どーなつ組のうるふうっど先生〜ハッピー恋の進展編〜 園庭では子ども達が元気に駆け回り、笑い声が響いていた。ウルフウッドは子ども達と遊ぶ合間に、子どもの人数の把握と、危ない事をしている子がいないか確認する為にぐるりと園庭を見渡した。
「ん?」
途中で気になるものを見つけて視線が止まる。園庭の隅にしゃがみ込んで何かをしている子がいたのだ。子どもが静かにしている時は何かをやらかしている事が多い。ましてや普段元気いっぱいに走り回っているような子ならなおさらだ。
「なにしとるん?」
しゃがみ込む背中に近づき、ウルフウッドは声を掛けた。
「あ、兄ちゃん」
「兄ちゃんやない。先生やろ」
「だってせんせぃ、ワイとそっくりやから」
そう言って笑ったのはどーなつ組の園児ニコラスくんである。ニコラスくんが言った通り、ウルフウッドとニコラスくんはよく似ているが赤の他人である。もしかしたら遠い遠い親戚で血が繋がっているかもしれないが、今のところ血縁関係は無いというのがウルフウッドが知っている事実である。
ニコラスくんもウルフウッドが実の兄弟ではないと分かっているのだが、あまりにも似ている為ウルフウッドの事をつい「兄ちゃん」と言ってしまっていた。
「で、何しとるん?」
ウルフウッドもしゃがみ込んでニコラスくんの横に並んだ。同じ目線になると、シロツメクサが咲いている事に気づいた。シロツメクサを見てもウルフウッドの疑問は晴れない。ニコラスくんは花に興味を持つような男児ではなく、常に駆け回るか、遊具で遊んでいるかとにかく動き回っているような子だ。急に自然に目覚めたのだろうか。
「あんなぁ、せんせぃ。ゆびわの作り方ってわかる?」
「指輪?」
「えっとな、ゔぁ、ヴァッシュくんにあげたいんよ」
健康的な小麦色の肌を少し赤くして照れくさそうにニコラスくんは言った。
「あ〜」
ニコラスくんが同じどーなつ組にいるヴァッシュくんを好いているのは職員全員知っている事だった。いつも近くにおり、一緒に遊んでいるのに手が触れ合うだけで真っ赤になるニコラスくんが可愛いと幼い恋を見守っている状態だった。疲れた精神に幼い恋はキくと飲み会でビール片手に同僚は語っていた。
「今日はヴァッシュくん室内で遊んどったね」
いつも一緒にいる二人だが今日は別々に遊んでいた。本日は園庭か室内かを子ども達が自分で選んで遊べるようにしているのだ。ウルフウッドは園庭担当で、別の職員が室内を担当している。朝に絵本を入れ替えたばかりなので、ヴァッシュくんは室内で新しい絵本に興味を持って読んでいた。
「ヴァッシュくんが見てないから、ゆびわ、作ろ思ってな。母ちゃんになんでゆびわしてるか聞いたら、好きな人が、ずっと一緒にいようねってくれたのよ、て言っとったんよ」
だからワイも、と続けながらニコラスくんはプチリとシロツメクサを摘んだ。せんせぃ教えて、と幼いながらも真剣な声でお願いされ、ウルフウッドもシロツメクサを手に取る。シロツメクサで指輪や花冠の作るのやり方は先輩保育士に教えてもらった事があった。ニコラスくんが真似できるように、ゆっくりと手を動かしながらウルフウッドは思った。
(ワイも指輪贈りたい!!)
◇◇◇
ウルフウッドは現在片思いをしていた。その相手はヴァッシュくんの臨時の保護者で同じ名前をしたヴァッシュである。ヴァッシュくんのお迎えに来た彼をみて一目で恋に落ちた。
指輪を渡したいと思いながらもまだ指輪を渡す仲では全くない。送り迎えで少し話す程度のもので、プライベートで会った事なんて一度もない。ええな~ヴァッシュくんとニコラスくんは毎日一緒におれて、と子どもを羨ましがってしまう程、進展はなかった。
ヴァッシュくんの連絡帳に書かれた内容からヴァッシュの情報を拾い上げる日々だ。ヴァッシュくんがオムライスに描かれた星を喜んだかと思うとすぐに崩していたとあれば、料理できるんかな〜と妄想したり、家で育ててる花に水をあげていたとあれば、花好きなんかな〜と妄想したり、自分ストーカーみたいやなと思いながらも止められなかった。
「おっ!?まじでか!」
進展がないまま迎えた休日で、そういえば買っている漫画の発売日だったとふらりと寄った本屋で運命に出会い思わず声が出てしまった。
そこには恋い焦がれているヴァッシュがいたのだ。ヴァッシュくんと一緒に本を眺めながらあれこれ話している。距離が少しあるため話の内容は分からないが、せめてどんなジャンルの本を見ているかだけでも知りたいとウルフウッドは上にある案内を見た。
「どれや!」
ヴァッシュがいる通路の案内は六ジャンル程書かれており、ヴァッシュがどのコーナーを見ているか分からない。デカくてサングラスをかけた男が立ち止まって一点を凝視する姿に、周りの人間は自分に害がないようにそそくさと離れて行っていた。
「なんや、悩んでるんか?」
案内から読み取るのを諦め、視線を再びヴァッシュに戻すと、何やら首を傾げて悩んでいる様子だった。ヴァッシュくんも首も真似をしており、ぴょこぴょこと二人の金髪が踊っていた。
「ええーい!行ったれ!」
気合を入れてダンっと足を踏み鳴らした後、ゆっくりとヴァッシュに近づく。偶然、偶然会っただけ、と本当に偶然会っただけなのだが、何故か言い訳っぽく唱えて歩みを進める。
「んんー、どれがいいのやら」
「あの!」
「ん?」
ウルフウッドの勇気を出した一声にヴァッシュは振り返った。ウルフウッドの姿にきょとりと目を丸くしている。
「あれ?ウルフウッド先生!?」
「うるふうっど先生だー!」
(名前、名前、名前〜!!名前覚えられておる!)
