満月の夜 起きた時から何かがおかしいと思った。頭の中がぼぅとし、動きが緩慢になっている。
ただ、怠いとか辛いとかそういった感覚はなかった。棺桶に手をぶつけて一度デスリセットするが、状態は変わらなかった。
んん?と疑問に思い、これは何でも知っているハチャメチャハリケーン、時に頼れる御祖父様に相談してみようとスマホを取り出す。
普段はスイスイと行えるフリック入力も指が重く感じ、時間がかかってしまった。
送ってすぐにピロン、ピロンと返信がきた。
『今夜は満月だから、気にする必要はない。ポールくんにヨロシク』
満月だからなんだというのだ。今までだって何度も満月を見てきたが、こんな状態になったのは初めてだ。御祖父様が大丈夫と言うのならば、危険はないだろうが、原因が分からないのは気持ちが悪い。
モヤモヤした気持ちを抱えながら棺桶の蓋を開けると、ジョンも丁度起きたようで、寝起きのあくびをしていた。
「ヌ!…ヌヌヌヌヌ?」
ジョンを抱き上げて、優しく抱きしめる。ジョンが腕の中のにいる。頭の霧が少し晴れ、いつも以上に落ち着いた。私が求めているものはこれだと思った。
ジョンは私の様子が普段と違うことに気がついたようで、心配そうに見つめてくる。
「大丈夫だよジョン。御祖父様に連絡したら気にするなって返事がきたし、少しぼぅっとするだけだから」
「ヌイヌヌヌヌヌ」
大丈夫と伝えたが、ジョンの心配はなくならないようで、無理をしないでと言って頬を撫でてくれた。
一番大事なものは手の中にあるけれど、もう一つ大事なものがない。私のものなのに近くにない。
きょろりと辺りを見回す。いない。
なんで、私のものが私の傍にないのだろう。
「ヌヌヌヌヌヌ…?」
ジョンの背を撫でながら立ち上がる。探さなくては。
ここにないのならば事務所だろう。
◇◇◇
求めているものはそこにいた。事務所は休業日だが、ソファに座り書類の整理をしているようだ。確定申告までまだあるが、今のうちにやっておこうということらしい。これは無駄な足掻きで、確定申告が近づくと逆に、前にやってあるからすぐに終わるだろうと本当のギリギリまでやらなくなるパターンである。
「ヌア…」
未来がばっちりと見えたのだろう。確定申告の心強い相棒であるジョンが苦い顔をしている。
とにかく今は締切毎度ギリギリルドは置いておいて、私のものが私の傍にいない問題を解消しなくてはいけない。
「ハッ!?え、な、なに!?」
ソファに座ったロナルド君の膝の上に、今度は私が座る。分厚い身体に身を任せれば安心できた。ロナルド君の持っていた書類がバサリと落ちるが気にしない。
これだ、私が欲しかったものは。大きいので私の腕の中に収めることはできない。だったら私が収まればいい。とにかく隙間を開けたくなくて、ぴったりとくっついた。
「アバババ…ッ!」
肩口にぐりぐりと額を押し付ける。寝起きで下りていた前髪が乱れるが、気にしない。
「ヒョエ!ど、ドラ公!?ひょっとして、甘えてます!?」
甘えているのだろうか。私のものが私の近くにあることに不安が消えていく。ここにあると、実感したくてくっつきたい。
「それともからかってます!?」
肩を掴んで引き離された。ロナルド君の顔がよく見えるようになった。真っ赤に染まった顔はとても可愛いが、ロナルド君との距離が空いてしまった。これでは駄目だ。
「遠い…、ぎゅってして」
「んぐぅ!!」
ロナルド君が潰れたカエルのような声を出す。お前はゴリラだろうに、いつからカエルになったんだ。
ぎゅうっと抱きしめられる。始めは力加減が分からなくて、抱きしめるだけなのに何度も殺された。最近は私が死なないように、優しく抱きしめることができるようになったので成長した。私が育てたのだ。
