仕事はもう終わるらしい。早く環に会いたい。出来上がった曲をきいてほしい。そしてできれば「そーちゃん頑張ったな」と褒めて欲しいし、感想を聞きたい。
そう思いながらベッドに王様プリンのぬいぐるみを抱えながら倒れ込むと気づけばうとうとしていた。
「あ、起きた?」
「ん……」
環が壮五の前髪に触れたことに気づいてゆっくりと瞼を開けると環が壮五のことを覗き込んでいた。
「たぁ、く」
「いーよ。寝てて。俺が準備してるから」
「でも……」
「そーちゃんは一仕事したからいいの」
寝てて。といつもよりゆっくりと言われたらまたゆっくりと瞼がおりてきて、「たぁくん」、と環のことを呼んだ。
「ん?」
「僕の曲きいて」
「おー。後で一緒に聞こ」
「それでね、いっぱい僕を褒め……」
褒めてね、と言う前に完全に瞼がおりてしまった。頭を温かい温もりが撫でてくれたような気がした。
それから壮五が目を覚ましたのはしばらくしてからで環はずっと壮五を抱きしめてとんとん、と優しく背中を撫でていた。
ゆっくりと目を開けると「あ、起きた」と環が呟いた。
「起きました……」
環に甘やかされることはゆっくりゆっくりと水が染み込んでいくみたいに慣れていったけれど、やっぱり気恥ずかしい。そしてくう、と腹から音がして環が「飯食お」と言ってきた。
環が選んだのはどちらかといえば消化の良いものばかりで環のおすすめというよりは壮五にとって食べやすいものが選ばれているようだった。
環はあまり口に出さないけど、こうやって壮五のことを大事にしてくれているのがわかる。そんな環を見て「ああ、好きだなあ……」と改めて思って環に抱きつくと「そーちゃん、甘えんぼじゃん」と言われた。
ご飯を食べ、完成した曲を聞き、環が今すぐにでも歌いたいと言ってくれたのが嬉しくて思わず目が潤んでしまう。
自信を持って作った曲ではあるけど、悩みに悩んで作った曲であることに間違いはないし、環にそう言ってもらえることが嬉しかったのだ。
「そーちゃんおつかれ」
労うように環が壮五の頬に一つキス。
これは壮五の作曲が終わった時の二人の間の習慣のようなものだった。
ちゅ、ちゅ、と触れるだけのキスを目元や鼻、唇にしていき見つめ合うと労いの気持ちなんてどこかへ行ってしまって、ただ目の前の恋人を求めるようなそんな表情の環と、自分の姿があった。
やがて耳元にキスされると思わず「あ……」と声が出た。
環にキスされるのが好きだけど、耳元にキスされるのはいまだに慣れない。環の吐息が耳元を震わせる。
今日はキス以外のことをしないよ、と言うと環もわかってると頷いた。
「……いっぱいキスして」
少しだけ声が掠れたのは許して欲しい。