ヴァッシュくんが呼ぶ前にヴァッシュがウルフウッドの名を呼んだ。名前を覚えててもらい、尚且つ呼ばれた事でウルフウッドはもう幸せの絶頂にいた。
「なんや、悩んでる風やったけど困りごとですか?」
歓喜を全く表に出さず、足に抱きついてきたヴァッシュくんを慣れた手つきで撫で、しれっとウルフウッドは尋ねる。間近で見たヴァッシュはいつもはトンガっている髪をおろしており、赤いパーカー着て、デニムを履いていた。
(え、かわええ、こんなん天使やん)
元から童顔だと思っていたが、髪をおろすとさらに幼く見える。とても自分より年上だとは思えない。大学生のようだ。ちらりとヴァッシュの手元を見るとどうやら料理に関する本のようだった。料理やったか、と正解が分かり思わず小さく呟くと料理の部分だけ聞こえたようでヴァッシュが素早く反応した。
「そう!そうなんだよ!ウルフウッド先生料理できる!?」
「へあ!?で、できるで」
勢いよく近づいていたヴァッシュに動揺して思わず素で話してしまった。ウルフウッドは孤児院育ちの現在一人暮らしなので、年下に作ってあげたり自分が食べるために作ったりして一通りのものなら作れる。
「この中から初心者でも簡単にできる本探して欲しい!お願い!」
パンっと両手を合わせて頼み込むヴァッシュにポカンとしてしまった。
「オムライス作っとったやん?」
「オムライスしか作れないんだよね。おちびに何時までもオムライスとコンビニ弁当だけ食べさす訳にもいかないし、料理のレパートリー増やそうと思ったんだけど、どの本がいいのかわからなくって」
「お兄ちゃんのオムライス美味しいよ」
「ありがとねおちび〜!」
ヴァッシュくんがフォローを入れる。いい子だ。オムライスが作れるのなら大抵のものは作れるのではと思ったがヴァッシュの顔は真剣だ。好きな相手に頼られてる事実にウルフウッドは気合が入った。うまくいったら好感度が上がる!
あれやこれやとペラペラと本をめくり、ヴァッシュの料理のスキルを聞いて、合ったものを探しながら話をしている内に、自分が保護者相手に全く敬語を使っていないことに気がついた。
「あ、すいません。保護者相手にタメ口でしゃべってもうて」
「え、いいよ!僕だってタメ口だったし、ウルフウッド僕と同じくらいの年でしょ?」
「いや、年下やで」
え、嘘と口を押さえるヴァッシュに、ワイってそんな上に見えるかと少し落ち込んだ。
「ウルフウッドいくつ?」
「24」
「僕と10個も違うじゃん!……てあれ?僕の年知ってるの?」
「あー……初日にもらった書類見たからやな」
「へー、保育士って凄いね」
ヴァッシュはなにやら感心してるが、ウルフウッドは他の保護者の年齢なんて全く覚えていない。ヴァッシュの物だけ隅から隅まで覚えただけだ。住所もばっちり記憶している。
「やっぱりタメ口でいいよ。僕敬語って苦手なんだよね」
ふわりと笑う姿に見惚れてしまう。ドキドキと心臓が高鳴り、会うたびに新しい恋をしていかのようだ。
「どうしたの?」
「いや、いつものトンガリ頭やないんやなって」
見惚れている事がバレたらいけないと咄嗟に髪型のことを話題に出す。元々髪をおろしてるなと思っていたので、すんなりと口から出てきた。
「なにそれ、トンガリってそう思ってたの?面白いな〜」
「え、じゃあこれからトンガリって呼ぶわ」
「まじかよ、ウルフウッド保育園にいるときと雰囲気違うね」
「……嫌なん?」
「そんな事ないよ。面白いし、カッコいいね」
(これ脈あるやろ〜〜!!!)
男とは恋の前では自分に都合の良いように考えるものである。
この後、選んだレシピ本で今度料理を作ったら試食して欲しいとお願いされ、連絡先も交換してしまったウルフウッドは怒涛の展開にやっぱり脈あるんか、とヴァッシュ達が帰っても暫く本屋に立ち尽くすことをまだ知らない。