「キスしていいですか」
「ヌヤン」
ロナルド君の心臓が鳴る。太鼓のように大きな音だ。あまりにも大きいので、この振動だけで私は死んでしまいそうだ。
ジョンが小さな手で自分の目を隠していた。
きす、キスか。嬉しいし、したいけど距離が空いてしまうのは嫌だ。
「離れるのイヤだ」
「…ッ、します」
「ロナ、ん…」
少し身が離されたので、文句を言おうとしたらキスされた。温かい唇が、私の冷たい唇を覆っていく。
「ん、ふぅ」
するりと入ってきた分厚い舌は私の口内を好き勝手に貪った。舌先を吸われ、歯列をなぞられる。上顎をくすぐられれば、力がすっかり入らなくなった。
離れるのは嫌だったのに、ロナルド君でいっぱいだ。
「どらるく、好き」
ゴリっと尻の辺りにロナルド君の固くなった、それがあたる。服越しに押し付けられる。
「離さないで、もっと欲しい」
もっと、もっとロナルド君で満たして欲しい。
◇◇◇
「あ、あっ、ひぁッ!」
ガチガチに固くなったロナルド君のペニスが、私のナカにみっちりと埋められている。
ゴリゴリと前立腺をけずられて、びくびくと腰が跳ねてしまう。
「なあ、ちょっと動きにくいんだけど」
ロナルド君の膝上に乗りながら私は穿かれている。密着するために手と足でロナルド君に抱きついているのだから、動きにくいのは分かる。
「離れるの、イヤだと、言ってるだろ」
とちゅとちゅと激しい動きから緩やかな動きになり、会話をする余裕ができた。
「どうした?今日なんかあったか?」
さすがに私の様子がおかしいと気ずいたようで、ロナルド君が腰の動きを止め、少し心配そうに見つめてきた。
心配してくれるのは嬉しいが高められたこの身体に、突然快楽を止められるのはツラい。行き場をなくした熱がぐるぐると渦巻いていく。
この善人は納得できる返答をしないかぎり、動かないだろう。これが拷問になることに気がついていない。
「私だって、よく分からん」
寝起きにすでに変化していた。原因は不明だった。
「ただ、なんとなくこれだろうか、というのはある」
大事なジョンと、ロナルド君。私が私のものだと認識している一玉と一人が側にいないと落ち着かなくて、不安になる。
これは吸血鬼の習性だ。自分の持ち物に対する執着。
「今夜は満月だから、吸血鬼の執着が強まったのだろう」
「でも今までこんなことなかったよな?」
付き合い始めてから、何度か満月にはなったがこんなことにはならなかった。しかし、今回によって今後これから満月の度にこうなる可能性が出てきてしまった。
これは私がロナルド君を手放せなくなった証拠だ。靴下の比ではない。なくなってしまったら私はきっと本当の死を迎えるだろう。
「わたしが、キミを、手放せなくなった。ずっと一緒にいて」
言うつもりはなかった。ロナルド君は人として生きて人として死ぬのだろうと思っていたから。ロナルド君が死んでしまったらまたジョンと静かに暮らしていたあの頃に戻るだけだと、自分に言い聞かせていたのに。
「いいぜ」
「えっ、あっ!」
ぐちゅりと再開された動きに忘れていた快楽が一気に戻ってきた。
「ろな、いま、あっ、あ、なん、アァ!」
弱いところを突かれ、奥をゴンゴンと押し潰される。すっかりロナルド君のペニスの形に拓いたナカが奥へと誘い込んでいく。
「ドラルク、好きだ、好き」
「アッ、ひぃっ!だ、もぅ、イっちゃ…ッ!アアアッ!」
「くっ…!俺も、イくッ」
ひときわ大きく突かれた衝撃で、イってしまった。ナカがぐねぐねと動き、ロナルド君のペニスを締め付けたかと思うと、びゅるびゅると熱い精液がお腹のナカいっぱいに注ぎ込まれた。
ああ、ロナルド君でいっぱいに満たされている。
「俺だって一生離さねぇから…」
意識が落ちる寸前。ロナルド君が何か呟いた気がした。